「王子様のハートを射抜く!」と妹が弓のトレーニングをしている
※『第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作です。テーマは「トレーニング」。
キリキリ……と弓の弦が引き絞られる音がする。
その微かな音が聴こえるほど、俺も、執事のセバスも音を立てず妹のマリーを見つめていた。
その妹が見るのは我が伯爵家の庭の向こう、遠くに立てられた三つの的だけ。
ヒュッ
彼女が矢を放った直後、それは的に引き寄せられるかの様に飛んでいき、見事に中心の黒点を撃つ。
「おお!」
ヒュ、ヒュトッ
俺と執事の感嘆の声を待たず次とその次の矢が射られ、いずれも的の中心を射抜いた。
「お嬢様、お見事!」
セバスがマリーを讃えるが、彼女は微笑むと首を横に振る。
「ダメよ。この程度では王子様の心を掴めないわ。アレを用意して」
「はっ」
使用人達が新たな的を立てる。それには2本の縄が結わえてあり、彼等は互いに縄を引っ張ったり緩めたりし始めた。的は不規則にゆらゆらと揺れている。
ヒュッ
「お見事ォ!!」
マリーはまたも的のド真ん中を射抜いた。今度は満足そうだ。
「ふふっ。獲物は動きますもの。これぐらい出来なくては」
俺の身体に震えが走る。おいおい待て。比喩とか冗談だと思ってたけど、まさかマリーの奴、本気なのか⁉
先日のこと。妹が弓を手に突然言い出したのだ。
「お兄様、私、王子様の心を射抜く為にトレーニングしますわ!」
「は?」
「ですから、もうすぐ王家主催で狩りが行われるでしょう? そこで王子殿下の心を捉えてみせます」
俺は冗談だと思っていた。狩りと言っても狩猟祭で、一番の獲物を狩った者が王家に褒美を貰うという、いわば若い男の腕試しである。女性陣は着飾って男たちの帰りを待つ身であって狩りに行く者など一人もいない。
いや、まさか。
本当に王子の心臓を撃ち抜く暴挙に出るんじゃないだろうな⁉
だが狩りには俺も出る。そこでマリーの動きを見張ればいいと考えた。
それが当日。
何故か俺は猛烈な腹痛に襲われた。心当たりは朝セバスが出してきた飲み物。あいつもグルか!!
「では行ってきますわ!」
マリーは弓を手にニコニコと出かけて行った。男装して。
後日。
「やったなお前!」
俺は知人たちに囃し立てられた。
狩りで一番を取ったのは王子殿下だったそうだ。俺を名乗る男のサポートを受け、大きな鹿を狩ったのだとか。
殿下は大変喜ばれ、俺と我が伯爵家の繁栄は約束された。
「え? 王子と結婚? 冗談でしょう。私とお兄様の違いも見抜けぬ男ですよ?」
妹は不敬罪になりそうな言葉を吐き、多額の持参金を手に格下の家に嫁いだ。
以前からそこの令息が好きだったそうだ。
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