195. かしこみかしこみしこしこもうす
「お、聖天冠、そいつ一匹残しといてくれ」
「了解」
未来との大事な会話が終わり、本格的なダンジョン探索を開始した一行。基本はCランクの望が敵の対処をするのだが、Eランクの二人でも倒せそうな敵がいれば戦うことにしている。
今回は蒔奈が良さそうな敵を見つけたようだ。
「キリングマシーンAってか。物騒なもん持ちやがって」
身体が屑鉄で構成された殺戮機械。スケルトンの骨が鉄骨などの金属になっていると考えると分かりやすいだろうか。しかしスケルトンのように人に近い体ではなく、なんとなく人に見える程度の曖昧な作りになっている。
キリングマシーンはその体の形によってタイプが分かれていて、人型がタイプA、獣型がタイプB、鳥型がタイプCと呼ばれている。今回遭遇したのは人型であり、その特徴は何らかの武器を手にしていること。
チュイイイイイイイイン!
今回の相手はチェーンソーを手にしていた。
「うふふふ。触れたら大怪我じゃ済まないのに、あの敵を選ぶの?」
「ああ。強そうな武器だからいいんだよ」
これが剣や槍といった定番武器だったら嬉しくない。触れるだけで相手に大ダメージを与えられる便利な武器だからこそ、蒔奈の相手に相応しい。
「おらおら、どうした。かかって来いよ!」
スキルではない単なる言葉による挑発。それでもキリングマシーンAは蒔奈を敵と認識し、凶悪なチェーンソーを前に押し出すようにしてゆっくりと歩き出す。
「悪いな。お前の武器、入れ替えといたわ」
その瞬間、キリングマシーンAの手からチェーンソーが消え、代わりに木の棒が握られていた。
ではチェーンソーが何処に行ったのかと言うと。
「ひゃっほー! こりゃあ強そうだぜ!」
なんと蒔奈の手にあるではないか。
「オラオラオラ!さっさと逃げないと真っ二つだぜ!」
蒔奈はチェーンソーを手にゆっくりと前に進む。キリングマシーンAは手にした木の棒で殴りかかろうとしてくるが、その動きはあまりにもゆっくりで当たっても大して痛くない。
チュイイイイイイイイン!
蒔奈は容赦なくキリングマシーンAの胴体にチェーンソーをあて、あっさりと両断する。するとキリングマシーンAは地面に崩れ落ち、緑の靄となって消滅した。
「楽勝だぜ!」
蒔奈が手にしたチェーンソーもまた、キリングマシーンAの消滅と同時に消滅した。残念ながら奪った武器をずっと保持することは不可能であった。
「うふふふ。今のは悪戯スキルかしら」
「ああ。他人の物を別の物にすり替えておくっていう悪戯だ」
「強すぎない?」
強いなんてものではない。武器を持っている相手には絶大な効果を発揮する悪戯である。だがもちろん最強というほどではない。
「すり替えた所で私が使いこなせなきゃ意味無いし、相手が武器無しでも強かったら意味無いし、そもそも武器持ってる魔物とかあんまりいないし、割と使いどころない」
だがその数少ない使いどころがここにはある。
「お、また発見。お前の武器、入れ替えといたから。おりゃおりゃおりゃああああ!」
チェーンソー持ちのキリングマシーンAは蒔奈にとって格好のエサ。経験値を荒稼ぎ出来ることもあり、今回の誘いは非常に嬉しいものだった。誘ってくれた相手が別だったら最高だったのだが。
「うふふふ。取巻さんは精霊使いですのにアイテムを欲しがらないのですか?」
蒔奈が敵を倒した後、緑の靄はドロップアイテムにならなかった。それはすなわち経験値として蓄積する方を選んでいるということだ。まだEランクの蒔奈はDランクダンジョンに入れず、今回は望とパーティーを組んでいるということで例外的に入場許可が出ている。それならDランクでしか手に入らないアイテムを手に入れようとするのが普通ではないかと未来は考えた。
「今はいらね。欲しいのがあったらクランメンバーに頼めば良いし、私自身が強くなる方が優先だからな」
「うふふふ。だから経験値を溜めてスキルレベルを上げているのでしょうか」
「それが少し違うんだよなぁ」
「え?」
「まだ秘密だ。これは私のトップシークレットだからクランメンバーにも言わねぇ。ここぞという場面で見せるつもりだから楽しみにしてな」
それはたとえば年度末のクラン対抗戦など。
悪戯スキルの使いこなしを含め、蒔奈は学校イベントに重きをおいて準備を進めていた。
「う~ん、困りましたね」
「聖天冠?」
「取巻さんのおかえげでクラン対抗戦は上手く行きそうですが、クラス対抗戦で精霊使いクラスに勝てる気がしません」
「はん。そりゃあこっちは全部のイベントで優勝をかっさらうつもりだからな!」
球技大会でいきなりその目論見が潰えたことは言ってはならない。あくまでも意識的な話で、それだけ全力で取り組むということ。
精霊使いの強さが知られるようになったことである程度気持ちが軽くなったとはいえ、これまで下に見られ続けていた鬱憤はまだ溜まっているのだ。やりこめてやりこめてやりこめて、それでもまだ解消には足りないくらいであり、ざまぁの機会があるなら全身全霊をこめて戦うだろう。
「僕達も負けてばかりはいられませんから、何か対策を考えなければいけませんね」
「遠慮なくかかってきな。って言いたいとこだけど、お前一人がいるだけで勝てる気が全くしないんだが」
Dランクダンジョンの魔物を瞬殺する望に対して罠を張ったところであっさりと突破される結末しか想像出来なかった。
「そんなことはありませんよ。実際に合宿の時には負けましたし」
「あんときはまだ入学したてで差が無かっただろ。今はスキルの差がありすぎる。お前らに勝つのは骨が折れそうだ」
「(その時には私は私でなくなっているかもしれません。そのせいで大混乱となった『英雄』クラスは果たしてまとまるのでしょうか)」
例の薬のヒントを入手したことから、その日が来るのは遥か未来ではなく案外近いのではと予感していた。もしその予感が正しいとなると、ダンジョン・ハイスクール全体に激震が走るに違いない。将来を期待されている勇者が戦いではなく女として精霊使いに愛されることを優先していると明らかになるのだから。
「私達のクラスも精霊使いクラス程とは言いませんが一致団結出来れば絶対に勝つと宣言しますけどね」
「問題児がいるんだっけ?」
「問題児ではないです。ただ、その、協調性が無い方が数名いるだけで」
「『賢者』とか『聖女』とかだろ。頼むからそのままやる気無しのままでいてくれよな」
最強と名高い職業であり、多くのクランから誘いが来ている『賢者』達は、学校イベントに興味がないらしく、表舞台にまだ出て来ていなかった。
「うふふふ、お話し中の所良いかしら。そろそろ私の戦い方をご覧になって頂きたいのですが」
「おっと、そういやそんな話だったな。良い敵でも居たのか?」
「あれです」
「キリングマシーンB、獣タイプか」
四本の足で立つ獣タイプは、足の先に鋭い爪が、口と思われる場所に鋭い牙が、いずれも屑鉄を鋭く尖らせたような形のものを装備している。それらを使って普通の獣のように攻撃を行い、武器を持っていないからか動きはキリングマシーンAよりもかなり素早い。
「近接戦闘が得意じゃないと厳しい相手だが、本当に大丈夫なのか?」
エロ巫女服を着た未来は、どうみても運動が得意なタイプには見えない。敵の動きについていけずに無残にやられてしまうのではと思えてしまう。
「うふふふ。ご安心を」
未来は開いた胸元から一本の祓串を取り出した。
「どうやってそこにそのサイズのものを収納してるんだよ!」
「うふふふ。主様のモノを収めるために練習中なのです」
「あー!あー!聞きたくない!聞こえない!」
いつもならここでエロネタで畳みかけてくる未来も、流石に敵を前にしたらこれ以上はやらないらしい。これだけでも不要ではあるのだが。
「かしこみかしこみしこしこかしこみ」
「いつか天罰落ちるぞ」
祓串を両手で持ち、身体の中央で左右に揺らす。
「飛花蝶舞」
祓串の動きに合わせて、未来の身体が緩慢に左右に揺れ出す。
ゆったりと。
なめらかに。
あでやかに。
そんな未来に向かってキリングマシーンBが飛び掛かって来た。
しかし未来は敵が飛んだ瞬間、どの方向に飛ぶのかも、どのように攻撃してくるのかもまだ分からないタイミングで、ゆっくりと左に移動して躱した。
攻撃を躱されたキリングマシーンBは再度未来を狙うが、またしても攻撃を先読みして躱される。
未来予知。
数秒先の未来を読むことでキリングマシーンBがどのように攻撃してくるかを未来は理解し、それを舞のステップを踏むように優雅に躱し続ける。
それはまるで蝶や花が舞うかの如く。
飛花蝶舞という敵の攻撃を躱すための体捌きを可能とする舞スキルと、未来予知を組み合わせて着実に敵の攻撃を回避する。
これが未来の戦い方だった。
「すげぇな。マジで巫女だったのか」
「ですが避けているだけでは倒せません」
攻撃を他の人に任せる回避タンクが得意なのだろうか。
だがそれにしては攻撃の指示が来ない。
ということは一人でどうにかなる方法があるということだろう。
「かしこみしこしこ」
未来はまたふざけた祝詞を唱え、手にした祓串を下方に下げた。
そしてキリングマシーンBの攻撃を避けたタイミングで、串の先端をキリングマシーンBの尻の部分に触れさせる。
同じ事を何回か繰り返した未来は、舞を止めて大きく後ろへ跳ぶ。
そして祓串を頭上に掲げて勢いよく前方に振り下ろした。
「しこしこ申す!」
その瞬間、キリングマシーンBの尻が大爆発を起こした。
もちろん一撃死であり体が崩れ落ち消滅する。
「すげぇけど褒めたくねぇ!」
服装はもう仕方ないとして、せめて祝詞がまともであれば素直に賞賛できたものの、どうしてもエロネタと絡めたがる未来の態度に蒔奈はどう反応して良いか分からず困惑していた。
一方でエロネタを全く気にしていない望は拍手で未来を出迎えた。
「すごい威力ですね。その祓串で触れた所を爆発させるスキルですか?」
「うふふふ。触れる度に威力が上昇するのよ」
「そのためには相手に接近する必要があるけれど、そこは舞と未来予知の力で躱しながら触れるということですか。面白い戦い方ですね」
なお、尻を狙ったのは単なる未来の趣味である。
相手を上手く翻弄して何度も触れることが出来れば大ダメージを与えられる。使い方次第ではとても強力なスキルである。もちろん課題もあるが。
「うふふふ。相手が強くなっても近づけるように、舞のスキルレベルを上昇させる必要があるのよ」
ダイヤと共に高難易度ダンジョンに挑むのであれば、どんな強敵相手にも同じことが出来なければならない。そのためには舞のスキルレベル上昇や、素の運動能力の向上は必須である。
「お前もあの馬鹿について行くつもりなのか」
「うふふふ。当然よ」
「はぁ……まぁ良い。面白いスキルだとは思うから、こっちでも色々と使いどころを考えてみる」
副団長として、クラン対抗戦などで作戦を考えるためにクランメンバーの情報を知っておきたい蒔奈だった。
「主様を喜ばせる方向でお願いするわ」
「もうツッコミはいれん。それよりも他にスキルは無いのか? 巫女なら護符を使うとか、弓を使うとか」
「うふふふ。そちらはまだ育ててないわ」
「そっか。まぁ手広くやるか絞って育てるかは好みだからな」
それ以上は質問が無さそうな蒔奈だが、未来が何かを隠していることには気づかなかったようだ。
「(うふふふ。色神なんてスキルを覚えたなんて知ったらどんな反応をするかしら)」
式神ではなく色神。
卑猥な道具を模した攻撃アイテムを召喚するというトンデモスキルであり、ここぞという場面で披露して困惑させるために今回は秘密にしていたのであった。
「大体分かったから、アイテム回収とレベル上げやるぞ」
「サポートは任せて」
「うふふふ。頑張るわ」
今回の探索で未来がアイテムを入手したことでハーレムハウスの改築に必要な素材の大半が揃い、本格的にハーレムハウスが始動する日がもうすぐやってくる。
果たしてダイヤ達の夏休みは、エロエロになってしまうのか、それとも。