第9話 招待状と挑戦
勉強に鍛錬に目の回る日々を過ごすフォトナには一つの懸念があった。ここ数日、シエラと会えない。
友人といるときには遠慮して声をかけないフォトナだったが、ある朝なにか考え事をしているような顔で一人歩くシエラを見かけ、つい呼びかけた。
「シエラ!」
「!……フォトナ、さま。お忙しそうですわね」
「今日は昼でもどうだ?一緒に」
そちらの国の王子は随分なご性格だったぞ。本当は真っ先に話したい相手だった。
「そう……ですね。」
いつになく躊躇うそぶりを見せるシエラに、フォトナははっとする。
「あ、いや、迷惑ならいいんだ」
「……ごめんなさい、今日は用事があって。また今度」
フォトナの目を見ないようにして慌てて去っていくシエラの背中を見つめながら、フォトナは殴られるような衝撃を受けた。
シエラに―――嫌われた?
どの授業を受けていてもフォトナの胸は晴れなかった。
そもそも仮にも上級貴族であるシエラにとって、本来はフォトナと仲いい姿が見られることはシエラにとって不都合でしかないはずだ。
いつからか自分が話しすぎたのかもしれない。何らかの噂を聞いたのかも。他の女子とも話すようになって自分が調子になった?
単に、迷惑なのかもしれない。
授業中、少しずつ魔術を剣に込める練習に励む男子の剣を次々に弾き飛ばしながら、フォトナは決意した。
……それでも。
「おい筋肉バカ女、ケガさせる気かよ!!」
たとえ、これからの振舞いが決定打となり嫌われようとも、
「聞いてんのかテメェ!……ぐはっ」
友とは、
「田舎女、俺が相手だ!!…痛えッ!!!これが…腕力だけ…?嘘だろ………ギブギブギブギブ!!」
話さねばなるまい。
「やめてくれ、僕は単位さえとれればいいんだ……アアッ———!」
私が、私である限り。
「シエラ」
一人で歩くシエラがびくりと振り向いた。
無意識にすべての筋肉を滾らせるフォトナの覇気がシエラを圧倒する。
「すまない。いや、ごめん。私が何か気を悪くさせたのだろう。謝りたい。
もしそれも嫌だというのなら仕方ないが。
シエラ、私は」
「えっ、えっえ?なんのことです」
シエラがきょとんと首を傾げた。
「最近その……避けられていたように思って」
もしょもしょと声が萎む。ああ、と声を上げた。
「私が悪いんです、ごめんなさい。実は―――」
パーティの、招待状?
「はい……フォトナさんが誘われていないのに、私だけこんなことで悩むだなんて恥ずかしくて。
それも、踊る相手がいないだなんてくだらないこと……」
「シエラ、そんなことで…!」
胸を撫で下ろしたフォトナは力いっぱいにシエラを抱きしめた。
「シエラ!二度と、二度とそんなこと……!!!ギュゥゥ」
「死にます、フォトナさん。死にます」
「おっと悪い」
向こうの世界が見えましたわ…と咳き込むシエラの背後から、高慢な声が降ってきた。
「あら、くだらないとは聞き捨てならないことですわね」
この声は———
クリスティーヌ。ニヤリと二人を見据え、以前に見たときよりも多めの軍団を引き連れている。
「あっ、そんなつもりは」
「貴族の女子たろうもの、パーティーに出るのは貴人の務めじゃありませんこと?
まぁ、どこぞの島国の文化は知りませんけど」
「はい、それはその……いえ」
シエラは震える声で、それでも高笑いするクリスティーヌを見つめ返した。
「失礼いたしました。お誘いいただきましてありがとうございます、クリスティーヌ様。
しかし、お言葉ながら、島国、ではなく、セレニア国かと、存じます」
言い切って、パッと俯くシエラ。
「へえ……?」
蛇に睨まれるとはこのことだろう。
ぱっと立ち上がったフォトナにああ、そうそう、とクリスティーヌは言い放った。
「あなたにも招待状をご用意していてよ、島の方」
「な、なんだと?」
「あら、心配なさらないで。平服で構いませんことよ。どうぞ制服でおいでませ?
遠いところからお越しでは、ドレスの一着もご用意はないでしょうから!」
ぐうっ…………。図星を突かれたフォトナは思わず黙った。
「ほう。なかなか見上げた心構えじゃないか、クリスティーヌ」
その声は。
「アレン様!」
「それでこそグリニスト帝国女子だ。おもしろい。
ま、その顔を見ると、社交界を知ろうとする気はなさそうだな」
「……誰が断ると言った」
フォトナは隣の親友を想った。本来美しく優雅な貴族に囲まれているべき友を。
この貴族に対する自分の劣等感が、友情を疑わせたのではないか。
それでは私の試練とは、この弱さに立ち向かうことではないか。
たとえそれが相手の策略だろうとも、己の力不足の恥は喜んで受けよう。
心を決めたフォトナは顔を上げ、毅然と言い放った。
「素敵なご招待をありがとう、クリスティーヌ嬢。
このフォトナ、喜んで馳せ参じよう」
ハッハッハ!アレンの大きな笑い声が響いた。
「服なんぞくだらん、こちらで用意してやる。来られるなら来てみろ、身の程知らずが」
そそくさと帝国女子軍団が帰っていくと、残されたシエラは不安げにフォトナを見つめた。
学園内とは言え、仮にも王族が来うる貴族のパーティー、格式は最上のはず。ダンスの心得があるとは思えない。
「シエラ」
「はい、フォトナさま……」
「美しいダンスのためには、どの筋肉を鍛えればいいだろうな?!」
ダンスの一つや二つ、マスターしてみせる!
意気込むフォトナを尻目に、頭を抱えるシエラだった。