41. 第一章エピローグ:ダンジョンから戻って最初にやりたいことと言えばもちろん……
「ダイヤ!ドロップアイテム!」
「任せて!」
ボスを倒して浮かれていて、微妙なドロップアイテムしか手に入れられなかったなんてことになったら勿体ない。折角ダイヤがドロップ操作を出来るのだから、苦労に見合った報酬を手に入れたいところだ。
「(僕が欲しいのはもちろん……)」
レッサーデーモン変異種とは違い、ダイヤの想いは届いた。
戦天使が浮いていた場所に小さな何かが出現し、回転しながらゆっくりと落ちてくる。
ダイヤは落下地点に慌てて移動し、それを右掌で優しく受け止めた。
「はい、どうぞ」
「え?」
そしてそれを音に差し出した。
「ダイヤ……どこまで私を惚れさせたら満足なのよ」
「どこまでも、だよ」
「もう、ばか」
音を一瞬でメスの顔にしてしまう程のドロップアイテム。
ダイヤが彼女のことを想って願ったことが、一目で分かるもの。
「代わりにはならないと思うけど、それでもあった方が良いかなって思ってさ」
失ったものは戻って来ない。
使ってしまった一度きりのアイテムは戻って来ない。
ならばせめて似たようなアイテムを用意してあげたい。
音に似合う指輪。
ダイヤの願いにダンジョンは答えてくれた。
祖母がくれた指輪にどことなく似ていて、一方でオリジナルの部分として桜の花がデザインされていた。音の記憶や想いを元に作られたダンジョンだからこそ、彼女が桜好きだと知っていたのかもしれない。
「ダイヤ、ありがとう」
「どういたしまして」
「…………」
音はそっとダイヤの前に手を差し出した。
それが嵌めてくれという意味だということを直ぐに察したが、問題なのは差し出された手が左だと言うこと。
「…………」
「…………」
妙な緊張感君が二人の間を全力で走り抜ける。
無言のプレッシャーを受けて、ダイヤの背中に冷や汗が流れまくる。
指輪をつまみ、彼女の指の手前でゆっくりと左右に動かしてみた。
人差し指。
「…………」
中指。
「…………」
薬指。
「…………………………………………」
小指、に移動させようとするが音の手がついてきて強引に薬指に照準を当てさせられる。
「ええと、その、良いの?」
流石にノリでやって良いことでは無いため、デリカシーが無かろうとも確認することにした。
「僕達まだ高一だけど……」
いくらなんでもこれを薬指に嵌めるのはまだ早いのではないか。
そんなダイヤの懸念を音は真っ向から否定する。
「いい……よ?」
真っ赤になって俯き、小さくつぶやく彼女の様子はとてもいじらしい。
今すぐにでも押し倒してしまいたくなってしまう。
だがそれでもダイヤはここで軽々と手を出すわけにはいかない。
女の子が大好きで据え膳を全力で食べちゃいたいタイプのダイヤでも、ここは絶対に間違えてはいけないのだ。
「本当に良いの?」
「…………うん」
「本当の本当に?」
「…………どうしてそんなに確認するの?」
両想いなのは確実なのに、どうしてそこまで念入りに確認するのだろうか。
ダイヤにとって音は指輪を嵌めるに値しない相手なのだろうか。
そんな不安で胸が締め付けられそうになる。
これ以上彼女を不安にさせてはいけない。
ゆえにダイヤは気になっていたことをはっきりと告げた。
「僕のハーレムに入ってくれるってこと?」
「…………え?」
途端、音がポカンと呆気にとられた顔になり、数秒後に真っ赤になり慌てだす。
「(やっぱり忘れてたんだ)」
ダイヤがハーレム志向であり、音と結ばれてもまだ他の女性とも関係を結ぶ可能性があるということを、完全に忘れていたのだった。
「え、ちょっと、待って。本気なの!?」
「もちろんだよ!」
とても良い笑顔で断言されてしまえば、本気でハーレムを作りたがっていると信じるしかない。
しかしだからといって簡単には認められない。
「私だけじゃ満足できないの!?」
「うん」
「なんで!?私のこと美人で可愛いって言ってくれたじゃない!好きだって何度も言ってくれたじゃない!」
「うん」
「それなのに他の人まで欲しがるの!?」
「うん」
「なんでよー!」
これからダイヤとラブラブな普通の恋人関係を楽しめると思い込んでいたため、ダイヤがハーレム志向を変えて無いことに大困惑。
「わ、私、ダイヤが望むことならなんでもしてあげるよ。恥ずかしいことでもやってあげるよ。だからハーレムなんてやめて私と二人で仲良くしようよ……」
なんとしてもハーレムを止めさせようと必死だ。
ハーレム志向を思い出しても幻滅せずにこれだけ攻めるということは、それだけダイヤのことが好きで好きで堪らないのだろう。
「ごめんね。ハーレムは僕の夢だから」
しかしダイヤは頑なにハーレムを諦めようとはしなかった。
「ダイヤのばかー!」
音はあまりの悲しみに涙しながらその場から逃げ出した。
ちなみに逃げる瞬間に指輪をちゃっかりと奪い取るように受け取っていたりする。
「(泣いている姿も可愛いなぁ)」
ハーレム宣言で愛しい相手を泣かせる罪深いダイヤは、心の中でも割と最低なことを考えていたのだった。
ーーーーーーーー
「ぐすん。ぐすん」
「ほらもう泣き止んで」
「誰のせいよ!」
「ハーレムのことを忘れてた誰かさんのせい?」
「だってあんなの恋人が出来れば止めるって普通思うじゃない!」
「そっかなー」
どこかに走り去った音だが、割とすぐにダイヤの元へと戻って来た。
何故ならばダンジョンの出口らしき扉が戦天使撃破地点に出現していたから。
「その話はまた後でしよう」
「絶対にハーレムなんて認めないからね!私だけを見てもらうんだから!」
「はいはい。それじゃあ帰ろう」
「ぶーぶー」
なんて未だに恋愛話で盛り上がっているように見えて、実は二人は心臓がバックバクでド緊張していた。
その理由は生きてダンジョンを出られる達成感によるものもあるが、それよりも出口を抜けた先に待っているであろうことの方が大きかった。
ダイヤ達のダンジョン攻略は配信されていた。
そして衝撃的な沢山の事実が明らかになった。
スキルポーションの引き換えを含め、情報を吸いつくそうと人々が殺到してくるかもしれない。
そう考えるとここから先も決して油断が出来ないからだ。
最悪、外に出た瞬間に襲われて持ち物を全部強奪され、誘拐監禁された上に精霊使いの可能性について強制的に協力させられる可能性だってありえるのだ。
「行くよ」
「うん」
だがいつまでも躊躇している訳には行かない。
二人は意を決して扉を開き、現実へと戻って来た。
「おかえり~」
扉をくぐると何故か制服でキツネ耳とキツネ尻尾を装備した一人の女生徒が出迎えてくれた。
「ただい……ま?」
「うわぁ凄いね」
そして離れた所に大量の生徒達が居て、こちらを見ているでは無いか。
「あれ?沼は?」
戻ってきたところはイベントダンジョンが出現した沼地なのだが、沼が完全になくなり地面が剥き出しになっていた。
「邪魔だからウチらが失くしといたで」
「そ、そうですか」
帰還していきなり泥塗れというのは気分が滅入るため、排除してくれたのは助かった。
しかし何十人もの人に囲まれていると、素直に喜ぶ気分にはなれなかった。
「疲れてるとこ悪いんやけど、早速だけど例のアレ、交換させてもろてええか?」
「ということはあなたが?」
「そうや。自己紹介が遅れてすまへんすまへん。ウチはダンジョン・ハイスクール四年、クラン『明石っくレールガン』のマスターの俯角っちゅ~もんや。よろしくな」
胡散臭いエセ関西弁のキツネ少女の名をダイヤは聞いたことがあった。
「大手考察系クランのマスターさんでしたか」
「おお、ウチのこと知ってるとか、勉強家やなぁ。どや、これも何かの縁や、ウチのギルドに……」
『俯角!』
ノリでクランにダイヤを誘おうとしたら、周囲の生徒達から大量の怒声でストップがかけられてしまった。俯角とは違い、あまりにもピリピリしている。
「このくらいええやんか。まったくセコい奴らばっかや」
「(勧誘は禁止されているってことなのかな)」
彼女が代表してダイヤと話をしているということは、裏で色々なハナシアイが為された結果なのだろう。そしてその中で抜け駆け勧誘禁止というルールが決められているに違いない。
「それじゃあこれ以上俯角先輩が怒られないように、これ渡しますね」
「おおおお!こ、これが……これがスキルポーション……」
ダイヤがスキルポーションを取り出した瞬間、この場の空気がピシリと固まった。
誰もがそれを激しく注目し、視線だけで瓶が割れてしまうのではと思えるくらいだ。
「はいどうぞ」
そんな劇物をこれ以上持っていたくないと、ダイヤは押し付けるようにスキルポーション五本セットを俯角に手渡した。
「確かに頂いたで。それじゃあウチからはこれや!」
俯角から渡されたのは、腰に巻くポーチだった。
「おおおお!格好良い!それに可愛くもある!」
「だろ?あんさんに似合うのを必死で考えたんやで?」
「俯角先輩が考えたんですか?」
「んなわけあるかい。デザイナーに依頼したに決まっとるやろ」
「そうなんだ。俯角先輩もセンスありそうな気がしたからてっきりそうかと」
「おっほー!これが猪呂ちゃんを堕とした手腕ってやつかいな」
クネクネとわざとらしく喜ぶ俯角をよそに、試しにポーチを装着し、音に感想を聞いてみた。
「どうかな?」
「すっごい似合ってるよ!」
「やったね」
その一言だけで、これがどんな性能だろうが騙されていようが構わないという気持ちになってしまった。好きな人に褒められるというのは、それだけ嬉しい物なのだ。
「なんか興味なさそうやけど、一応言っとくな。容量は家一軒分くらいやから」
「へぇ~家一軒分……は?」
「そ、そそ、それって数千万じゃすまないわよ」
「値段は聞かん方が精神的にええで」
「そうします……」
あまりの高級品に普段使いするのをしばらくは躊躇いそうだ。
「んじゃ持ち主登録すんで~」
「よろしくお願いします」
俯角は契約魔法を使えるらしく、パパっと持ち主登録をしてくれた。
見た目には変化が無いが、これでダイヤ以外は使えなくなったらしい。
たとえダイヤを殺したとしても、所有権はダイヤのままで永遠に誰も使えなくなる。
スキルポーションの受け渡しが終わったことで、周囲の人々が殺気立ってきた。
どうにかしてダイヤ達と話をして情報を引き出したいという魂胆なのだろう。
いきなり突撃してくる人は居ないが、お互いに牽制しあっている。
「俯角先輩、ついでに一つお願いしても良いでしょうか」
「なんや?今ならハーレム入り以外なら何でもしてあげるで?」
「いだい!なんで抓るのさ!」
「ふん!」
「はっはっはっ、愛されとるなぁ」
痛む左頬を抑えながら、ダイヤは俯角にお願いの内容を告げる。
「僕らがダンジョンの出口に帰るまで、手出ししないように周りの人に言ってもらいたいんですよ」
「そんなの自分で言えば良いやん。というか聞こえてるし」
「僕が言っても止まらないと思いますので」
「そんなのウチだって同じや。つーかウチだってめっちゃ聞きたいんやで。考察系クランって知っとんのやろ」
「それは困ったなぁ」
かといって、相手は自分よりも格上の先輩だらけ。
強引に突破するなんてことも、無視するなんてことも出来そうに無い。
「なんでわざわざそんなこと言って来たんや?無理なの分かってるやろ」
「そうなんですけど。もう限界なんですよ」
「限界?あ~そういうこと。なら安心せえ。それならそれで無茶する奴はおらへんよ。そんなことしたら永遠に嫌われもんやからな」
「そうなんですね」
だとするともう遠慮することはない。
ただ気がかりなのは音のことだ。
「私のことは気にしないで」
「でも……」
「私はまだまだ元気一杯だし、このくらいさせてよ。私だってダイヤを守りたいんだよ」
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に、あまえ……て……」
ふっとダイヤが力無く倒れるのを音が抱き留めた。
そしてそのままお姫様抱っこの要領で持ち上げる。
「おやすみ、ダイヤ」
「すーすー」
ダンジョンに入り、泥沼の中を八時間近く指輪探し。
おしおきマッドフロッグとの死闘。
レッサーデーモンとの死闘。
街中を探索してレベル上げ。
レッサーデーモン変異型との死闘。
戦天使との死闘。
これだけの戦いを乗り越えたダイヤは、すでに疲労困憊で意識を保つのもやっとだったのだ。
「本当にありがとう」
そんなダイヤがようやくぐっすりと休むことが出来るのだ。
それを邪魔させてはならないと、襲い来る生徒達の防波堤となってみせると心に誓う音であった。
「すーすー」
( ˘ω˘)スヤァ