第3話 剣術授業と試合
大食堂で長机の並ぶ中、フォトナがぽつりと座り、食前の祈りを手早く済ませた。
セレニア自治州の者特有の手を合わせるだけの祈りすら、女神に祈りを捧げるための手を握るファルベン連合国皆の形とは異なる。変わり者として浮いているフォトナに孤独が染みた。
言ったことは嘘ではない。友達になりたいのだって本当だ。
しかし、フォトナは人生で初めての強烈な感情に胸を焼かれていた。
やらかした――――――ってやつだ。
どうしてこうなった。大人しくしているつもり、だったんだが。
あれからすっかり腫物扱いを受けているフォトナは、曲がりそうになる背筋をなんとか正し、いつも通りあまり味のしないであろう昼食を食べ始めるところだった。
「あの……お隣、いいですか?」
聞き漏らしそうな小声にばっと顔を上げると、灰色に近いくすんだ青色の髪をハーフアップにした内気そうな少女がこちらを窺っていた。
や、優しそう……!
フォトナが口をパクパクさせていると、いや、外に行った方がいいですかね、とこそこそ話した。
確かに、このまま食堂では居心地が悪い。
二人は手早く昼食をまとめて外に出ると、ベンチで昼食を共にした。
「シエラと申します、私……、ずっと話したいと思ってたんです。
この前のフォトナさん、かっこよかった……!だから私も勇気出してみたんです……!」
フォトナは叫びたい気持ちを堪えた。
ルカ―――!
友達ができたぞ―――!!
ファルベン学園の敷地は広い。
剣術の授業は森に囲まれただだっ広い草原、中庭での野外授業だ。
フォトナは一括りにまとめた長い髪を揺らし、必要以上にぴょんぴょん跳ねて準備運動を行った。十余名の男子生徒はもう貸与された木剣をぶんぶんと振っている。
そもそも男子に官吏もしくは軍人になること、女子にそれらの妻にふさわしい教育を施す…という名目で要はエリートと接点を持たせること。
それがこの貴族のみ入学を許される学園の存在理由である。共通必須科目を除けば授業は選択制。
つまり、このような武術の授業を受ける女子は当然フォトナ一人だ。
肩をぶんぶん回すフォトナはもはや異物を見る目に慣れ切っていた。
ふん、悪くない。悪くないじゃないか。
やはり言える志は言った方がいい。一人の親友さえ得ればいい、なんか、英雄っぽいじゃないか。
ならば私も、友にふさわしくならねばなるまい。
セレニア風に木剣を構え、動揺を隠せない相手方をまっすぐに見る。
剣術担当の教師が気だるげに指示した。
「剣術なんてね、実践だからさ。動ければそれでいいわけ。」
グリニスト帝国出身者らしい赤髪………が教師らしくなくもじゃもじゃと。髭まで生えている。
サイラス師が締まらない合図を切った。
「ええ~まあ、いいや。それじゃあ—―、はじめ」
ガキン!!と木剣とは思えない音を鳴らすと、すでに六人目の男子がぐうっと痺れる手を抑えた。
両腕を腰につきふうーっと息を吐くと、サイラス師に話しかけられた。
「いやぁーお嬢さん、やるねえ~」
「なに、多少の鍛錬ですよ。はっはは」
「言うねえ~~~。うーん、困ったなぁ。相手がなーどうしようねえ」
さすがに貴族の男子が女子相手に負けたい道理はない。
なんとなくサイラス師とフォトナを囲むように円ができ………一人の男が歩み寄るとそれが崩された。
ニヤリと笑っているのは……
アレン王子だ。
………王族がなぜこの授業に?
「俺が相手でどうだ」
「アレン王子様かぁ……へえー。いいんじゃない?」
ヒュウ、とサイラス師が口笛を吹く。
「お嬢様の方は、どうかな?」
「もちろん構いませんが……」
アレン王子がマントを脱ぎ捨て剣をとると、たくましい体つきに気怠げな雰囲気がガラリと変わり、周りが息を飲んだ。フォトナの方は見もせずに吐き捨てる。
「意見は戦わせるだとかほざいていたな、島の」
「フォトナだ」
「俺の考えは否だ。力こそすべて。弱き者の言葉に意味などない」
はじめ、の合図に二度三度打ち合うと、最初は慎重に試すような太刀筋だったのが次第に熱を帯びる。
アレンはファルベン連合国に古く統一された伝統的な大剣の構え。木剣でも一撃一撃に重たさが乗るように重心は低い。
一方、フォトナの型は細い剣を想定しているから、同じ木剣でも軽やかに、急所を突ける中姿勢を保つ。
アレンの剣は型から決して外れない。それは正しい姿勢を筋肉が裏付けているからだ。
何度も剣を交わすうちに、フォトナは意外な心持がした。
不遜な言い方とは裏腹に、こいつ、相当な努力家なんじゃないか?
段々と息が切れてくる二人に、観客と化した生徒たちも熱くなる。サイラス師はーー止めるどころか野次馬に加わってやがる。
ガチン、と二人の剣先がぶつかりあった時、フォトナが詰め寄った。
「アレン」
「様をつけろ」
「見直したぞ。王子とは、かくも鍛錬が要るものか」
その瞬間、剣が一気に重みを増し、アレンの胸元が光ったように見えた。
突然爆増した力を交わしきれず、フォトナの剣が宙高く飛ぶ。
あっと言う間もなく、アレンがそのまま距離を詰め、片手でフォトナの口を塞いだ。
「こ、これでわかっただろうが」
「ふご、ふごふご(今、魔力を)」
「女があまり調子に乗るなってことだ!」
フォトナがまっすぐ見返すと、アレンの紅の瞳が少し揺れたような気がーーー
「そこまでだ」
真っ白な騎士服に身を包む長身の女性が腕組みして言い放った。
「イヴリス…」
ヒッとアレンの肩がすくむ。なぜここに、と言いたげだ。
イヴリス騎士団長は鍛え上げられた肩をいからせ腕組みし、切れ長の瞳の目立つ美しい顔に不敵な笑みを浮かべていた。
「そんなに体力が余ってるなら……久々に相手してやろうか?ん?」
「うるさい!行くぞ」
「お前が来るって言ったんだろう…」
後ろに控えていたソルヴァがやれやれと連れ立つ。
本来軍師コース、つまり上級生しか教えないはずのイヴリスはサイラスをしばいた。
「さっさと止めろ、サイラス。
うちの暴れん坊がすまないね。君があんまり強くて熱くなっちゃったようだ、フォトナ・アストリア。
また、上級学年で会おう」
ファルベン連合国きっての英傑が去り、しばらくフォトナはほうっとしてしまった。
ルカ、私は―――
―――まだまだ、鍛錬が足りないようだ!
「なんだあの軟弱者どもの構えは。基礎を叩き込んでもらわんと困るんだよ。大体近年のガキ共は平和ボケがひどくて困る」
「そうカッカしなさんなよ。どうせ骨のあるやつなんかいないんだ」
「大体いつもいつもその調子のお前がなぜクビにならんか私には本当にわからないんだが」
「うーん、天下りってわかる?」
サイラスの頭をイヴリスがしばく。
「にしても……不思議な構えだったな。あれが彼の国の者だろう。
ぜひお手合わせ願いたいものだ」
「お前さんが?そりゃ野暮ってやつだ。若人の青春にこそ革新はあるのさ」
そんな噂話をされているとは露知らず、その夜のフォトナが素振りを百回追加したことは言うまでもない。