第8話 薬学授業と小鳥達
薬学室は他の教室とは雰囲気を異にした、実験室や骨董品をしまう倉庫のような作りだ。
不思議な色をしたガラス瓶や植木鉢が壁一面の古びた棚に詰まっている。
ガヤガヤとした教室におよそ教師とは思えない色香をまき散らす、ウェーブの緑髪に眼鏡の薬学教師兼保険医―――サマンサ先生は声を張り上げた。
「それじゃ、班ごとに実験結果をレポートにまとめたら終わりよー。
指定の薬を間違えずに必要な分だけ取り出すこと。
それとぉ―――中には劇薬もあるから。扱いには気を付けなさいね~?」
男子生徒が色めき立っているだけではない。女子生徒もまた興奮を抑えられずにいた。
王子達が全員参加しているのだ。
もちろん机は分けられているものの、ここまで近距離で見つめることのない女子達のおしゃべりは止まらなかった。
フォトナがいつも通り一人で瓶を取りに行こうとすると、一人の女子に呼び止められた。
「フォトナ様、フォトナさま!」
「おあ、はい!な、なんでだしょえか?」
「その……よかったら一緒に実験しませんこと?」
下級貴族らしい女子達がきゅっと集まってフォトナを見上げていた。
机に座った瞬間、女子の一人が口火を切った。
「フォトナ様………アレン様と恋仲って噂は本当ですの!?」
「は!?」
いくつもの女子達のキラキラした瞳を浴びながらフォトナはまだ察せずにいた。
「いいえわたくし聞きましてよ、ソルヴァ様と親しげに話していたところを見た方が……!」
「それは」
「いいえネピア様と授業中密着していらっしゃるって聞きますわ!」
「えっと」
「いいえいいいえ、ラピス様との密会の話が先よ!」
「ちが」
「わかりますわかりますあのネピア様とエリック様のペアっていいいですわよね…っ!」
「なん」
突然、小鳥のさえずりの爆発に巻き込まれた。そんな気持ちだ。
目立つなというソルヴァの言葉が脳裏によぎった。これか―――
……しかし、構わないではないか。
「頼む、説明させてくれ……だが、いいのか?私といるところを見られては都合が……」
「わたくし達、反省しましてよ。フォトナ様がその、島―――セレニアのお国ご出身というだけでどうしても尻込みしてしまって」
「本当は気になっていましてよ」
「シエラ様ばっかり、ずるい…!」
女子達がうんうんと頷いている。
権力闘争に関係のない女子達はこんなものなのだろうか。フォトナは狐につままれたような顔でいた。
「それでも、少しずつ聞きましたの。シエラ様から、フォトナ様は皆が思うような方じゃないって」
フォトナはハッとした。
シエラ―――我が、友――――――
「はあ、それにしてもなんて麗しいお姿」
胸がいっぱいのフォトナを置いてけぼりのまま、女子達は王子達の席を熱く見つめた。
目線の先ではネピア王子とエリック王子が真剣に実験している。が、彼女たちにはキラキラと輝いて見えるのだろう。
「そういえばどうしてこんな授業に王子様達が集っていらっしゃるのでしょう?」
「それはね、王子こそ受けなきゃいけない授業だからさ。小鳥ちゃん達」
ラピス王子が微笑みながら佇んでいる。
きゃあっ!!悲鳴が上がった。
「ふん、授業中にナンパか。さすがはオーリア王国の不埒者は違うな」
「へえ、本読みすぎてモテなくなっちゃった?」
「おい、喧嘩か?先に殴らせろ」
わらわらと集った王子達のせいで急にフォトナの頭上が騒がしい。
さすがにサマンサ先生も……知らんとばかりに本を読んでいる。いいのかよ。
さっきまでネピア王子といたはずのエリック王子が机の下からひょこっとと顔を出す。
「けどまぁ、ラピス王子の言うことは本当だよ。
例えばこの葉は、特殊な煎じ方をすれば毒になる。
そういうのわかっておかないとね。王族ってきな臭いよねぇ~~フォトナちゃんも気をつけなね?」
王子達オールスターに声にならない声を上げる女子達。
「……さすが、森の事情には詳しいか。原始的だな」
「はぁー!?毒殺されても知らないんだからね!」
アレンのちょっかいにシャーッと威嚇するエリック王子。隣国同士の王子は相性が悪いとは本当かもしれない。
この騒ぎにも、エリック王子がいつの間にか爆発させた薬を黙々と片付けているネピア王子は助けに来ない。
「はい、あと四半刻~」
パンパンとサマンサ先生が手を鳴らす。
「ちなみに授業終わるまでにレポート出さないと減点だからね~」
「うおお!?そんな!!」
「あはは、それじゃ、またね。子猫ちゃん達」
キャア~~!!
猛烈な勢いでペンを走らせるフォトナの周りで、雑談が止むことはなかった。
ルカ―――
私は貴族が、わからんぞ―――