61. いくらなんでもそのズルは無いわー
バトルロイヤル説明回です。
「合唱は三位よ」
「三位!?」
合宿二日目。
朝ご飯を食べ終えて白樺館に向かうと、おばあちゃん先生が『精霊使い』クラスの合唱順位を教えてくれた。
「そんなに高いだなんて……」
ダイヤが驚いているのは予想よりも順位が上だったからだ。
他のクラスの合唱のレベルがかなり高かったので、もっと低いかもしれないと思っていたのだ。
また、自分達の順位が低いと思っていた理由はもう一つある。
「それにあんなに校歌がボロボロだったのに」
課題曲の校歌。
結局、歌詞がうろ覚えになってしまった人が何名かいていまいちになってしまったのだ。自由曲の方でスタンディングオベーションを受けたとしても、校歌の方がダメだったので合計すると評価は伸びないというのが『精霊使い』クラスの予想だった。
「それだけ自由曲の評価が高かったのよ。自由曲だけなら圧倒的に一位だったわよ」
「そうなんですか!」
それはつまり自分達の想いが審査員に届いたと言うことだ。
美しい他のクラスの合唱を遥かに凌駕するほどに。
そのことが何よりもダイヤは嬉しかった。
クラスメイトの心がしっかりと繋がっていた証拠でもあるのだから。
「マジかー」
「本当に優勝狙えそうよね」
「素直に嬉しいな」
「上手いだけじゃダメなんだな」
「…………当然だ」
「うううう、私が校歌ちゃんと覚えていれば……」
「それは私も同じわん……」
まさに悲喜こもごも、といった感じだろうか。
驚き、喜び、反省、期待。
『精霊使い』クラスは様々な反応を見せ、ワイワイ感想を言い合っていた。
そんな中で桃花があることに気が付いて先生に確認した。
「先生、やっぱり一位は『音楽』クラスだったんですか?」
「いいえ、『音楽』クラスは十三位よ」
「十三位!?なんで!?」
他を圧倒するくらいに上手かったのに、何故そんなに順位が低かったのだろうか。
校歌も自由曲も完璧と思えるくらいに心を打つすばらしいものだったというのに。
「残念ながらズルいことをしていたのよ」
「ズル?」
スキルを使っても問題無いくらいなのに、その条件でもズルと言われてしまうこととは一体。
「口パクの子がいたのよ」
「うわぁ」
思わずガチでドン引きしてしまう人が何人かいた。
いくら勝つためとはいえ歌が苦手な人に口パクさせるとか、ズルと言われても仕方ないことだろう。
勝負事なので勝つために策を弄するのは間違ってはいないが、合唱なのに歌わない人がいるというのは流石に合唱のコンセプトから外れすぎているため見過ごせなかったのだろう。もっと順位を低くされてもおかしくはない。
「(今頃、真枝栖さん達、後悔して泣いてるだろうな)」
あるいは評価に対し不平不満を言い、担任教師から叱られているかもしれない。
だがそういうやらかしもまた青春の一ページかもしれないなとなんとなく感じたダイヤであった。
「現時点での総合順位も伝えておくわ」
おばあちゃん先生のその言葉に、『精霊使い』クラスの動きがピタリと止まった。
オリエンテーリングで二位。
合唱で三位。
どういうポイント計算なのかは明らかにされていないため不明だが、単純に個々の順位だけで考えると合計ではかなり良い順位になるはずだ。その結果次第で、今日のバトルロイヤルの方針も変わってくるだろう。
「一日目の総合順位は…………」
優しい笑みを浮かべながら、おばあちゃん先生はじっくりと溜め、生徒達の期待を煽る。
慈しむ視線を一人一人に投げ、よく頑張ったね、の想いを伝えてあげる。
つまり結果はそういうことだった。
「おめでとう。一位よ」
その瞬間、クラスメイト達は歓喜に沸いた。
なんてことは全く無く、むしろ真剣な表情になり静かになってしまった。
「あら、どうしたのかしら?」
予想とは違う反応だったことに、おばあちゃん先生は訝しむ。
何故重苦しい空気になってしまったのかをダイヤが説明した。
「現時点で一位ということは、今日はたくさん狙われるってことですから」
「あらまぁ、しっかりと予習してあるのね。すばらしいわ」
バトルロイヤルで一位のクラスが狙われやすいのは自然なことだ。
しかも相手が戦闘スキルに乏しい精霊使いともなれば、ボーナスポイントとすら思って殺到してくるだろう。
優勝を狙う『精霊使い』クラスにとって現時点で一位というのは喜ばしいことであるが、同時にこれからの戦いが厳しくなるという意味で気を引き締めなければならないのだ。
「先生、二位はどこですか?」
「『英雄』クラスよ」
「うわぁ」
『精霊使い』クラスにとって最悪の展開だった。
二位のクラスも狙われやすいのだが、狙ったところで返り討ちになる可能性が高い『英雄』クラスともなれば、一位の『精霊使い』クラスがより狙われやすくなるだろう。
「では今日の競技、バトルロイヤルについてのルールを説明するわね」
事前に予習をしているダイヤならばそのルールを知っていて作戦を立てクラスメイトに共有済み、とはいかなかった。
「(さて、今年はどんなルールになるのかな)」
何故ならばバトルロイヤルのルールが毎年変わるからだ。
変わらないのは全ての新入生が広場で同時に何らかの手段で争うというだけ。
「場所は白樺館の隣にある大広場。そこで新入生が全員広がって競い合ってもらうわ。位置取りは自由で、クラスで固まってもばらけても良い。そうそう、皆さんは前日順位で一位だから最後に場所を選べるわ」
先に場所を選べる方が有利に思えるかもしれないが、そんなことは全くない。
遮蔽物も何も無いただの広場に有利不利は無く、むしろ先に場所を決めてしまったら狙われ放題だ。それに後のクラスの方が戦略を立てやすい。例えばあの人があの場所にいるから自分達はこうする、あそこは強そうな人が固まっているからなるべく離れる、などと考える。
ちなみに広場の外周付近は背後から狙われる心配が無いということで人気だが、後のクラスがそこを希望したらそちらが優先され、先にその位置に立っていた人達は内側に押し込まれる形になってしまう。
前日までに頑張った人達が有利になる仕組みになっているのだ。
もちろん有利と言っても些細なレベルであるため、これだけのために初日に頑張ろうと考えるクラスはあまりない。
「(問題はここからだ)」
ここまではダイヤどころか全員が知っている内容だった。
重要なのは今年の戦いの方法だ。
バトルロイヤルと銘打ってはいるが、あくまでもこれは学校行事だ。
殺し合いなんてもちろんのこと、相手を意図的に傷つけることも例年禁止されている。
ではどうやって戦うのかと言うと、体につけた風船を割り合ったり、バッジを奪い合ったりする。
もちろんスキルの使用は可だ。
戦いであって戦いではないのだが、ある意味これはダンジョンでのバトルよりも難しいとされている。
常に敵に囲まれながら、相手を傷つけないように注意を払い、激しく動く対象の一部を破壊あるいは奪い取る。好きな場所に好きなように攻撃できるダンジョンの通常戦闘と比べてあまりにも難易度が高い。
だからこそ、個々の細かな戦闘能力が試される。この状況で上手く立ち回れるのであれば、ダンジョンでも間違いなく活躍出来るだろう。それゆえ上級生達が有望な若手を探すための絶好の競技とされていて、相当に注目されているのだ。
そんなバトルロイヤルの今年の戦闘方法。
それがおばあちゃん先生の口から語られる。
「皆さんにはハチマキをしてもらい、それを奪い合ってもらうわ」
「(運動会方式なんだ!)」
騎馬戦なんかで良くある設定だ。
単純だけれど、頭は特に動きやすい場所なので奪取するのは簡単ではない。
「奪ったハチマキの数がそのまま得点になるわ。奪われた人はその時点で脱落だから、残ったクラスメイトを応援してあげてね」
「(すぐに全滅しちゃったらポイントが全く伸びなくなっちゃう。でも一人でも残ってその一人が大量にハチマキを奪えばそれだけでも上位を狙える。最後まで諦めないのが大事だね)」
優勝を目指すためには何が何でも生き残り続け、ハチマキを奪い続けなければならない。
たとえ仲間達が倒れてしまっても諦めずに奪い続ければそれだけ順位が上がる可能性があるのだ。
「ハチマキは奪った瞬間に自動で亜空間に収納される仕組みになっているから、ずっと持っている必要は無いわ」
「何その超技術」
「うふふ」
亜空間とはいわゆるアイテムボックスの中の空間のこと。
奪ったハチマキが自動でそこに収納されてしまうのはまさにファンタジーであり、広大な広場でそんな細かな条件をキーに特定の物だけをアイテムボックスに自動で入れる方法があるのかとダイヤは驚いた。
「二年生以降の話になるけれど、ダンジョン技術についても講義があるから気になったら受講して頂戴」
「はい!」
それはダンジョン・ハイスクールの大人気講義で、普段は授業を受けない生徒達も受講しにくることがあるくらいだ。
「話が逸れちゃったわね。後説明しておくのは……そうそう、上位の順位はリアルタイムでどこからも見えるところに掲示しておくから、参考にして頂戴ね」
「それは助かります」
自分達の順位が分からずがむしゃらに戦ったところで、後どれだけ頑張れば良いのか不安になるだけだ。順位が可視化されているのであれば目安が分かって安心できるし、戦略も立てやすい。
「以上で説明は終わりよ。質問があればいつでも受け付けるわ」
そう言うとおばあちゃん先生は『精霊使い』クラスの集団から少し離れた所に移動した。戦略会議をしやすいようにと気を使ってくれたのだろう。
「それじゃあ時間一杯、作戦を考えようか」
バトルロイヤル開始までの間、作戦タイムが設けられている。
ダイヤを中心に『精霊使い』クラスは優勝するための道をどうにか捻りだそうと議論を重ねるのであった。