47. うふふふふふふふ
「未来ちゃん!占って!」
ダイヤのハーレム入りを希望する巫女少女、視絵留 未来。
彼女がいつも通り際どい巫女服を着て教室で帰りのホームルームの開始を待っていたら、髪の右側に小さなお団子を作っているクラスメイトの元気な女子が話しかけて来た。
「うふふ。占いはあなたの仕事でしょうっていつも言ってるじゃない」
「だってあたしの占い当たらないんだもーん」
「中琉さんは占い師なのだから、練習すれば当たるようになるわよ」
「私も華萌って呼んでよって言ってるのに!それと練習めんどくさーい」
中琉 華萌、職業『占い師』。
占われることは好きだが占うことは苦手で、せっかく占い関係のスキルを持っているのに練習しないから中々スキルレベルが上がらない。
「未来ちゃんの占いの方が当たるから、そっちの方が断然良いよ!」
「私のは厳密には占いじゃないんだけど」
「細かいことは気にしない気にしない」
「気にするわよ。それとやっぱり練習しなさい中琉さん」
「未来ちゃんがいじわるするー!」
「練習したら名前で呼んであげるわ」
「ぶーぶー」
未来が華萌のことを苦手としているから厳しく当たっているわけでは無く、クラスメイトとして純粋な厚意で練習しろと言ってあげている。
うふふエロ不思議っ子の未来は当初クラスで浮いていたが、華萌が強引に構ってきたことで彼女の内面がクラスメイトに伝わり、案外普通に話が出来る相手だと分かったことで打ち解けられるようになったのだ。彼女に親切にアドバイスしてあげるのは、そのお礼を兼ねている。
「じゃあ練習に付き合ってよ。一人じゃつまんないもん」
「良いわ。なら早速だけど、誰かを占ってみたらどうかしら」
「誰かを?」
「ええ、クラスメイトを占うのなら少しは楽しいのではないかしら」
「確かに!」
華萌はソロプレイよりもパーティープレイを好む性格だ。
一人で黙々と占いをするよりも、他人を巻き込んで練習した方が間違いなくやる気が出る。
「でも誰にしよっかな」
「彼なんてどうかしら?」
未来が指名したのは彼女達の斜め前に座っている男子生徒。
「私を押し倒したくてたまらないのに声をかけることすら出来ず夜な夜な私を使って息子さんを慰めている、今もこっそり私達の会話を盗み聞きしている道陣 出範君よ」
「ち、ちち、ちげーし!そんなこと思ってねーししてねーし!」
あまりに酷い紹介に立ち上がって振り返り激しく反論する出範だが、声が裏返って慌ててしまったがゆえに信憑性が高まってしまった。
「あら、焦らなくて良いのよ。クラスの男子がいつも私を視姦していることも、夜のお供にしていることも知っているのだから」
「し、しし、してねーし!」
未来の言葉にクラスの男子連中はさっと顔を逸らしてしまった。
そんな彼らに向ける女子達の視線は極寒だ。
「未来ちゃん容赦ないね~」
「そうかしら?こんな格好をしていたら誰だってそう思うから安心して頂戴って言ったつもりだったのだけれど」
「確かにその姿、めっちゃえっちぃもんね」
とはいえそれでもエロい目で彼女を見てしまったら女性陣からの評価が下がってしまうのだから、男性陣にとっては酷でしかない。そして更に酷なのは、未来がそんな男性陣を弄るのが好きだということだ。
「容赦ないっていうのはこういうことを言うのよ」
「何それ?」
未来はカバンから水筒を取りだし、何かの液体をコクコクと飲みだした。
そして頬を赤らめてとんでもないことを言い放った。
「媚薬入りジュース」
ガタンと男性陣が大きく反応し、何人かは焦って教室から出て行った。
ナニをしに行ったのかは聞いてはならない。
「それマジ?」
「大マジよ。主様のためにこうして日頃から感度を上げてるの」
「未来ちゃん、そのくらいにしてあげて。流石に可哀想になってきた」
残った男子達は俯いて何かに耐えるように必死でプルプルと震えている。
立ち上がっていた出範も、いつの間にか座って彼女達に背を向けている。
「うふふ。それなら続きは今度にしましょう。ふぅ……」
「だからそういう色っぽい溜息も吐かないの!」
「うふふふふ」
どうしても揶揄いたくなってしまうのが彼女の性分だった。
大迷惑である。
「じゃあ改めて、えっちな妄想を漫画にぶつけている道陣君を占いましょう」
「ぶつけてねーし!俺は健全な少年漫画を描いてるんだよ!」
出範の職業は『漫画家』であり、教室ではいつも何かを描いていた。
「そうだったの。勘違いしてごめんなさいね、八吹君」
「トラブルなんて起こさねーよ!エロくない方の少年漫画だよ!」
「そんな言い方したら先生に失礼じゃない。克良君」
「あんなに綺麗な尻を描けるようになりたいけど、そっち系じゃないって言ってるだろ!?」
「未来ちゃんが何を言ってるか分からない……」
「うふふ、中琉さんは知らなくて良いのよ」
どうしても揶揄いたくなってしまうのが彼女の性分だった(二度目)。
出範の抗議をガン無視した未来は、満足したのかようやく華萌に向き合った。
「では彼を占ってみましょう」
「うん。でも何を占ったら良いのかな」
彼が描いた漫画がヒットするのか。
ダンジョンで活躍できるのか。
漫画家のスキルは順調にレベルアップするのか。
無難に考えるならばこの辺りだろう。
その中で未来がお勧めする占いの内容は何だろうか。
「彼の触手漫画がエロ同人界隈で話題になるかどうか、でどうかしら」
「おいいいいいいいい!? そんなの描かねーよ!」
「えぇ……」
「中琉さんもガチでドン引きしないで!?」
どうしても揶揄いたくなってしまうのが彼女の性分だった(三度目)。
「でも未来ちゃんが言うなら仕方ないか……」
「どうして占おうとしてんの!?」
タロットカードを机に広げて最低な内容の占いを始めてしまった華萌。
一通り裏向きで並べた後に占いスキルを使うとタロットカードが淡く光り出す。
それを特定の順番で表にして占い結果を確認した。
「ええと……これとこれだから……え?」
結果を確認した華萌は反射的に音を立てて出範から距離を取り、本気でドン引きする表情を見せたのだった。
「待って待って待って待って!『この人、本当に描く気だ』なんて顔でドン引きしないで!描かないから!」
クラス中の女子から敵意と嫌悪の視線が集中して大慌てな出範。
何もしてないのに評価がダダ下がりしていく様子は憐れとしか言いようがない。
だが唯一、未来だけはそんな彼のことを冷たい目で見ることは無かった。
「あら描かないの?参考にしようと思ったのに」
「え?」
それどころか興味深そうでは無いか。
「漫画家はスキルが成長すれば描いたものを実体化出来るのでしょう?それなら触手を実体化させて」
「未来ちゃん。それ以上はダメ」
「主様との触手プレイに使わせてもらえないかしら」
「ダメって言ったのにどうして言っちゃうの!?」
そっちの方が面白いからだ。
しかも効果は抜群で、触手の実体化と聞いた女子達が一斉に出範から距離を取った。
「ノーーーーーーーー!」
頭を抱えて絶叫する出範だが、彼が本当にエロ漫画作家になるかどうかは別として、彼がエロ触手を生み出せるかもしれないという事実が女子達の脳裏に刻み込まれてしまったがゆえ、最早彼に対する女子からの好感度は下限突破から戻ってくることは無い。
まさに悪魔の所業である。
「安心して触手君。世の中にはマニアックなプレイが好きな女子は沢山いるわ」
「その呼び方止めて貰える!?それに何の慰めにもなってないよ!?」
「その子もエロプレイが好きなだけであなたを好きになるわけじゃないけどね」
「どうして傷口に塩を塗ることしかしないんだよおおおおおおお!」
「ローションの方が良かったかしら」
「もうお前黙れよ!」
さめざめと泣きながら訴える触手君だが、未来はそんな彼の姿を見ても嬉しそうなだけで罪悪感を全く感じていない様子だった。
それは彼女が弄りが大好きな悪女だからというわけではなく、触手君がそこまで心配しなくても大丈夫な理由があったからだ。
「そんなに焦る必要は無いのに。このクラスで何を思われようが構わないでしょう?」
「…………」
「何しろここは変人ばかりが集まる『キワ者クラス』なのだから」
巫女、占い師、漫画家、お笑い芸人、グラビアアイドル、投資家……
一風クセの強い職業に就いている者が集められた特別クラスは、通称『キワ者クラス』と呼ばれている。そしてそのクセの強さは職業だけではなく、各人の性格もまた風変わりだ。変人だらけのクラスの中で評価が下がろうが、そもそも全員の評価が下限突破しているようなクラスなのだから気にすることは無い。
華萌も触手君も未来に押されて本来の自分が出ていないが、一般人に混ざると浮いてしまうタイプの性格だった。
「それともこの中に好きな人がいたのかしら。だとするとごめんなさいね」
「い、いや、いないけど……」
「そうよね。私を犯したくて犯したくて仕方なかったんですものね。他の女の子とか気にする余裕が無かったものね」
「もう俺帰って良いかな……」
これ以上、未来と会話してもダメージを負うだけだとようやく気付いたらしい。
触手君は諦めて前を向いてしまった。
「あ~あ、拗ねちゃった。未来ちゃんったら悪いんだ~」
「アレは拗ねてるのではなくて下半身が見せられないことになってるから、これ以上酷くならないように私から目を逸らしているだけよ」
「まだ弄るんだ……」
事実だとしてもやめてあげてください。
もう触手君のライフはゼロです!
「そんなことばかりしてると貴石君に嫌われるよ?」
「うふふ。それは困ったわね。ならもっと露出を増やしてしっかり誘惑しないと」
「ダメだこりゃ」
そう言いながら華萌は少し不思議に思っていた。
「(貴石君があんな目にあっているのに、どうして平気なのかな?)」
実は先ほどダイヤがイベントダンジョンに入ったという知らせが来たばかりだ。
想い人が死ぬかもしれないというのに、何故冷静でいられるのだろうか。
「(予知で無事だって分かってるのかな。それでも普通は心配しそうな気がするけど)」
たとえ助かるという予知が視えたとしても、それが本当に起きることだと心から信じられるのだろうか。もしかしたら予知が外れるかもしれないと恐れることは無いのだろうか。
クラスメイトを揶揄うような心の余裕があるものだろうか。
「(それとも心配を誤魔化すために揶揄っているとか?)」
どれだけ考えても他人の心など分かるはずが無い。
それならいっそのこと聞いてしまえば良いのだが、なんとなく答えてくれないような気がした華萌は考えを切り替えた。
「(まぁ良いや。貴石君が死ぬかどうか占お~っと)」
人の生死を気軽に、それどころか嬉しそうに占い始める華萌はやはり『キワ者クラス』の一員だった。
「ぐへへへ」
「うふふふ」
平和で不気味な笑いがこだまする教室の中で、男子達は未だ治まらない息子の対処に苦労していた。