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2.

白ひげのおじいちゃんと顔を合わせ、大きな声で叫ばれてすぐ、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「エト様、こちらでしたか!」

「大きな声が聞こえましたが…」

「レン様とロゼ様もこちらに?」


映画やアニメの世界でしか見たことのない、燕尾服やメイド服を身にまとった人たちが集まってくる。みな西洋人のような見た目をしているが、話している言葉は日本語に聞こえる。もしや、教会を貸し切ってのコスプレ撮影会? そういうイベントの取材に駆り出されたのかもしれない。ウィッグやカラコンをしていると全く日本人には見えないものなんだな…。


「ん…? 貴様ッ、見かけない顔だが侵入者か!?」


呑気にコスプレイヤーたちを眺めていたら、RPGゲームに出てきそうな少し軍人っぽい服装の男が、腰に下げていた剣を抜いて私のほうに向けてくる。


「えっ…! 私!?」

「怪しい女、こんなところで何をしている!?」

「レン様とロゼ様を急ぎ城へお連れしろ!」


一人が私に気づいたと思ったら、周りの大人たちも急にバタバタと動き出した。天使二人を抱えるようにして走り出す執事っぽい人。距離を取って私と軍人っぽい人を見つめるメイドさんたち。

その間でおろおろしていたおじいちゃんが声を上げる。


「こ、これっ、やめんか! この御方は……」

「何をしている」


ピンと急に空気が張り詰める。低く響くような声ではないが、限りなく抑揚をおさえた凛とした声が、乱れていた場を一気に鎮めた。声の主に視線を向けると、この場の誰よりも豪奢で洗練された服装をした男性が立っていた。


「ルフト殿下…!」

「なぜルフト様がこのような場所に……」

「回廊からレンとロゼが見えてな。また爺が置いていかれたのだろうと思って二人を迎えにきたのだ」

「それはそれは、まさにルフト様のご推察の通りです」

「……して、何が起きている?」

「ああ、そうじゃった! これそこの、剣を下げよ! この御方は聖女様じゃ!」


剣を向けられたまま、貴人――と呼ぶに相応しい雰囲気を持っている男性—―とおじいちゃんの会話を聞いていたら、またも『聖女様』という単語が聞こえて首をかしげる。


「聖女様…!?」

「聖女様ってあの……!?」

「え、どうして聖女様が…?」

「誰が呼んだの?」

「なんで今…!?」


ぎょっとした顔をして、私と相対していた軍人っぽい人は剣を下げてくれた。周囲の人たちが私を見ながら口々に何か言っているが、全く心当たりのない『聖女様』という言葉に何とコメントしていいのか分からない。

おじいちゃん、さっきから私のほうを向いて『聖女様』って言ってるし、私のことをそう思ってるってことだよね……?


「爺、それは本当か」

「レン様とロゼ様を追って聖堂に向かっているとき、窓から白い光が見えておりましてのう。光が見えなくなった直後に到着し、石の上におわす御方を見つけたのです」

「そうか……」


貴人は腕を組んで数秒考える仕草をしたのち、改めて私へと向き直った。


「……聖女様。突然のことに驚かれただろうが、ひとまず詳しい話をするためにも私についてきていただけないだろうか」


先ほどの感情を見せない声色ではなく、今度は優しく安心させるような口調で問いかけてくる。「どちらが彼の本性なのだろうか」と、ついワイドショー魂に火が付きそうになったが、ひとまずこの建物を出ないとコスプレ施設(仮)の責任者にも会えないだろうし、取材だとしたら一緒に来ているであろう撮影クルーと合流もしたい。


「分かりました」

「ご理解いただけて有り難い」


石の台から降りて貴人の後に続く。建物の外に出てまず目に入ったのは、まさに『お城』としか言い表せられないデザインの巨大建築物だった。……えっと、西日本のほうにこういうテーマパークがあるんだっけ…?


「え……?」

「これより貴方様を王城の謁見の間へお連れします。爺、(デュー)でムースに知らせて、急ぎ父上たちに言伝を頼む」


王城?謁見の間? ……と必死に頭を動かし続けていると、にこにこ顔のおじいちゃんが何かを呟いた。すると何も無かった空間に白くてキラキラした光が溢れてきて、だんだんその粒子が鳩のような形になったと思ったら、目の前の『お城』の上階へと飛んで行ってしまった。

――ダメだ。頭が停止しそう。今のはARとかVRとか、そういう最先端の花火だよね…?


「では聖女様、こちらへ」

「あ、はい。……あの、さっきから『聖女様』とおっしゃってますけど、これは自主製作映画か何かの撮影でしょうか。それともそういったコンセプトの撮影会ですか? おそらく私はこちらの取材に来たのだと思うのですが、どうもすっかり記憶が無くて……」

「なるほど……そういったケースは初めて聞きましたが、ふむ、そうですか」


『お城』の方向へと歩き出した貴人に状況説明を求めると、足を止めて振り返り、じっと瞳を見つめられる。何かを見定めるような視線に気まずさを覚えて思わずうつむく。別に何も悪いことはしていないのになぜだか居心地が悪い。


「その件についても話が必要ですので、ひとまず城内へ入りましょう」

「……はい」


欲しい答えは何も得られていないが、今はこの人についていくしかないと判断する。とてつもない嫌な予感と不安が背中にべったりと張り付いているが、なぜだか少し好奇心も疼いているのだ。こういうところが根っからのテレビマンなのかもしれない。


貴人の少し後ろを遅れないように歩いていく。彼は私のペースを確認するように、時折肩越しに小さく振り返ってくる。私の後ろにはおじいちゃん他、さっきの大人たちが続いているので、迷子になることも大きく遅れることもないのだが、おそらく彼は非常に律儀、もしくは心配性なのだろう。




『お城』の中に入って早々、謎の模様の上に立たされたと思ったら、見覚えのない廊下に瞬間移動していた。ちらりと窓の外を見ると地上がはるか遠くに見えて、かなり上の階まで来たのだと分かった。……なんだか遠くにヨーロッパみたいな街並みがある。その向こうのあれは山?畑?

急に上層階へ移動したこと、見たことのない街並み、あり得ない広さの『お城』とやら。さすがに情報が処理しきれなくなってきた私に、いつの間にか並んで歩いていたおじいちゃんが話しかけてくる。


「王城は王国の中で一番大きいのです。ほとんどの場所は転移陣で移動できますので、ワシのような老体も移動は楽なのですが、ここから先は王族の執務区域と居住区域となってきますゆえ、転移陣は使用できませんでのう。少しばかり歩きますがご容赦ください」

「は、はい……」


もはやただのコスプレではないのだと頭では理解している。この城や窓からの景色を総合的に判断すると、ヨーロッパかどこかなのかもしれない。けれど先ほどから彼ら――すれ違う使用人らしき格好の方々も含め――が日本語を話しているのだ。そして極めつけは、あの光る鳩。

全ての情報が指し示すもの、答えは私の中にすでに――




テレビ局の廊下に貼ってある大量のポスター。人気アイドルが主演するドラマ、賞レースで優勝した芸人が司会のバラエティ、局が主催の音楽フェスの告知、そして、ひときわ目を引く視聴率を印字した紙。その中にいくつか、局で放送されているアニメのポスターも貼られている。エレベーターを待つ傍らでそれらを眺めていると、今年入ってきたばかりの新人ADが今流行っているジャンルを教えてくれた。

異世界に転移して授かった不思議な能力で悪を成敗する話。令嬢に転生し乙女ゲームのような世界で恋愛をする話。不慮の事故で死んだ後、異世界の貴族に転生し前世の記憶でチートする話。

へー、そんなのが流行っているのか。何かネタになるかな?と考えたことをぼんやりと覚えている。




そう、今の私の状況はまさにそれだ。ドッドッ、と心拍が上がる。そんなバカな、いやありえない、と否定の言葉が浮かんでは消えてゆく。その一方で、目の前を歩く貴人の後ろ姿を見る。

服装はクオリティの高いコスプレと言い切ってしまえば、一旦は横に置いておけるとして、対峙した紫色の瞳はカラコンだろうか。明け方の夜空の片隅を切り取ったような、それでいてどこまでも透き通るガラスのような色合い。そんな瞳は、果たして海外でもお目にかかれるのか分からない。

それに、先ほどは屋外だったからグレーに思えていたけれど、彼の髪色は光の当たり具合によってブロンドにもシルバーにも見えて、なんという色なのか言い表す語彙が見つからない。こんな複雑な色は、どんな高級ウィッグでも再現できないのではないだろうか……。

まだ確証はないけれど、それでも十分な要素が揃っているように思えてくる。そしてもし全てが事実だと分かったとき、私はどうすればよいのだろう。彼らの言う『聖女様』とは何なのか。私は帰ることができるのか。一歩進むごとに取り返しのつかないところに連れていかれる気がして、少しだけ足が重くなった。


「こちらでお待ちいただけますか」

「え、あ、はい……」


いつの間にか、ひときわ豪華で大きな扉の前まで来ていたらしい。扉の前には金属製の鎧を身にまとった兵士のような人が複数立っていて、貴人にビシッとした敬礼を向けている。


「爺、私は先に入って父上たちに状況を説明する。すぐ声を掛けるから、彼女とここで待っていてくれ」

「承りましたじゃ」

「聖女様、しばしお待たせすることになりますが、お呼びしたら中へお入りください。何かあれば、そちらの爺に」


そうして一度開けられた扉の先には赤い絨毯が続いていて、部屋の奥の少し高いところに並んだ椅子――ファンタジー映画で観るような、背もたれがすごく長いやつ――に幾人か座っているのが見えた。あまり中を見るのはマナー違反な気がして、スタスタと中へ歩いていく彼の足元を見ていたら扉がゆっくりと閉まった。


「きっとすぐに声が掛かりますゆえ、しばし辛抱くださいのう。老体を立たせるとは、やれやれ……」


私が緊張していると思ったのだろう。本当は情報の整理が追い付いてなくて混乱しているだけなのだけど、位が高そうな人たちの集まるところへ入っていく私に、老人ジョークを言って笑わせようとしてくれているのが伝わってくる。


「ふふ、中に入ってからも少し歩きそうですもんね」

「まったくその通りです。御前まで飛んでいきたいと、いつも思っておりますじゃ」


そうこうしているうちに再び扉が開かれる。思っていた以上に早い。確認の意味を込めてチラッとおじいちゃんのほうを見ると、穏やかな笑顔で頷き返された。ぐっと前方に視線を向ける。あんまりジロジロ見るものではないのだろうけど、中にいる人数ぐらいは把握しておきたい。

1、2、3……5人、私とおじいちゃん入れて7人。たった7人で話すには広すぎる場所に思えるけど、望む答えが得られることを願って、決意するように赤い絨毯へと足を踏み出した。

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