179. VSダークネスドラゴン 中編 指輪の追加効果
「疲れた。後は頼む」
「お疲れ様です!」
狩須磨はそう言うと奈子よりも後ろに下がった。
これまで狩須磨はダイヤ達をフォローすべくフル回転で戦い続けていた。癒の奇跡で心も体も疲れが癒えたが、それでも心の奥底に癒しきれなかった疲れのようなナニカが残っている。ゆえに休憩モードに入り、後方から軽い補助をする程度の役割に徹すると決めたのだ。
そしてこれは、ここからはダイヤ達で頑張ってみろという先駆者からの期待でもある。
「よし、皆行く……え!?」
期待に応えようかとダイヤが気合を入れたら、ダークネスドラゴンに異変が起きた。
背中の二本の角。そのうちの片方から黒い雷光が発生し始めたのだ。
「退避!」
その雷光は徐々に範囲を広げ、ダークネスドラゴンを覆うほどのものになる。それが一斉に広範囲に広がったら危険だと判断したダイヤは退避を指示する。
「あれ、消えた?」
だが雷光はそれ以上範囲が広がらずに消えたのだった。
一体何が起きたのか。
それは雷光が消えた後のダークネスドラゴンの姿を見れば明らかだった。
「そうか、あの角は回復アイテム的なものなんだ」
狩須磨がつけた傷が完全に消えて無くなっていたのだ。
「それに見た目が色々と変化してるわ」
「角も一本消えた」
「ということは変化したあいつを倒して、もう一回復活したところを更に倒しなさいってことよね」
「だね」
角一本で全快し、もう一本角が残っているということはもう一度全快するということ。
そして全快する度に見た目や攻撃パターンが変化する。
複数形態があるボスの一種ということだ。
「それにしてもグロいわね」
「うん」
全身の鱗が剥がれ、体表全体が心臓かのように怪しく脈打っている。
肩口から長くて太い二本の触手が生えている。
更には体の両側面に大きな口が増えている。
格好良いドラゴンから気持ち悪いドラゴンへとクラスチェンジしてしまった。
『グルウォオオオオオオ!』
「来るよ!」
未知の相手と相対する時、やるべきことは守備に徹して相手の攻撃パターンを分析すること。だがそれでは分析が終わってしまった時点で疲弊してしまう危険性もあるから悩ましいところだ。
そこで大事なのがやはり予習である。
「触手は先端から暗黒レーザー!三つの口はブレス!迂闊に近づいたらダメ!」
大量の魔物についての知識があるがゆえ、類似の姿を持つ魔物の情報を記憶から引っ張り出して敵の性質を予想したのだ。
「それなら私の出番かな」
相手の体表から鱗が消えたと言っても暗黒属性によるガードはかけられているだろう。それならば第一形態の時と同様に望のブレイブソード投擲が有効なはず。
「はっ!」
慣れた手つきで素早くブレイブソードを生み出して投擲すると、触手が発射した暗黒レーザーがそれをあっさりと撃ち落とした。
「ダメか~」
「なんでも斬れるならあのレーザーも斬れそうなんだけどな」
「持ち手のところを狙われたからね」
持ち手の部分まで斬れてしまっては望が手に持つことが出来なくなってしまう。それゆえそこは斬れることが無く、狙えばブレイブソードを撃ち落とすことも可能なのだ。
「(第二形態は遠距離攻撃モードなのか、動かずにこっちを暗黒レーザーでちまちま狙ってくる。それに多分ブレスも来ると思う。それらを躱してどう攻撃する?)」
敵の攻撃を掻い潜って攻撃をしたいが、気になるのは体の側面に生まれた口だ。
アレが反撃ブレス用だと想定すると迂闊には近づけず、だとすると近接タイプはやれることが少なくなってしまう。
かといってこのメンバーは遠距離攻撃が弱く、有効なダメージを与えられそうな方法がすぐには思いつきそうにない。
「少し試してみるから、音と望君手伝って」
「分かったわ」
「了解」
ダイヤは手で背後の狩須磨に合図し、万極爪と音が持つ槍に無属性の属性付与をしてもらう。そして音と共にダークネスドラゴンに向かって突撃した。
「ほらほら、こっちこっち!」
「どこ狙ってるの!」
ダークネスドラゴンを煽りながら触手による二本のレーザーを誘導する。
そしてその隙に望がブレイブソードの投擲で攻撃するという作戦だ。
「今だ!」
触手が二人を狙っているタイミングで望はブレイブソードを思いっきり投げつけた。すると触手はレーザーでダイヤ達を攻撃し終えた後にブレイブソードを狙ってレーザーを放った。惜しくもギリギリで攻撃は届かなかったが収穫はある。
アイコンタクトしてダイヤと音は一旦また後ろに戻った。
「どうやらあの触手は近くの敵を優先して攻撃する仕組みらしいね」
「じゃあもう少し囮を増やせば」
「望君の攻撃が届くかもしれない」
それならば早速やってみよう。
ダイヤは密に追加の囮役をお願いしようとしたのだが。
「まずい!ブレスが来るよ!」
作戦会議をしていたらダークネスドラゴンがブレスの準備を始めてしまった。口の中に禍々しい暗黒のエネルギーが充填してゆく。
「あれをまともに喰らったらひとたまりもない!」
「でも弱体化してるなら前の時より威力が落ちてるってことは無いの!?」
「弱体化した後に進化したら分からない!」
それでも弱体化する前より強いブレスになることは無いとダイヤは思っているが、だとしても大ダメージは間違い無しだ。
慌てて奈子が防御用の奇跡を起こそうと動いた。
「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」
たとえ暗黒のブレスであろうが、奇跡の盾であれば完全に防げるだろう。
「…………ぐすん」
もちろん発動すれば、の話だが。
ここのところ良いところで奇跡が発動していたから、そろそろ失敗するだろうなと誰もが思っていたから本人以外にショックは無かった。
「ここはウチの出番かいな!アースウォール!」
強固な土の壁がダイヤ達とダークネスドラゴンを分断する。そしてそこに狩須磨が無属性の属性付与をかける。
『グルウォオオオオオオ!』
最初に全滅した時のブレスはまさに『息』のように風に乗ってばら撒かれた。
だが今回のブレスは凝縮に凝縮を重ねたごんぶとレーザーの形に変化していた。
「まずい!」
あまりの威力にアースウォールが破壊されそうだ。咄嗟に俯角が補強するが保ちそうにない。
多くの人はレーザーの射線上から離れたが、ダイヤだけは動かなかった。
「(どうせあのレーザーは左右に動いて追尾して来て避けられない。だったら一か八か、ここで食い止める!)」
轟音と共にアースウォールが破壊され、ダイヤの身体にその破片と一緒にレーザーが襲い掛かった。
「ダイヤ!」
誰かの悲痛な叫びが耳に入ったが、ダイヤは決して分の悪い賭けだとは思っていなかった。
右手に装着した指輪がそう言っている。
ダイヤは両腕を胸の前でクロスしてレーザーを真っ向から受け止める。
「ぐっ……ううっ……」
物凄い衝撃が襲ってくるが、身体を前傾姿勢にして必死に耐える。
体中が焼けるように熱く、同時に身体がバラバラになって暗黒に吸収されそうな感覚に眩暈がする。
だが耐えている。
耐えられる。
あっさりと死んでしまった最初のブレスとは違い、これならば我慢すれば良いだけだ。
「(指輪が……レーザーを弱めてくれている……?)」
ダメージを負いながらも、ダイヤは右手の指輪がレーザーに干渉していることを感覚的に理解出来た。やはり指輪はオーラによる強化を除去する以外の効果もありそうだ。
「…………ふぅ」
レーザーが通り過ぎ、ダイヤは軽く息を吐いた。
全身がヒリヒリと痛いが、立ったままでいられる程度のダメージ。
ポーチからポーションを取り出して服用すればあっという間に全快だ。
「無茶しないでよ!」
「ごめんごめん。でもおかげで突破口が掴めたよ」
ダイヤは躑躅と望にバフを依頼し、触手から散発的に飛んでくるミニレーザーを避けながら全員に作戦を説明した。
「正面突破、これしかない!」
側面には怪しい口があり、背後の尻尾も怪しく蠢いていて何かが変わっているかもしれない。
分からないところを狙うよりも分かるところを狙うべきだ。
「うし、行くぜ!」
最初に突撃したのは朋。
新たな謎の剣を手に全力で走り出した。
そしてそれに続くのは望、音、密、スピ。
朋と音と密とスピが囮になり、望のブレイブソードで接近して斬るという演技。
「(演技と言えどもチャンスがあれば本当に斬りますけどね!)」
囮の数が増えてしまえば二本の触手では対応できない。
だがダークネスドラゴンの攻撃手段はそれだけでは無い。
『グルウォ!』
「うお、あぶね」
突然の噛みつき攻撃を朋が必死に避ける。
『グルウォ!』
「読んでたわよ!」
前足の爪引き裂きを密は軽々と躱す。
『グルウォ!』
「あなたは旦那様に敗北するのです!」
溜めの無い軽いブレスをスピは拳圧だけで吹き飛ばす。
『グルウォオオオオオオ!』
「来るわよ!」
全身回転尻尾攻撃を予測して音の合図で全員が一斉に下がって回避する。
触手以外の攻撃も健在で、望は中々近づけない。
だがそれで良いのだ。
本命は別にある。
「(十、九、八、七、六、五、……)」
脳内でカウントしているのは『隠密』の効果で姿を消しているダイヤだ。
そのタイミングに合わせてある場所へと移動する。
「ダークフレイム!」
闇魔法ダークフレイム。
闇属性の魔力をぶつけて相手を攻撃する魔法を暗黒が放った。
「いつか俺も暗黒を使えるようになってやる」
暗黒という名前なのに使えるのはまだ闇属性の魔法だけ。
その悔しさを糧に、いつか絶対に暗黒魔法を使えるようになってやるのだと心に強く誓った。
放った魔法は破れかぶれの一撃ではない。
闇色のダークフレイムをダークネスドラゴンの視界を奪うようにぶつけず目の前に顕現させたのだ。
『グルゥ!?』
これには意表を突かれたのか、ダークネスドラゴンが一瞬動揺する。
その瞬間。
ダークネスドラゴンの手前の地面が大きく跳ね上がった。
その地面の上には姿を隠したダイヤが乗っている。
ダイヤは大きく飛び、ダークネスドラゴンの右肩の触手の根元を狙って三つ爪タイプの万極爪を思いっきり振るった。
「(うわ、手ごたえ軽~い)」
あまりにも抵抗なくさっくりと斬れたのは、おそらくは指輪が魔物に対する特攻効果を発揮しているため。
先ほどのレーザーを受け止めた時に、ダイヤは指輪の力を感じ取り、自分なら一撃でダークネスドラゴンに大ダメージを与えられるのではと思ったのだ。
音達の囮も、暗黒のダークフレイムも、ダイヤがダークネスドラゴンに攻撃するのをフォローするための手段だった。
『グルウォオオオオオオ!』
触手が片方になってしまったドラゴンは痛みに喘ぎ苦しむ。
だが戦いの最中にそんな隙を晒すだなんて愚かすぎる。
俯角の地魔法により地面から大地の柱が出現し、その柱から横に向かってまた柱が伸びた。
ダイヤの身体がそれに押され、今度はダークネスドラゴンの左肩の触手の根元まで移動した。
ダイヤは空中を移動することが出来ない。
それならば地魔法で強引に押して貰えば良いと考えたのだ。
「も~らい!」
真横に飛ばされた勢いのまま万極爪を振るうと、もう一本の触手もあっさりと斬り落とした。
こうなったらもうダイヤのやりたい放題だ。
「ほっ、ほっ、ほっ、と。流石俯角先輩。僕が見えて無いのにピンポイントだねっと!」
俯角が生み出す柱に押されて上下左右高速で移動を繰り返し、その度にダークネスドラゴンの体表を斬り刻んでゆく。首を、顎を、顔を、頭を、露出している部分が傷だらけになり、ダークネスドラゴンは痛みに苦しむことしか出来ない。
「あっ!」
だがダークネスドラゴンが痛みで不規則にのた打ち回ったことで、ダイヤは移動中にぶつかって弾き飛ばされてしまった。
「いった~い」
「ダイヤ!」
慌てて音が駆け寄りポーションをかけてくれた。
「僕の事より攻撃を……」
今がチャンスなのだから望のブレイブソードを使って出来る限りダメージを与えなければならない。そうダイヤが音に主張しようとしたのだが、唇に人差し指を当てられて遮られた。
「ううん、もう良いの。ほらあれ」
ダイヤがダークネスドラゴンを見たら、残された一本の角から暗黒の雷が発生していた。
第二形態クリアである。
ここまで割とヌルゲーっぽい感じですが、ラストはムリゲーです。