62. いやぁクラスの可愛い女の子達と仲良くできて楽しかった~チラッ、チラッ
「割と個性があって面白いなぁ」
少し高くなった台の上からバトルロイヤルのフィールドを眺めていたダイヤはそう呟いた。
フィールド全体を見渡して、新入生がどのようにばらけて位置取ったのかを確認しているのだ。
「…………」
そんなダイヤをジッと見つめる視線があるが、敢えてスルーしている。
視線の主は『英雄』クラスのとある女生徒。
総合順位が一位と二位ということで、隣り合ってフィールドの様子を確認しているのだが、彼女だけはフィールドよりもダイヤの方が気になって仕方ないという様子である。それほど気になるのであれば自分から話しかけに来れば良いのに、敵同士だから慣れ合わないなどと宣言してしまった以上、気まずくて踏み出せないのである。
「こっちに集中しろよ、馬鹿」
「いた!」
ついにクラスメイトに叱られて、仕方なくダイヤのことを諦めてフィールドを確認し出した。
「(楽しそうで何よりだね)」
せっかくのクラスイベントなのに他のクラスの男子とイチャコラしているだなんて勿体ない。クラスメイトと仲良くなれたのだから、そっちに集中して欲しい。
「(今の音には一人でも多くの理解者が必要だから、きっとこれで良いはずだ)」
他人を疑うクセがついてしまった音は、疑わずに心から信じる練習が必要であり、クラスメイトはその絶好の相手なのだ。ゆえにダイヤは心を鬼にして無関心を装っていた。
「貴石、今のところどう見てるの?」
内心で音のことを考えていたら咲紗が話しかけて来た。
昨晩の相談の時もそうだが、女子のリーダー的存在ということもあり積極的に話しかけてくれるようになってきた。
「作戦を練ってきているクラスが多いかなって印象」
「例えば?」
「あそこの『騎士』クラスとか面白いよ。大きな盾を持ち込んで円状になって防御を固めてる」
「確かにあそこは突破するのが難しそうね」
「いくら盾があったとしても、スキルはまだ揃ってないだろうからそうでも無いと思うけどね」
このバトルロイヤルではハチマキ周辺をガードしないのであれば、武器防具の持ち込みと利用は可だ。ゆえに大盾で近づかれないようにガードするのも問題ない。
「それに守ってばかりじゃ点数は伸びないよ」
「じゃあ彼らはどうしてあんな風に徹底的に守ろうとしているの?」
「多分だけど、人が減るのを待ってるんじゃないかな。開始直後は乱戦になるから、予測できないし」
「ああ、そういうこと。人が減って冷静に対処出来るようになるのを待つ作戦なのね」
だがそれには一点大きな問題がある。
「(しばらくは待ちになるからあんまり点数が伸びないんだよね)」
他のクラスがハチマキを奪い合って点数が伸びるのをジッと見ていなければならないのだ。人が減ってから奪おうとしても残り数は少なく、しかも強い人が残っているだろうから奪うのも難しい。
「(でも自分達のアピールをするならアレでも正解なんだよね)」
競技には勝てないが、上級生に向けて守備をアピールしたいのかもしれない。
あるいはすでに覚えているスキルを駆使してしっかりと守り切ることで、初期ランクが少しでも高くなるようにと評価してもらいたいという意図があるのかもしれない。
どちらにしろ優勝を目指すダイヤ達とは相容れない方針だ。
「私達は放置した方がよさそうね」
「うん、近づかないようにしよう」
相手が攻める気が無いのに、そこを攻めて時間を潰すなど勿体なさすぎる。
競技に勝つのならば放置一択だろう。
また、放置すべき理由は他にもある。
「『騎士』クラスの周囲をガタイの良い人が囲っているの分かる?」
「ええ。『騎士』クラスを狙っているように見えるわね」
「彼らは多分『体格』クラスで、柔道とか相撲とかラグビーとかの経験者で体格に恵まれた人達なんだ。『騎士』クラスの防御を突破して力をアピールしたいんじゃないかな」
「見ている分には面白そうね」
「だね」
力の『体格』クラスと守りの『騎士』クラス。
それぞれがぶつかり合う様子はかなり激しく絵になるに違いない。
「僕らとしては彼らが『騎士』クラスを狙ってくれるのは超ありがたい」
「どうして?」
「『体格』クラスの人たちって超強いもん。普通にバトルロイヤルに参加したら無双状態だよ」
その圧倒的な体格で相手を抑え込み、次々とハチマキを奪い取るだろう。力もスピードも運動センスもあるのだから強いに決まっている。だが彼らは自分達の強さをアピールするために敢えて防御が固い『騎士』クラスを狙っている。他の新入生にとっては彼らに狙われずに済むのでありがたい話だ。
「でも彼らは『騎士』クラスを倒したら他の人達を狙い出すから、いずれ戦わなきゃならないのよね」
「うん。でもその時には結構数が減ってるんじゃないかな?」
「どうして?」
「ほら、『体格』クラスの周りを見てよ。人が多いでしょ。アレって多分、『体格』クラスが『騎士』クラスを狙っている間に、背後からハチマキを奪ってやろうって狙いだよ」
「だからあの辺りは密度が凄いのね」
『騎士』クラスを狙う『体格』クラス。『体格』クラスを狙う他のクラス。まるで食物連鎖かのように狙い合っている様子は始まる前から戦闘が激しくなることを予感させる。
「潰し合ってくれる上に強い人達が脱落してくれるかもしれないから僕達にとっては超ラッキーって感じだね。もちろん、絶対に近づいちゃダメだよ」
「分かったわ」
咲紗やダイヤ達の会話を聞いているクラスメイトが頷いている様子を確認しながらダイヤは思う。
「(でもアレはアレで楽しそうだから正解なんだよね)」
優勝するために全力を尽くすのも楽しいが、敢えて難しいことにチャレンジするのもまた楽しいものだ。特に『体格』クラスはアピールではなく単に『騎士』クラスを倒してみたいから狙っているような雰囲気があるのだ。彼らの表情は始まる前からワクワクしていて、それもまた学校行事の楽しみ方の一つだなと少し羨ましく感じたのだった。
そんなことを考えていたら、咲紗があることに気付いて呟いた。
「外周にあまり人が居ないわね。貴石が言ってた話を知っている人が多いのかしら」
それは作戦会議中にダイヤがクラスメイトに指示したことだった。
『外周にはなるべく近づかないでね』
『何でだ?』
『押し出されたら負け判定になっちゃうから。数年前に、入学してから突風スキルだけを鍛えまくった女子がそのスキルを使って押し出しまくったことがあるんだ』
フィールド範囲外に押し出された場合その生徒は敗北扱いになってしまうが、押し出した人にはポイントは入らない。それゆえ勿体ない行為なのだが、人があまりにも多すぎるから減らすためにとそれを狙う人はそれなりにいる。もし外周付近に移動してそれに巻き込まれでもしたら大事故だ。
当時の突風スキル女子は次々と新入生を押し出せたことで楽しくなってしまい、ポイントを稼ぐのも忘れて全新入生の半分を範囲外負けにしてしまった。狂喜の笑いを響かせながら次々と生徒達を吹き飛ばす様子があまりにも異質だったのか、彼女は『堕ちた風神様』と呼ばれるようになり、日々羞恥で枕を濡らす羽目になってしまったのだ。
その事件はダンジョン・ハイスクール内でかなり有名であり、他クラスでも知っている人がいて外周近くから離れているのだろう。外周付近に立っている人はその事件のことを知らないか、あるいは対策があるのかのどちらかだろうか。
「他に注意すべき点は……」
話している間にも、次々と新入生達がフィールドに散らばって行く。その様子を見ながらダイヤ達は色々と分析し、自分達がどこに位置すべきかを考える。
そうこうしているうちに、ついに『英雄』クラスが移動する時が来た。
「皆、行くぞ!」
普段の穏やかな感じらしからぬ望の号令で、彼らはフィールドに散らばって行った。
「『英雄』クラスは固まらない方針か」
「厄介ね」
「まぁ仕方ないよ」
個々の能力が突出しているからクラスで固まる必要が無いと判断したのか、『英雄』クラスの生徒達は全体に満遍なくばらけている。もしも固まってくれていたらそこを避けるつもりだったのだが、そもそもその可能性は低いと考え、その話も事前に共有済みだ。
『多分『英雄』クラスはバラけると思うんだ』
『そうなのか?』
『固まっちゃうと遊んでる人が出てきて無駄になっちゃうから、優勝を狙うためにはバラけて全員が同時に戦えるようにするはずなんだ』
『つーことは俺達も?』
『うん、僕達もばらけて戦おう』
固まって行動すればフォローはしやすくなるが、集団の中央に位置する人は味方に囲まれる形になり攻撃参加が難しい。一方でばらけていると各個撃破されやすくなるが、全員が常にハチマキを狙い続けられるというメリットもある。
優勝を狙う『英雄』クラスも『精霊使い』クラスも後者の攻めを選んだ。
「それじゃあ僕達も行こうか」
『英雄』クラス全員の位置が確定したので、『精霊使い』クラスの出陣だ。
「皆、絶対に優勝するよ!」
『おー!』
気合は十分。
他のどのクラスにも負けていない。
彼らは各々が選んだ場所へと散らばって行く。
ダイヤが何処に移動するのか。
実はそれはここに来る前から決めてあり、そこに向かって一直線に進んだ。
「やぁ、よろしくね」
「な!?」
その場所にいたある人物に声をかけると、その人物は心底驚いた様子だった。
それもそのはず、これまで完全にスルーされていたのに、ここに来て話しかけられるとは思わなかったからだ。
「どういうつもりなのよ!ダイヤ!」
「音と遊びたいなって思ってさ」
「絶対何か裏があるでしょ!」
そう、ダイヤが選んだのは音の正面だった。
例の配信男女が揃ったことで、周囲が途端にざわめき出す。
「裏だなんてそんな。好きな人と遊びたいっていうのは普通のことでしょ?」
「ずっとスルーしてた癖に何を今更!」
「だって音が慣れ合うなって言ってたから」
「うっ……で、でもならどうしてここに来たのよ!」
話しかけられて本当は嬉しくてたまらないはずなのに、素直になれずについ疑ってしまう。なお、これはこれまでの疑いとは違い単なる照れ隠しだという不要な補足をしておこう。
「我慢できなくなっちゃって」
「え……!う、嘘よ!だってあんなにクラスの女子と楽しそうにしてたじゃない!」
一瞬でデレデレになりそうなところ、どうにか踏みとどまった。
後一歩押すだけで、簡単にまた堕ちきるだろう。
「お、おい。まさかあいつ、手を組む気じゃないだろうな」
「『英雄』クラスと手を組むとかズルいだろ!」
「しかもあいつら配信じゃ阿吽の呼吸で戦ってやがったぜ!?」
「くそ、猪呂さんが来て死地になったかと思ったら、貴石まで来て地獄になりやがった!」
周囲の新入生達は、ダイヤが音と共同戦線を張るためにここに来たのだと察して大きくざわめく。ダイヤ達の連携は配信で見せつけられており、もし共闘が為されればあまりにも手ごわくなるだろう。
「(違うんだな、これが)」
だがダイヤの狙いはそうでは無かった。
共闘も作戦の候補にあったのだが、もっと荒れる方法を選択した。
「うん、とても楽しかった。みんな可愛いし、気が合うんだよね」
「……え?」
まさかクラスの女子と仲良くしていたことを肯定されるどころか、気になっているかのような発言をしてくるでは無いか。ダイヤを前に照れて動揺していた音の動きがピタリと止まり、彼女の背後にゆらりと暗い影が生まれたのを周囲の生徒達は幻視した。
「そう……気が合うんだ……」
「とっても合うんだよ!イェーイってハイタッチしたり、手を繋いで森の中を走ったり、楽しかったあぁ」
「ハイタッチ……手を繋いで……」
「夜はリビングに集まって皆で遅くまでお話ししちゃたりして、とっても楽しかった!」
「パジャマパーティー……」
暗い影はますます濃くなり、彼女の全身から禍々しいオーラが発し始めた。
「ひいっ!」
そのプレッシャーは、近くにいた男子が恐れ戦き後退ってしまう程だった。
「…………」
「音?」
黙ってしまった音の顔を下から覗き込むと、彼女は怖いくらいに無表情だった。
感情が消え失せた眼がダイヤを捉えた直後、彼女はゆっくりと手を腰元のアイテム袋に伸ばし、イベントダンジョンでお世話になった思い出のブツを取り出した。
「い、音?ランスなんか取り出してどうしたの?」
「さぁ……どうしたのかしら?」
「どうして先っぽをこっちに向けるの!?」
「さぁ……どうしてかしら?」
「相手を傷つけたらダメなんだよ!」
「これでハチマキを狙うだけよ。尤も、手元が狂って当たってしまうかもしれないけれど、それならそれで仕方ないわ。うふふふふふふふ」
「わぁお」
共闘どころか、完全に敵対してしまったダイヤと音。
もちろんこれはダイヤの予定通りの展開だ。
「(いずれ嫉妬しなくなっちゃうから、今のうちにたっぷり嫉妬してね)」
ダイヤの頭の中では音のハーレム入りは確定であり、それはつまりいずれ嫉妬しなくなり上手くやっていけるということである。今現在の音からは想像も出来ないが、ダイヤの勘はそうなるのだとはっきりと告げていたのだ。
もちろんだからここで嫉妬させたというわけではない。
彼女を煽ってランスを取り出させたのには、ある理由があった。
『全員の位置が確定しました。一分後にバトルロイヤルを開始します』
広い会場にアナウンスが響く。
一年生全員によるハチマキ争奪バトルロイヤル。
果たして『精霊使い』クラスは優勝できるのか。
そして自分達の実力を知らしめ、精霊使いの価値を証明し、周囲を見返すことが出来るのか。
『ブー!』
運命のゴングがバトルフィールドに鳴り響く。
ゴングではなくブザーだと無粋なことを言ってはならない。