178. VSダークネスドラゴン 前編 先駆者からの教え
西洋竜。
海外ではでかいトカゲだなんて言われることもあるそいつは、日本人にとって強敵の象徴として扱われる。しかも単なる恐怖や畏怖の対象とするだけではなく、格好良さに惚れて憧れのような感覚を抱くことすらある。
それゆえ日本人の多く、特に大半の男子はダンジョンドラゴン図鑑を眺めたことがあるだろう。
ゆえにダンジョンについてかなり勉強をしたダイヤでなくとも、探索をしない一般人であったとしても、日本人であればドラゴンについてかなり詳しい。
『グルルゥルルゥ』
しかし今ダイヤ達の目の前にいるのは、あらゆる図鑑に載っていない新種のドラゴン。
体の色は黒より黒く暗黒とでも表現すべきか。
四本足に長い尻尾、背中に二本の大きな角が生えている以外に追加パーツの無いそいつは地竜タイプ。
ただでさえ強敵のドラゴンの中でも特に強い個体。
しかも新種となれば何をやってくるか分からない。
突然相対することになったのならば、の話だが。
「あれはダークネスドラゴンかも!だとすると属性は暗黒で、あらゆる属性が無効化される!」
ダイヤだけは過去の世界で魔物について予習復習する時間があった。特攻アイテムを使ってもまだ戦いを強いられる可能性を考え、未来にお願いして魔物図鑑を図書館から借りて来てもらい、相手がどのような魔物なのかを予測したのだ。
「(過去に一例だけ、Aランクダンジョンで全身が深い黒色のダークネスリザードマンとの遭遇例があった。あの黒さはダークネスシリーズの可能性がある)」
ダイヤが過去に転移する前に見たドラゴンの姿は赤黒かった。
だがそれは敵のオーラの色であり、魔物の素の色は違うのではと考えたのだ。そして記憶の中のドラゴンの姿を思い返してみると、赤よりも黒の割合が多く、しかも黒にも二種類含まれていたような気がした。
ゆえにダイヤは敵の素の色が黒だと想定し、図鑑の中の全ての黒い魔物をチェックした。ドラゴンがそのいずれかに似ていたら、特徴も似ている可能性があるからだ。
オーラをはぎ取られたドラゴンの姿は、同じくAランクのレア個体と雰囲気が一致していた。確実では無いが、重要なヒントにはなるだろう。
「よし、試してみる!」
ダイヤの予測を聞き、真っ先に動いたのは狩須磨。
素早く詠唱し、目の前に大量の魔法のニードルが出現する。
「全属性ニードル」
アースニードル、アイスニードル、ファイアニードルなど、様々な属性のニードルを超高速で詠唱して同時に放ったかのように見せる魔法だ。素早さを重視しているため威力は弱いが、今回はダメージを与える意図ではないためこれで十分。
「いけ!」
全てのニードルが不規則な軌道を描いてダークネスドラゴンへと向かう。軌道を複雑化したのはダークネスドラゴンになるべく撃ち落とされないようにするため。
『グルルゥルルゥ』
ダークネスドラゴンは変わらずダイヤを怒りの表情で睨むばかりで、狩須磨の攻撃など完全に無視していた。その程度の攻撃でダメージを負うことが無いと分かっているのだろう。
その結果、全てのニードルはダークネスドラゴンの体表にぶつかり、そのほとんどがまるで水面に潜ったかのような感じで消滅した。
「確かにあれは貴石の言う通り特殊属性だ。無属性しか効果がねぇ」
唯一無属性の魔力だけで構成したニードルだけが、体表にぶつかって壊れるようにして消滅したのだ。それ以外は暗黒に吸収されて消えてしまった。
あらゆる属性を吸収して消滅させる特殊属性、暗黒。
その対応方法が無属性であるだろうと予想して、バラエティニードルにそれを含めて確認した。この予想が出来たということは、狩須磨には特殊属性の魔物と戦った経験があったのかもしれない。
「後は気になるのは背中の角だが……そもそもなんでこいつ攻撃してこないんだ?」
それだけダイヤが持つ指輪を警戒しているということなのだろうか。
「(他にこの指輪に使い方があるのかな?)」
敵のオーラを除去し、強化を解除する。
それが指輪の力なのかとダイヤは思っていたが、ダークネスドラゴンの反応から考えるに他にも何かあるのかもしれない。
「(でもこのドラゴン相手に試す余裕なんて無い。それに僕以外を放置だなんて、よくそんな甘いことが出来るね)」
ここにいるのは大半が新人だ。
だがそれでも協力して超強敵を撃破して来た実績がある。
指輪を使う前のダークネスドラゴンならまだしも、強化を解除して素の姿を晒してしまった今ならば戦いになるはずだ。
「せっかく私の出番かと思ったのにな」
そう苦笑しながら前に出たのは今代の勇者、聖天冠望。
相手が暗黒なら得意の光で役に立てると思いきや、光も他の属性と同じで無効化されてしまうと言われればそう反応するのも当然だろう。
だが望には光魔法以外に得意な最強のスキルが備わっている。
「ブレイブソード」
あらゆるものを確実に絶つその剣には属性など無く、あらゆる属性の物を斬り刻む。
それは属性という概念で縛られている暗黒属性であっても同様だ。
「さっきまでの私ならこれを届かせることは至難の業だったでしょう」
どれだけ強い武器を持っていようとも、当てられなければ意味が無い。
巨大なドラゴン相手に剣を持って突撃しようとも、ブレス、前足の攻撃、噛みつき、回転尻尾攻撃など様々な攻撃を躱すのは簡単なことではない。しかも相手が上位のドラゴンともなれば、それぞれの動きは体の大きさに見合わず俊敏に違いない。
望の身体能力とスキルでは簡単に潰されてしまうだろう。
「当たればそれだけで斬れるってのは便利ですよね」
望は槍投げのような形で剣を構え、それをダークネスドラゴンに向けて投擲した。
「しかも程良く軽いし空気抵抗も無いから投げると結構飛ぶと思ったんですよ」
もちろん相手が人間大の相手であれば簡単に躱せるだろう。
だが相手は巨大なドラゴン。
強固な鱗で攻撃を受け止めて圧倒的な攻撃力で蹂躙するタイプであるがゆえ、飛んできたソレを受け止めざるを得ない。
『グルウォオオオオオオ!』
ブレイブソードはダークネスドラゴンの右肩口に突き刺さり、苦悶の叫び声をあげた。
「レベルが上がったからいけると思いましたが、やはりこの距離だと大した威力にはならないですね」
このダンジョンで超強敵と戦い続けたことでブレイブソードのスキルレベルが上昇した。その効果で手放してもしばらくの間は消えなくなった。それゆえ投擲攻撃が可能となったが、まだ継続時間が短いためダークネスドラゴンを貫くとまではいかなかった。
「でも届くことが分かればそれで十分です」
最強の遠距離攻撃で穴だらけにしてやろう。そう思い再度ブレイブソードを生成させた。
「望君!来るよ!」
だがダークネスドラゴンがそれを簡単に許す訳が無い。
『グルウォオオオオオオ!』
自分を害する明確な敵として望を認識し、襲い掛かって来た。
「正面から離れろ!」
ドラゴンは巨体をゆっくりと揺らしながら前進するイメージがあるかもしれないが、正面への移動はかなり素早い。
『グルルゥ!グルルゥ!グルルゥ!グルルゥ!』
しかもその大きな口で喰い殺そうとしながら突撃してくるのだから、襲われる方は怖くてたまらない。
「しつこいですね。よっぽど痛かったのでしょうか」
ダークネスドラゴンは望に狙いを定めたようで、望が正面に入らないように横に避けても、突撃しながら望がいる方向に向きを変えようとしてくる。その結果、望は避けるのに必死でブレイブソードを投擲する暇が無い。
「私ばかりに構っていて良いのですか?」
ダークネスドラゴンは暗黒属性というレアな属性の持ち主であり、狩須磨の攻撃の大半が吸収されてしまったように体表は属性防御で守られている。ゆえに普通の攻撃は意味を為さず攻撃手段が限られているためか、ダークネスドラゴンは脅威となり得る相手を選別しているようだ。
ダンジョンで戦う上で無知は罪。
目の前の存在がどのような戦い方をするのか分からないのに無視するなど愚の骨頂。己の力を過信しすぎたお馬鹿さん。
「反面教師としちゃあ最高の教材だ。他の生徒達にも見せてやりたいぜ」
無闇に敵の群れに突っ込み、あろうことか狩須磨に背を向けている。
亡霊騎士などと比べるとあまりにも知性が稚拙なのは、生まれたばかりだからか、それともやはり己が圧倒的強者であるとの驕りによるものか。
そんなダークネスドラゴンにおしおきするかのように狩須磨が指導の一撃、いや、百万撃を喰らわせる。
「丁度良い機会だ、貴石ダイヤ!」
「何ですか!?」
魔法の準備をしながら狩須磨はダイヤに話しかける。
それは先生として、そして先輩としてのアドバイス。
「強くなり、これからはお前が世界を引っ張れ!」
「え!?」
「そのために大事なことを三つ教える!」
停滞していたダンジョン探索に新たな光を齎し、地球という大きな存在に愛され、世界の危機を食い止めようとしている。
これからの歴史は間違いなくダイヤを中心として進むだろう。
実力という面ではまだまだ物足りないが、状況がゆっくりとした成長を待たせてはくれない。それならば、己の経験を伝えられるチャンスがあるうちに伝えて成長を促すべきだ。
「うおおおおおおお!インフィニティニードルうううううううう!」
それは無数の無属性ニードルを重ね合わせた魔法。
スキルレベルが低い狩須磨は威力の低い魔法しか使えない。それを補うために同時発動からの重ね合わせという術を身につけた。
たとえ一撃のダメージが一であろうとも、百万回重ねればダメージは百万だ。
「喰らえ!」
重ねに重ねたニードルがダークネスドラゴンに向けて射出され、無防備に晒している背中に直撃する。すると物凄い爆発音と共にドラゴンが身を捩り苦しみ出す。
『グルウォオオオオオオ!』
「はん、まだまだ行くぜ!」
再度素早く無属性ニードルを生み出すが、ダークネスドラゴンの反応は素早く身を反転させた。尻尾で望を牽制して背後から攻撃されないように気を付けている。
「今更遅えよ!」
今度は三つのニードルを生み出し射出する。するとダークネスドラゴンはそれを防ごうと鋭い爪を持つ前足で斬り裂こうとする。
「だから甘えんだって!」
ニードルは前足を避けるように三方向へと別れて飛び、各々別々の場所へと着弾する。
『グルウォオオオオオオ!』
「次次次次次!」
狩須磨の連続攻撃はまだまだ止まらず、今度は五つのニードルを射出する。
『グルゥ!』
すると今度はそれら全てを焼き尽くそうとダークネスドラゴンがブレスの準備を始める。
だがニードルは突然フッと消えてしまい、ドラゴンは攻撃対象が消えて困惑する。
「攻撃で大事なのは制御と速度だ!」
どれだけ威力が高くても当たらなければ意味が無い。
ゆえに制御と速度を高めろ。
それが一つ目の教え。
「ぶち上がれ!」
ドラゴンが困惑している隙に狩須磨は地面に手を触れ、広い範囲で無属性の魔力を纏わせた。
そして地属性の魔法を使い、ドラゴンの腹の部分を一気に隆起させる。
魔法そのものは地属性だが、隆起させた表面部分を無属性でコーティングしてあるため吸収されることが無いのだ。
『グルゥ!?』
これまた大量の攻撃がドラゴンの腹に直撃し、巨体がぐらつきブレスどころではない。
「先入観は敵だ!あらゆる可能性を考えろ!」
ドラゴンは地面に接している腹が弱点だ。
一方で上位のドラゴンは逆に腹が最も硬い。
それが定説だった。
だが目の前の新種のドラゴンがそれらと同じかどうかなど分からない。
実際、狩須磨の攻撃をダークネスドラゴンは嫌がっている。
敵の見た目で特徴を想像するのは正しいが、それが絶対に正しいと思い込んではいけない。
それが二つ目の教え。
ダイヤはもちろん言われなくても分かっている。
だがそれはあくまでも知識だけの話で、狩須磨が実際の行動を元に教えてくれることで更に身になり血になり肉となる。
一年生達にとって、最高の授業になっている。
『グルウォオオオオオオ!』
ドラゴンは怒り狂い大きく暴れ出し、身体を回転させながら狩須磨の方へと向かって来た。
「回転攻撃の弱点は足元を崩すか、上から攻めるかのどちらかだ!」
今回は上を選び、狩須磨は見えない段差を登りダークネスドラゴンの頭上へと移動する。
「エンチャント、無属性!」
そして剣を取り出し、無属性の魔力を纏わせ、脳天に攻撃してやろうと考えた。
「得意とする攻撃パターンをいくつも作れ!」
それが三つ目の教え。
狩須磨の場合は亡霊騎士相手にもやったように上空からの物理攻撃が得意パターン。
身体の動きをパターン化しておくことで他の行動よりもスムーズかつ正確に発動可能であり、慣れれば慣れる程に技量や威力が上昇する。
『グルウォオオオオオオ!』
だがダークネスドラゴンは待ってましたとばかりに回転攻撃をピタリと止め、宙にいる狩須磨を喰おうと飛び掛かった。上から攻めさせるように罠を張っていたのだった。
「沢山戦ってアドリブを鍛えろ!」
攻撃モーションに入っていた狩須磨は、予期せぬダークネスドラゴンの飛び掛かり攻撃に対し、咄嗟に魔力衝撃波を生み出し自分にぶち当てて強引に位置をずらして回避した。
しかもそのズレた位置はダークネスドラゴンの顎付近であり、狩須磨はそのまま落下しながら剣を振り下ろし、ドラゴンの顎から腹にかけてを思いっきり斬り裂いた。
『グルウォオオオオオオ!』
大ダメージを負ったドラゴンは痛みのあまり体を地面に伏せてしまう。
その真下にいた狩須磨は魔法で地面を掘り潰される間に脱出した。
戦闘の心構えを教えながらたった一人でダークネスドラゴンを撃破しようとする狩須磨。
その姿はAランクの実力を仲間達に見せつけ、お前達はコレを越えなきゃならないのだと叱咤激励しているようにも見えた。
そんな先生が地面からぴょこんと頭を出して逃げて来たので、ダイヤはどうしても言いたかったことを伝える。
「先生!全部で四つありました!」
「うるせえ!細かいことは良いんだよ!」
なんとも締まらないなと思いながら、次は自分の番だと笑顔で気合を入れたダイヤであった。