1章 5部 「会見 2」
翌日の夕方、一行は馬に乗りムタイ邸を出発した。
道中の森の中でアカリと別行動を取った。
使い魔の目を使える範囲内で潜伏し確認することになる。
ムタイとユイトを含む護衛はナリヤ将軍の野営地へ向かった。
将軍は練兵のために近くへ来ており、表向きの理由は練兵のためとしているのだろう。
夜の森を進んでいると、灯りが見え野営用の天幕が3枚貼ってある場所に着いた。
付近には警備のためであろう兵士が十数人おり、こちらに気がつくと何者かと問われる。
ムタイは馬から降りて兵士にナリヤ将軍へ会いに来たことを知らせると、兵士の一人が天幕に入って行った。
しばらくすると、その兵士が出てきてその天幕に三人まで入るように言われた。
護衛で連れてきた数人は外で待機させて、ムタイと彼の副官、そして用心棒の獣使いとして猫を抱えたユイトの三人は天幕に入った。
中に入ると、入り口付近に護衛の兵士が四人整列しており、奥には装飾が施された甲冑を着た男が三人机を挟んで座っていた。
特に真ん中に座る男はただ者ではない気配を出しており、穏やかな眼差しを向けながらも瞳は蛇のように鋭くこちらを見据えていた。
天幕の中ほどまで進んだところでムタイら三人は片膝をつきながら、胸のあたりで、右手はこぶしを握り、それを左手で包む動作をした。
これは、《拱手》という挨拶みたいなものだ。
ユイトも抱えていた猫をそばに降ろしている。
「私がこの地で執政官をしておりますムタイと申します。本日は遠路はるばるご足労頂き、誠にありがとうございます」
と、丁寧にこの国の形式的な挨拶をする。
「練兵のついでだ。ムタイ殿、今回は表立っての会見ではない。堅苦しい挨拶は不要だ。」
どうぞ楽にして座ってくだされ、と促された。
それを聞いて、「では有難く。失礼します」と椅子に座るため立ち上がる。
そのタイミングで入口にいた兵士がこちらに来て椅子を引いてくれた。
三人が着席すると、兵士らは元の場所へと戻っていった。
猫は天幕の端で、丸くなり毛繕いをしている。
が、こちらの様子はしっかりとアカリへ伝わっているだろう。
会見の最初は、世間話から入った。
内地であるこの地域の財政状況、変わったことはないか。
逆に、ナリヤ将軍は基本的に《覇》との国境に詰めていることが多いのでその近辺での動向について情報交換をした。
曰く、《覇》は国境付近に大軍を配備しては解いたりと圧力をかけてはいるものの、攻め込んでくることはないとのことだった。
それよりも、《焔丹賜国》に対し斥候を出したりするなどどちらかと言えば《焔丹賜国》へ進行する可能性があるとの情報があるそうだ。
そうなれば、こちらも援軍を出すことになるだろう。同盟国であり、倒れられると次はこの国が亡びる番になるためだ。
そんな情報を交換していると本題を向こうから切り出してきた。
「ところで、ムタイ殿。貴殿は今の王政についてどうお考えか?」
この質問に対し、ムタイはむむむ、と難しい顔をした後答えた。
「どう考えているか、と申されましても中央は中央で難しいことは重々承知しておりますので私は何も……」
「建前は不要です、別にここで話したことを王政に報告しても私には何の益もない。ただ、話を聞きたいのです」
ここでしばらく沈黙が流れ、互いの腹の探り合いが続く。
下手なことを言えば将軍に首を飛ばされかねないので慎重にならざるを得ない。
それでも、ここにいる以上は何らかの話をすると決めて来ているわけで、話さないというわけにもいかない。
ムタイは言葉を選びながらも返答をした。
「全く不満がない、とは申しません。税がとても重く民の不満も相当溜まっております。
王都周辺は潤っているそうですが、それは地方から吸い取った財源で成っていることを考えますと、もう少し何とかならないものかとは思います」
「確かに。兵の間でもそういった不満は出ている。特に今練兵しているのは徴兵したばかりの農民兵だからその声はよく聞こえる」
ムタイはとりあえず咎められることがないとホッとする。
「だが、その民から得た財はどこへ向かっているか、考えたことはあるか?」
「そうですね、《覇》との一戦以来、砦の構築や武器の増産など防備の必要性が上がっているのでそこに充てられている、と王都の高官様には伝えられています」
ムタイはそう答えたが、本心ではそう思っていない。
将軍も「建前上はな、だが実際は違う」とすぐに否定する。
「ということは、高官様が私腹を肥やしておられるということでしょうか」
と恐る恐る聞く。
しかし、現実はもっとひどいものであった。
「高官の一部はその益を《覇》やほかの国へ流している。その利益や交易品のある物が高官たちを腐敗させている」
「なんと……、民から集めた税が《覇》へ流れているとは……」
ここまで若干大げさにふるまっていた感じもあったムタイが、愕然としていた。
地方役人からしてみれば怒り半分羨ましさ半分、と言ったところなのかもしれない。
そう見えるように振舞っていた。
そんなムタイへさらに追い打ちをかける情報を流す。
「ムタイ殿は《阿片》というものをご存じか?」
「《あへん》ですか、聞いたことがありませんな」
と首をかしげるムタイ。
どうやら本当に知らないようだ。
「薬、と言っていいのかは分からないが薬として売り込まれている。
この薬を使うとこの世の快楽をすべて得るのに等しい快楽を一瞬で得られるという薬だ」
「いまいち想像ができませんな。そのようなことが可能な薬なのですか?」
さすがのムタイも想像がつかないようで口を閉じたままへの字に曲げている。
将軍も難しい顔をしながらも
「私も伝え聞いたことしか知らんから本当なのかは分からない」
と困った顔をしていた。
しかし、次の瞬間には厳しい眼光になっていた。
「だが、この薬が非常に問題でな。
多幸感を得られる代わりに、薬が効いているうちは何を考えているかわからない廃人になってしまうのだ」
淡々としながらも気分の良くない話しをしている将軍。
その言葉には若干怒りが籠りだしている。
「ということは、今の高官方はその薬を使いながら政をなされていると?」
それに対し、若干気おされながらもムタイは質問した。
「ああ、さらに言えばその《阿片》を手に入れるためには、高官たちは手段を問わないようでな。
平然と不正をして《覇》と内通する始末だ」
「なんと……」
ここで再度沈黙が流れた。
「そこで、ムタイ殿。お聞きしたいことがある」
そう将軍は意を決したように切り出す。
今日の話の核心、反乱を起こすかどうかに焦点が移ろうとしていた。
「ムタイ殿は密かに私兵を募ってはおられないか?」
と、話が一気に飛躍する。
「私兵、ですか?」
「ああ、我らの軍だけでは心もとない。もし私兵を持っておられれば共に立ち上がってほしい」
ムタイは「ううむ……」と悩む様子を見せた。
しばらく悩んだ末、結論を出した。
「わかりました。ただ、私の一存ですべての私兵は動かせません。
しばらくお時間を頂いても構いませんか?」
これは、シズクへ確認をとるための時間稼ぎを考慮した返答だった。
その返答に将軍は入り口付近で控えていた兵士に目で合図をして
「構いません。ではこれで決まりですな」
と言った。
が、後ろから小さい物音がした。
ふと振り返ると一人の兵士がこちらのほうを向き矢を構えていた。
「んなっ!?」
思わず椅子から飛び起き背中にしまっていた短剣を抜いた。
が、すぐに違和感に気が付く。
照準が将軍やムタイには向いていなかった。
ここまでは気が付くことはできたが、本当の照準に気が付いたのは猫を射抜かれてからであった。
この時に、ユイトは悟った。
嵌められと。