190. 女性の装備は性能だけじゃなくて見た目も重視したいよね
ダンジョンに入る前に更衣室に入った三人は、探索用装備に着替えて来た。
真実は短パンにTシャツにパーカーにスニーカーに野球帽と、まるでハイキングに行くかのような装いだ。防御力皆無に見えて、本当に皆無である。首からは商売道具である大きなカメラをぶら下げている。
奈子は相変わらずな愛用の白ローブ。回復職ではなく、しかも純粋な魔法職でないにも関わらずローブを着ているのは単に気に入っているから。手には先端がはてな型の大きめの杖を手にしており、今回はその杖を攻撃手段とするつもりだ。
そして芙利瑠はというと。
「おおっ!」
「すっご!」
「格好良い!」
「可愛い!」
「ほぅ……」
彼女が出て来た瞬間、周囲から感嘆の声が漏れた。
「そのバトルドレス、超格好良いデース!」
「……しかも……超可愛い……いいなぁ」
一言にバトルドレスと言っても様々なタイプのものがあるが、軍隊的なものや金属鎧をドレス状に仕立てたものではない。あくまでもベースはドレスであり、その内側にドレスと同じ色で目立たないように金属が縫い付けられている。
ドレスはもちろん芙利瑠の母が作ってくれたものを流用している。
袖丈は肘よりやや長く、フリル付きの真っ白な手袋が手首までしっかりとガードしているため、肌の露出は控えめだ。裾丈は動きやすさを重視して元来の物より大分短く、膝の少し上程度。ただし防御効果のあるニーソックスを履いているため、これまた露出はほとんどない。
またドレスそのものにも防御効果が付与されており、たとえ破れたとしても自動で修復する機能までついている。
母の想いがこめられた古ぼけた手作りドレスが、高性能な装備として新たに生まれ変わったのだ。
「おーっほっほっ! わたくしの新装備のお披露目ですわ!」
これまでは母のドレスを着ていても奇異の目で見られるだけだったが、今は好意的に注目されている。そのことがあまりにも嬉しくてテンション高めの芙利瑠だった。
「あれ、でも武器はどこにあるデースか?」
「おーっほっ…………クランからお借りしたアイテム袋の中に入ってますわ」
真実の単純な質問に何故か芙利瑠は表情がこわばった。
ちなみにアイテム袋は高価であり一年生が入手するのは精霊使いでなければきついため、桃花が稼いで購入したものを貸し出す形にしている。
「……出しても……良いのに」
「奈子さん。余計なことは言わないでください」
「……はーい」
どうやら奈子は芙利瑠の武器を知っているらしい。同じ屋根の下で暮らしているので見たことがあるのかもしれない。
「さ、さあ、ダンジョンに行きますわよ!」
芙利瑠は周囲の怪訝な視線から逃げるかのように、真実と奈子を連れて慌ててダンジョンに入ったのであった。
Dランクダンジョン『常闇の廃村』
屋外夜フィールドだが、常に月が出ているのでそれなりに明るい。名前の通り廃村であり、朽ちた建物が散在している。
「これだけ明るければトーチは不要ですわね」
「でも Me のフラッシュで眩しくなっちゃうかもしれないデース。少し練習しても良いデースか?」
「……うん……やる」
ダンジョンに入るのに真実が写真を撮らないなどありえない。だが夜フィールドで写真を撮るにはフラッシュが必須であり、それが味方の目を眩ませてしまう可能性がある。本格的に探索を始める前にと、三人はフラッシュに目を慣らす練習した。
「それで金持さんは何のアイテムを取りに来たデースか?」
「このダンジョンのボスがドロップする、闇の石ですわ」
「闇の石デースか?」
「はい。闇を放つ石だそうです」
「闇を放つ?光を吸収しているのではなくてデースか?」
「私にも良く分からないのですが、そういうものらしいです」
見た目はただの漆黒の石でしかないが、専門家が調べたところ闇属性のエネルギーを放っているとのこと。だからなんだということで使い道は見つかっていないため、ボスドロップなのに外れ扱いされている。
「太陽の光が欲しいのに、闇が欲しいとか変な感じデース」
「それは恐らく、闇を理解して、夜になったらライトが消える仕組みにするためじゃないかなって思ってます」
「なるほどデース。確かに夜もついてたら逆に陽が当たりすぎちゃうデース」
あくまでもクエストに必要な素材一覧から想像した話ではあるが、闇の石以外が真っ当に街灯に必要そうな素材であるため、それ以外に使用用途は考えられなかった。
「……ここのボスは……雑魚を沢山倒さないと……出てこない」
つまりは沢山戦闘練習が出来るということ。
「それじゃそろそろ始めるデース」
「……うん」
「わ、分かりましたわ!」
芙利瑠はアイテム袋から隠したがっていた例のブツを取り出した。
「ワーオ、でっかいデース!」
「……相変わらず……凶悪」
それはやや縦長で棘付き十二面体の巨大な棍棒だった。
持ち手の部分は芙利瑠の小さな手でもしっかり握れる細さではあるが、棘付きの部分が芙利瑠の顔よりも大きくあまりにもアンバランスである。
凶悪な見た目であるが故、恥ずかしくて外では出せなかったのだった。
「重くないデースか?」
金属製であるためかなりの重量になりそうだ。決して力持ちとは思えない芙利瑠が軽々と持っていることが真実には不思議だった。
「これって普段はとっても軽いのですわ。持ってみてくださいませ」
「おお、本当デース!めちゃくちゃ軽いデース!」
棍棒の中身が空洞で、金属部分も軽いものを使っていて極薄なのではと感じるくらいには軽かった。
しかしそれでは敵に大きなダメージを与えられない。大きいから当たりやすいくらいのメリットしかなさそうだ。
「あれ、このボタンは何デースか?」
「あ、ダメ!」
「え……ぎゃああああ!」
棍棒を縦に持ったまま持ち手のところにあったボタンを押してみたら、途端に物凄い重さになって落としてしまった。地面に落ちた時に跳ね返る雰囲気が全く無かったことから、相当な重さであることが伺える。
「うう……肩が壊れるかと思ったデース……」
「ごめんなさい。先に説明しておくべきでしたわ。この棍棒は普段は軽くなる付与がなされていて、そのボタンを押すと本来の重さに戻る仕組みになっていますの」
つまりタイミング良く殴る瞬間にボタンを押すことで、その重さで相手に大ダメージを与えられるのだ。
「これは当たったら痛いじゃすまなそうデース」
「当てるのも、回収するのも難しくて、まだ練習中ですわ」
そして今日がその実践練習の場なのだろう。
「もしこれが使えなくても、いつものバールのようなものもあるから安心して欲しいですわ」
もしも凶悪棍棒が使えなくとも戦力にはなるとアピールする芙利瑠だが、どうして鈍器にこだわるのかと真実は気になった。フラッシュの練習もあり準備に時間をかけすぎていると感じたから聞かなかったが。
「それでは行きますわ!」
一行はダンジョンの入り口付近から先に進み、魔物を求めて探し歩く。するとすぐに地面がボコっと盛り上がり、何かが這い出て……
「えい!ですわ!」
「え?」
「え?」
なんと芙利瑠は手にした棍棒をその場所に振り下ろし、出てくる前に潰してしまった。
「やりましたわ!ボタンを押すタイミングバッチリでしたわ!」
確かにズシンと物凄い音がしたので、何かは確実に粉砕されてしまっただろう。
「てっきり相手が出てくるのを待つかと思ってたからびっくりデース」
「……やっぱり……芙利瑠……豪快」
「え?え?」
思っていた反応と違い戸惑う芙利瑠。
だがここはすでにダンジョンの中。
そんな戸惑う暇など与えてくれない。
「来る!」
奈子の叫びに反応して地面を見ると、次々と地面がぼこぼこ隆起し出した。
「えい!えい!間に合いませんわ!」
慌てて芙利瑠が何か叩きをするが、数が多すぎるのとまだ棍棒の扱いに慣れていないため潰しきれない。
「う゛~あ゛~う゛~あ゛~」
地面の中から出て来たのは体が腐った人型ゾンビだった。
「……私も……やってみる」
奈子が近くのゾンビに狙いを定め、脳天めがけて杖を振り下ろす。
「避けられた!」
しかしゾンビはそれを素早く左に躱し、勢い良く奈子に向かって飛び掛かって来た。それでも奈子は慌てずに振り下ろした杖を斜めに持ち上げてゾンビの脇腹にぶちあてる。
するとゾンビはよろめき足をもつれさせたので、すぐさま杖で滅多打ちにして撃破する。Eランクダンジョンにも出て来るゾンビの強化版ではあるが、今の彼女達ならば十分に戦えそうだ。
「……うん……この程度なら……いけそう」
「わたくしも順調ですわ!」
だがここはDランクダンジョン。そう簡単には攻略出来ない。
まずゾンビの数が非常に多い。
倒しても倒してもキリがなく、常に囲まれている状態になっているから継戦能力が試される。
次にゾンビの攻撃を受けたら高確率で毒の状態異常になってしまう。
毒の回復アイテムの持ち込みは必須であり、しかも戦いながらそれを使って回復しなければならない。
そしてもう一つ。
「スケルトンが来る!」
これまでとは違い地面から勢いよくジャンプして出現したのは、全身が骨で出来たスケルトン。錆びたサーベルを持っていて、ゾンビよりも実力は遥かに上だ。
芙利瑠と奈子が大量のゾンビを相手にし、真実は軽やかに避けながら写真を撮る。そこにスケルトンが襲ってきたが、芙利瑠と奈子は相手をしている余裕が無い。
「ここはMeに任せてほしいデース」
真実はカメラをスケルトンに向けると、ファインダーを覗きながらある魔法を唱えた。
「はい、チーズ」
その瞬間、スケルトンの動きがピタリと制止した。
真実はそのままスケルトンに向かって小走りで移動すると、左足を軸にしてスケルトンの頭部に向けてハイキックで攻撃した。するとその頭は大きく弾かれ、地面をコロコロと転がった。
「もーらい、デース!」
カメラから手を離すとスケルトンの胴体が動き出す。真実はそれを無視して転がった頭部へと走り、思いっきり踏みつぶした。するとスケルトンの身体は崩れ落ち、そのまま消滅した。ここで出現するスケルトンの倒し方は頭部粉砕であり、それ以外のどこを攻撃しても何度も復活してきてしまう。
「……便利そうな……スキル」
ゾンビと戦いながら真実の様子を観察していた奈子は、スケルトンの動きを止めたスキルが気になっている。
「そうでもないデース。ファインダーから目を離しても対象が撮影範囲外になっちゃっても解除されちゃうから使いにくいデース」
だがしっかりとカメラで狙っている間は動きを止められる。
カメラマンのカメラスキルの一つ、『ポーズ』スキルの効果である。
「ここからはMeも全力で戦うデース」
真実は自分を狙うゾンビの攻撃を走って躱しつつ、進行方向にいるゾンビに向けてカメラを向ける。
「ここデース!」
そして今度はポーズスキルで静止させるのではなく、シャッターを切った。
すると物凄い爆音と共にゾンビの全身が吹き飛び消滅した。
『シャッターチャンス』スキル。
理想的な構図の瞬間に写真を撮ると、被写体にカメラマンが想像した効果を与えることが可能となる。
「次デース!良いデース!この構図デース!」
真実は次々と写真を撮り、魔物を爆散させて行く。
『シャッターチャンス』で求められる理想の構図とは簡単に条件を満たせるものではない。誰もが認める程の素晴らしい構図でなければ効果を発揮しない。それにも関わらず真実は次々とスキルを発動し、魔物を撃破している。しかも移動しながらだ。それだけ彼女のカメラ技術が高いということに違いない。
「おっと失礼デース」
しかも真実はカメラとは別に素早い蹴りですれ違いざまにゾンビやスケルトンを撃破するではないか。戦場を縦横無尽に駆け巡り、写真を撮りながら魔物を撃破するその様子は、戦場カメラマンと言ったところだろうか。なお、戦場カメラマンという職業はカメラマンの上位職として実際にあるので、転職時の候補として間違いなく出てくるだろう。
真実の打撃。
芙利瑠のこん棒。
奈子の杖。
いずれもゾンビやスケルトンに効果的な攻撃方法であり、芙利瑠が二人にこのダンジョンに行こうと声をかけたのはこれが理由でもあった。
「そろそろボスが来ますわ!」
気付けば周囲の敵が激減している。
ボスが出現する合図である。
ダイヤ式トレーニングを続けてスタミナがついてきた彼女達は、まだ息は大きく切れていない。
地面が大きくボコボコする。
「先手必勝ですわ!」
芙利瑠がボス叩きで出現前に倒そうとするが、そう甘くは無かった。
「弾かれたですわ!」
登場するまで無敵時間があるらしく、攻撃を受け付けなかったのだ。
出現したのは通常より1.5倍程大きなスケルトン。サーベルもまた大きくなっており迫力満点だ。
「まずは私がやってみる!」
そう意気込んだのは奈子だ。
「(私だけ地味で活躍出来てない)」
芙利瑠の派手な攻撃に、真実のカメラと蹴り技を合わせた鮮やかな攻撃。それに比べて自分は杖で適当に殴るだけ。
このままでは杖術のスキルを覚えられないのではと不安に思っていた。
「くらえ!」
威勢良く踏み込み、杖を横薙ぎにボススケルトンの胴を狙う。
しかし軽いバックステップであっさりと躱される。
「まだまだ!」
それならばと更に踏み込み、今度は突きをしてみるが、身体を左に傾けられて躱される。
「これならどう!?」
杖を大きく振りかぶり、肩口を狙って斜めに振り下ろす。
それもまたバックステップで躱される。
どれだけ奮闘し、攻撃しても当たる気配が無い。
それもそのはず、奈子が持つ杖は大きく、芙利瑠の棍棒とは違い軽量化の付与がなされていないため重いのだ。そのため非力な方である奈子の攻撃はあまりにも遅く、簡単に避けられるスピードしか出ないのである。
相手が弱いと確信したのか、今度はボススケルトンが攻めて来た。
手にした大きなサーベルを思いっきり横薙ぎにする。そのスピードは奈子の攻撃とは段違いに早い。
「うひゃあ!無理!無理無理無理!」
ボススケルトンの連続攻撃を奈子は必死になって避け、大慌てで芙利瑠たちの元へと戻って来た。
「私には無理なのでお願いします!」
諦めが悪いという設定は何処にいったのか、奈子はあっさりと諦めて芙利瑠達に助けを求めたのであった。とはいえ人が良い彼女達がそのことを咎めることなどしない。むしろ意気揚々と攻撃準備をし始めた。
「映移写さん。カメラでボスを止められますか?」
「ボスには効きが悪いデース。長くて二秒程度しか止められないデース」
「それだけあれば大丈夫ですわ。わたくしの一撃で粉砕して差し上げますわ!」
「了解デース。それなら早速やるデース」
真実はカメラを構え、ボスの全身が程よく映る距離へと移動した。その行動にボスが反応して近づいてくるが、その動きに合わせて距離をキープする。
その間に芙利瑠は棍棒を構え、突撃体勢を取る。
「やっぱり私もやる! 動かない相手なら当たるし!」
「奈子さん、何をするつもりでしょうか?」
「上体を倒して芙利瑠が攻撃しやすいようにする」
「かしこまりました」
どうやって、など聞かなくても問題ない。
苦しい戦いを乗り越えた者同士、お互いに相手の事を信じているからだ。
「では映移写さん、お願いします」
「はい、チーズ」
その瞬間、ボススケルトンの動きが止まった。
二人はスキル発動より先に走り出しており、あっと言う間にボス付近まで移動した。
「ダイヤ直伝!膝カックン!」
奈子がボスの背後に回り、膝裏に向けて長い杖を横薙ぎにする。
するとポーズスキルでの硬直が解けたボススケルトンの膝が大きく曲がり、上体が前に下がった。
「ここですわ!」
芙利瑠は高さが下がって攻撃を当てやすくなった頭部に向けて、棍棒を思いっきり振り下ろした。
もちろんボタンを押すことは忘れておらず、超重量による一撃がボススケルトンの頭部を粉砕した。
本来であれば素早い動きをどうにかして止めて弱点の頭部にどうやって攻撃するかを悩むボスなのだが、ポーズスキルのおかげで雑魚扱いされたのであった。
「闇の石をドロップしましたわ!」
ボスが消滅した後、そこには異彩な黒さであることが夜でもはっきりわかる小さな丸い石が落ちていた。
無事、目的達成である。
「いぇーい!」
「いぇーい!」
「いぇーい!」
三人で協力してボスを倒した連携感に高揚し、それぞれがキャラを忘れて思いっきりハイタッチして喜ぶのであった。
なお。
「……杖術覚えてない……ぐすん」
帰宅後、スキルポーションを飲んでも杖術を覚えずがっかりする奈子であった。
適当に杖を振っているだけで簡単に覚えられるほど、スキルは甘くない。