65. 弱者相手に僕TUEEEしても虚しいだけだよね(煽り
「(そろそろ潮時かな)」
新入生の数がかなり減り、スカスカな場所が増えて来た。半分どころか、四分の一以下に減っているからだ。それゆえ乱戦になっている場所はほとんど無く、暴走特急を引き連れても大きな混乱にはならなくなっている。
「(今の順位は二位か)」
電光掲示板を確認すると、一位が『英雄』クラスで二位が『精霊使い』クラスと表示されていた。なお、この順位は初日の分も含めた総合順位である。バトルロイヤル開始時と比べると逆転されているのだが想定内だ。
「(ポイント差は十点。ほぼ互角だね)」
終盤に入ろうとしているところでこの点差ならば及第点。十分に再逆転を狙える差だ。
「(僕もそろそろポイント狙いにっ!?!?)」
「不浄なる魂を捕縛せよ!」
今後の作戦を考えようとしていたら足元から突然茨のようなものがせり上がって来た。どうにか大きく前に飛んで躱したものの、ダイヤへの攻撃はそれだけでは無い。
「矢!?」
着地点のやや前方めがけて、右方からもの凄い勢いで矢が飛んできたのだ。当たってしまったら大怪我は確実だ。
「(盗られる!)」
だがダイヤの直感が、ここで足を止めてはならないと言っている。矢を警戒して動きを止めてしまえば、その瞬間にハチマキを奪われてしまうのだと。
ゆえにダイヤは前に進み続けると決めた。もちろんそのまま進んでは矢に貫かれてしまうため、それを飛び越えるように前方宙返りをしたのだ。
「チッ!なんという身軽さだ。この猿が!」
いつの間にか先ほどまでダイヤが立っていたところに少女がいた。何らかのスキルを使い体を隠し、ダイヤの動きが止まったところでハチマキを狙うつもりだったのだろう。
「ウッキッキー!」
「こ、この野郎!」
奇襲の仕返しと言わんばかりに煽るダイヤだが、流石につられて無謀な攻撃をしてくる程単純では無かったようだ。
「ユウ!」
追いついてきた音が襲撃者の名前を呼ぶ。
彼女達は音のクラスメイトにしてパーティーメンバー。
トレジャーハンタークイーンの葉切 勇。
弓聖の雨衣 ねらい。
ミラクルメイカーの木夜羽 奈子。
以前、沼地でダイヤが遭遇した三人娘だ。
勇は音に返事をするより先に素早く動き、ダイヤを音と挟み込むようなポジションを取った。左に離れた所に奈子、右にかなり離れた所にねらいが陣取り、それぞれ杖と矢をダイヤに向けている。
「猪呂!ここでこいつを止めるぞ!」
「分かったわ。でもそいつまた逃げるから気を付けて!」
「そしたら地の底まで追いかけてやるさ!」
「僕のことそんなに愛してるんだね」
「うっさい!死ね!」
四人に狙われていると言うのに、懲りずに揶揄おうとするダイヤ。のほほんとした笑みは変わらず、ピンチだと思っていない様子だ。
「それと、僕はもう逃げないから安心して」
「何だと!?」
先ほど考えたように、暴走特急の役目はもう終了だ。
ここからはダイヤが攻めに出るターンになる。
「(まずはここで彼女達を倒す)」
優勝争いをしている『英雄』クラスのメンバーで、ここまで残っているということはそれだけ稼いでいるということに違いない。これ以上ポイントを奪われる前に、ここで確実に仕留めたい。それに加えて音までも脱落させることが出来れば『精霊使い』クラスがかなり有利になるだろう。
「舐めやがって。絶対ぶっ倒す!」
「ペロペロ」
「ぐっ……殺す!」
「そこまで僕のことを目の敵にしなくても良いのに。僕、君にはまだ何もしてないと思うんだけど」
今日は揶揄っているが、それまでは彼女達に向けてアピールした覚えがダイヤには無い。しかも彼女達の仲間の音を色々な意味で救ったというのに、どうしてここまで憎まれるのかが不思議だった。
「てめぇが猪呂をかどわかそうとするからに決まってんだろ!」
その理由は単純で、大切な仲間をハーレムに引き込もうとしているからだった。
「えぇ~かどかわかすも何も、音は自分から幸せになりにハーレムに入るんだよ」
「入らないし!認めて無いし!」
「ふざけるな!そんなわけないだろうが!」
普通に考えれば自分からハーレムに入りたいだなんて思う女子は稀だろう。しかも音は明確にダイヤのハーレムを拒絶しているのだ。
「素直になってないだけだから」
「どうしてそうなるのよ!」
「クソ思い込み野郎が!」
「思い込みじゃないよ。ちゃんと理由があるんだよ」
そう、ダイヤが音のハーレム入りを確信しているのはただの勘だけではない。
その理由を彼女達に教えてあげることにした。
「例えば音がハーレムに入ったとして、僕が他の女の子とイチャイチャしてたらどう思う?」
「悲しいに決まってるじゃない!」
「じゃあその子が葉切さんだったら?」
「はぁ!?気持ち悪いこと言うんじゃねーよ!」
なお、『英雄』クラスのメンバーの名前は合宿前に覚えたので、勇のフルネームも把握していた。
「それでも変わらないわよ!」
ハーレムメンバーに親友がいたとしてもそれは変わらないと音は言う。
だが果たして本当にそうだろうか。
「じゃあ僕が音とイチャイチャしてたら、僕のことが大好きな葉切さんが悲しくて泣いちゃって『私も好きなのに~』って言ってたら?」
「え?」
「マジで止めろって……鳥肌が……うえ」
怒るどころかあまりの気持ち悪さに吐き気を催してしまう。余程ダイヤのことが生理的に受け付けないのだろう。一方で音はそれまでのように速攻で否定することが出来ず言葉に詰まっている。
「葉切さんを悲しませたくない。葉切さんと一緒なら仕方ないかって思っちゃうタイプだよね」
「ち……ちが……」
否定したいのに、どうしても言葉が出てこない。自分がダイヤの言う通りのことを想ってしまうことが容易に想像できてしまう。というよりも、その場面を想像したらすでに想ってしまった。
「うわあああああああん!違うのにいいいいいいい!」
ダイヤと普通に付き合いたいのに、ハーレムを受け入れてしまう未来の自分の姿がはっきりと視えてしまい脳内は大混乱。
「てめぇは悪魔か!」
「好きな人には全員幸せになってもらいたい。それだけだよ」
「その手段がハーレムから悪魔だって言ってんだよ!」
「皆を幸せに出来るなら悪魔にでもなっちゃうよ」
「ダメだこいつ。なんとかしないと」
口論では敵わないと悟ったのか、勇は短剣を手に戦闘モードに入る。
ダイヤとしても、これ以上は時間を使いたくなかったので好都合だ。
「猪呂!いつまでもあたふたしてねーで、ヤるぞ!」
「あ……う、うん!」
ハーレムのことは無理やり頭から追い出し、ランスを手にダイヤを背後から狙う。
武器を構えた相手に前後左右挟まれ、ハチマキの奪い合いとは思えない様相だ。
「今度は僕から行くよ!」
先に動いたのはダイヤだった。
目の前の勇に向かって真正面から特攻する。
だがそうはさせじとねらいがダイヤの進行方向に矢を放ち、進路を塞ごうとする。
「(今だ!)」
しかしダイヤはそのことに気付かなかった風を装い、そのまま足を踏み出した。
「っ!」
矢はダイヤのふくらはぎ辺りに刺さり、かなりの激痛に顔を歪めて地面に倒れてしまう。
「何だと!?」
「ダイヤ!」
殺す殺すと言っても、本当に傷つけるつもりは無かったのだろう。予想外の大怪我に勇は戸惑い動けない。そして慌てた音が心配して駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
音はしゃがんでダイヤの様子を確認しようとするのだが。
「甘いよ、音」
「え?」
ダイヤは体を素早く起こし、音のハチマキを奪い取った。
そして刺さった矢を素早く抜き、ポーチからポーションを取り出して飲み干した。
「これで二人脱落だね」
相手を傷つけてしまったねらいと、ハチマキを取られてしまった音。特に最強格の音を脱落させたことが大きかった。
だが音は脱落してしまったことよりも、ダイヤが無茶をしたことに怒り心頭だった。
「どうしてこんな危険な真似したのよ!」
いくら勝負に勝つためとはいえ、わざと矢に当たるなど危険極まりない。もしも矢の狙いが逸れて急所に飛んで来たらどうなっていただろうか。己の命をわざと危機に晒すような真似を決して許せなかった。
だがそんな音にダイヤは珍しく真面目な口調で告げる。
「今ので冷静さを失うのなら、ダンジョンには入らない方が良いよ」
イベントダンジョンで共に戦った時にダイヤが気になったことの一つに、音がダイヤの怪我に反応しすぎるという点があった。命を失うような大怪我ならともかく、戦闘を続行可能なレベルの怪我で、しかも回復用のポーションを持っているにも関わらず敵から注意を逸らすのはあまりにも危険だ。
ほんのわずかな油断が命取りになるのがダンジョンだ。仲間の怪我を気にしてしまいやるべきことをやらなかったせいで全滅するなんてことも普通にありえる。非情になれとは言わないが、良い意味で仲間の怪我に慣れなければダンジョン探索など止めるべきだ。
ヴァルキュリアとして高ランクダンジョンで活躍するには心構えがまだ甘すぎる。
丁度良い機会だと思い、それを伝えてあげるために無茶な行動をしたのだ。
それ以外にこの状況を切り抜ける方法が思い浮かばなかったとか、怒られても反論出来るような言い訳を必死に考えた結果だなんてことは決してない。きっとない。恐らくない。
「…………」
「(キツイこと言ってごめんね)」
しょんぼり肩を落としてこの場を去る音に内心で謝罪しながら、ダイヤは残された勇に向かい合う。
「お前……いや、これが本当の貴石ダイヤか」
のほほんとした人畜無害な見た目は変わっていないのに、明らかに雰囲気が変わっている。溢れ出る覇気を浴び、ただ見られているだけなのに思わず後退ってしまう。
「でもこっちだって簡単には負けられねーんだよ!」
短剣を捨て、ハチマキを奪い取ることだけを考えて全力で駆け出した。素早さと器用さこそが彼女の真骨頂。犬猫コンビを上回る猛烈なスピードで彼女はハチマキを大量に奪い取っていた。
「(くっ……取れねぇ!)」
しかしそんな彼女であってもダイヤのハチマキに手が届かない。巧みにフェイントを入れ、左右のステップで揺さぶり突撃しても、タイミングを合わせられてあっさりと避けられてしまう。
何度目かの攻撃を避け、彼女の動きを掴めたのか、今度はダイヤが彼女に向かって手を伸ばす。
「(速い!)」
想像していた以上のスピードに虚を突かれるものの、どうにかその手を逸らして躱した。
お互いに手を伸ばし、逸らし合い、ハチマキを狙った四本の手による応酬が繰り広げられる。
互角。
いや、明らかに勇が劣勢だった。
防戦一方で、ダイヤの攻撃を捌くだけで精一杯だ。
そしてその時はすぐにやってきた。
「くそ!」
勇の防御をダイヤが突破し、あっさりとハチマキを奪い取った。
悔しさに顔を歪め、膝をつく勇。
「どうしてそんなに強いのに『精霊使い』なんだよ!」
ダイヤの強さは明らかに無能と呼ばれていた『精霊使い』のレベルではなかった。
それだけの身体能力が身につくのであれば、別の職業に就いて生まれてくるのが自然に思えたのだ。
彼女の吐き捨てるような疑問にダイヤは彼女に背を向けて答える。
「誰だってやろうと思えばこのくらい強くなれるってことだよ」
たとえ精霊使いだろうが、知識系職業だろうが、努力すればここまでの力を身に着けられる。
素養なんてものは後付けでいくらでも習得できる。
それだけの修練をこなしてきた、というだけのこと。
イベントダンジョンでは今のダイヤにとって強すぎる魔物が相手だったため苦戦しかしていなかったが、同級生が相手であれば軽く圧倒できるほどの実力を有しているのであった。
だからこそイベントダンジョンから生きて帰れたのだと、多くの生徒達は今になってようやくダイヤの本当の実力に気が付いた。
「あのくらい当然や。皆何を見とってんねん」
「さっすが貴石君。その調子で私を早く助けてね」
「ダイヤ君はりきってますね。私も負けないようにもっと稼がないと」
尤も、実力ある者達はとっくにそのことに気付いていたのだが。