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ダンジョン・ハイスクール・アイランド  作者: マノイ
第四章メインクエスト 『時を越えて』
175/199

175. 逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!そして帰るんだ!

「う゛お゛お゛お゛お゛!」


 静かなダンジョン内にこだましたその叫び声をあげたのはダイヤだった。


「(右手を突き上げろ!勝利の雄叫びだ!)」


 目的のアイテムをポーチの中に格納した後も、ダイヤは己の身体の制御権を取り戻そうと必死に体内のオーラと精神的格闘をしていた。


 何故ならば、体内のオーラはアイテムが消滅せずダイヤが隠しただけということを知っているから。放置したらポーチの中から取り出して破壊しようと試みてしまうだろう。それを防ぐために制御権の確保は必須だった。


 どうにか大半の制御を獲得したダイヤは、まずは勝利の雄叫びによりアイテムを排除し終えたことを周囲の魔物達にアピールした。それがどれだけ効果があるかは分からないが、何が起きたか分からないあやふやな状況よりも、明確にこれで終わりだと伝えた方が信じて貰える可能性が高いかもと考えたのだ。


「(振り返れ!)」


 ここからは逃亡の時間だ。

 どうにかして魔物の群れの中から脱出し、入って来た扉から外の世界に戻る。


 振り返ったダイヤが見たものは、魔物達の視線がばらける様子だった。


「(まだ僕を見ている魔物がいる。でも半分くらいは警戒を緩めて好き勝手に動き出してる。お願い!このまま見逃して!)」


 そう強く願いたいところだが、それがダイヤの身体に反映されて妙な動きをしてしまったら怪しまれてしまう。必死にメンタルを制御し、冷静に身体に次の命令を出す。


「(来た時と同じように、適度に呻きながらゆっくりと歩くんだ)」


 人為的な不自然さを感じさせない程度に、焦らず、ゆっくりと歩き出す。

 まだ魔物側からのアプローチは無い。


「(何かあるとすれば、すれ違う時!)」


 ポーチが気になる魔物に強奪されてしまうだろうか。

 あるいはダイヤを不審に思った魔物が突然攻撃してくるだろうか。


 どちらにしろ、何らかのアクションをされた時点でダイヤは詰む。

 何も起こらないことに賭けるしかない。


「(落ち着け!焦るな!普通に歩くんだ!焦りだけは絶対に禁物だ!)」


 そう己の心に言い聞かせる。


 この場から逃げるようなそぶりをほんの僅かでさえも見せてしまったのならば、魔物達は容赦なくダイヤを敵認定して攻撃してくるに違いない。


 超強敵に囲まれたこの場から、一刻も早く離れたい。

 常に死の危険が付きまとっていて気が狂いそうだ。


 だがそれでも焦ってはならない。

 焦りこそが死につながる。


「(逃げろ!落ち着け!逃げろ!落ち着け!逃げろ!落ち着け!逃げろ!落ち着け!)」


 もしも身体の制御が万全だったら、あまりの恐怖にパニックになり吐いていたかもしれない。

 あるいは体の制御を確保し続ける精神的な戦いが大変だからこそ、他のことを考える余裕があまり無くてどうにか耐えられているのかもしれない。


 魔物達の囲いに隙間は出来ている。

 来た道も運よく空いている。


「(お願いします!その嘴でつつかないでください!)」


 最初に接近した魔物は、ダイヤが結界の中に侵入しようとした時に隣に居た、キツツキのような鋭い嘴を持った魔物。それがダイヤをじっと見ていた。


 たった一撃。


 その嘴をダイヤにつつくだけで、ダイヤの身体に穴が開いて死亡する。


 一歩。

 また一歩。


 その魔物の横を通って抜けようとする。


「(見てる!見てるよ!でもまだ何もされてない!そのまま見逃して!)」


 ダイヤの動きを目で追うように、魔物は顔を動かしてダイヤを凝視する。

 何を考えているのか分からないその瞳は、ダイヤの存在を怪しみ探ろうとしているように見える。


 もちろんそれは単なる魔物の本能的な動きであって、何も考えていないのかもしれない。

 だがダイヤにはそんなことは分からず、ネガティブな妄想ばかり考えてしまう。


「(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)」


 その魔物をやりすごせても、その先に大量の強敵が待ち構えている。

 あまりの緊張で心の中なのに息切れしているような感覚すら覚えてしまった。


「(大丈夫、大丈夫。まだ何もされてない。これならいける!)」


 相変わらずダイヤを見つめる魔物は多い。

 だが手を出してくることはなく、解散するようにばらける魔物も増えてきたように感じる。


「(後ろどうなってるのかな。振り返って確認したいけど、怪しく思われるかな)」


 通り抜けた魔物達は、何もせず見逃してくれるだろうか。

 まさか後ろからついて来ているとか、離れてもずっと見られているなんてことは無いだろうか。


 見えないからこそ恐ろしく、前方の魔物と後方の魔物の両方に意識を割いてしまい、より精神的な疲労が蓄積する。


「う゛お゛お゛お゛お゛!」

「ギャオオオオオオオン!」

「(何!?)」


 突如、背後から二種類の魔物の叫び声が聞こえた。

 驚いたが、身体の制御はどうにか手放さなかった。


「(この叫びは、ゴリラと三つ首ドラゴン?)」


 来る時に怪獣大戦争をしていた魔物の声に非常に似ていた。

 もしもそれらに敵認定されたとなると、これまたもちろんダイヤは一瞬で殺されてしまうだろう。


「(ヤバイ!ヤバイ!うわああああああああ!)」


 背中から強烈な衝撃を受け、前方に思いっきり吹き飛ばされた。


 率直に、死んだと思った。


 走馬灯が流れる余裕すらなく全てが終わったと思った。


「(…………あ、あれ?生きてる?)」


 だがダイヤは単に吹き飛ばされただけで、身体が欠損していることも血だらけになっていることもない。


 この現象にダイヤは思い当たることがあった。


「(衝撃波だ!)」


 来るときも、ダイヤは怪獣大戦争が生み出した衝撃波によって後方に飛ばされた。それと同じ殺傷力の低い攻撃を受けたのだった。


「(背後で戦ってる音がする。でも僕には攻撃が飛んで来てない。つまりまた怪獣大戦争に巻き込まれただけなんだ)」


 まだ何も終わっていなかったことにダイヤは心の中で安堵する。

 だがそんな心の隙をオーラが見逃してくれるはずが無い。


「(うわ!ポーチを開けようとしてる!止めろ!普通に立て!)」


 身体の制御が弱まったところで、ポーチからアイテムを取り出そうと倒れたまま右手がごそごそと動き出していたのだ。どうにか制御を強めて防いだが、少しでも気を抜いたら終わりだということを再認識させられた。


「(安心するのはここを出てからだ。もう一瞬たりとも気を抜かないぞ)」


 気合いを入れ直し、立ち上がった身体に前へ進めと命じた。


「(各地でまた争いが起きてる。解散しようとした魔物達がぶつかってケンカになってるのかな)」


 幸いにもダイヤの進行方向ではそういう諍いが無さそうなので、問題無く歩けそうだ。


 そう思ったのだが。


「(げ)」


 ダイヤの目の前にスライムがいた。

 愛くるしい見た目でぽよぽよと地面を跳ねるソレは、来る時に最強格だと感じた魔物である。


「(こいつは避けて通っても許されるはず)」


 強さが別格な相手を本能的に避けることは他の魔物もやっていた。ゆえにダイヤも迂回しようと思ったのだが。


「(ついて来る!?)」


 ダイヤの進行方向を塞ぐようにスライムが移動するでは無いか。これでは前に進めない。


「(ま、まさか僕のことを怪しんで!)」


 順調だと思っていたのは思い込みだったのだろうか。

 よりにもよって、最も関わりたくない相手の一つに目をつけられてしまうとは。


「(最強格にはやっぱりあんな茶番は通じないのかな)」


 だとしてもどうにかしてここを突破しなければならない。


 自然にこの状況を切り抜ける方法は無いだろうか。

 ダイヤは己の身体を制御しながら必死に考える。


 だが答えは出ず、精神的な疲労が蓄積するだけ。

 このまま心が疲労困憊で壊れてしまえば、身体が完全に乗っ取られて全てが終わってしまう。


 再度焦りを覚えたダイヤだが、状況が突然変化した。


「(!?)」


 なんとスライムがダイヤに飛び掛かって来たのだ。


 率直に、死んだと思った(二回目)。


 攻撃され、殺されるのかと思ったからだ。


「(あ、あれ?無事?)」


 だがまたしてもダイヤは生き延びた。


 スライムはダイヤの頭に乗り、ぽよぽよと何回も飛び跳ねた。

 そしてすぐに何処かに去ったのだった。


「(な……何だったの?)」


 それがまさかアイテムを取り除いた(・・・・・)ことに対する労いの行為だったなど、ダイヤは最後まで気付かなかった。


「(とりあえず進もう)」


 釈然としないが無事だったのならばそれで良い。

 ダイヤは再度、己の身体を前に進ませる。


「(このままならいけるかな?)」


 気付けば周囲の魔物は少なくなり、閑散として来た。

 もしかしたら背後に着いて来ている魔物がいるかもしれないが、今更攻撃してくるくらいならとっくにしているはず。このまま隙を見せなければ無事に扉まで辿り着けるかもしれない。




 ダイヤには分かっていた。

 それが現実逃避であることを。




 このまま順調などありえない。

 帰還するための最大の障害が残っている。


「(うわぁ、よりにもよって最後で待ってるとか、性格悪すぎ!)」


 ソレは扉の前に立っていた。

 まるでダイヤがそこから外へ戻るのを知っていたかのようだ。


 いや、実際に知っているからそこに居るのだろう。


「よう」

「(え、日本語?)」


 毛むくじゃらの男、獣王(・・)はダイヤに向かって話しかけて来た。

 それが日本語に聞こえたのは偶然か。


 隣には天使もいるが、そっちは興味無さそうに立っているだけ。


「(この二人をすり抜けて向こうに帰れとか、無茶だよ!)」


 対峙しているだけで、精神がマヒしてしまいそうになる程の相手なのだ。

 あまりのプレッシャーに身体の制御が出来なくなっているが、身体は敵側に染まっているはずなのに恐怖で動けなくなっている。


「(!?)」


 獣王が一瞬でダイヤの目の前に移動した。

 その移動の起こりすら見えなかったことに驚愕する。


 ダイヤ達はスキルを使うが、あくまでも人間が可能な範囲の動きしか出来ない。

 だが目の前の獣王はそんな枷など無く、いともたやすく人外の動きをしているではないか。


 一体何をどうしたらコレを倒せるのか、ダンジョンに関する深い知識があるダイヤでさえも全く想像が出来なかった。


「ふん」

「(うわ、ポーチを取られた!)」


 他の魔物達とは違い知性があるように見える獣王が、ダイヤの茶番に気付いていないはずが無い。ゆえにダイヤは速攻で獣王に襲われるものだと思っていたのだが、中々姿を見せないからワンチャンセーフかと期待しかけていた。それが最後の最後で裏切られ、心がぽっきり折れそうだ。


「(ヤバイどうしよう!ポーチ取られたらこのまま逃げても意味が無い!)」


 獣王は奪い取ったポーチを興味深そうに観察している。一気に引き裂いて中の物を取り出そうとするのかと思いきや、その手つきは案外繊細だ。


 ちなみにポーチを引き裂いても中の物は出て来ない。修繕すれば中の物を取り出せるようになるが、紛失したり完全に消滅させられたら二度と取り出すことが出来なくなる。


 獣王はポーチの入り口を普通に開けると中身を確認した。ダイヤ専用なので、ダイヤ以外の者が使おうとしても中は空にしか見えない。


「ほう、なるほどな」

「(やっぱり日本語をしゃべった!?)」


 最初に獣王を見た時には、良く分からない言語を話していた。だが今は間違いなく日本語を話している。それは獣王がダイヤに合わせたということ。それだけのことを短時間で成し遂げる力があるということ。


「(もしかしたら敵は、僕達が思っている以上にこの世界の事を識っているのかもしれない)」


 だとすると、人類に残された時間は思っている以上に少ないのではないか。敵が地球という世界を識り、解析し、喰い方を確立させたのならば一気に攻めて来るだろう。


「ほらよ」

「(え?)」


 しばらくの間ポーチを弄っていた獣王は、ポーチをダイヤに軽く投げて返した。

 まさか返して貰えるとは思わなかったダイヤの心は真っ白だ。


 獣王はそんなダイヤの反応など気にせずに天使と共にゆっくりと歩き出し、ダイヤに手を出さずにすれ違う。


「(た、助かった?)」


 獣王の意図が全く読めないが、敵意が感じられない。


 このポーチの中には彼らを害する特攻アイテムが入っているというのに、どうして無視することが出来るのだろうか。何が何でも取り出そうとダイヤを尋問するなり操るなりすべきではないのか。


 疑問は尽きない。

 しかしこれは大チャンスだ。


「(拾え!そして扉に向かって進むんだ!)」


 相手が見逃してくれるというのなら、相手が考えを変える前にお言葉に甘えるべきだ。


 ここまで来たらバレるとか不自然とかそんなことは言ってられない。


 ダイヤはスピード重視で身体にポーチを拾わせ、扉に向かって急がせた。


 走ることまでは命じられず、早歩きまでしか出来ないのがもどかしい。


「(早く!早く!逃げろ!逃げろ!)」


 それは半ばパニックに近い心の乱れだった。

 そしてそれに呼応するかのように乱れた不自然な動きで前に進むダイヤの身体が、ついに扉のノブを掴む。




「ナンバースリーで待ってるぜ。あんまり待たせんなよ?」

「(ひえええええええええ!)」




 これで帰れると思った瞬間、耳元で囁かれた言葉にダイヤは発狂寸前だった。


 だが狂い切る前にどうにか扉を開け、倒れ込むようにして外の世界へと帰還したのであった。

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― 新着の感想 ―
獣王も、未来と同じく十年待たせているのですから、さぞかしお怒りになっていることでしょうw
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