63. やっぱりイベントはかき回してナンボでしょ!
『ブー!』
バトルロイヤル開始のブザーが鳴ると同時に、ダイヤは一目散に逃げだした。
「待ちなさい!」
その後をランスを手にした音が追って行く。
「待たないよーだ!」
「この!」
「うわ!」
「えい!」
「ちょっ!」
「当たれ!」
「今当たれって言ったよね!?」
挑発するダイヤに向かって、音は手にしたランスを容赦なく突き出した。それをダイヤはどうにか避けながら逃げ回る。
「うわ、こっち来るな!」
「きゃあ!」
「正気か!?」
密集する中で武器を振り回されたら危なくて近寄れない。ダイヤ達が近づくと新入生達はハチマキを奪い取るのも忘れて離れようとする。
「(狙い通り、皆の作戦はボロボロだね)」
勝つために各人色々と作戦を練っていたのだろうが、音をトレインして走り回ることでそれらをぶち壊しにして荒らそうというのがダイヤの目的だったのだ。
「きゃあ!」
「お、ラッキー!」
「あ!」
「ごめんねー!」
混乱の中で尻餅をついた女子から軽やかにハチマキを奪い取った。この作戦のメリットの一つは、追いかける音はランスを持っているため他人のハチマキを狙えず、逃げるダイヤは両手がフリーなのでハチマキを狙えるということだ。
ランスで背中から狙われているにも関わらず他人のハチマキを狙うなど正気の沙汰では無いが、ダイヤは楽しそうに成し遂げている。
「ダイヤああああ!」
「ほらほら、こっちだよ!」
「ああもう、止まりなさいよ!」
「や~だよ~」
「ぐっ……」
音だって本当はダイヤの作戦が分かっている。だがそれでも一度追いかけっこを始めてしまったら止められなかった。その理由はとても単純である。
「(腹立つのに楽しい!)」
ダイヤと遊んでいる気分になっていたからだ。
「(悪いけど音にはもう少し付き合ってもらうよ)」
今年の新入生の中で最も戦闘経験が多いのは音だ。何しろ死んだら終わりのイベントダンジョンで沢山の魔物を狩り、生きて帰ったのだから。ゆえに音が本気を出したらかなりの数のハチマキを奪ってしまう可能性が高い。それを防ぐためにもこの鬼ごっこが必要だったのだ。
「そこの君、可愛いね。今度お話ししない?」
「え?」
「何ナンパしてんのよ!」
時折わざと音を怒らせながら、暴走特急はフィールドを駆け巡り各地に混乱をもらすのであった。
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弱そう。
大人しそう。
簡単に奪えそう。
そう思われているだろうなと、桃花は自覚していた。
そしてそれは概ね正しい感覚だった。
特別運動が得意な訳でもなく、ダンジョン探索もまだ怖がりながら恐る恐るやっている。
精霊使いなので有効なスキルを覚えておらず、力が弱いので掴まれたら振りほどけない。
まさにポイントを伸ばす絶好のカモだ。
「(でもそういう子が活躍したら面白いよね!)」
明らかに不利な女の子が逆境を跳ね返すだなんて超王道のワクワク展開ではないか。そんな展開の漫画を読んで胸躍ることが何度あったか。
桃花はエンジョイ勢だ。
でも精一杯頑張りたいタイプのエンジョイ勢だ。
決してある程度の努力で満足することはない。
手を抜いて中途半端な結果になったらがっかりして後悔するだろう。
だからこのバトルロイヤルでも簡単に負けてやるものかと意気込んでいた。
「(私を狙っているのは五人、その内の一人は隣の人をチラチラ見ているからそっちが本当の狙いなのかも)」
バトルロイヤルで戦うにあたり、初期配置の時に何をチェックすべきかのポイントをダイヤから教えて貰っている。それを活用して開始直後の作戦を考える。
「(他の三人は女子が二人、男子が一人。貴石君に教えて貰った通り、三人から同じ距離の場所に立ったから一斉に襲い掛かられてもお互いが邪魔し合うはず)」
攻めてきそうな相手が複数人いる場合、なるべくお互いが干渉しあって邪魔になるような位置取りを考えるようにと指示されていたのだ。
「(後は何が起きても冷静に対処すること。あ~あ、私も貴石君みたいに全部のスキル覚えておけば良かったかな)」
知っていれば予想外のことが起きても対処出来るかもしれないのだ。この感覚を高ランクダンジョンに入る前に直感的に納得出来たのはとても大きかった。
「(でも知らないものはしょうがないもんね。今ある手札だけで頑張るしか無いんだ)」
そしてその手札のほとんどはダイヤによって配られたもの。細かくお膳立てしてもらっているにも関わらず成果がありませんでしたなんて言いたくない。
「(よし、やるよ!)」
気合十分。
握りしめた両手を可愛く構え、スタートに備える。
『ブー!』
開始した瞬間、周囲の様子をさっと確認した。
「(あの二人は予想通り片方が不意をついて争っているからスルー。問題の三人は女子二人だけが向かってきている。男子は女子に譲った?ううん、違う。狙うのはあの男子だ!)」
事前にいくつもの脳内シミュレーションをしていたおかげで、自分でも驚くくらいにスムーズに状況把握が出来た。桃花が狙うのは、彼女を狙ってそうなのに動き出さない男子生徒。
「(多分何かの魔法を使おうとしている!)」
襲って来そうなのに動かない相手は遠距離攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。しかもあまり身動きしない場合は魔法の可能性が高い。その場合は発動される前に潰すべきだというのがダイヤの助言だった。
「え、俺!?」
てっきり向かってくる女子の相手をするものだと思ったのだろう。それにか弱そうな女子が男子に向かってくる可能性も低いと思い込んでいた。そのため桃花に狙われた男子は動揺し、何も出来ずに彼女の接近を許してしまった。
「この!」
だがどうにか直前で体が反応し、とっさに桃花の動きを封じようと手を伸ばす。
掴まれたらその時点で桃花は動けなくなり、ハチマキを取られてしまうだろう。
「ポイズン!」
「うわ、マジで!?」
だがその手は桃花ではなく自らの鼻へと伸びた。桃花が『ポイズン』と叫んだ瞬間にツンとくる刺激臭を感じ、毒攻撃を受けたのかと思ったからだ。
「も~らい」
「あ!」
その隙に桃花は鮮やかに男子生徒のハチマキを奪い取った。
「今のは攻撃だろ!」
「違うよ。私、ポイズンって叫んだだけだもん」
「え?」
ポカンとする男子生徒だが、桃花はそれ以上説明することなく今度は不意をついてハチマキを奪った男子生徒に狙いを定めた。
「俺かよ!」
「ポイズン!」
「毒!?いや、これは桃……」
「も~らい」
「ああああ!」
桃花が男子に襲ってくるという予想外からの偽ポイズンコンボ。
これが劇的に効いた。
「精霊さんありがとう!」
桃花のお願いを聞いてくれる精霊はその身を僅かな香りに変化してくれる。だが弱い香りであっても塵も積もれば山となる。単体ではリラックスできる心地良い香りも、集めて放てばキツイ臭いになってしまうのだ。それはまるで香水をつけすぎた女性のように。
そしてその強い香りが突然鼻先に漂い、しかも『ポイズン』だなんて言われたら、その香りが毒性の刺激臭だと勘違いして慌ててしまう。実はそれが単なる桃の香りだと気付いた時には桃花にハチマキを奪われているという寸法だ。
これがダイヤからアドバイスされた戦法だけれど、『ポイズン』と叫んでより効果を高めることを思いついたのは桃花自身である。
「よ~し、まだまだ行くよ!」
桃花が位置した場所は、強そうな者があまり居ない場所。彼女の偽ポイズン攻撃にとっさに対処できそうな人は少なく、まさかの快進撃を続けるのであった。
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「うわ、くそ!」
「いっただき~!」
大きな石に躓いた男子生徒からハチマキを奪い取ったのは蒔奈だ。
「このぉ!」
「どこ狙ってるのかな?」
「うわ、背中に何か入ってる!」
「はいいただき~」
石を生み出す精霊をこれでもかと活用し、シンプルな足止めから投げて攻撃するフリの脅かし、更には背中にこっそり入れて驚かすなど、工夫を凝らしてハチマキを奪い続けている。
「いや~まさか私がこんなイベントにマジになる日が来るなんてな」
蒔奈はダンジョン・ハイスクールでは咲紗の取り巻きをしているが、中学でもカーストトップの女子の取り巻きをしていた。それは彼女がそういうポジションが好きな訳では無く、女子の社会ではそうしなければ辛い目に遭うことが多いからだ。
力ある者に従い、庇護下に入る。
そのためには目立たず、波風を立てず、トップを推し、必要であれば汚れ役も引き受ける。
それが彼女の処世術であり、それが女子の社会で賢く生きる最善の方法だと信じて疑わなかった。
ゆえに高校に入った時も咲紗からカースト上位の気配を敏感に察知し、すぐに近づき取り巻きのポジションに収まった。これで高校でも安心して学生生活を送ることができる。そう思った。
だが彼女は今、咲紗から離れて一人で行動している。
ダイヤの指示では必ずしも全員が離れる必要は無かった。良い案があるのであれば、二人や三人のチームを組んでも良いと言う話をされていた。
それならば咲紗と共に行動すべきではないのか。
「あんの変態に影響されちまったかな」
いつの間にか咲紗と共にあることを重要視しなくなっていた。
それがいつからなのか蒔奈は思い出せない。
オリエンテーリングで咲紗達と別れて行動した時からか。
ダイヤの配信をドキドキハラハラしながら見ていた時からか。
それともそれ以前なのか。
「いや、人のせいにするのはよそう」
そもそも何故ダンジョン・ハイスクールに来たのか、という話だ。
中学のカーストトップ女子と同じ高校に進学し、そこで取り巻きを続ければ良かったのに、敢えて誰も知り合いの居ないここにやってきた。
その理由、目的は何だったのか。
取り巻きだとか処世術だとか関係なく、学生生活を楽しみたかっただけではないのか。
他人の顔色を窺い続けて要領よくこなせば大きな問題には直面しないだろう。だがそうあり続けた中学生活は彼女にとって果たしてどうだったのか。変わりたいと願ったからこそ、ここにいるのだ。
「ということで精霊さん、もうちょっと付き合ってくれよな!」
いたずら好きで気が合う精霊達と共に蒔奈は駆け、満面の笑みで相手の靴の中に石を出現させるのであった。
「うわ!何だ!?」
「これ反応超おもしれーな。後であの変態に喰らわせてやろうっと」