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第2話 歴史学授業とご挨拶

ファルベン学園の大教室は、前方の教壇を見下ろすようにして、磨き上げられた机が放射状に取り囲んでいる。

石造りの壁、大きな黒板、高い天井、…歴史分の重厚感を放つ空間で、ゲルハルト教授が歴史学の講義を行っている。


さっそくの全員出席必須授業だが、しかし、例年に比べ人数は少なく教室にはゆとりがある。

五人の王子達が入学する今年は、入学できる貴族の数が絞られるからだ。



入学前はさすがに肝を冷やしたが、しかしなんとかこうして無事座っているではないか。


寮部屋も割り当てられ

 (たまたま同室者はいなかったが)、

怒涛の入学説明会を終え

 (たまたま私の両隣は空いたままだったが)、

さすが王都学園の学食に喉を鳴らし

 (たまたま誰にも話しかけられないが)、


まあ、これくらいのこと、なんなく済ませられねばな。


…………一人でも。



浮かんだルカの顔をかき消す。

これも、鍛錬。


うんうんと頷きかけて、いけない。集中しないと。

せっかく入学できたファルベン学園の生活中、授業は一言一句聞き漏らすまい。

強い意志で目線を前に向けた瞬間に、もう何度目かのチクリとした感覚を覚える。


こちらを盗み見る、決して好意的とはいえない視線だ。それも複数。

フォトナはぽりぽりと頭を掻く。目立つことはしていないつもりなんだが……。


後方列の真ん中に陣取ったフォトナは、形のいい鮮やかな頭が並ぶ教室を見据えた。明らかに眠気が漂っている。


正確には、五元色―――赤、青、緑、金、茶、いずれかを基調とする深い色を湛えている。


通常でも貴族しか入学を許されないファルベン学園、ここでしかお目にかかれない光景だろう。

しかし、別格の輝きを前にしてはそれもくすんでしまう。


王子達だ。


髪色の輝きで圧倒的な血筋の良さ、その内なる魔力の強さを示している。

燃えるような赤、深い海のような青、新緑のような緑、―――あれ?三人しかいないな?

他の生徒が座ることを許されない右前方の一角を悠々と陣取っている。椅子のビロウドのふかふか具合が違いそうだ。


……にしても。


偉そうに、しすぎだろう!緑のは寝てるし…。

なんだ……

なんだあの……赤いやつの……ふんぞり返り方は!鳩か!?

絶対に笑っちゃダメな時、あるよな。それ、今なんだよな。

でもあれ絶対人にものを聞く態度じゃない。なんで教師よりデカいんだよ、態度。


こみ上げる笑いが限界を迎え小さく咳払いでごまかすと、


ちょうどファルベン連合国の成り立ちを要約し終えたところのゲルハルト教授と目線が合ったように思えて、慌ててペンを取り直す。


「―――というわけで、先の大戦以降、女神より授かりし五大元素に基づいて、


  火を司る グリニスト帝国


  水を司る アクアヴィスタ公国


  木を司る エルフェイム共和国


  金を司る オーリア王国


  土を司る テラスト聖国


 これら五大国が、ファルベン連合国の中立的な政権とした緩やかな連帯を結ぶようになり、それが次第に強まることとなった。

 これが、皇紀元年。

 ここまでが各国が持ち回り制で担う皇王の治世と、それを支える五賢老による連合制の始まり。これ以降、皇紀627年の今に至るまで、平和が保たれているわけです。

 ここはファルベン連合国の中心地、ファルベン王都。

 ま、つまり、皆さんはいわばその中心で学んでいると。忘れないことですな」


教授の言葉に釘を刺され、居眠りしかけている頭がはっといくつか動いた。


フォトナは小さな違和感を覚えた。大陸戦争の終結と連合国成立からしか説明されていない。

これではまるで―――最初から五つの王国しか存在していなかったみたいだ。


しかし次の瞬間、フォトナの疑問に嘲笑って答えるようなゲルハルト教授の声に、教室の空気は固まった。

 「まぁ、属するのを拒んだならず者……いや"奇妙な"島国を除けば、ですがね」

声を響かせた教授はまっすぐに冷たい目線をフォトナに向けた。

悪意でも敵意でもない、ただ見下す冷たい目線。

水を打ったような沈黙の後、意図を察したクスクス…という笑い声がさざ波のように響いた。


セレニアの名前すら呼ばれない。なるほど。……さすがに、俯く。


いや、しかし―――


意を決したフォトナが口を開く前に、動揺を見て満足したのか、教授が言葉を続けた。


「おっと、失礼。今のは古い歴史の話だ。

 女神の加護を受けられないまま、島に追いやられたセレニア王国は、皇紀126年。ついに音を上げ、セレニア()()()として連合の輪に加わることを許された。

 こうして、ファルベン連合国の威光は隅々まで行き渡るようになったわけだ。

 今日はここまで。復習を忘れないように」


授業後、ガヤガヤとした喧噪の中で、一人の女子がフォトナに声をかけた。


「ねえ、フォフォンさんだっけ?」


「いや"、」


しばらく発声していなかった喉が掠れてしまった。

いかにもグリニスト帝国の貴族らしい輝く赤髪を優雅に波打たせた気の強そうな女子がフォトナを見下ろしている。

化粧は濃いが、間違いなく美人の類である。少なくとも上級貴族なのは確か。


「ん”ん”っ。いや、フォトナだ。ええと」

「あらやだ、いいわよ私の名前なんか。一生。なんでここにいるの?」

「えっ?」

「だから、ゲルハルト先生が言わんとしてたことを汲んで差し上げようってことよ。


 なんであなたいるのよ。おかしいってわからない?"島民"さん」


クスクスクス…。女子の取り巻きが嘲笑を鳴らしている。


「……入学を、許可されたからだ」


「はっ、島の言葉って通じないのかしら?出て行けって言ってるのよ。

 男子の服なんか着て、みっともない……間違って支給されちゃったの?かわいそう」


「制服は、自分で選んだ」


「聞いてないわよ。あなたみたいなのがいると品位が落ちるのよ。

 なんの間違いだか知らないけど、迷惑なのよね。ほら、皆もそう思っているわよ」


彼女が勝ち誇った顔で見回すと、好奇心を隠さない顔がいくつもニヤニヤと動いた。



幾年も時が経った時、フォトナは、いや、この教室にいた誰もが思い出すことになる。


歴史が変わる瞬間というもの、それも人が動かす瞬間というものは間違いなくあるということ。


フォトナはその時、それを選んだということを。



「すまない、答えを間違えた」


「は?」


「私がここにいるのは、私がここで学びたいと望んだからだ。


 ここで学ぶことを、共に過ごすことを、志し、憧れたからだ。すごく―――強く。


 迷惑は、かけない。

 私がたとえなんらか影響を与えたとしても、それを迷惑とは、呼ばないでほしい。

 私は、決してそう思わないから。影響を受けるために私は来たんだ。

 そして、誰かの意見を勝手に語ることは、あまり品の良い行いではないように思う」


言葉を重ねるごとにフォトナの紫の瞳がきらきらと輝き、まっすぐに射すくめられた赤髪の女子生徒は二の句が継げないでいた。


「品……ですって……!?」


「もちろん君自身の考えはぜひ聞きたい。教えてほしい。

 語り合おう。意見は、ぶつけるものだ。奪うものではない。

 そうすればさらに私は語るとも。知ろうとすることを私はやめない。

 それは、私があなたとも仲良くなりたいと思っているからだ。クリスティーヌ・カジョス」


「……ッ」


いつの間にか立ち上がっていた長身のフォトナの目線はクリスティーヌと同じになり、自然と握手を求めて手を差し出た。


静まり返った次の瞬間、笑い声と共に、フォトナの下から緑髪の美少年のアホ毛がひょこっと飛び出した。


「あっはは、最高ー!」


行き場を失ったフォトナの右手にハイタッチし、ケタケタ笑っている。


「でも、冗談はそのくらいにしないと、怒られちゃうよ?」


寝癖をつけたままのきらきらとした瞳でこちらを見上げている。

フォトナは構わずクリスティーヌに向かって続けた。


「冗談のつもりはないぞ!?これはチャンスだと思う、ぜひッ」


「そのくらいにしておけ」


威厳に満ちた声が響いた。グリニスト帝国 アレン・グリニスト王子だ。


炎の燃えるように輝く赤髪がツンツンと立っている。


アレン王子を背後にし、気付けばクリスティーヌはわなわなと震えている。


「クリスティーヌ。あまりはしゃぐなよ」


「……申し訳ございません、アレン様」


「待て、謝ることはない、私は」




チッ。今度はフォトナの後ろから舌打ちがした。


「まだご高説か?」


振り向くと氷のような眼差しで一睨みされ、さすがにフォトナは口をつぐんだ。




アクアヴィスタ公国 ソルヴァ王子。


束ねられた長髪は海の水面の思わせる輝きを放ち豊かに背へ流れている。行くぞ、と二人の王子を促した。

静まり返った教室で騒動を見物していた生徒達がさっと道を開け、王子達が連れ立ち悠々と出ていく。


「おもしろかったよ~~じゃあねっ!フォトナちゃん!」

アホ毛美少年……いや、

エルフェイム共和国 エリック王子が巻き毛をくるくると揺らし後から続いた。


顔を真っ赤にさせたクリスティーヌと取り巻きは、フォトナを睨みつけてから立ち去った。覚えてなさいよ!という捨て台詞が聞こえるようだった。




しかし顔を紅潮させていたのはフォトナも同じであった。


ざわめきの戻った教室から波が引くように人が出て、気づけばフォトナだけが残された。




少なくとも、これまでの一人っぷりはたまたまではなかったらしい。


ルカ―――


―――これはとんでもないところに来てしまったかもしれないぞ。



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