34. ごめんね、私が馬鹿だったよ
「あれ?アイテムが出て来ない」
レッサーデーモン(赤黒)を撃破した後、ダイヤは何でも良いからレッサーデーモン(赤黒)特有のアイテムを落とすようにと願った。しかし全くドロップする気配が無く、結局経験値に変わってしまった。
「イベント専用魔物ってことでドロップアイテムが設定されなかったのかな」
「オリジナルのアイテムを落とせば高値で売れたのに残念だったね」
「まぁ仕方ないよ」
それにダイヤはドロップが無くてもとても喜んでいた。
何故なら。
「それはそれとして音」
「なに?」
「僕も好きだよ」
「え……!!!!!!!!」
相手を挑発し返す目的だったとはいえ、音がはっきりとダイヤのことを好きと言ったのだから。
しかも自分がはっきりと告白したことを音は気付いておらず、今になって指摘されて茹蛸のようになってしまった。
「あ、あれは、その、そういうんじゃ、なくはないけど、その、あの、確かに、そうなんだけど、でも、あの、うううう~!」
「(何このかわいい生き物)」
シリアスな戦闘をした直後とは全く思えない程に、もじもじもじもじもじもじする音の姿を大いに堪能した。じっとダイヤに見つめられることで更に羞恥に悶えることになるのだが、突然はっと何かに気付いたかのように顔を上げた。
「も、もう、今はそういう状況じゃないでしょ!」
ダンジョン探索中ということを思い出し、幾分冷静になれたようだ。
ダイヤとしてはもっともっと弄り倒したいところだが、これ以上は気が緩みすぎて危険だと思ったので自重した。
「そうだね。じゃあこれからどうしよっか。イベントボスっぽいの倒したからこれで何か変わったのかな?」
「どうかしら。周囲の様子は全く変わってない様子だから、もう少し探索した方が良いかも」
「じゃあ当初の予定通り、音のクラスに行ってみる?」
「ええ」
二人は階段を登り三階へと向かい、音が三年生の時に過ごした教室へと向かった。
「(いる)」
入口から中をそっと見ると、こちらに背中を向けて窓の外を眺めている一人の女生徒がいる。
「(心当たりは……ありそうだね)」
チラっと音の横顔を見ると、また顔が青褪めている。
「(大丈夫?)」
音の左手をきゅっと軽く握り、様子を確認する。
「(大丈夫)」
すると音は優しく微笑んだ。無理をしている感じは無く、以前のようにパニックに陥りそうなことは無さそうでダイヤは安心した。
「(行くよ)」
「(うん)」
アイコンタクトで意思を通じ合った二人は、敵が待ち受ける教室に入った。
「久しぶりだね。音」
扉の音に反応したのか、最初から気付いていたのか、少女はゆっくりと振り返った。
印象としては大人しそうで何処にでもいそうなごく普通の少女。
魔物だと分かっているのに、優し気な雰囲気が安心感を与えてくれる。
「良子ちゃん……」
その少女は中学で一番仲が良かった友達、嘉成 良子。
「どう?ダンジョン・ハイスクールは楽しい?」
「楽しくはないかな」
「そうなの?」
「うん。ちょっと前まではね」
高潔なヴァルキュリアにならなければならないと、そして強くならなければならないと必死にもがいていた。しかも周囲は中学までの時以上に自分のことをヴァルキュリアとしか見てくれない。
楽しいだなんて思える時も、心休まる時も全く無かった。
「じゃあ今は?」
「楽しいかな。ううん、楽しくなると思う」
「そっか、良かった」
良子はこれまでの魔物のように、音の心を責めようとはしてこない。
温かな眼差しで、温かな声色で、自然に会話をしようとする。
まるで本当に音の友達であるかのようだ。
「音が幸せなのは、その人のおかげかな」
「うん、そうだよ。私を助けてくれた、大切な人」
「そっか。ちょっと妬けちゃうな」
「え?」
他の人と同じように、音が男を見つけたからだと言いたいのだろうか。
結局良子も、音が男を捕まえて喜ぶような人間だと責めたいのだろうか。
そんな一抹の不安を抱いた音だったが、良子の言葉は違っていた。
「本当は私が音を助けたかったから」
温かな微笑みには、良く見ると僅かな寂しさが含まれていた。
やはりその姿は明らかに人であり、魔物のようには見えなかった。
「良子ちゃん……もしかして貴方……」
他の人とは違い、何らかの理由で良子そのものが出現しているのではないか。
そんな予感がしてならない。
「私は魔物だよ」
「え?」
しかし良子は自分が魔物だと断言する。
油断させて罠にかけるようなこともなく、はっきりと音の敵だと言うでは無いか。
「ごめんね音。私がこんなにも苦しませていたんだね」
「どういう……こと?」
「私の中にはあなたを傷つけようとする言葉が沢山ある。貴方が私のことをどう考えていたのかが分かっちゃった」
誰も彼もが自分のことをヴァルキュリアとして扱ってくる。
そういう姿を見せない友人たちも、内心では何を考えているか分からない。
音は彼女達をも心のどこかで疑ってしまっていた。
良子に対しても疑ってしまっていた。
その疑いの気持ちが形になったものが、目の前の良子という存在だった。
魔物と言う形で、音を責めるために生まれてしまった。
「でも言いたくないから言わない」
しかしそれでも彼女はその言葉を告げなかった。
音のためを思い、言葉の武器を胸に仕舞った。
良子とはそういう人物なのだ。
音は知っていた。
その優しさまでもがセットで具現化してしまったがゆえに、彼女は音に牙を剝かなかった。
「そう……そうだよね。分かっていたはずなのに、どうして疑っちゃったんだろう」
「仕方ないよ。音の立場なら仕方ない」
「でも良子ちゃんだけは疑っちゃダメだったのに」
「あはは、ありがとう。大丈夫、そういう気持ちもちゃんと伝わってるから」
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
これまでのような恐怖ではなく、後悔が音の胸を渦巻いた。
親友を信じ切ってあげられなかったことが悔やまれる。
「顔を上げて音。あなたはやるべきことがあるのでしょう?」
「……うん」
たとえどれほどの後悔があろうとも、今は前に進む選択肢以外はあり得ない。
過去を思い返し反省するのも、自らの心を見つめなおすのも、すべてはイベントダンジョンをクリアして生き延びてからだ。
「あなたの友人として、あなたが試練を乗り越えて羽ばたくことを願っているわ」
その瞬間、良子の雰囲気がガラっと変わった。
眼が蒼く光り、猛烈なプレッシャーを発してくる。
「ぐっ……」
「これは……」
まるで体中が凍えてしまうかのような冷たい重圧に、ダイヤ達は思わずジリジリと下がってしまう。
「これ本当に冷たいんだ!」
良子を中心に教室内の気温が一気に下がっている。
いつの間にかダイヤ達の吐く息が真っ白になっていた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
歌うような甲高い叫びをきっかけに良子の姿が変化した。
おなじみのレッサーデーモンだが、爪は無く、角は一つで、全身が紺色だ。
そして背中にコウモリのような大きな羽が生えている。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
レッサーデーモン(紺)は叫びながら羽ばたき、天井近くまで飛び上がる。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
宙を移動しながら叫ぶにつれて、教室内の温度がどんどんと下がって行く。
「早く倒さないと!」
「う、うん。レーザービーム!」
空を飛ぶ敵には投擲攻撃。
そのセオリー通りに音はランスを投げたが、高速移動で躱されてしまった。
「なんて早い動きなんだ」
「あれじゃあ当たらないよ!」
幸いにもというべきか、レッサーデーモン(紺)は飛ぶだけで何も攻撃してこない。
音がランスを拾いに行くが、それを邪魔してくることも無かった。
「冷た!」
手放した時間が短時間であるにも関わらず、ランスの持ち手があまりにも冷たくなっていた。
「寒い、寒すぎるよ!」
「よし、脱いで温め合おう」
「分かった!」
「待って、本当に脱ごうとしないで!」
「え?」
「ちょろいのは良いけどポンコツにはならないでー!」
「ちょろくないもん!」
戦闘中に装備を脱いで全裸になるなど死のうとしているようなものだ。
あまりの色馬鹿っぷりにどことなくレッサーデーモン(紺)も呆れたような表情になっている、というのはダイヤの気のせいだろうか。
「一旦外に出よう!」
「ダメ、ドアが開かない!」
「ランスで壊せない!?」
「うん。硬くてビクともしないよ!」
つまり冷凍庫と化した教室内に閉じ込められたということだ。
なんとかするにはレッサーデーモン(紺)を倒すしかない。
しかしレッサーデーモン(紺)は空を高速で移動し、攻撃を当てにくい。
「僕たちがこのまま凍死するのを待つつもりなのか。なんて嫌な攻撃をしてくるんだ」
「どうしよう。手に力が入らなくなってきたよー」
「任せて!」
「え?」
ダイヤは音の正面にサッと回ると、顔を近づけた。
「ちゅっ」
「!?!?」
唐突のキスに音は瞬く間にパニックになってしまう。
少し経ってから自分が何をされたのかに気が付いた。
「~~~~~~~~~~っ!」
これまでに無い程に顔を真っ赤にした音は、見るからに暑そうだ。
「ね、暖かくなったでしょ?」
「うわーん!ダイヤのバカー!ファーストキスはもっとロマンチックな場面でしたかったのにー!」
「でもこういう僕達ならではのシチュってもの好きでしょ」
「好きー!」
唐突ではあるけれど、ある意味強烈に思い出に残るシチュエーションだ。
景色の良い場所でムードが高まって自然に口づけるのも好きだが、二人ならではの特別感もまた音が好きだろうとダイヤは見破っていたのだった。
「さあ、これで動けるよね。ちょっと耳貸して」
「ひゃっ!今近づかないで!耳元で囁かないで!」
戦っている最中に何をしているのだと思わなくも無いが、敵が攻撃をしてこないのだから良いのだろう。多分。
「それじゃあ、今のでよろしく!」
「うわーん!もっと余韻に浸りたいよー!」
「あいつを倒してからたっぷり浸ろう!」
「こうなったらやけよ!レーザービーム!」
これ以上体が冷えて動かなくなる前にと、二人は空を飛ぶレッサーデーモン(紺)に向けて攻撃を仕掛ける。音は避けられてもランスを拾って只管レーザービームを、ダイヤは机の上に乗ってどうにか近づけないかと追いかける。
「ほっ、ほっ、ほっ、なんだか、これも、悪いこと、してる、気分に、なるね!」
教室の机の上に土足で乗るだなんて、学校では絶対に怒られる。
いくらここがダンジョンの中とは言え、背徳感に襲われ、それが何となく気持ち良かった。
「逃げるなー!」
だが急いで移動しても、レッサーデーモン(紺)に追いつけない。
慌てて飛びつこうとジャンプしても、全く届かず床に落ちてしまう。
「ふぎゃ!」
一方で音はダイヤの行動は気にせずに同じことを何度も繰り返している。
「レーザービーム!レーザービーム!レーザービーム!あたらなーい!」
投げては拾い、投げては拾い、投げては拾いを繰り返すが、掠る気配すらない。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
その間にもレッサーデーモン(紺)は甲高い声で叫び、その度に教室内の気温がどんどんと下がって行く。
「本当に寒くて動けなくなってきたんだけど!霜がついてるしー!」
「じゃあそろそろアレやろう!」
レッサーデーモン(紺)は教室の窓側奥に位置している。
音はその対角線上、廊下側前に移動してランスを構えた。
ダイヤは窓際中央くらいの机の上に立ち、レッサーデーモン(紺)が逃げてくるのを待ち構える。
チラっとダイヤが音に目線をやり、アイコンタクトで開始の合図を告げた。
「レーザービーム!」
攻撃方法はこれまでと変わらずのランス投擲。
レッサーデーモン(紺)は悠々と教室奥を廊下側へと移動し、射線から外れようとする。
間違っても待ち構えているダイヤの方へは移動しない。
しかしダイヤの本当の役割は移動するレッサーデーモン(紺)を待ち構えることではなかった。
「おりゃああああああああ!」
ダイヤは真横の机にジャンプして移動し、飛んでくるランスの横っ腹を思いっきり殴った。
『!?』
予想外の行動にレッサデーモン(紺)は驚き、レーザービームとダイヤを凝視する。
ダイヤはレーザービームを殴り、強引に軌道を変えようとした。
その結果、レッサーデーモン(紺)の方に飛んでくるかもしれないと考えると無視できなかったからだ。
しかし。
「うわわわ!」
勢い良く飛ぶレーザービームを殴るなど無茶だったのだろう。
ダイヤの拳は弾かれ尻から床に落ち、レーザービームの軌道は変わることが無かった。
『…………』
作戦が失敗した。
そう思ったレッサーデーモン(紺)は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
それこそが罠だったとも知らずに。
『!?!?』
一体何が起きたのか信じられない
胴体に大穴を開けたレッサーデーモン(紺)は、まさにそんな風な表情になっていた。
「やった!当たったよ!」
そう喜ぶ音は左手でレーザービームを投げ終えた体勢だった。
ダイヤが最初のレーザービームを殴ったのは、もしかしたら曲がって軌道が変わるかもしれないとレッサーデーモン(紺)に思わせ注目させるため。
音は右手で一投目を終えた直後に体勢を整えるよりも先に予備のランスを取り出し、左でレッサーデーモン(紺)に狙いを定めた。そしてレッサーデーモン(紺)がダイヤに注目している隙を狙って二度目のレーザービームを放ったのだった。
これまで当たらないのに何度もレーザービームを放っていたのは、ランスが一本しか無いとレッサーデーモン(紺)に思わせるため。ランスを投げてしまった音はそれを拾うまで何もできないと思わせて、安心してダイヤの行動に注目させようとした。
これがダイヤの考えた作戦だった。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
これまでの歌うような叫びとは違い、本物の断末魔の叫び。
レッサーデーモン(紺)は宙に浮いたまま消滅した。
『頑張ってね』
その最後の瞬間、音の耳に微かに言葉が聞こえた気がする。
「うん、頑張るよ」
その言葉に応えるように、このダンジョンをクリアしてみせると、音は心の中で誓ったのであった。