64. 僕のと違って本物の暴走特急爆誕だね!
「誰か良い加減あのバカップルを止めろ!」
「どうせ当たったら向こうの負けなんだ、退くんじゃねぇ!」
「皆で壁になればあっちだって躊躇するはずだ!」
暴走特急により考えて来た作戦がぶち壊しにされたどころか、過ぎ去った後にどうにか立て直そうと作戦を練り直したら嫌がらせのように戻って来てまた潰されることが続いたら、我慢の限界に来たようだ。危険を承知で強引にでもダイヤ達を止めようと新入生達が立ちはだかろうとする。
「わぁお、流石にこれはダメだね」
「逃げたぞ!そっち塞げ!」
「こっちは通行止めだ!」
「てめぇ良い加減にしやがれ!」
壁となっているところを避けながら辛うじて逃げているけれど、ダイヤ達を止めようとする新入生達はどんどんと増えて行き、いずれは完全に進路を塞がれてしまいそうだ。
「(皆躊躇しなくなってきてる。慣れたのもあるけど、音の迫力が薄くなってきたのかな)」
時折挑発して怒らせてはいるが、怒りよりも楽しんで追いかけているような雰囲気の方が強くなってきた。それゆえ新入生達も脅威と感じられなくなってきたのだろう。
「(じゃあもうちょっと気合を入れて貰わないとね)」
ダイヤとしては出来る限り長く今の状況を続けたい。一部の新入生が作戦を成功させてポイントを荒稼ぎするのを防ぎ、乱戦に持ち込むことでポイントの偏りを極力減らすためだ。ゆえにダイヤは敢えて策を練ってそうな雰囲気の所に突撃して潰し回っていたのだ。尤も、それが彼らの怒りを買ってこうして止めに来てしまう状況に陥っているのだが。
「(まだ生き残ってると良いな~)」
ダイヤはある方向へと走り、目的の人物がいることを願った。
「(いた!でもピンチなのかな?)」
その人物は足元を土で固められ動きを封じられ、近くの男子に今にもハチマキを取られてしまいそうな状況だった。魔法か何かを喰らってしまったのだろうが、レベルがまだ低いはずなのでしゃがんで手で取り除こうとすれば脱出出来るはず。ダイヤ達の突撃はそのための時間を生み出してくれるだろう。
だがダイヤの目的はその人物を助けることではなく、自分達をフォローしてもらうことだ。ゆえに助けるついでというわけではないが、たっぷりと役立ってもらうことにした。
ダイヤは大きく息を吸い、まだ少し遠いその人物に届くように大声を出す。
「ももかーーーー!」
その声に反応した彼女はダイヤの方を見ると、すぐに何かを察した。
「あなたー!愛してるわー!」
「僕も愛しているよー!」
ダイヤが音をわざと怒らせて暴走特急を作る話は事前に共有済みだ。ゆえに桃花は最も効果がありそうな反応を返して全力でフォローしたのだ。
「ダイヤああああああああああああ!」
その効果は覿面で、日和かけていた音からみるみるうちに激しい怒気が膨れ上がる。
「ひい!」
「やべぇ!」
「おい馬鹿、逃げるな!」
「あんなの相手に出来るかよ!」
新入生達は音に恐れ戦き、作られようとしていた防壁はいともたやすく崩れ去る。
「(ありがとう、頑張って)」
「(こっちこそありがとう。って怖!)」
すれ違い様にサムズアップして感謝を伝え合うダイヤと桃花。しかし桃花の方は音に睨まれ背筋が凍るような想いをするのであった。それでもすぐに気を取り直して足元の拘束を外そうとする当たり、案外肝が据わっている。
暴走特急は終わらず、まだまだ戦場を混乱の渦に陥れ続ける。
ーーーーーーーー
「…………闇に落ちろ」
「うわ、目の前が!」
「何だ何だ!?」
「クソ、取られた!」
突然目の前が闇に包まれ、困惑している間にハチマキを取られてしまう。目を封じるというシンプルな作戦は、シンプルであるがゆえか効果は抜群だった。
「落ち着け!予想済みだろうが!」
だがシンプルということは他人にも想像出来るということ。ブラインドの魔法で視界を奪い、その間にハチマキを奪う戦法は予想されており、様々な対策が為されていた。
「ダメだ!取り除けない!」
「何故だ!?ブラインドでは無いのか!?」
「うお、取られたああああああ!」
だが何故かその闇はどうやっても振り払えないのだ。レベルが低いブラインドの魔法であれば、冷静に頭を何度か振ると消える筈なのに、何をしても消えてくれない。
「くそ、ならこれでどうだ!トーチ!」
基礎スキルセットに含まれている灯を生み出す魔法。その灯りで闇を強引に照らしてやろうという狙いだ。
「これでも見えないだと!?」
だがそれを使っても尚、闇を払うことが出来なかった。
「…………闇はいつでも貴様の背後に」
「ひいい!」
怨念を凝縮したかのような重く暗いテンションでの言葉を耳元で囁かれ、恐怖のままにハチマキを奪われて退場する。その一帯はトラウマ製造所と化していた。
「(貴石よ、感謝するぞ。これは確かに見返せる程の力の一端だ)」
闇の主の暗黒は、精霊の力を借りて闇を生み続ける。
ハチマキを奪い取ったところで笑顔を見せることも無く、為すべきことだと言わんばかりに淡々と作業のように打ち倒してゆく。その感情の無さが存在感の薄さに繋がり、新入生達は暗黒を捉えることがどうしても出来ない。
「(まだだ……まだこの程度では俺は……)」
満たされない。
新入生達を圧倒してハチマキを奪い続けても、彼の能力の有用性をどれだけ証明しても、彼の渇きは一向に満たされず更なる力を欲してしまう。
『僕はやっぱり何処に入ったら楽しいかで選ぶべきだと思うんだ』
「…………」
だが力に呑まれながらも、闇に完全に染まりながらも、彼はまだ踏みとどまれていた。
その理由が何なのか、暗黒自身にも分かっていなかった。
ーーーーーーーー
「バインド!」
「甘いわーん!」
「スリップ!」
「ジャンプにゃーん」
「くそ、なんて身のこなしだ!」
「誰か止めてよ!」
「うわ、来るな、来るなああああああ!」
精霊使いクラスの中で最もポイントを稼いでいるのは犬猫コンビだ。バネのある高い身体能力を生かしピョンピョン飛び回り、しかも抜群の連携で襲い掛かる。新入生達はたまらず魔法で動きを止めようとしてくるが、いともたやすく躱されて逆にハチマキを奪われてしまう。
躍動する二人の姿はまるで本当の犬猫かのようで、素早い動きに翻弄された新入生達はなすすべなく脱落して行く。
「俺に任せろ!スピードアップ!」
「遅い遅いワン!」
身体能力強化系のスキルを覚えている新入生がスピードを向上させて挑むもついていけない。
「なら囲め!」
「ジャンプニャン」
それならばと力自慢の生徒で壁を作ろうにも、なんと肩を踏み台にして上から飛んで逃げてしまう。
「とっても楽しいワン!」
「にゃん」
満面の笑みでハチマキを奪いとる犬好と、スンとしたすまし顔を崩さない猫好。良く見ると猫好はしきりに犬好の方を見ているのだが、それが連携を合わせるためだけではないことに気付いている人はいない。
「(楽しんでるワンちゃん可愛い)」
二人は幼馴染で保育園の頃からずっと一緒だった。いつもどこでも必ず傍にいて、小中でクラスが別れても休み時間の度に会いに行き共に過ごした。
理由なんてない。
ただそれが自然だからだと猫好は思っていた。
犬好が傍に居ないと違和感を感じるくらいには、共にあることが当たり前だった。
しかしその関係に『理由』が生まれたのはいつからだっただろうか。
犬好のことをただの幼馴染として見れなくなってしまったのはいつからだっただろうか。
犬好が自分のことをどう思っているのかと気になり出したのはいつからだっただろうか。
性格が悪い女子からいじめのターゲットになりそうだった時に守ってくれた時だろうか。
苦労して作ったけど失敗してしまった料理を美味しい美味しいと食べてくれた時だろうか。
修学旅行で一緒にお風呂に入った時、彼女の身体が美しく成長していたことに気付いた時だろうか。
そのいずれもが違うかもしれないし、その全てが正解なのかもしれない。
どちらにしろ、猫好が犬好のことをただの幼馴染以上に想ってしまっていることだけが確固たる事実だった。
「猫ちゃん、もっともっとやるよ!」
「うん」
元気いっぱいの犬好に引っ張られるように猫好は並んで走り出す。二人の関係に悩みに悩む期間はすでに通り過ぎた。今はこの関係のままで構わないと心の底から納得している。
「ワンちゃん!」
「え?」
犬好の横顔に気を取られてしまったからか、気付くのが一歩遅れてしまった。
人影に隠れた所で、一人の男子生徒が犬好に向かって魔法を放とうとしていたのだ。
「スリープ!」
「!」
とっさに猫好は犬好の盾となり魔法を代わりに受けてしまった。
「わん……ちゃ……」
「猫ちゃああああああああああん!」
猛烈な眠気が襲ってきて、その場に崩れ落ちそうになるところを犬好がどうにか抱える。
「ど、どど、どうしよう!」
語尾で遊ぶのも忘れて思いっきり動揺する犬好。腕の中では綺麗な顔してスヤスヤと眠る猫好。周囲の新入生達はチャンスと言わんばかりに襲い掛かろうとしている。
このままでは二人とも脱落してしまうだろう。猫好を見捨てれば一人だけにはなるがまだまだ戦えてポイントを稼げるだろう。
「(そんなのダメ!)」
だが彼女はそれを選べない。
それこそが彼女達の長所でもあり短所でもあった。
「そうだ!」
どうにかして猫好を起こして共にこの難局を突破したい。犬好は必死に頭を巡らせ、とんでもない案を思いついてしまった。
眠りにつくお姫様を起こすには何をしたら良いのか。
それはもちろん。
ぶっちゅううううううううううううううううう!
「!?」
「はぁ!?」
「うぇ!?」
「!?!?!?」
突然の熱いベーゼに新入生達は驚き、思わず足を止めてしまう。
「(起きて猫ちゃん!)」
力強く唇を押し付けるだけの全く甘くないキスにより、猫好は直ぐに覚醒した。
レベルの低いスリープはちょっとした衝撃ですぐに目を覚ますため、こんなことをせずとも簡単に起こせたのだが知らなかったのだから仕方ない。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
目が覚めたら愛しの犬好の顔が目の前にあり、しかも口を閉じているのに歯がぶつかりそうな程のとんでもない力で唇を押し付けているとなればパニックになるのも当然だ。反射的に手足をバタバタさせてしまい、それにより犬好は彼女が目覚めたことに気が付いた。
「猫ちゃん、良かった!」
そして顔を離すと、今度は思いっきり彼女を抱きしめるのであった。
「さぁ、猫ちゃん。気を取り直してもっともっとがんばろー!」
体を離し、そう元気良く伝える犬好。
先ほどのキス?などなんとも思っていないかの様子だ。
「…………」
一方で猫好は俯きプルプルと震えている。
「猫ちゃん?」
その様子を見て不思議そうに首をかしげる犬好だが、この間に新入生達が我に返ってしまった。
「急げ!」
「なんとしてもここで止めろ!」
「ハチマキを奪え!」
飛び掛かるかのように捨て身で殺到する新入生。
だが決死の特攻は実らなかった。
「え?」
「何?」
「どうして?」
攻めていたのは自分達のはず。
それなのにいつの間にか自分のハチマキが奪い取られているでは無いか。
「猫……ちゃん……?」
いつの間にか猫好がその場から消えていた。
襲い掛かって来た彼らの背後に移動していた彼女の手には、いくつものハチマキがある。
「ひい!」
「なんだこいつは!」
「逃げろおおおおお!」
彼女の身体から禍々しい獣のオーラが漂い、新入生達の本能がこのままでは彼女に喰われると警告を発したのだ。
「フシャアアアアアアアア!」
突然のキスに抱きしめと、完全にキャパオーバーした猫好の大暴走が始まった。
「猫ちゃんすごーい!でもおいてかないでわーん!」