182. VSダークネスドラゴン 後編3 たまには主人公っぽく頑張らなきゃね
「わ、私も何かしないと!」
仲間達の奮起に次に触発されたのは奈子だった。
杖を構えて前に出ようとするが、それを狩須磨が制止した。
「やめておけ。木夜羽はもう休んでろ」
「…………でも私は皆と比べて元気ですし」
「それでもだ。お前は世界を救う程の奇跡を起こした。それだけでお釣りが来るくらいの大活躍だ」
「…………まだ足りません…………まだ戦いは終わってません!」
だが奈子は制止を振り切り飛び出そうとする。
狩須磨はそんな奈子の腕を掴み強引に後ろへと下がらせ、脳天にチョップを喰らわせた。
「いだい!」
「だから行くなって言ってるだろ馬鹿。これ以上奇跡を起こして、これから先に起きなくなったらどうするつもりだ」
「…………え?」
「奇跡なんてものは乱発されたら奇跡じゃなくなっちまう。お前がこれからもあいつと共にダンジョンを探索するなら、次の時までとっておけ」
「…………はい」
奇跡が奇跡であるがゆえミラクルメイカーが発動可能なのだ。もしもその結果が陳腐でありふれた価値の低いものに成り下がってしまえば、起こせなくなってしまう。
巻き込まれ体質のダイヤはこれからも奇跡を必要とする場面に直面するだろう。その時に奈子が奇跡を起こせるように、今は耐えて奇跡をレアなままにしておくために温存するべきだ。
「(それじゃあ私はその時まで役立たずなの?)」
確かに奈子は特大の成果を上げたかもしれない。だがそれと目の前で死闘が続いていることには、彼女にとって何も関係が無かった。
奇跡が必要とされない場面であっても、奈子は仲間と共に戦いたかった。
「(違う、そうじゃない。役立たずなのはこれまで私が奇跡に頼りっきりだったから。ダイヤがスキル無しで戦おうとしていたように、私だって鍛えれば……!)」
ダイヤと狩須磨。
目の前に自分が目指すべき道があることに奈子はこの時ようやく気が付いた。
「(頑張ろう)」
今は何もすることが出来なくとも、次こそはダイヤの隣に立ち続けてみせる。
戻ったらそのための特訓を始めようと心に誓い、今はただ歯を食いしばりダイヤと音の最後の攻撃を見守ろうと決意した。
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「んで、お前は行かなくて良いのか?」
狩須磨は奈子を止めた一方で、ある人物には戦って来いと声をかけた。
「行きたいのは山々なのですが、辞めておきます」
そう顔を歪めて悔しそうにするのは、いつの間にか後ろに下がっていた望だった。
「反動か」
「はい、まさかこんなものがあるだなんて知りませんでした」
望もまた、ブレイブソードを使って他の皆と同じようにダークネスドラゴンに攻撃をしたかった。ダイヤがトドメを刺すための道筋を作りたかった。
だが体が言うことを聞かず、戦場から離れることしか出来なかったのだ。
「勇者スキルは謎が多いと言うしな。俺もそんなデメリットがあるだなんて知らなかった」
「便利すぎるとは思ってたんですけどね……」
あらゆるものを切断可能なブレイブソード。
それはあまりにも強力であるがゆえ、望も知らないデメリットが設定されていたのだった。
肝心なこの最終盤で、望の身体はそのデメリットにより全身が痺れたように力が入らなくなってしまったのだ。
「使用時間なのか、使用方法なのか。全く、どうして説明書が無いんですかね」
デメリットがブレイブソードのせいで発生したことは直感的に分かるが、何が問題だったのかが分からない。
ダイヤと共に戦えるこの絶好の場面で何も出来なくなってしまったことがあまりにも悔しく、望としては珍しく苛立ちや悔しさといった感情を露わにしていた。
「試さなかったお前のミスだ」
「…………はい」
ブレイブソードがあまりにも強すぎるが故、望はこれまで敢えてそれを使わずに己を鍛えていた。その考え自体は決して間違ったものでは無かったが、その結果ブレイブソードを蔑ろにしてしまうことになり、デメリットに気付かなかったというのだから皮肉なものだ。
「この悔しさ。絶対に忘れません」
「そうだ。絶対に忘れるな。お前がこの先どの道を選ぼうとも、その想いは必ず役に立つ」
勇者としてダイヤと共にダンジョン探索の最前線に挑もうとするのか、それとも性転換して女性としてダイヤの子を産み家庭的な幸せを望むのか。
どちらにしろ望が進む道はベリーハードであり、大切な人と共に為したいことを為せなかった悔しさこそが、その道を切り拓く力となるに違いない。
「ダイヤ……」
望は動かない体を抱きながらダイヤを見守る。
そしてその隣に立つ音を羨ましそうに見た。
敢えて嫉妬心を抱くことで、二度とこんな屈辱を味合わないようにと己を戒める為に。
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『グルウォオオオオオオ!』
体中が傷だらけのダークネスドラゴンはまさに怒り心頭と言った感じだった。
憎しみに満ちた視線で目の前のダイヤと音を睨み、今にも食い殺さんと襲ってきそうな雰囲気だった。
「(背中のダメージがかなり大きいのかな。動くのも辛そうだ)」
良く観察するとダークネスドラゴンは起きているのもやっとなのか、全身を痙攣させていた。どうやら暗黒と密による防御力無視の連撃が深刻なダメージを与えたらしい。
「(瀕死ブーストがかからなかったのはラッキーだね)」
瀕死状態になると体中の痛みを無視して強引に暴れまくるボスがそれなりに多い。ダークネスドラゴンは三段階の変化があったため、最終段階の今こそがその瀕死ブーストに近い役割を果たしているのかもしれない。
だとしても、このまま何事も無く終わるなどあり得ない。
『グルウォオオオオオオ!』
ダークネスドラゴンが天に向かってこれまでで一番激しく吼えた。
すると背中のまだ無事な瞳からニョロニョロと細い触手が生えて来たでは無いか。
丸まっている時に内側に収まっていて無事だった体の前面に残された瞳と、生えたばかりの多くの触手が一斉にダイヤと音の方を向いた。
『グルウォオオオオオオ!』
しかもダークネスドラゴンは本体の大きな口を開けてごんぶとレーザーのチャージを始めた。
「私が雑魚を排除するわ」
「お願い」
瞳と触手の数が多く、俯角の本では守り切れない。
それに先ほどのように細いレーザーを重ね合わせてごんぶとレーザーに変化させ、口からのレーザーと更に合体させるだなんて荒業をやってくるかもしれない。
それゆえ音は瞳や触手を潰し、ダイヤがトドメを刺しやすいような環境作りをすると決めたのだった。
「お祖母ちゃん、力を貸して」
音がイメージするのは祖母の戦う姿。
奇しくもイベントダンジョンの中で、彼女は偽の祖母がレッドドラゴンを圧倒する姿を目撃している。それに祖母から聞いた探索の話を何度も何度もイメージし続けて来た。
やったことは無いけれど、再現できると彼女は信じた。
「バフは十分、デバフは無いけれど相手は弱っているし先生が遠隔属性付与してくれる。後は私次第」
音はふぅと少し息を吐いて肩の力を抜いてから、腹の奥底から全ての力を引き出すかのようにぐっと気合を入れて駆け出した。
「はああああああああ!」
ドラゴンの側面に移動するように駆け、触手を誘導して正面への攻撃を少しでも減らす。
そしてアイテムバッグから手斧を取り出してクルクル回転させるようにして投げつけた。するとその手斧は見事に二本の触手の根元を刈り取った。
だが音はその結果を見ていない。
投げた瞬間に次の武器を取り出し、駆けながら投げつけたのだ。
祖母がレッドドラゴンを撃破した技、千の墓標。
敵の周囲を走り回りながら数多の武器を投げて攻撃するオリジナルスキル。
手斧、槍、短剣、ハンマー、鉄球、ドリル、手裏剣。
このために容量の多いアイテムバッグを狩須磨から借りて来た。
その中には使ったことのない武器も大量に入っている。
それらをヴァルキュリアとしてのセンスを発揮してひたすらに駆け、投げ、駆け、投げ、繰り返す。
全てが当たるわけではない。
むしろ当たらないことの方が多いかもしれない。
だがそれでも音は必死に走り、少しでもダイヤが楽できるようにと攻撃の手を止めない。
触手からのレーザーを被弾してもその動きが衰えることは無い。
未完成の千の墓標。
それは例えるならばこうだろうか。
「いつか必ず完成させてみせる!でも今はこれで良い!私の百の墓標でダイヤを邪魔するものを倒しきってやる!」
手負いのダークネスドラゴンであれば百も削れれば十分だ。
後はこのまま最後まで足を止めないだけ。
「ダイヤ!」
その叫びに呼応するかのように、ダイヤとダークネスドラゴンは最後の攻防を始めようとしていた。
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「はああああああああ!」
『グルウォオオオオオオ!』
「はああああああああ!」
『グルウォオオオオオオ!』
ダイヤは右手の万極爪をドリルモードに変化させ、ひたすらに高速に回転をさせ始めた。一方でダークネスドラゴンもブレスを溜めに溜めている。
お互い、最後の一撃のために力を溜めるモーションに入ったのだ。
それを邪魔しようと眼から細いレーザーが飛んでくるが、それらのほとんどは俯角の本が防いでいた。
「皆がここまで繋いでくれたんだ。絶対にこの一撃で倒す!」
ただ武器を回転させるだけではなく、指輪の力を万極爪に伝えるように強くイメージする。するとドリルの周囲に薄っすらと淡い光が纏った。それは狩須磨の属性付与によるものとは別のものであり、ダイヤはソレに不思議と温かさを感じていた。
「(地球さんの力だからなのかな、凄く心地良い感じがする)」
それはダイヤが最も地球さんと心を通わせられる『精霊使い』だからなのかもしれない。
「(この指輪の力はまだまだ未知数。装備に魔物特攻を付与できるなら、もしかして皆の装備にも付与できたりするのかな?)」
だとするとこれから先、指輪の持ち主一人だけが頑張らなければならないなんて事態にはならないかもしれない。まだ試していないが、もしも指輪が装備解除不可でダイヤ専用なんてことになっていて、しかも効果がソロ専用だなんてなったら非常に面倒なことになる。少なくともパーティープレイは出来るようになって欲しいところだ。
「ふぅ……」
激しく力を溜めるダークネスドラゴンと万極爪。
エネルギーの昂りにより空気が激しく振動しているかのような雰囲気を他所に、ダイヤは目を閉じ深呼吸して集中していた。
癒の奇跡とポーションのおかげで体調は万全だが、それでも過去での精神力の消費がまだ戻り切っていない感じがする。
この先の最後の激突に向けて、少しでもメンタルを回復させるよう努めているのだ。
「(これで倒せなかったなんて言ったら恥ずかしいもんね)」
仲間達が大ダメージを負いながらダークネスドラゴンの最終形態を少しずつ攻略してくれた。全てはダイヤが最後にトドメを刺してくれると信じているからだ。
その信頼に応えるために。
全員でここから生きて帰るために。
「…………」
『…………』
一瞬、刻が止まったかのように誰もが錯覚した。
ダイヤとダークネスドラゴンが同時に『溜め』を終わらせ、動きが止まったのだ。
そしてダイヤが目を開いた瞬間、ダークネスドラゴンから超高密度の暗黒ごんぶとレーザーが放たれた。
『グルウォオオオオオオ!』
これまでとは比較にならない程の濃度のそれは、直撃したら相手を確実に消し飛ばしてしまうであろう威力があった。本来であれば避けるのが正解なのだろうが、ダイヤはその場から動かずに真っ向から受け止める選択をした。
「うおおおおおおおお!」
指輪の力が付与された超回転する右手のドリルの先端を全力でレーザーにぶつける。
衝撃音は無かった。
あるいは音すらもレーザーが吸収してしまったのか。
ダイヤの身体は暗黒レーザーに飲み込まれる。
「ダイヤ!」
「ダイヤ!」
「貴石!」
「ダイヤ!」
「貴石君!」
反射的に何人かが叫んでしまったが、ダイヤは消え去ったわけでは無かった。
「ぐっ……ぐうっ……」
右手を左手で支え、どうにかしてレーザーをドリルで掘り進めようとしながら耐えていたのだ。
「なんってっ……いりょっくっ……」
とてつもない衝撃に、少しでも油断したら腕が弾かれて一気に消されかねない。
全身が激しく熱を帯び、最早痛いのかどうかも分からず蒸発してしまいそうな感覚だ。
このままでは数秒も保たないだろう。
「まだ……まだあ!」
だがダイヤは気合で耐え続ける。
ここで死んでなるものかと必死に心を奮い立たせて食らいつく。
その想いに反応したのか、指輪が光り少しだけ押し返せるようになってきた。
『グルウォオオオオオオ!』
ダイヤの僅かな反撃を察知したのか、あるいは指輪の抵抗に気付いたのか。
ダークネスドラゴンはレーザーに更に力を入れようとする。その上で、体ごと押しつぶしてやろうかと言わんばかりに首を前へ前へと突き出そうとする。
「があっ……ま、まだだぁ……!」
ダイヤもまた更に気合を入れ、レーザーとドリルの攻防は拮抗する。
「この程度……乗り越えなきゃ……あいつに……あいつが……あい……つ……!」
ダイヤが何故真っ向勝負を選んだのか。
ダンジョンの探索の鉄則は無理をしないこと。
英雄願望の塊で不利な状況を受け入れて撃破することに快感を得るような存在はすぐに死んでしまう。
石橋を叩いて叩いて叩いて叩きまくるくらいで丁度良い。
それならば相手の究極のレーザーを避けて弱った部分を狙って倒すのがセオリーなはずだ。
ダンジョンを決して甘く見ていないダイヤだからこそ、分の悪い真っ向勝負などするはずがない。
「まってろっ……じゅっ……おうっ……!」
過去の世界で目をつけられてしまった獣王。
それを打ち倒すには劇的に強くならなければならない。
ここでの激突こそが強くなるための大きな一歩であるとダイヤは考えたのだ。
「あの馬鹿。いくら俺達がいるからって好き放題しやがって」
狩須磨がそんなダイヤの行動を苦笑いして観察していた。
ダイヤに何があったのかはまだ知らないが、ダイヤが危険な戦い方をするならば意味があるのだろうと分かっている。そしてその意味を何となく察したのだ。
「仲間を信じてるってとこだろうから、叱らないでやるか」
ダイヤは早く強くなりたくて焦っている訳ではない。
たとえ自分が失敗してしまっても、死にさえしなければ後は残った仲間がなんとかしてくれると信じているのだ。
だがもちろん最高な結果はダイヤ自身が試練に打ち勝ち強敵を撃破すること。
「僕はっ……強くっ……なる!」
倒さなければならない相手という明確な目標を強く意識したダイヤの心はこれまでで最高潮に奮い立った。暗黒で何も見えないはずのレーザーの中に、不敵に笑う獣王の姿を幻視し、それに攻撃を届かせようと必死に拳を前に進める。
押し合いは徐々にダイヤが上回りつつある。
だが負けられないのはダークネスドラゴンも同じだ。
『グルウォオオオオオオ!』
なんと前方にある残った眼から細いレーザーを発射させ、それをごんぶとレーザーに吸収させてより強化したのだ。
まさに全てを使ってダイヤを飲み込まんと襲ってくるダークネスドラゴンの強き意志。
「その程度っ……あいつのっ……足元にもっ……及ばない!」
ダイヤは真の強者を知っている。
真の恐怖を知っている。
真の絶望を知っている。
それと比べたら、ダークネスドラゴンの必死の攻撃など児戯に等しいものにしか思えなかった。
「ダイヤ!」
「音!」
激しい攻防の中、それが音の声だということだけは不思議とすぐに分かった。
すると不思議なことに身体がスッと軽くなった気がする。
「これは!?」
肩に何か柔らかなものが触れた感触があった。
振り返る余裕は無い。
だがダイヤは確かにソレを感じた。
音、桃花、芙利瑠、奈子。
既に結ばれた彼女達の温もり。
躑躅、未来、望。
これから結ばれる予定の彼女?達の温もり。
愛しい人達に背中を押されたハーレム男が、ここで屈するなどありえない。
「うおおおおおおお!」
ダイヤは勢いを増したレーザーにより深く右手を突っ込み、ついにドリルを発射した。
「いっけええええええええ!」
『グルウォオオオオオオ!』
全てを吸収して消滅させる暗黒のレーザーを、想いのドリルにより猛烈な勢いで掘り進める。
そして。
『グルウォオオオオオオ!』
ドリルはそのままレーザーを最後まで掘り抜き、ドラゴンの口を貫通した。
ダークネスドラゴンはそのまま断末魔の叫びをあげて顔を大地に伏せ、消滅したのだった。
長くなりましたがこれにて決着です。
活躍させてない人いないよね?
(望のことを忘れてて慌てて追加したのは秘密)