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ダンジョン・ハイスクール・アイランド  作者: マノイ
第四章メインクエスト 『時を越えて』
176/199

176. こうなったらどれだけ過去を改変しても逃げられない気がする……

「う゛あ゛あ゛あ゛!」

「きゃあ!」

「(マズい!)」


 辛うじてダンジョンから脱出したダイヤだが、戦いはまだ終わっていなかった。


 身体に染み込んだ敵のオーラを排除しなければならないのだ。


 消耗した精神を奮い立たせて必死に追い出そうとするが、身体の制御権を手に入れることまでしか出来ず、気を抜くと直ぐに身体をまた奪われて近くにいる未来を襲おうとしてしまう。


「ぐっ……ううっ……で、出ていけ……!」


 どれだけ念を籠めても、精神を集中させても、オーラが身体から離れてくれない。

 まるで細胞レベルで融合してしまったのではと思えるくらい、強固にダイヤの身体に結びついている。


「(ダ、ダメだ……ここで諦めたら……!)」


 肝心のアイテムを持ち帰れたのに、身体を敵に奪われたら意味が無い。

 敵はアイテムをポーチから取り出して破壊し、未来を害し、そのまま暴れはじめるだろう。


「(ぬおおおお!出てけええええ!)」


 必死に、必死に、ひたすら必死に想う。


 だがどうしても追い出せない。


 分割した思考が弱まり、逆にオーラが正常な精神を犯そうとしてくる。


「(どう……すれば……)」


 精神力でのゴリ押しでは届かない。

 では他に何か突破口は無いのか。


 何かが思い浮かびそうな気がするが、疲れ果てた思考が回ってくれない。


「(ま……ず……い……)」


 オーラは心を支配することを優先したのか、ダイヤが身体の制御権を抑えているのを放置して分割した思考全てを染めようと襲って来た。


 ダンジョンの外に出たことでオーラを自由に補充できなくなり、本能的に危機感を覚えたオーラが本格的に宿主を攻撃し始めたのだ。


 身体の制御権を放棄して精神の戦いに全振りすべきだろうか。

 だがそうしたら身体は未来を襲ってしまうかもしれない。


 しかし敵の攻撃は力強く、そうでもしないと一気に心が塗り潰されてしまいそうだ。


 選択の余地は無い。

 せめて未来に離れた所に移動してもらおう。


 ダイヤが最後の精神力を振り絞って、その言葉を口にしようとしたその時。


「あるじさま!あいてむをつかってください!」


 未来を意識したことで、彼女の声が耳に入って来た。

 実はこれまで未来はずっと何かをダイヤに向かって話していたのだが、聞こえていなかったのだ。


「(アイ……テム……?)」


 それが何を意味するのか。

 精神が消耗しているダイヤは一瞬分からなかったが、どうにかそれを思い出せる程の思考力はまだ残っていた。


「(そ、そうだ!)」


 苦労して入手したアイテム。

 それは敵から隠さなければならない物だと思い込んでいたため、ポーチから取り出すなど考えもしなかった。


 だがダンジョンから外に出た今なら、敵から離れた今なら取り出しても良いはずだ。

 そしてそれが敵への特攻アイテムであるならば、己の身体に巣食う敵を倒せるかもしれない。


「う゛う゛…………お゛お゛お゛お゛!」


 身体の制御権を敵が後回しにしたのは失敗だった。


 ダイヤはポーチを開けると手を思いっきり突っ込み、目的のブツを取り出した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 それはダイヤによる解放の喜びの声か、あるいは敵の断末魔の叫びなのか。


 そのアイテムを強く握ると、ダイヤの身体が燃えるように熱くなり精神がスッと楽になった。


 身体と精神を蝕んでいた強烈なオーラから解放され、浄化されたような気分だ。


「す、凄い。なんて効き目だ!」


 一瞬と呼んでも良いくらいの短時間でダイヤの身体は元通りになった。

 つい先ほどまであれほど苦しんでいたのが嘘みたいだ。


 身体はダメージを負っていて痛いが、それが気にならないくらいに清々しい気分である。


 ダイヤは手に握ったそのアイテムを確認した。


「指輪だったんだ」


 それは機械的かつ流線的な模様が描かれた小さな指輪。

 ほんのりと淡く光るその指輪こそが、ダイヤの命を救い、世界の敵を打ち倒すための切り札となり得るもの。


 そして何よりも元の時間軸で待つ仲間達を救うためのキーアイテム。


「あるじさま」

「ありがとう未来。おかげで助かったよ」


 最後の最後まで未来に頼りっぱなしになってしまった。

 感謝しかない。


「…………」


 ダイヤが正気に戻ったことで未来が駆け寄ってくるかと思ったがそんなことは無かった。

 何故ならばダイヤがダンジョンに入る前に別れは済んでいるから。


 ゆえに彼女はやるべことを為すために、ある場所を指さした。


「あれは!」


 そこはダイヤが過去に来た場所。

 その場所がうっすらと青く光っている。


 つまりはそこに行けば、ダイヤは帰れるのだろう。


「…………」


 ダイヤはチラっと未来を見たが、彼女が別れを我慢して耐えていたので、その想いを無駄にしないように躊躇せずに歩き出した。


 そしてその場所に足を踏み入れる直前に振り返る。


「色々とありがとう」

「はい」

「それじゃあまた。十年後に」

「はい」


 たったそれだけのシンプルな別れの言葉。

 涙も無く、笑顔も無い。


 だがそれで良いのだ。


 ダイヤはまだやるべきことが残っている。

 未来は別れを覚悟し、再会を待つと心に決めている。


 二人が共に先を見ているのだから、今に執着する必要は無い。


 ダイヤは前を向き、軽く息を吐くとそこに足を踏み入れた。

 するとすぐにダイヤの身体はその場から消え去った。


「…………ぐすん」


 残された未来は涙目になりながらも、最後までそれを零すことなく家に帰った。


--------


「え?あれ?」


 すぐに元の時間軸にパッと帰れるのかと思いきや、ダイヤの思考はまるで夢の中にいるかのようにふわふわと浮いていた。身体の感覚は薄っすらとあり、目も開いているような気がするが周囲の景色が全く知覚出来ない。


 意識が覚醒しているのに、同時に眠っているかのような不思議な感覚。


「僕どうしちゃったんだろう?」


 言葉を話せるし、身体は痛く、先ほどまでの疲れも残っている。

 ここは間違いなく現実だ。

 だが周囲を知覚出来ず、しかもそのことを全く不安に感じないというのは非現実的だった。


「一体何が……!?」


 穏やかな気持ちのまま軽く困惑していたら、急にダイヤの視界に何かが飛び込んで来た。


 それは左右に並ぶ巨大な二つの画面。


 横並びで二本の映画を同時に見ているかのような感覚だった。


「あれは……未来?」


 画面に映っていたのは、先ほどまで一緒だった未来の姿。


 左右どちらの画面にも映っていて、どちらも神社の賽銭箱の向こうで正座している。何かを待っているかの様子でソワソワしているが、良く見ると体の動きが微妙に違っている。


 だがそんな違いなど些細なことだった。

 次の瞬間、とてつもなく大きな違いが生み出されたのだから。


「!?」


 右側の画面。

 そちらにダイヤが出現したのだ。


 だが左側の画面にはダイヤが出現しない。

 それなのに左右の両方とも、彼女はダイヤに向けて挨拶をしている。


「もしかして、左が一周目で、右が二周目?」


 左は予知を頼りにダイヤを出迎えるフリをする未来で、右は実際にダイヤがやってきたので出迎えた未来。


 どうやらダイヤの予想は正しく、左の画面ではダイヤが出現しないまま、一人で演技をしているかのように場面が進んで行く。


「そっか。一周目はあんな感じだったんだ。苦労させちゃったな」


 本人が来ないのに演技だけさせられるなどつまらないだろう。だが左の未来は文句も言わず、なすべきことをやっていた。


 驚くべきなのは、左右の未来がほぼ同じ行動を取っていることだ。


 ダイヤが実在するしないの大きな差があるにも関わらず、ここまで動きがシンクロするのかとダイヤは信じられない気持ちで一杯だった。


 謎の映画は早送りでダイヤの登場から退場までを描いた。

 途中、ダイヤが未来の家族について相談に乗るところも、左の未来は予知の中でダイヤに言葉をかけられたのか一人なのに嬉しそうにしているところが印象的だった。


「あれ?最初に戻った?」


 気付いたら映像が最初に戻っていた。

 そして猛スピードでまた再生を始める。


「わぁお、二つが重なり出した」


 二つの映像は再生を続けながら、徐々にお互いの映像の方へと移動し、やがて重なった。

 そしてそれらは徐々に混じり合い、一つの映像へと集約される。


「もしかして、二つの歴史が統合されてるの?」


 ダイヤが存在しない過去と存在した過去。


 未来が予知の通りに演じてくれたおかげでパラドックスを回避出来たかもしれないと思っていたが、そんなに甘くは無かった。細かい矛盾も排除するように、二つの過去が統合されて上手い具合に『今』に繋がるような調整が行われている。


 統合した過去ではダイヤが実在していた。

 そっちの過去が優先されたのか、あるいはそうでありながらもダイヤが居なかった時の切なさも同居しているのか。


「後で未来に聞いてみよう」


 また一つ帰る楽しみが出来たと口元を綻ばせるダイヤだが、その口元は直ぐに驚愕に開かれることになる。


「え!?」


 画面が消えたと思ったら、またしても二つの画面が出現したのだ。

 しかも今回の画面はダンジョン内での様子だった。


 ここに来てダイヤはようやく気付いた。

 自分がどれだけ大きなミスをやらかそうとしていたのかを。


「しまった!ダンジョンの中であんなに魔物に察知されたらパラドックスが起きちゃうじゃん!」


 当初の予定では『アイテムが消滅した』という事実を変えずにダイヤがこっそり持ち帰ったという流れにする予定だった。それならば消滅したことそのものに変化が無いためパラドックスは起きにくいだろうと思ったのだ。


 だがダイヤは多くの魔物に見られながら潜入する方法を選んでしまった。しかも最後の最後で多くの魔物に注目されてしまったことで、歴史が大きく変わってしまったかもしれない。本来の過去では鋭い嘴を持つ魔物がダイヤを意識することも、最強スライムが労ってくれることも、そして獣王に遭遇することも無かったのだ。その違いはあまりにも大きすぎる。


「どうなっちゃうの?」


 当初の歴史では、獣王の傍に居た天使の魔物が指輪を守護する結界を破壊した。そしてそのまま指輪を……


「良く見えない」


 映像の角度が悪く、魔物が密集していて何がどうなっているのか見えない。天使が何かをすると魔物達は雄叫びをあげて解散し、その後に指輪の姿が無くなっていることから考えるに破壊したのだろうか。


 どちらにしろ指輪が消滅し、集まっていた魔物達が散らばったことに違いは無い。

 それだけならダイヤが盗んだ今回と似てはいるのだが、全ての魔物が指輪の消滅を確信しているかどうかという違いはやはり大きい。今回の方の配信を見ると、やはりダイヤの行動を訝し気に観察する魔物が多く、それらが本来の歴史とは違う行動を起こす可能性はあるだろう。


「統合が始まった」


 二つの異なる歴史が一つになろうとしている。


「え!?」


 まるで統合を拒絶するかのように重なった映像に突然激しいノイズが走った。だが二つの歴史が存在するということを世界は許してくれないのか、強引にでも統合させようと画面が激しく揺れ出す。


「あわわわ」


 まさか過去もろとも世界が消滅してしまうなんてことは無いだろうかと不安になるダイヤ。


 しばらく待っていると揺れやノイズが徐々に治まって来たことでほっとする。


 油断した時が最も危険。


 ダイヤの安堵した心は統合した配信画面に獣王が映ったことで崩壊する。




「こっち見てる!怖ああああああああい!」




 なんと獣王は謎空間にいるダイヤに視線を向け、ニヤリと笑ったのだ。


「も、もしかして、過去の統合まで知覚しちゃってるの? なんて無茶苦茶な……」


 まさに規格外という言葉が相応しい。


 歴史の修正力すら跳ね返せる程の相手に目をつけられてしまった。


 ダンジョン完全攻略を夢見るダイヤだが、獣王とだけは戦いたくないと心から思った。

 そんなダイヤの後ろ向きな気持ちすらも見透かしたのか、獣王はキッときつくダイヤを睨む。


『逃げんなよ』

「ひえっ」


 そう釘を刺されているかのようで、ダイヤは画面を見ているだけなのに生きた心地がしなかった。


 そうこうしているうちに統合は終わり、二周目がベースの歴史が確定した。


「き、気持ちを切り替えよう」


 歴史が確定したのなら、そろそろこの謎空間も終わり、ダイヤはいるべき場所へと戻ることになる。ここまでどうにか成功させたのに、獣王の恐怖に怯えたままのせいで失敗しちゃった、なんてことになったら目も当てられない。


 ダイヤは目を閉じて精神を集中させ、疲れた心と身体の回復に努めた。


『逃げんなよ』

「ひえっ」


 しかしどうしても獣王のことが忘れられず、中々恐怖が消えてくれないのであった。

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― 新着の感想 ―
世界線の分岐をさせないために、色々なことが起きますか。 過去の史実が本当はどうだったのか、など、もう問う意味もない事。 唯一確かなのは… 獣王様が千秋の思いで待っていることw 逃げられませんわなあ。
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