表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン・ハイスクール・アイランド  作者: マノイ
第四章メインクエスト 『時を越えて』
185/199

185. エピローグ2 大切な人のためならあらゆる手を使って守るに決まってるじゃないか

「素晴らしい!」


 世界各国のエース達が居なくなったと思ったら、今度は拍手をしながらダイヤに近づいて来る人がいた。


 スーツを着て髪を油でしっかりと固めた初老の男性。


 身に着けている物は素人が見ても高級であることが一目で分かる、やり手のビジネスマンといった雰囲気だ。


 その男性に同じくスーツを着た若い女性と老人が付き添っているのだが、秘書と執事のように見える。


「…………」

「ダイヤ?」


 その人物を認識した途端、ダイヤの眼がスッと細められて警戒態勢に入った。まるで強力な魔物が出現したかのような反応に(いん)が訝しむ。


 ダイヤの反応に触発されてか、周囲の人々も三人に向けてネガティブな感情を籠めた視線を向け始めた。


「ふむ、突然の訪問に警戒させてしまったかな?」


 だがその男性は全く動じることなく、堂々たる態度を崩さない。


「まさかあなたがここに来るだなんて驚きです」

「ほう、私の事を知っているのか。貴石ダイヤ君」

「天下の鳳凰院グループのトップの顔を知らないわけないじゃないですか。鳳凰院(ほうおういん) (けやき)さん」


 ダイヤのその言葉に周囲が大きくどよめいた。


 日本のあらゆる産業を牛耳っているとも言われている経済界の超大物。一般人であれば会うどころか直接目にすることすら出来ない程のVIPなのだから当然の反応か。


「この反応を見たまえ。名前は知られていても、案外顔など知られていないものなのだよ」


 それは(けやき)が不必要にメディアに露出しないため、普通に生活するだけでは顔を見ることなど無いからだ。経済について勉強をすることで初めて彼の姿に辿り着くことが可能になるが、ダンジョン探索が主であるダンジョン・ハイスクールの学生では知らない人が多くても不思議な話では無い。むしろ知らない方が自然であり、知っているダイヤの方が稀有とも言えよう。


「君が私のことを知っているのは、娘を狙っているからだろう?」

「…………」

「おっと、勘違いしないでくれたまえ。私は牽制しに来た訳では無い。むしろ君のことを高く評価しているのだ」


 確かに(けやき)からは敵意のようなものを感じられないが、ダイヤはまだ警戒を緩めない。

 そんなダイヤの警戒を解く目的なのか、(けやき)はダイヤについて賞賛の言葉を並べる。


劣悪な出自(・・・・・)にもめげず、敵対勢力を知恵と努力と行動でねじ伏せ認めさせ、ついには莫大な利益を産むアイテムを発見し、世界の秘密までも解き明かした。この成果を認めないわけにはいかないだろう」

「アイテムの発見も世界の秘密も運が良かっただけです」

「運の良さも生きる上で必要なことだ。大切なのはその運をどう活かすか。たとえ君の運が良かったとしても、行動しなければ何も得られなかったのではないか?」

「…………はい」


 (いん)を助けるためにイベントダンジョンに突入しなければ、スキルポーションを発見することは無かったかもしれない。桃花達を助けるために洞窟に入らなければ地球さんに出会うことは無かったかもしれない。いずれもダイヤの運と行動がマッチしたが故の結果であり、それが単なる運だからと謙遜する必要は確かに無い。


「スキルポーションや情報の扱いを専門家に任せたのも素晴らしい。人には適正というものがあり、適切な人員に適切な作業を割り振る力は上に立つ者として必要な能力だ」

「…………」


 どれだけ評価されようともダイヤは喜ぶそぶりを一切見せない。

 だがそれでも(けやき)は全く気にする様子無く話を続ける。


下賤な血筋(・・・・・)を取り込むなど問題外だと主張する愚か者共もいるが、私としては喜んで君を鳳凰院グループに迎え入れたいと思っている」


 それは暗に躑躅(つつじ)との婚姻を認めるという宣言だ。


 躑躅(つつじ)がダイヤに出した条件を満たした直後に、父親の方から擦り寄って来たということは、その条件が正しかったということである。


 好きな人と結ばれる。

 しかもその家族が祝福してくれる。


 ダイヤの望みはこれで叶うだろう。


 しかしダイヤは未だに(けやき)を敵として認識している様子だ。


「大変光栄なお話ではありますが、僕は鳳凰院グループに入るつもりはございません」

「ふむ?」


 ここでついに(けやき)の眉がピクリと動いた。

 まさか悩むことも考えることも無くバッサリと断られるとは思ってもいなかったのだろう。


 天下の鳳凰院グループトップからの直々の誘いを断ったことに、周囲の人々も驚きで目を丸くしていた。


「鳳凰院グループに入ると言っても、私は君の活動を制限するつもりは無い。これまで通りここに通い、ダンジョンに入っても良い。他の女性との婚姻も認めようでは無いか。もちろん君の活動を様々な面でフォローしよう。それでも断ると言うのかね?」

「はい、お断りします」


 (けやき)が提示した条件はあまりにも破格なものだった。今後も好き放題ダイヤがやりたいことをやって良いし、金銭面でも社会的な面でも絶大なフォローをしてもらえる。何ならちょっとした犯罪行為も無かったことにしてくれる上に、政治家に働きかけて法律すら変えてくれるかもしれない。


 それなのにダイヤは即答で断った。


「…………理由を聞かせてもらえるかな?」


 (けやき)で無くともそう思うのは当然のことだろう。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合うダイヤと(けやき)


 ダイヤが素直に答えるのか、あるいは(けやき)が別の方面から口説きに来るのか。


 周囲が固唾を飲んで見守る中、沈黙を打ち破ったのは第三者だった。


「お父様!」


 騒ぎを聞きつけた躑躅(つつじ)がこの場にやってきたのだ。躑躅(つつじ)は父親の策略によりしばらくこの場を離れるよう誘導されていた。だが彼女は途中で違和感に気付き戻って来たのだった。


「お前は黙って……」

「理由は簡単です」


 躑躅(つつじ)に黙るように命令しようとした(けやき)を遮ってダイヤは先の質問に答えた。




「鳳凰院先輩が、いえ、躑躅(つつじ)先輩が貴方と共に在ることを嫌っているからです」




 どれだけダイヤにメリットがあろうとも、愛する人が嫌がるのであれば受け入れる訳には行かない。躑躅(つつじ)(けやき)を心の中で敵と思っているのであれば、ダイヤにとっても(けやき)は敵なのだ。


 躑躅(つつじ)がダンジョン・ハイスクールで一年間だけ最後の自由時間を堪能し、その後は父親が決めた結婚相手と結ばれるという話は公になっていたため少し調べればすぐに分かった。その上でこれまでの躑躅(つつじ)の言動などを振り返り、ダイヤは見事に彼女の内心を理解していたのだ。


「そんなことで……」

「僕にとってはそれが全てです」


 そのダイヤの答えに、それまで大客を相手にしているかのような(けやき)の眼が、汚らわしい者を見るかのような眼に切り替わった。


「ビジネスで物事を考えられない僕のことを貴方は嫌いでしょう? ですから今回の話は無かったことにしませんか?」


 (けやき)の思考基準は、ビジネスになるかどうか。

 それはたとえ家族であっても同様であり、妻も娘もビジネスを成功させるためのツールにすぎない。


 その行き過ぎた考え方についてもまた、隠していないため調べれば簡単に分かることだった。


「ふん。そこまで知っていて断るとは実に愚かだ。利用価値があると思い下手に出たが、やはり下賤な生まれの者は下賤なままか」

「やっぱりそれが本音だったんですね」

「本来であればお前のようなゴミと言葉を交わすだなど時間の無駄でしかない。せめてビジネスを理解出来ていればと僅かながらも期待した私が愚かだったようだ。女やら恋やらに縛られるだなどあまりにも青すぎる」


 ビジネスを成功させる(ダイヤを取り込む)ためには裏の気持ちを隠し通すべきだったように思えるが、ダイヤが(けやき)の内面に気付いていて警戒し続けているままでは埒があかないと思い本音で話すように切り替えたのだろう。あるいはこれもまた演技なのかもしれないが。


「あなたは僕について大きな勘違いをしているようですね」

「勘違いだと?」

「僕はまだ高校一年生の子供です。青春時代真っただ中なのですから、青いに決まっているじゃないですか」

「!」


 ダイヤの受け答えがしっかりしているから勘違いしてしまいがちだが、ダイヤは世間一般の基準で考えるとまだ子供である。


 しかしここでダイヤが伝えたかったことはそれだけではない。


 若さによる青さを主張するなら、それこそまともな教育を受けられていないクズだとでも反論されるだけだろう。(けやき)にとっては幼い頃からビジネスについて勉強すべきだという考えなのだから。


 ダイヤが言いたいのはその裏にあること。


 自分はまだ子供だから、子供らしく我儘を通してやる。

 大人の常識や理屈が通用すると思うな。


 完全なる拒絶の意志を籠めた言葉だったのだ。


「……お前が子供だというのなら、子供は大人の言うことを聞いておれば良い」

「残念ながら反抗期なのでお断りします」


 ビジネスでトップで在り続けている(けやき)が、人生でここまで露骨に拒絶されたことは無かったのだろう。しかもそれが自分が見下している下賤な(・・・)生まれの者ともなると、あまりの不愉快さに顔が歪んでしまう。


「私にそんな態度を取って良いのか? お前が欲しいものが手に入らなくなるぞ」

「これまで欲しいものは力づくで手に入れて来ましたので、今回もそうするだけです」

「この私と敵対すると言うのか!」

「必要であれば」


 ついにダイヤは鳳凰院グループに敵対の意志を明確に示してしまった。

 ここまで来たらもう引き下がることは出来ない。


「ダメ!貴石君!」

躑躅(つつじ)先輩、僕を信じてください」

「で、でも!」


 必要であればどんな黒いことでもやってしまうのが父親だと知っているから、ダイヤを簡単には信じられない。莫大な権力で多くの人を悲しませ、ダイヤのことも権力で思い通りにしようとしている。むしろダイヤのことを心配してしまう。


「小僧、後悔するなよ?」

「しませんし、困ったらカーネーさんとかに相談しますから」

「む!?」


 (けやき)の顔が思いっきり歪んだ。

 一番やられたくない反撃方法だったからだ。


 カーネーはアメリカの巨大な商社の相談役(・・・)となっており、政府とも懇意にしている。鳳凰院グループとして決して無視できない間柄なのだ。


 しかも問題はそれだけではない。


 世界のトップ探索者はそれぞれ出身国の著名な企業や政府と繋がりがあり、彼らから総出で圧力をかけられたら鳳凰院グループと言えどもひとたまりもない。権力があるとはいっても、日本国内での話なのだから。


(けやき)さんは僕のことを調べたのでしょう。それなのに気付かなかったのですか? 僕が敵対相手には容赦しないと言うことを。それとも鳳凰院グループに喧嘩を売って来るはずが無いと油断(・・)したのですか?」

「この私が油断だと!?」


 それは図星だった。


 百戦錬磨の(けやき)は誰が相手でも決して甘く見ず油断はしていないつもりであったが、心の何処かでダイヤはまだ子供であり(躑躅)を捧げればどうにでもなるだろうと思っていたのだろう。あるいはダイヤの父親がクズ人間であることから、無意識で嫌悪してまともに考えたくないと感じていたのかもしれない。


 その心の僅かな隙が彼のこれまでの成功を壊そうとしている。

 ビジネスの成功者以外を下賤と蔑むその性根が、己の人生を台無しにしようとしている。




「もしも僕の大切な人に何かしてみろ。その時は鳳凰院が終わる時だ」

「貴様ああああああああ!」


 


 激昂する(けやき)がダイヤに殴りかかりそうな勢いだったので、付き添いの二人が必死に止めた。他の相手ならともかく、世界中で注目されている時の人であるダイヤに手を出すのは不味すぎる。世界中から非難され、圧力をかけられ、それこそダイヤの言う鳳凰院グループの終焉が近づく行いになってしまうだろう。


「ぐっ……帰るぞ!」


 自分が冷静で無いことを自覚した(けやき)は逃げるようにその場から去った。その間際に余計な捨て台詞を吐かなかったのは、彼のビジネスマンとしての生存本能によるものか。


 (けやき)が帰ると、躑躅(つつじ)が慌てて駆け寄って来た。


「貴石君!どうしてあんなことを!」

「先輩が好きだからですけど?」

「っ!!!!」


 その瞬間、躑躅(つつじ)の顔が瞬間沸騰機と化した。


 世界で最も恐ろしいと思っている男に堂々と啖呵を切って追い返した上に、それが好きな女のためだなんて言われてキュンと来ない訳が無い。


「……まぁ元からこうなるって知ってたわけだし?」

「……うらやま」

「……素敵」

「……流石ダイヤさんですわ」

「……旦那様GJです」

「……うふふ、うふふふ」


 そしてそんな躑躅(つつじ)の様子をヒロインズはうっとりとしながら羨ましがるという、これまた複雑な気持ちで見守るのであった。

鳳凰院グループとのいざこざは、この時点ではジャブのようなものです。

まだダイヤが勝利したわけでも、欅が諦めたわけでもありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
株買おうとして失敗しましたね。 後書きによると……まだまだ因縁は切れないのですね。 いつか、ザマァを見せることになるのか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ