183. この日が来るのをどれだけ待ち望んだことか
ダークネスドラゴンが消滅した直後、その場に見覚えのある扉が出現した。
すると誰もが何も言わずに、痛む体を押してその扉に向かって走り出す。
このまま放置してまた帰れなくなったり魔物に襲われたりしたらたまったものでは無いからだ。
「うわ!ぎゃああああ!」
最初に扉から出た朋が足をもつらせて倒れてしまい、後に続く人達も勢い余ってその上に重なるように倒れてしまった。
「ど……どいて……」
せっかくダンジョンから脱出できたのに、こんな形で死んでしまったら死んでも死にきれない。朋はどうにか必死に耐えて圧死を回避した。
「ふぅ、酷い目に遭ったぜ。んでここは……外だ!」
人の山が解消されて痛む体に顔を顰めながら朋が立ち上がり周囲を確認すると、そこは見覚えのある洞窟だった。つまりダンジョンから外に出られたということになる。
「はい、注目してください」
喜びのあまり洞窟の外に駆け出して向日葵に会いに行こうとした朋だが、狩須磨がストップをかけた。他にも朋と同じくそわそわしている人がいるが、狩須磨の言葉を無視するような人は居なかった。
「(ぐっ……ダイヤですら我慢しているのに、俺だけ先に外に出る訳には行かないよな)」
ダイヤには帰りを待ってくれている愛しい人達がいる。
一刻も早く彼女達に会って無事を報告したいはずなのに、ダイヤはその気持ちを堪えてこの場に留まっている。それなのに自分だけ抜け駆けするなんてことは親友としてありえない行為だった。
「これから外に出た後のことについて話し合います」
「ちょっと待ってください、先生」
狩須磨は今のうちに今後のことについて話をしておきたかったようだが、ダイヤがすぐに手を挙げて質問をした。
「逸る気持ちは分かりますが、今は……」
「いえそうではなく」
「え?」
てっきりそんなことより早く外に出たいとの主張なのかと狩須磨は思ったが、どうやら違うようだ。
「もう本性バレてるのですから、今まで通りの話し方で良いですよ?」
丁寧に話をする先生モードに切り替わったのがどうにも気持ち悪かったのだった。
「そういうわけには行きません。私は先生ですから」
「今までだって十分先生でした。口調なんて関係ありません」
ダイヤだけでなく、他の仲間達も大きく頷いている。
教師として認められていることが嬉しく、狩須磨は狂喜乱舞したい心持ちだったが必死に耐えた。
「い、いえ、そういうわけにも……」
「どうせ動画を公開することになるから生徒達にもバレるで」
そう、実はこのダンジョンアタックは俯角が動画に撮っていたのだ。どこまで機器が壊れずに記録が残っているかは不明だが、狩須磨のオラオラ口調くらいは確実に残っているだろう。
「…………そうだったな。ならいいか」
「先生だから口調を整えなきゃダメだったんじゃ」
「うっせ。バレるなら良いんだよ。めんどくせえ」
「わぁお。でも、先生らしい」
「ふん」
どうやら先生がどうのこうのというのは方便で、単に猫を被っているのを生徒達にバレたくなかっただけのようだ。
「じゃあ改めて、今のうちに情報共有と今後の話をするぞ。一年はまだ習ってないだろうが、ダンジョン内で大きな発見があった時に、何をどう報告するのかパーティーで相談するのは基本だからな」
もしもそれが複数人での発見だった場合、各々が主観を交えて好き勝手誰彼構わず伝えまくったら、正確な情報が伝わらず受け取り手が混乱してしまう。ゆえにそれが重要な情報であればあるほど、一旦落ち着いて情報のすり合わせを行うべきだというのがダンジョン探索の基本の一つとされている。
「とりあえず最初から流れを追って確認するぞ。まずは……」
「(正直忘れてる事とかもあるから助かるな)」
激しい戦いが続いていたため、最初の頃に何があったのかを朋は忘れかけていた。地球さんの話もうろ覚えになりそうなところ、こうして擦り合わせをしてくれるのは非常に助かることだった。
「(インタビュー受けて俺だけがしどろもどろだったら恥ずかしいもんな)」
洞窟の外に出たら、このメンバーは根掘り葉掘り聞かれまくるだろう。その中で朋だけがまともな受け答えが出来ないだなんてことになったら恥をかいてしまい向日葵にもがっかりされてしまうかもしれない。
そうならないために朋は真剣にすり合わせの内容に耳を傾けた。
話は進み、ダイヤが奇跡で何を体験したかの話になった。
「過去!?」
流石にそれは誰もが予想外だったのか、狩須磨や俯角でさえも素で驚いていた。俯角など考えることがまた増えたと満面の笑みで頭を抱えていた。考察班にとってこれから先は、天国と言える程の最高の時間が待っているに違いない。
「また増えたのね……」
「……十年間とか……うう……その想いの強さには勝てない」
そして音と奈子はダイヤに新たな女が出来たことに複雑な心境だった。自分達はダイヤに惚れたばかりなのに、未来は十年もダイヤのことを想い続けているのだ。同じ女としてそれほどまでに一途な恋は成就して欲しいが、自分達よりも想いが強いことに劣等感を感じてしまいそうになったから。
なお、ハーレムメンバーが増えたことに関してはネガティブに感じていない点、色々と手遅れだった。
そのハーレムメンバーに入るために性転換を求めている望は、メンバー増加よりも強敵の出現の方が気になっている様子。
「獣王と天使ですか。それが当面の敵ということになりそうですね」
「うん。獣王は居場所を教えて来たけど、天使もその前後辺りで戦うことになりそうな予感がするんだよね」
過去の統合時、最初の歴史では獣王が破壊出来なかった結界を天使が解除していたのを視た。獣王と同等の実力があるのか、あるいは特殊な能力を持っているのか。少なくとも隣に並んで移動している時点で同格であることは間違いなく、獣王と同等の脅威であるとダイヤは認識していた。
「ちなみに私達が全滅した初期のダークネスドラゴンと獣王では、どっちの方が強いか分かりますか?」
「獣王かな」
「「「「…………」」」」
ダイヤが即答したことで、その場が一気に暗くなった。
ダンジョンから生還した喜びが消えてしまうほど、初期のダークネスドラゴンよりも強い魔物がいるという事実が恐ろしかったのだ。それだけ初期のダークネスドラゴンの強さがあまりにも突出して彼らのトラウマとして根付きかけている。
「安心して。僕達にはこの指輪があるんだよ」
魔物を弱体化させる効果のある指輪。
それがあればどれほどの強敵であっても倒せるに違いない。
ダイヤのその言葉に安心したのか、空気が少し弛緩した気がする。
「(この指輪が獣王に効く気が全くしなけど、そんなことは言えないよね)」
それを伝えるのは、仲間達がその事実を受け入れられる程に精神が回復してからだ。ここで追い打ちをかけたところで意味など無いため、ダイヤは敢えて自分の正確な感覚を伝えなかった。
「せやな。ウチらにはその指輪がある。ならどんな強敵もいちころやって言いたいところやけど……」
「(あれ、バレちゃったかな?)」
俯角ならばすぐにダイヤの真意を察してもおかしくはないため少し焦った。だが彼女の指摘はまったく別のことだった。
「そもそもそれ、他の人でも装備出来るん?それにどんな効果があるのか正確には分かっとらんよね」
「ああ、うん。そうですね。試しに外してみましょうか」
それはダイヤも気になっていたことであり、確認してみることにした。
右中指に嵌めた指輪を左手の人差し指と親指でそっと掴むと、それは大した抵抗もなくスッと抜けた。
「少なくとも装備解除不可ってことは無さそうですね。となると次は他の人でも装備出来るかどうかですけど……」
音と奈子がジッとダイヤを見ている。
その意図をダイヤは瞬時に理解し、危機を脱出出来た。
「(指輪が二つあったら良かったんだけど、流石に一人だけを優遇は出来ないよ)」
恐らく彼女達に一歩でも近づいたら、いや、後一秒でも長く目を合わせていたら、彼女達は左手をダイヤに向けてスッと差し出しただろう。一つしかない指輪をどちらかの指に嵌めろだなど、そんな危険なラブコメなど逃げるが勝ちだ。
「(とはいえ女性に渡したらそれはそれで問題だし、ここは一番問題なさそうな人にやってもらうか)」
装備一つ試してみるのにも気を使わなければならない。ハーレムを選んだ者として覚悟していたことなので面倒とも思わなかった。
「朋、これつけてみて」
「俺?ああ、いいぜ」
朋はそんなダイヤ達の思惑など全く気にせず、指輪を躊躇なく受け取った。そしてそれをダイヤと同じく右手の中指に装着する。
「おお、行けたぜ。なんか格好良いな」
指輪の使いまわしも問題なさそうだ。
「じゃあそれの能力は後で専門家に分析してもらおうか」
「専門家?」
「うん、俯角先輩は考察ギルドだからある程度は調べられると思うけど、装備なら装備に詳しい人に見て貰った方がもっと詳しく分かるでしょ」
「そりゃそうか」
俯角に渡しておけば、その人達と協力して調べてくれるだろう。
「(できればクラフト系のギルドにも声をかけて量産して欲しいけど、俯角先輩ならそこまで考えてるか)」
「任せとき! 解析から量産まで徹底的に調べ捲るで!」
ダイヤの心を読んだのか、俯角は量産まで考えてくれると宣言してくれた。
その後、最後まで情報のすり合わせを行い、ダンジョン攻略後の話し合いは終わりに向かう。
「最後に一つ、先駆者からアドバイスだ」
狩須磨が〆の言葉を皆に伝える。
「ダンジョンで大きな成果を出した時、この話し合い以外にもやって置いた方が良いことがある」
それは誰もがやることではないが、ある意味文化として根付くほどに定番化している作業だ。
「『達成感』をじっくりと味わい、心に染み込ませ、そして次もまた頑張ろうと思うための儀式のようなもの」
「それって……!」
ダイヤがその内容に気付き声をあげ、狩須磨がそれに反応してニヤリと口を歪ませた。
「打ち上げだ!」
準備は万端だった。
「幸いにもここは合宿所の近くだ。打ち上げの準備も、宿泊の準備もさせてある」
過去最大級の成果なのだから、過去最大級の規模の準備がしてあった。
ダイヤ達がオリエンテーションでバトルロイヤルを繰り広げた広場に打ち上げ会場を設置し、多くの関係者と共に盛大に騒ぎまくる。
誰が言ったか、終わった後のどんちゃん騒ぎこそが探索の華。
狩須磨は特にそういうお祭り騒ぎが大好きだったのだ。
「お前ら!残りの全ての体力と精神力を使い弾けまくるぞ!突撃いいいい!」
「「「「おおおお!」」」」
一部の人は狩須磨のノリについていき、一部の人は冷静に反応し、一部の人は何がどうなってるのかと茫然とする。
だが最終的には全員が走り出し、皆が待っている洞窟の外へと向かったのであった。
--------
「ダイヤ君!」
「ダイヤさん!」
「桃花さん!芙利瑠さん!ただいま!」
洞窟から外に出ると、真っ先に桃花と芙利瑠が抱き着いてきた。
ダイヤは彼女達をぎゅっと強く抱き締めると、軽くキスをして再会を喜び合った。
「うううう、無事で良かったよおおおお!」
「ご無事で何よりです」
号泣してきつく抱き着いて来る桃花と、うっすらと瞳を潤わせてそっと体を寄せる芙利瑠。
対照的な二人の温もりを感じながら、ダイヤは生きて戻ってきたことを実感した。
そしてどれだけ時間が経ったか、二人がダイヤから離れると音と奈子が近づいてきて再会を喜び合った。
「音、奈子、行ってくるね」
「仕方ないわね」
「……二人は任せて」
「?」
「?」
再会したばかりの愛しい人達を置いて行かなければならない場所など決まっている。
彼女達と同様に、あるいはこの瞬間だけは彼女達以上に優先度が高いある人物のところだ。
「いた!」
彼女は人だかりから外れたところで佇んでいた。
多くの人が渦巻くように流れている中で直ぐに見つけられたのは、彼女がいつも通りの特別な服装だったからなのか、あるいはダイヤの視線を予測してその場所へと移動したのか。
ダイヤは急ぎその人物の所へと走った。
そして辿り着くと、満面の笑みでこう告げた。
「ただいま!」
「おかえりなさいませ。主様!」
露出過多のエロ巫女服を着た同級生、未来もまた満面の笑みで十年ぶりの再会を喜び、ダイヤに思いっきり抱き着いた。
その顔がどうなっていたかなど、描くのは無粋というものだろう。