98 銃刀法問題 ポンコツ千剣破バッドエンド回避?
来国光は唸った。初めて自分の話を聞いてここまで理解を深められるとは思っていなかったのである。しかも自分の理解よりも深い。すごい男だ。来国光はそう思いつつ念話をとばした。
『その通りじゃよ。剣奈の素質と才能にはワシも瞠目しておる』
来国光は藤倉の言った剣奈の能力が驚くべき高さだということ、そしてそれを見込まれて神に選ばれたのではないかという意見に同意した。そう考えるとすべての辻褄が合うのである。来国光自身も不思議には思っていたのである。なぜ男子の剣人が神に選ばれたのかと。
そして……話の中心人物の剣奈はキョトンとしていた!剣奈はみんなの話している内容はさっぱりわからかった。しかしどうやら自分が褒められている気配を察した。
「よくわからないけどボク褒められてる!」。そう思うと自然に口が緩んでニヤニヤ顔になってゆくのだった。
おい剣奈!お前のことだぞ!?そして神聖さはどうした?神秘的な雰囲気はどうした?
藤倉と千剣破は話に夢中になっている。ニヤニヤの不審剣奈にはまったく気づいていない。二人はますます会話に熱中するのだった。時を経てもさすが師弟である。実にウマがあう。
「なるほどね。わかってきたよ。すべては宇宙からの悪の幽玄生命体を滅するためなんだね。尋常ならざる力を持った剣奈ちゃんが巫女として神刀である来国光さんを用いて儀式舞を行う。つまり「神降ろし」の儀式を行って邪気祓いを行うというわけだね」
「その通りです。その上で私は今、現実的な幾つかの問題に直面しています。私だけで解決できれば良かったのですが……。ですがいくら考えても解決までの絵が描けません。恥を忍んでお願いします。先生、私に力を貸してください」
千剣破はお腹の下で手を組んで深々と頭を下げた。真摯な態度だと藤倉は思った。千剣破の言葉には真剣味が溢れていた。同時に藤倉は思った。何かとんでもないことに巻き込まれようとしていると。
しかしすでに藤倉の研究者としての胸の鼓動は高まっていた。彼の本能が告げていたのである。
このネタを逃すなと。
「私に出来ることであればいいのだけどね」
「一つ目は刀剣である来国光くんの登録問題です。来くんはおそらく未発見刀です」
「そうだろうね。少なくとも私は邪斬という名を知らない。それでどうする?」
「はい。私が考える手順はこうです。まず警察に発見届を出します。そして念の為にという体裁で登録証の遺失物届も同じタイミングで出そうと思います。もちろん登録はされていないという返事が来るでしょう。そこで教育委員会へ登録証の新規申請を行います。申請後に行われる銃砲刀剣類登録審査会に合格させれば合法的に所持が可能となります」
「その通りだね。君が発見したと連絡すればいいだけではないのかな?」
「いくつか問題があります。一つは手入れ問題です。見ての通り来くんは錆一つありません。発見したのは幽世の川原です。剣奈によると地面に突き刺してあったそうです。常識的に考えてその状態で長く放置されていれば錆で朽ちているはずです。けれどおそらく来くんの超常的な力を用いた保護力かなんなのでしょうね。きれいなままの状態が保たれていました。長くあそこにいたのよね?来くん」
『うむ。どれくらいの長きにわたるかは定かではない。が、封印されておったのはかなりの年月になろうかの』
来国光が答えた。千剣破は話を続けた。
「もし川原に突き立ててあったと正直に申告したとしましょう。すると錆がない状態から考えて、数日内に何処かから持ち込まれたと判断されるでしょう。そうすれば盗難刀扱いです。剣奈の手元には刀は残りません」
「そうだね。常識的に考えればその結論になるね」
「ですので「川原で発見されたルート」はバッドエンドです。そこでいったんストーリーの分岐点に戻って「私の実家の蔵で発見されたルート」を考えましょう」
「君らしいね。乙女ゲームだっけ?ずいぶんやり込んでたよね」
「乙女ゲーム?」剣奈が食いついたっ!
「んんんんんんん」
藤倉の軽口に剣奈が割り込んできた。ようやく自分の分かりそうな単語を聞いたからである。
千剣破は思った。「乙女ゲームの話をおじ相手になんかしたくない」。千剣破、結構失礼である。
千剣破は藤倉の軽口をまるっと無視した。剣奈のツッコミもまとめて咳払いでごまかした。
いや。ごまかせたのか?まあよいか。
千剣破は話を続けた。
「「自宅蔵発見ルート」に進んでみましょう。蔵にあることは知っていたが登録証がないのを知らずに手入れしていたと。しかしそのルートもバッドエンドです。このルートの致命的な点は相続時にこの刀を申告していなければならなかったということです。相続法違反で脱税となります。久志本家にそんな汚名は被せられません」
「なるほどね。ではどうするの?」
「家の蔵にあるのは私がお祖父様から聞いて知っていた。けれど価値は知らなかった。登録証がないのも知らなかった。私は東京に住んでおり持て余した」
「なるほどね。それで?」
「はい。そこでストーリーはさらに分岐します。「恩師に寄贈ルート」の出現です。困った「私」は恩師藤倉先生に譲ろうと思うわけです。そして相談するのです。まさに今です」
「なるほど?」
藤倉はいきなり自分にナニカの役割が降りかかったことを感じた。この教え子は私に何をさせるつもりなんだ。藤倉は訝しみながらあごを上げて先を促した。
「「私」は恩師藤倉先生に相談します。「いきなり貴重そうな刀剣が見つかって困ってる」。そして「私」は思うわけです。日本古来の武器に含蓄ある専門家の藤倉先生に寄贈できないかと」
「なるほど?」
「相談を受けた先生は私の実家に来ます。そして一緒に登録証を確認しようと探します。ですがみつかりません」
「そりゃはじめから無いからね」
「はい。そこで「私」は先生に遺失物届を出してもらいます。後は法律の手順通りです」
「なるほどね。私に譲ると言うことかね?邪気祓いの儀式に必要なんだろう?」
「はい。通常は剣奈に持たせたいと思っています。ですが来国光と認定されればおそらく展示義務なども生じると思います。展示期間は剣奈の長期休み以外の期間で調整していただきたいのです」
「これは推測だけれど、鑑定の結果はおそらく「特別重要刀剣」、つまり特に出来栄えがよく、保存状態が良く、国指定の重要美術品上位と同等の価値があるとの判断になるだろうね」
「はい。見事な出来栄えですから」
「それだけじゃない。歴史の闇に埋もれた知られざる来国光が発見されたと大騒ぎになるだろうね。そうなると文部科学省が重要財文化保護法に基づき「重要文化財」あるいは「国宝」に指定する可能性が高いと思うよ?」
「文部科学省……国が出てくるんですか?」
「出てくる可能性は高いと思うよ?そうすると厳重に管理され、剣奈ちゃんはおいそれと来国光さんに触れることができなくなる」
二人の話を聞いていた来国光が突然念話をとばしてきた。
『それは大丈夫じゃ。ワシと剣奈は結紐で繋がっておる。そしてワシの隠れ場の依代は剣奈じゃ。現世で剣奈と距離が離されてもワシが一旦隠れ場に入ればよい。そして剣奈がワシを隠れ場から召し出せばいい。それだけのことじゃ』
「隠れ場?それはどのようなものかな?」藤倉が興味深く尋ねた。
『ワシの剣気を用いて、次元の狭間に作る小部屋じゃよ。ワシと拵えと手入れ道具が収まるだけの小さな箱部屋じゃ』
「なるほどね。しかし「国宝邪斬来国光」ともなれば私が個人所有できる代物じゃないよ?」
藤倉が尋ねた。それは千剣破があらかじめ脳内会議で何度も検討していたことだった。
「はい。それは私も考えました。法律上の所有は大学にしてもらえばいいかと思います。譲渡対価は滞納扱いにされるであろう相続税など諸費用のみでいいです。儲けは一切不要です。その代わり保管は恩師であり信頼する藤倉教授に限るとの条件を書面で交わしたいと考えています」
「なるほどね。しかしそれでもちょっと手に余るなあ。うちの博物館は海事博物館だからね。附属図書館だと国宝は手に余るよ?」
千剣破の顔が意気消沈してきた。いい案だと思ったのだ。何日も寝ずに考えてようやく得た解決案だったのだ。
落ち込む千剣破の顔を見て藤倉は「久志本さんは相当思い詰めていたんだな」と感じた。そして話を続けた。
「確か久志本さんの旦那さんは竜岡門大学だったよね。あそこなら総合研究博物館があるからいけるんじゃないの?」
いきなり夫に話が飛んだ。千剣破はキョトンとしながらも藤倉に尋ねた。
「お、夫の……ですか……。そ、それは思いもよりませんでした。確かに東京だと近くて便利です。……ですが信頼できる伝手がありません」
「うーん。伝手がないか。でもするなら早く行動すべきだよ。うかうかしてたら強制的に国所有にされてしまうよ?伝手がないなら私が竜岡門大学の誰かを探すよ。事情を理解してくれる人でないとダメだからちょっと時間が必要になるけどね。君はいつ頃譲渡しようと考えてたの?」
「銃刀法違反を考えるとできるだけ早い方がいいかと。ただこの夏休みは剣奈が邪気祓いをするのに来くんが必要だと思います。ですので剣奈の夏休みが終わる八月末から九月を考えていました」
二人のやりとりを聞いて再び来国光が念話を飛ばしてきた。
『あー、千剣破どの、ちょっといいかの?その銃刀法違反とは何かな?』
「登録されていない刀剣を持つことができない法律のことよ。今、剣奈があなたを持っていることが見つかったら「正当な理由なく携帯することが認められない」と言う銃刀法第二十二条違反となるでしょうね。そして「登録証がない刀剣の保持」で銃刀法第十四条違反。さらに未発見の来国光を児童が不法所持していたミステリアスさ。とんでもない大騒動になるでしょうね」
『つまりじゃ、見つからねば良いんじゃろ?見つかりそうな気配を察したらワシがすぐに隠れ場に避難すれば良いだけじゃないかの。前にも言いかけたことがあったかと思うが……』
「来くんは黙ってて!」千剣破の心に過去の自分の言葉が鳴り響いた。
なんということだ。眠れないほど何日も悩み続けたというのに。自分はすでに来くんから答えを得ようとしていたのか!そして私はそれを遮ってしまっていたのか!
あーーー!もうっ!私のバカバカバカ!
千剣破は呆然とした。心のなかでがっくりと膝と両手を地面につけてうなだれた。
まさか、まさかである。この数日間悩みに悩み、悩み抜いていた問題がそんな単純な方法で解決可能だったとは。
ましてやその解決法を自分はすでに得られていたはずだったとは。
「そ、そんな方法があったのね……。先生、これはどうするべきかしら?」
千剣破は取り繕って藤倉に尋ねた。来国光には千剣破の心の声は丸聞こえだった。しかし「女の秘密は絶対明かすな」。来国光の心に何者かが囁いた。
ふと気づくと千剣破が般若の視線で来国光を睨んでいた……。睨んでいたっ!『ふむ』。来国光は沈黙した……
「そうだね。いずれにせよ何十年も蔵にしまわれていて本人たちが気づかなかった想定だしね。発見をどうするか。所有者をどうするか。時間をかけて考えてもいいかもしれないね。私も信頼できる竜岡門大学の先生を探しておくよ」
あっけなく千剣破の重圧が、重い重い肩の荷が一つ下ろされた。千剣破の寿命が少し長くなりそうである。