194. 未来が分からないから人生は面白い(当社比)
ダイヤが島に戻り、家を管理してもらう精霊を生み出しにダンジョンへ向かっている時のこと。
「うふふふふふふふ」
「ご機嫌ですね視絵留さん」
「聖天冠さんこそ、ご機嫌に見えますよ」
英雄クラスの勇者、聖天冠望と、キワ者クラスの巫女、視絵留未来が並んでダンジョン内を探索していた。
Dランクダンジョン、『失意の摩天楼』
廃ビルとなった高層ビルをひたすら上に登るタイプのダンジョンであり、機械系の魔物が多く出現する。エレベータが使用できず階段を使うしかないことから不人気ではあるのだが、高層階に出現する魔物が落とす素材が高く売れるため嫌でも挑む人がそれなりに多い。
「実はずっと探していた物が見つかるかも知れないんですよ」
「それって例のアレですよね?」
「流石ですね視絵留さん。それも未来視で知ったのですか?」
「うふふふ。秘密です。ただ、未来視はそんなに便利では無いとだけお伝えしておきます」
幼い頃にダイヤのタイムトラベルを視たことが異常なだけであり、基本的に未来視というスキルは数秒先の未来までしか正確に視れない。望が欲しがっている物が何なのかなんてことを知ることは出来ないのである。
「そうでしたか。アレの場所が分かるなら教えて頂きたかったのですが」
「主様から早くお情けを頂きたいですものね」
「はい」
未来が得意のエロネタで攻めても望は全く動じることが無い。少なくとも未来にとって望は会話という面でそれほど相性が良くない相手なのかもしれない。
では何故未来がそんな相手と一緒にダンジョン探索をしているのかと言うと、もちろん勇者の力で戦闘のフォローをしてもらいたいから。
そしてこの二人で会話をするだけで、面白い反応を楽しめそうだから。
「おいちょっと待て。今のはどういう意味だ」
二人の後ろを少し離れて歩いていた『ハッピーライフ』の副団長、取巻 蒔奈。彼女が聞き捨てならんと言った感じで詰め寄って来た。
残念ながら未来の揶揄いのターゲットになっているとも知らずに。
「それじゃあまるで聖天冠がダイヤを狙っているみたいじゃねーか」
「うふふふ。取巻さんのお好きなお話ですよね」
「私は腐ってねーよ!」
「あらそうでしたか。てっきり主様と殿方をカップリングさせたくてハーレムに入らないのかと思ってました」
「だから腐ってねーし、ダイヤのことなんてガチで何とも思ってねーわ!」
もちろん分かっていて弄っているだけである。望の反応が薄いから、その分を蒔奈で補っていた。
「くそ、ついツッコミを入れちまった。無駄に反応しないって決めてたのに」
「うふふふ。突っ込まれるのは得意じゃないですか」
「うるさい馬鹿。ハッピーライフに入れてやんねーぞ」
「それは困りましたね」
未来の雰囲気からは全く困った様子が見られなかった。
そのことが蒔奈は無性に気になった。
「そうか、ダイヤのハーレムメンバーだからって無条件で入れる必要は無いよな。あいつの無法を止めるために私が副団長をやっているわけだし、お前がうちに相応しくないなら本当に拒否するのもありか」
ハッピーライフに強い拘りがあるのであれば、入れないと聞いたらたとえそれが冗談だと分かっていても多少は焦るに違いない。そんな様子が全く見られなかったので、未来を本当に入れて良いのかどうか疑問に感じたのだろう。
「おい聖天冠。周囲の警戒頼む」
「はい。もちろんです」
「その間に聞かせろ。お前はどうしてうちに入りたいんだ。うちに入って何をやりたいんだ」
やりたいことを全力でやるのがハッピーライフの方針である。
それは言い換えれば全力でやりたいことがある人が入団出来るということにもなる。
その条件を未来が満たしているのか。
唐突に面接が始まった。
「うふふふ。丁度良かったですわ。そのことを知ってもらうために取巻さんをお誘いしましたの」
未来、望、蒔奈。
風変わりな組み合わせは未来が望んだものであり、主な目的の一つは副団長に自分の望みを理解してもらい、ちゃんと入団に納得してもらうことだった。
「これまでは歴史を変える訳には行かず皆様と距離を置いておりましたが、これからは沢山知ってもらいたいのです。あ~んな恥ずかしいことやこ~んな恥ずかしいことまで」
「一々エロネタを入れないと話せないのか」
「うふふ、性分ですので。性だけに」
「マジぶん殴りてー!」
しかしそうしたところで話が進まないだけ。しかも同じEランクの相手なのに戦ったら全く勝てそうな気がしなかった。
「いいからさっさと理由を話せ」
「うふふふ。エロい理由とえっちな理由のどちらが良いですか?」
「よ~し、入団不許可決定な」
「横暴です!」
「どの口が言うか」
「下の口でしょうか」
「マジぶん殴りてー!」
苛立つ蒔奈の様子を未来は楽しそうに微笑みながら観察している。今にも入団禁止になりそうだというのに、全く焦った様子は無い。
「そうですね…………取巻さん、私の衣装どう思いますか?」
「頭がおかしい」
「こんなに素敵な衣装なのに」
「痴女にしか見えねーよ!」
ダンジョンの中でも未来は露出過多のエロ巫女服だった。上半身はノースリーブで上乳が乳首ギリギリまで見えてしまっていて、極小スカートは僅かに翻るだけで下着が見えてしまいそうだ。もしも男子が近くに居たら集中して戦闘出来なくなること間違いなし。ただし望は除く。
「んで、その衣装がどうしたってんだ」
「いえ、ただ感想を聞いてみただけです」
「どうして今それを聞くんだよ! 話の流れ的にうちに入りたい理由を言うとこだろ! わざわざ溜めてから言いやがって!」
「うふふふ。たっぷり溜めるだなんて、取巻さんはそこまでして子供が欲しいんですね」
「ダメだ会話にならねぇ」
ツッコミを入れ疲れて肩を落とす蒔奈は、本気で入団拒否しようと考え始めてしまった。
そのギリギリのタイミングを見計らっていたのか、ようやく未来が本音を語り始めた。
「予測できないって面白いですよね」
「疲れるだけだ」
「うふふふ。私も疲れてみたいです」
「何?」
面白いことを期待するのは分かるが、疲れてみたいというのはどういうことだろうか。運動して疲れて、でもその疲れが心地よいなんてことはあるだろう。だが未来が求める疲れは予測できない未来に翻弄されることによる疲れであり、それを求める人がこの世の中に果たしてどれだけいるだろうか。
「私の未来視は万能ではありません。ですが、それとは別になんとなく分かってしまうのです。この先に何が起きるのかが」
良い未来が待っているのか、悪い未来が待っているのか、面白い未来が待っているのか、悲しい未来が待っているのか。
それが分かるのであれば、面白くて良い未来を選ぶのが普通だろう。
未来もこれまでそうやって選んで生きて来たのかもしれない。
「でもそれはつまらないんです」
何が起きるか分からないからこそ、不安や期待を抱き結果に一喜一憂出来る。
それこそがまさに生きるということではないかと、未来は感じていた。
「ハッピーライフに入団した時が、一番未来が不確定なのです。ですから、私は全力で予測不可能な未来を楽しむために、ハッピーライフに入りたいと思ってます」
他の道を選んだ場合は、結果が見えてしまっている。
しかしハッピーライフに入った場合は最も予測不可能な未来が待っている。
そうと分かれば、未来には選ぶ以外の選択肢などありえなかった。
「チッ、なら最初からそう言えよ」
どうやら蒔奈が十分に納得する理由だったようだ。
これで未来の入団は確定となった。
「恥ずかしくてつい」
「他にも恥ずかしがるところあるだろ!」
「取巻さんがツッコミ大好きなところですか?」
「大好きじゃねーよ! お前とかダイヤとかが妙な事ばかり言いやがるせいだ! というか何で私の話になってるんだよ!」
「うふふふ。そうですわよね。女性はツッコミを入れるより突っ込まれる方が好きですものね」
「もうやだ。やっぱり入団拒否してぇ」
これから顔を合わせる度にこのように弄られるかと思うと気が重くなる蒔奈であった。
「あれ、待てよ。お前、この話をするために私を誘ったって言ってたよな」
「はい」
「でも話だけならダンジョンに来なくても良かったんじゃないか?」
確かにクランハウスなどで面接すれば良いだけの話ではある。
「うふふふ。それはもちろん、取巻さんと二人っきりになって私の大切なところをたっぷり知ってもらうためです」
「聖天冠もいるんだが」
「あらそうでした。じゃあ三人で……」
「いいからさっさと言え」
本気で疲れて来たのか、ツッコミに力が無くなって来た。
こうなっては面白さ半減と思ったのか、未来は素直に理由を説明した。
「簡単な話です。取巻さんは副団長として団員に指示する機会があるでしょう?」
「まぁ、あるだろうな」
それは例えば先日のようにダイヤが不在の間に対応するだとか、あるいはクラン対抗戦でダイヤが出撃している間に指示を出すなんてこともあるかもしれない。
「そんな時に私の特徴を知っていないと指示が出し辛いでしょう」
「まぁ、そうだろうな」
「私のスキルは少し特殊でして、実際に戦い方を見てもらう必要があると感じたのです」
ゆえにダンジョンに誘い、大事な話をするとともに己の特徴を知ってもらいたかった。団のキーパーソンでもある蒔奈が相手だからこその対応だったのだ。
「なるほどな。ならこのダンジョンを選んだ理由は?」
「主様との愛の巣の改築に必要な素材が入手できます」
「うげ」
最後の最後で最も聞きたくない話が出てしまい、途端にやる気がゼロになる蒔奈であった。