180. VSダークネスドラゴン 後編1 グロいわー
「わぁお」
「うわぁ」
その場の誰もがドン引きしていた。
ダークネスドラゴンの最終形態があまりにもグロテスクだったからだ。
体型の変化としては尻尾が極端に短くなっただけで、触手が大量に生えたり胴体の口が増えたりするようなことはない。
ただしただでさえ気持ち悪い心臓のような体表が、小さな大量の目で埋め尽くされるようになったのだ。
全身瞳だらけのドラゴンだったナニカ。
それが単に気持ち悪いだけのはずが無い。
『グルウォオオオオオオ!』
ドラゴンが吼えると、全身の瞳から細い暗黒ビームが発射された。
「ぎゃあ!」
「痛い!」
「ぐっ!」
「避けられない!」
朋、音、望、密に直撃し、身体が焼けるように赤くなり苦痛に歪んでいる。他のメンバーは偶然掠っただけで済んだが、高密度のレーザー攻撃を避けるのはまず無理だ。
しかもダークネスドラゴンの攻撃はそれだけではない。
『グルウォオオオオオオ!』
「丸まった!?まさか!」
体をぎゅっと丸めて巨大なボールのようになったのだ。
尻尾が短くなったのはこのためだろう。
ダークネスドラゴンは勢い良く転がり始め、同時にレーザを放ち始める。
「ぎゃああああ!」
「無理無理無理無理!」
「こんなの、どう、しろって、言うのよ!」
「アカンアカンアカンアカンで!」
「休ませろ、よな!」
「奇跡、こ、こうし、痛いよ~!」
レーザーは一秒間隔で次々と放たれ、全員が着実にダメージを負って行く。
しかもダークネスドラゴンが勢い良く転がってくるため、その場に蹲って耐えるなんてことも出来ず、レーザーのダメージを喰らいながら走り続けなければならないという苦難。
「いきなり無理ゲーになりすぎじゃない!?」
あるいはこれまでが悠長に戦えすぎていたのかもしれない。
ダイヤ達を下に見ることが無くなり、本気を出したダークネスドラゴン相手に一気に壊滅寸前だ。
「まずい!皆避けるか耐えて!」
ダークネスドラゴンの胴体の口が大きく開いた。
この流れで来る攻撃はもちろんごんぶとレーザーだろう。
「きゃああああああああ!」
「音!」
転がりながらの不規則なレーザー。
今回ごんぶとに直撃してしまったのは音だった。
ダイヤは今すぐに駆け寄りたい気持ちで一杯だったが、音は狩須磨から支給された上級回復ポーションをまだ持っているはずなのでぐっと堪える。
「このままじゃマズイ!」
幸いにもごんぶとレーザーは連続発動出来ないようだが、全身の瞳レーザーだけでも十分にダイヤ達を殺しきる威力がある。暗黒属性のビームということで簡単には防ぎきれないことを考えると、こちらからも攻撃して殴り合いで倒すしかない。
「おおおお、れにいいいい、まぁああああ、かせろおおおお!」
「朋!」
その決断を最初にしたのは朋だった。
勇気を出して踏み込め。
ダイヤに最初に教えられた基本中の基本。その精神を誰よりも繰り返し強く意識していたからこそ、肝心な場面で動けたのだ。
「うおおおおおおおお!」
朋は剣を両手で持ちハンマー投げかジャイアントスイングのようにぐるぐると回り出した。ダークネスドラゴンが転がりながら近づいてくるが、回転を止めずに滑るように移動してそれを躱す。
レーザーが当たろうともその回転は止まらず、ひたすらに回って回って回って回って回り続ける。
するとダークネスドラゴンの胴体の口がまた開き、ごんぶとレーザーを放つ準備を始めた。
「こおおおおこおおおおだああああ!」
朋は転がるダークネスドラゴンのギリギリ近くまで移動し、ピタっと回転を止めた。
「うっ!」
猛烈な回転を続けていたため、猛烈な『酔い』が襲ってくる。
「負けるな!右!右!」
「タイミングを間違えないで!」
「いきすぎ!左!」
「また行きすぎ!右!右!」
まるでスイカ割りでもしているかのような指示が飛び、朋は吐き気を堪えて必死に身体の向きを調整する。
「今だ!」
そして手にした剣をダークネスドラゴンの口に向けて投げ込んだ。
猛烈な酔いで視界がぐらぐらし、しかもダークネスドラゴンは転がっているため口の位置が常に移動しているので偏差攻撃が必要だ。
最悪胴体にぶつかればそれで十分かと誰もが思っていた投擲は、なんと見事にダークネスドラゴンの口に投げ込まれたでは無いか。
「や、やった……ぎゃああああああああ!」
物凄い爆発が起きてダークネスドラゴンの口周りが溶けるように破壊されたが、近くに居た朋は爆風により吹き飛ばされてしまった。
回転充填剣。
回転させた回数だけ威力が増す無属性自爆攻撃を可能とする異剣。
威力を高めようとすればするほど回転が必要になり『酔い』のせいで肝心の攻撃を当てるのが難しいというなんとも使いにくい武器である。
だが朋はそのクセ強武器を使いこなし、ダークネスドラゴンに大ダメージを与えた。
ダークネスドラゴンの片方の口を潰し、ごんぶとレーザーの数を二本から一本に減らせた。
「ぐっ、はっ、オエエエエエエエエ!」
その代わり、吹き飛ばされた直後に見せられない姿になってしまったのだが、果たしてこの場に向日葵が居たら彼により惚れるだろうか、あるいはゲ〇まみれの姿を残念と思うだろうか。
もちろんここにいる者達は朋の勇敢さを賞賛し、自分もやらねばと奮起する者ばかり。
「後輩があんだけキバってるんやから、ウチもやる気見せなアカンな」
次に動いたのは俯角。
大量の本を取り出して、同時に宙に浮かせて操作する。
「くはぁ、流石に全部はしんどいわぁ」
並列処理のスキルがあろうとも、全ての本を精密に操作するのは精神的に相当辛い。しかも時折レーザーが自分の身体にヒットするものだから集中力を継続させ辛い。
「属性付与は必要か?」
近くの狩須磨が補助が必要かと問う。
「いらへん。全部無属性で永続属性付与済や」
「なんでそんな意味無いことしてるんだ?」
「ヤンチャな本が多くてな。勝手なこと出来ないように封印したら自動的に無属性になってもうたんや」
ではその無属性の本で俯角は何をするつもりなのだろうか。
「俯角先輩!助かります!」
数多のレーザーの動きを予測し、仲間達に当たりそうなものの盾となり防ぎ始めたのだ。
千個以上も目があり、しかも相手は転がっているからレーザーの軌道が不規則。
仲間達だって移動している。
全てを計算し、複数の本を精密操作して盾とするのは至難の業だ。
「ぐっ……くそお!」
レーザーが自分に直撃し、一瞬操作が曖昧になってしまったことに苛立った。足を、手を、腰を、頭を、胸を焼かれながら、それでも仲間達を守るために必死に本を制御した。
「おいおい、自分を守れよ」
「そんな余裕あらへん!」
「じゃあ俺が守ってやろうか?」
「余計なお世話や!そんな暇があったらあいつらに属性付与してやれ!」
あまりにも余裕が無いのだろう。相手が教師だということも忘れ、感情のままに言い放つ。
「そこまでしなくても、『ヤンチャな本』とやらを解放すれば倒せるんじゃねーか?」
「そうかもしれへんし、そうでないかもしれへん」
やってみなければ分からない。
それならばやらずにより確実に突破出来る方法を選ぶべきだ。
そして彼女が仲間達のフォローに徹するのには他にも理由がある。
「それにこれからの未来はあいつらが切り拓くべきや」
「俺から見たらお前もあいつらと同じだぞ」
「はん!考察しか能の無いアホに何を期待してるんだか。裏方は裏方らしく英雄を支えるのが仕事やねん!」
それが俯角が今回の戦いを通して決意した彼女のこれからの立ち位置だった。
これまでと変わらないという意味ではあるが、何故か台詞に熱を感じるのは不思議なものだと狩須磨は苦笑した。
「おい、アレがこっちに来るぞ」
「そこは避けるの手伝え!」
「何もしなくて良いんじゃなかったのか」
「うっさい。アホ!」
全身を焼かれながら狩須磨に悪態をつく俯角だが、その顔は苦痛に歪みながらも笑っていた。恐らくそれはその視線の先に『希望』が見えたからなのだろう。
「先輩熱いなぁ。これじゃあ私も頑張らなきゃダメじゃん」
「躑躅先輩!?」
背後での俯角の言葉を受けて動き出したのは、これまで徹底してサポートに回っていた躑躅だった。
「どうして前に!?」
「そりゃあ貴石君に良いとこ見せたいからだよ」
「でも……大丈夫なんですか?」
ダイヤは詳しい話は知らないが、彼女が実家のことでなんらかのしがらみがあることには気付いていた。ダイヤのハーレムに入るために彼女が出した条件も、そのしがらみを突破するためのものでもあった。
今回のダンジョンアタックに同行したのは、彼女がこの場にいることだけが重要であり、深く関わるのは禁じられているような感じがしていた。
しかし今、彼女はその禁を犯そうとしている。
最後の最後。
ここを我慢すれば目的を達せられるのに、どうして動いてしまったのか。
「だから、貴石君に良いとこ見せたいからなんだって」
「え?」
激しい攻撃に晒されているというのに、彼女の顔は場違いな程に照れて染まっていた。
「もちろん打算はたくさんあるよ」
ダイヤが条件を突破しそうなこと。
ダイヤが次世代のエースとして活躍することは間違いなく、鳳凰院家として取り込まないなどありえないこと。
世界の滅亡の危機なら流石に大きく動いても咎められにくいこと。
だがそれらよりも何よりも躑躅はダイヤのこれまでを見て感じて強く思ったのだ。
「でもそんなことよりも、私は君の隣に立ちたい。そのためにはここでお姫様なんてやってたらダメだと思うから」
だから戦う。
前に出る。
どんなペナルティがあろうとも、それを覆す可能性をここまでダイヤが見せてくれているのだから、人生に諦めている場合なんかじゃない。
「女王ではなく、君を最初に惚れさせた女として、格好良いところを少しは見せたくなったのよ!」
そう強く宣言し、躑躅は一本のレイピアを取り出し優雅に構えた。その間にも俯角が防ぎきれなかった何本ものレーザーが彼女の肌を焼き、激しい痛みが襲い掛かっているはずだが微動だにしない。
「では私もお供します。奥様」
「スピ!?」
躑躅に肩を並べて前に出たのはダイヤの中で休んでいたスピ。
これまで関わりが全く無かったにも関わらず、躑躅の行動に呼応したことがダイヤには驚きだった。
「あれあれ、どういう風の吹き回しなのかな?」
「旦那様の最初の女と最新の女がセットというのも面白いかと思いまして」
「ふ~ん、スピちゃんって面白いこと言うんだね」
「私と旦那様が仲良くなって妬けちゃって頑張ろうとしているのですから、フォローすべきと思っただけですよ」
「な!?」
その瞬間、いつも冷静で本心を見せない躑躅の顔がしゅぼっと真っ赤になった。
「(図星なの!? いつの間にそこまで先輩を堕とせてたの!?)」
ダイヤが困惑するのも当然だが、それはダイヤが見られる側であり、誰に見られているかを把握できていなかったから。
音とのダンジョン探索で彼女をあらゆる意味で救った。
合宿で落ちこぼれと言われていた精霊使いクラスを奮起させて優勝を勝ち取った。
洞窟内での事件は直接は見られなかったが、ダイヤが何をしたのか詳細は伝わった。
ダイヤが島に来たその時から躑躅はずっとダイヤのことが気になって追っていた。
ダイヤが活躍する姿は、まるで自分を助けるために王子様が必死に頑張っているかのように見えてしまい、とっくに心は堕ちていた。
本当はダイヤと今すぐにでも恋愛がしたいと思っていたのだ。
「あ、あはは。これは一本取られたかな」
「奥様は油断ならない方ですから、取れる時に取っておきたいものです」
「私はそんな面倒な人じゃないよ!?」
「面白いご冗談を」
「ちぇっ、いいもん。貴石君に頑張ってもらって、油断しまくりの人生にしてもらうもん」
「それは素敵な未来ですね」
本気でそう思っているのか、スピは優しく微笑むと両拳を握り格闘ポーズをとった。
「それじゃあその未来のために行こっか」
「かしこまりました」
そして二人揃って転がるダークネスドラゴンへと突撃したのであった。