96 いきなり怪異?教え子に訝しむ藤倉
「先生は幽世、怪異あるいは物の怪についてどのようなお考えをお持ちですか?」
妙な質問をする。藤倉は思った。話の流れがさっぱりつかめない。藤倉は千剣破に何故重文・国宝級の代物がここにあるかと問うた。その質問に千剣破は質問で返した。しかも怪異だと。意図がさっぱり分からない。ここは下手に返答するよりも、率直に疑問をぶつけることにした。
「すまないが、君の意図がさっぱりわからない。来国光と怪異。謎解きは嫌いじゃないが、この件に関してはお手上げだよ。答えをもらって良いかな?」
「その前に、何があっても大声をあげたり、騒いだりしないとお約束していただけないでしょうか?正直に言うと、私もさっぱり信じられないことなのです。ですが私の「家名」に誓って言います。私は犯罪行為は一切しておりません」
藤倉はますます訝しんだ。正直言って胡散臭すぎる。犯罪行為をしていないというやつに限って犯罪者というのはよくあることだ。まさか、盗品を持ち込んで私に買わせようとしているのか?
確かに素晴らしい一振りである。しかし盗品となれば話は別である。久志本さんが何と言おうと警察に届けるべきである。しかしである。久志本さんが犯罪を起こすとは考えられない。あの潔癖な久志本さんがそんなことをするなど。
まずは話を聞こう。藤倉は腹を括った。
「わかった。何があっても騒がないと誓おう。しかし先に言っておく。もし君が気づかないうちにでも犯罪行為に巻き込まれていると私が判断したら、君の意思に関わらず公明正大な対処を行わざるを得ない。それでも聞いて良いのかね?もしここで話を終えて退出するなら、私は君から連絡があったことも、ここで会ったことも忘れるよ?」
真っ当な反応だと千剣破は思った。もし千剣破が藤倉の立場だったとしても同じことを言うだろう。先生と私はやはり似てる。千剣破は思った。そうであればやはり。
「来くん、先生に話しかけなさい」
来くん?また新たな名前だ。ひょっとしてこの子は多重人格なのか?まさかこの子が来国光を何処かから盗んできてしまった?「来くん」という人格が盗癖を持って、、そこまで考えた時、いきなり声が聞こえた。
『お初にお目にかかる。ワシは来国光という。貴殿が先ほど見ておった刀じゃよ』
藤倉は仰天した。いたずらにしても手が混みすぎている。怪異と前振りを行うことで潜在意識に刷り込み、さらに散々もったいぶってじらし、超常現象を信じ込ませようとしているのか。それに引っかかるほど私は愚かではない。スピーカーはどこだ?彼女のポーチか?それともこの娘のリュックか?
「剣奈、幽世に連れて行ける?」
「え?ここ三階だよ?お母さんを横抱きにして、おじさんを背負うの?」
千剣破は考えた。何となく嫌だった。いくら恩師とはいえ、中年男性に娘が密着されるのは嫌だった。恩師に対して失礼ではあるが、言葉を選ばずに言えば、キモかった。しかしどうしよう。いくら日曜日のキャンパスとは言え、屋外で祝詞をあげて移転するのは人目に付く可能性がある。危険すぎる。
「先生、一階の教室の鍵を開けることは可能ですか?」
藤倉はますます怪しんだ。話であればここですれば良いではないか。何故一階の教室を使う必要がある?逃亡しやすいから?それとも一階に仲間がいて乱入しやすい?いやまさかな。
断ることもできる。しかし重文・国宝級の短刀案件である。久志本さんを信じてここは言い分を聞いてやるか。日曜日のキャンパスは全ての建物の出入り口と教室の鍵が閉まっている。藤倉は約束があるからと警備員さんに鍵を開けてもらっていた。休日は警備員さんが門衛所にいないことも多いが内線をかけて確認してみることにしよう。
「わかった。鍵を手配しよう。少し時間もらっても良いかな?」