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1.

忙しなくバタバタと走る足音。

誰かが手元の紙をめくる音。

遠くでは指示を飛ばしている声。


何となく空気が熱いような、浮き足立ったこの感覚。少しでも気を抜いたら、ここ数日の睡眠不足と筋肉痛と疲労感がドッと押し寄せてきそうで、きゅっと唇を結んで気合いを入れ直す。


「本番1分前ー!」


耳に付けた魔道具から聞こえる声を合図に、スタジオにいる全員が所定の位置でスタンバイ態勢に入る。何とも言えない武者震いのような高揚感が全身に満ちて、これから始まる出来事が現実なのだと、ようやく思えてきた。

試験放送もした。リハーサルもした。スタッフは配置に就いて、演者もセットに入ってる。撮像機(カメラ)集音機(マイク)も大丈夫。

僅かに残る不安を振り払うように最終確認をしていると、澄んだ気配が音もなく横に並んだ。光を浴びて輝く髪が少し揺れて、夜空を透かしたようなアメジストの瞳が私を見下ろしている。同じぐらい疲れきっているはずなのに、そんなことを微塵も感じさせない姿に改めて驚かされる。

思わずこれまでの日々に思いを馳せようとしたが、目の前の男はその綺麗な唇の端を上げて、にやり、と音がしそうな笑みを浮かべた。


「さっさと位置に就け」


その声によって現実に引き戻された私は、耳から聞こえ続けるカウントダウンに急かされるように、演者とスタッフの境界線、カメラの真横に小走りで向かう。数字が減るごとに静まり返っていくスタジオ。余計な音を発してはいけないという、別の緊張感が伝わってくる。

一度大きく深呼吸して、自分の中に満ちる光を感じる。ゆっくりと力を解放すると、それらは見えない電波のように伸びていって、四方八方へと拡散していった。遠くまで届け、と念じながら前へと向き直る。


「本番5秒前! 4、3…」


――届け……!











小さい頃からテレビが好きだった。物心がついた時から、ずっとテレビの前に座っているような子供だった。好きな芸能人が出ているバラエティを見たり、歌番組でのアーティストのパフォーマンスに憧れたり、ドラマは録画して何度も繰り返し見たりもしていた。家族と一緒にスポーツ観戦をして盛り上がったときも、見たことのない外国の景色に驚いたときも、凄惨な事件に心を痛めたときも、私の世界はテレビを中心に回っていたと思う。

そんなテレビ漬けの人生で、テレビ制作の仕事を志したのは自然な流れだった。大学で映像や音声について学びながら、先輩の紹介でテレビ局のアルバイトもした。最初は雑用ばかりでスタジオに入ることなんてほとんど無かったけど、だんだんそういう部分にも関わらせてもらえるようになったときは、自分も業界人の仲間入りをしたような気持ちになって嬉しかった。

大学卒業までの4年間がっつり働いていたら、いつの間にかADとして扱われるようになって、そこで知り合ったスタッフさんから誘われて、そこそこ大きな制作会社に就職することもできた。

テレビ局員を志そうとも思ったけど、アルバイト先で実際の現場を見た私が憧れたのは、薄給と長時間労働でもテレビ作りのために汗水垂らして働く、制作会社のスタッフさんたちのほうだった。実際、局員は狭き門だし、私なんかは一次面接で振るい落とされただろう。


アルバイト時代は色んな番組を経験した。料理番組、子供番組、バラエティ、歌番組、ドラマ、スポーツ…同じ建物の中で全く違うジャンルの番組が作られていて、視聴者として観ていても飽きなかったけど、どの番組の制作現場も新鮮で楽しかった。

だから、配属番組がアルバイトで経験してこなかったワイドショーになったときは驚いた。と同時にワクワクもした。ワイドショーは取り扱うジャンルが幅広く、毎日、毎時間、毎分、新たに飛び込んでくるネタに対応する日々は、私の性格に合っていたのだと思う。

一週間以上家に帰れないときもあったし、デスクの椅子を並べて寝ることもしょっちゅうだった。でも4年間のアルバイトで知識と根性が培われていたのもあって、平日朝5日間の生放送という過酷な現場でも、心はひたすら元気に楽しく仕事に臨めていた。

だけど、そんな生活に体が耐えられるわけがなく、色んな状況が重なって一か月以上家に帰れなかったときに、気力も体力も尽き果てた私はスタッフルームの床で寝転がっていた……のだと思う。たぶん。











まばゆい白い光に包まれている……気がする。というのも、今私は目を閉じているから周囲の状況なんて分からないはずなのに、真っ白な世界の中に寝転んでいるのだと、なぜか分かる。不思議と眩しくはないけど目を開けることもできない。寝返りを打とうという気持ちはあるのに体は動かない。しばらく覚醒した意識に反して動かない体と戦っていたけれど、どうしようもないことだと気づいて諦めた。

ワイドショーの現場では即断即決が求められることが多々あって、時には潔く諦めることもしなければならないと学んだ。そんな普通に生きていたら体験しないような出来事をたくさん経て、私の思考や行動原理はだいぶワイドショー色に染まってしまっているのだ。だから体が動かないなんていう非常事態でも、頭は冷静に動き続けている。


「んー、疲れすぎて体が動かないってことは前にもあったけど、ここまで一切動かせないとなると頭でも打ったのかな…。私、昨日どこで寝たんだっけ…」


つい、今は何時だろう、と考える。11時からネタ出しの会議、13時には取材相手とのアポがあったはず。万年人手不足だから大きな発生があったらヘルプに駆り出される可能性もあるし、明日の芸能取材の予定も早めに確認しておきたい。刻々と状況が変わるからこそ、その最前線で情報に食らいついておかないと一気に置いていかれてしまう。

ふと、周囲を包んでいた光が収束している気配がした。だんだんと白い範囲が小さくなっているのだ。しかも私を中心に。少しぽかぽかするような、それでいて脈打つような、うずうずするような感覚がして、光は私の中に吸収されていってるのだと分かった。不思議と嫌な感じはしないし、吸収した光で体がパンパンになるようなこともなくて、ただただ満たされるような時間が続く。

ようやく収まったと気づいたときには、急にまぶたの裏が真っ暗になって反射的にパチッと目が開いた。途端に体の感覚も元に戻ったのか、硬い床の感触に気づく。スタッフルームの床は一応カーペットが敷いてあるから違うし、一体ここはどこなのだろう。ゆっくりと上半身を起こしながら、少しだけ首を左右に振って180度の範囲を確認してみる。


「大理石、かな……? 壁も床も白いけど、局内にこんな場所なかったはず…」


私は白い石で作られた建物の中に居るようだった。天井が高く吹き抜けのようになっていて、高い位置にはステンドグラスで作られたような色付きの窓が見える。描かれているのは女性……?よく見るようなモチーフにも思えるが、この位置からだと全体が見えず、どの宗教のものなのか判断できない。

建物全体は講堂のような造りで、けれど机も椅子も、何も備品が置かれていない。唯一、建物の中心には大きな石の板のようなものが置かれていて、どうやら私はその上に乗っているらしい。もしかすると取材先で倒れてしまったのかもしれない。ここはどこかの教会なのだろうか。


カタン、と音がする。静寂を乱したごく小さな音に顔を向けると、海外の美術品に描かれる天使のような風貌をした子供が二人、扉の隙間からこちらを覗いていた。


「えっと、こんにちは……」

「「…………」」

「もしかしてここ、海外? ハロー?ボンジュール?グーテンターク?」

「「…………」」


ぎゅっと手を握り合った天使二人は、表情を変えることなく私を見つめている。全く記憶にないけれど海外ロケに来ている可能性もある。思いつく限りの言語で挨拶を投げてみたが無反応。微動だにしないから彫刻のようにも見えてくる。ドラマの撮影、いや、雑誌のモデル……?

しばらく見つめ合っていると、今度は少しにぎやかな足音が近づいてくる。ドテドテと大きな効果音がしそうな、まん丸い風貌の老人が息を切らしながら天使二人の隣で立ち止まった。


「はあっ、はっ、ふぅ…! レン様、ロゼ様、爺を置いていかれては困りますじゃ…!」

「エト爺、女のひと」

「エト爺、聖堂のなか」

「はて……?」


天使二人に向けられていた顔がゆっくりとこちらを向いた。サンタクロースのような白ひげに、顔の面積にしては小さめの丸眼鏡、身なりは中世の貴族のような恰好をしているけれど、雰囲気はどことなく田舎のおじいちゃんのようで親しみやすそう。

天使二人+おじいちゃんの視線を集めた私は、彼らの言葉を聞き取れたことに安堵しつつ、そこでようやく立ち上がった。


「あ、こんにちは……で通じます? 日本語を喋ってるようですけど」

「……せ…………」

「せ?」

「せ、せ、せ、聖女様ーーー!?」


えっ、な、何? 今、聖女様って言った…? なんで私のほうを向いて言っているんだろう。どちらかというと、そこの二人の子供のほうが聖なる存在のように見えるけど……

いや、それよりも日本語通じるってことはやっぱり国内? なんか扉の隙間からすっごく大きな建物が見える気がするけど何……!?


……明日のオンエアまでに帰れるの……?


ぴゃっと飛び上がるように絶叫した老人に面食らってしまった私は、発せられた言葉の意味をよく理解できないまま、急激に動き始める状況に身を任せることになるのだった。






「聖堂が真っ白な光でいっぱいだったね、ロゼ」

「聖女様は不思議な言葉を話すのね、レン」

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