173. ちゃんと列に並んでよ!
「(詰んだ)」
正体バレしたわけではない。
ただ先に進めなくなったのだ。
「(ぎゅうぎゅう詰めすぎぃ!)」
目の前には魔物の背中、背中、背中。
もう少しで目的地なのに、大量の魔物が壁のようになっていて進めないのだ。
相手は超強い魔物達。
無理に隙間を縫って進もうとするならば、ちょっとした押し合いへし合いに巻き込まれてプチっと潰されてしまうだろう。
ゆえにダイヤは茫然とその背中を見つめることしか出来なかった。
「(これは流石に予想外だよ。どうやって進めば良いんだろう……)」
魔物の背中の壁に沿うように移動しながら隙間を探して回りたいところだけれど、本能のままに真っすぐ進むだけの魔物の中で何かを探すような動きをするのは不自然に思われそうで出来ない。ゆえにダイヤは目の前の背中が何らかの偶然で消えることを祈るだけ。
「(そもそもこの魔物達はどうしてこんなに集まってるんだろう。やっぱり例のアイテムを破壊するために来てるのかな)」
思えば道中で遭遇した魔物達も何かに吸い寄せられるかのように同じ方向へと向かっていた。そしてその方向は例のアイテムがあるとダイヤが感じた方向だった。
「(そこまでして破壊したいと思うほどのアイテム。そしてそれでも破壊出来ないアイテム。さっきの獣王なんかならあっさりと壊せそうなのに、それでもダメだっていうのはどれほどのアイテムなのだろうか)」
入手難易度が高すぎるが、頑張る価値がありそうだと期待出来る。
「う゛お゛お゛お゛お゛!」
「ギャオオオオオオオン!」
「(何々!?)」
突然前方から巨大な二つの鳴き声が聞こえて来た。
そしてそれから一拍遅れて衝撃波のようなものが飛んできて、ダイヤを始めとした軽量級の魔物は吹き飛ばされてしまった。
「(うわああああ、ってあれ、何かにぶつかった?)」
ダイヤは地面に叩きつけられることなく、背中を柔らかな何かに包まれるかのように優しく受け止められた。無意識の反応なのだろう、亡者モードのダイヤは自分を受け止めた物が何かを確認するかのようになんとなく上を見上げた。
「(ひえっ)」
それは葉っぱの集合体のような魔物だった。衝突した場所は柔らかいが、その魔物の周囲を飛ぶ葉っぱ達はとても鋭く、ダイヤなど一瞬で斬り刻まれてしまいそうだ。
ダイヤの背後にもすでに別の魔物が待機していて、ダイヤはそれにぶつかってしまったのだ。
「(あ、その、あざーっす)」
ぶつかったことをこの魔物が怒って攻撃してきたらゲームオーバー。
あまりの恐怖で脳内がマヒしたのか、ちゃらいお礼をしていたら丁度そのタイミングで体が動いた。
のっそりとその魔物から体を離し、また前と進んで行く。
「(良かったぁ!!!!)」
どうやら魔物は怒ることなく、というかそもそも眼中にすら無かったらしい。
ダイヤはどうにか危機を乗り越えた。
「(さて、道は出来た)」
先ほどの衝撃波の影響で大きめの魔物もバランスを崩したり移動させられたりで、ぎゅっと詰まっていた場所にかなり多くの隙間が出来た。今なら移動のチャンスと思いきや、そうとも限らない。
「う゛お゛お゛お゛お゛!」
「ギャオオオオオオオン!」
「(何で怪獣大戦争やってるのさ。あれじゃあ近づけないじゃん)」
巨大なゴリラと、三つ首のドラゴンが何故かやりあっていたのだ。
「(良く見たら他でも争ってら。はは、ちゃんと列に並べよコンチクショー!)」
視界が広がったことで改めて周囲を確認すると、至る所で諍いが起きている。
ぎゅうぎゅうに詰まって前に進めないなら、前の魔物を排除すれば良い。順番に並ぶという概念が全く無いのは本能のままに行動しているからか。
改めて背後の魔物が好戦的でなくて助かったと安堵するダイヤであった。
「(この中を進めって言うの?)」
体が小さいダイヤならば、隙間を縫って歩くことは可能だろう。
だがそうすれば不自然に思われてアウトかもしれないし、諍いに巻き込まれてアウトかもしれない。
「(でも行くしかないのか。ここで立ち止まるのもそれはそれで不自然だ)」
衝撃波で崩れた陣形がまた元通りになろうとしている。魔物達が本能のままに前に進もうとしているのだから、出来た隙間などすぐに埋まってしまうに違いない。
もちろん圧倒的強者がいるところだけは回避して進むだろうが、怪獣大戦争の場所にも殺到しているところを見ると、余程の実力差が無ければそれは起こらなそうだ。
「(行くしかない!)」
もう一度都合よく衝撃波が飛んでくるとは限らないし、今度は背後の魔物に怒られて殺されてしまうかもしれない。悩んでいる暇など無く、ダイヤは必死に念じて移動ルートを微調整させながら本体を誘導する。
「(右、右、もうちょっと右。うお、でっかいワニがこっち見てる!お願い食べないで!)」
否、ワニは前に進んでいるだけでダイヤなど眼中にない。
恐怖によりそう勘違いしてしまっているだけのこと。
「(うおおおお!今目の前を何かがビュンって横切った!ビュンだよビュン!ちょっとでもタイミングずれてたら首落とされてた!)」
魔物達の争いの中には不可視の攻撃を飛ばしまくっているところもある。不運にもダイヤはそっちの方に近づいてしまっていた。慌てて進路を変更する。
「(ぎゃああああ!ブレス!ブレス!体が焼けちゃうううう!)」
焦って走ることなど出来ない体。
背後から迫ってくるブレスに追いつかれるのではと戦々恐々だ。
そしてそこまで頑張っても、前に進めるとは限らない。
「(おいコラ衝撃波は止めろ!また後ろに戻っちゃったじゃないか!)」
あまりの乱戦で、前に進みたくても進めず、運が悪いとあっという間に後方へ逆戻り。
「(どうしろって言うんだよおおおお!)」
果たして最前列まで移動出来るのか。
不安しかないダイヤの視線の端に、ある魔物が映った。
「(獣王?)」
天使は不在で獣王単体。
モーゼが海を割るがごとく、獣王の進む先は自然と魔物がどいて道が出来る。
「(羨ましい)」
やがて獣王はダイヤのいる場所から姿が見えなくなる。
その直後のこと。
ドグォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
何か巨大なものが超高速でぶつかったような、そんな爆音が周囲に鳴り響き、魔物達は一斉に動きを止める。
ドグォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ドグォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ドグォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
音が鳴るたびに空気が震え、この空間ごと破壊されるのではと思えるほどの衝撃に体が勝手に恐怖してしまう。敵色に染まり亡者のように前に進むだけとなったこの身体はもちろん、見るからに強そうな数々の魔物も同様だ。
音は何十回も続いてから止まった。
そしてしばらくすると苛立たし気な獣王が姿を現した。
「★$!」
獣王が手を振り払うだけで、目の前の数体の魔物が消滅した。
慌てて他の魔物達はもっと広い道を作るように獣王から距離を取った。
「(あの獣王ですらアイテムを破壊出来なかったってことなのかな。だとすると一周目ではどうやって破壊したんだろう)」
あるいは一周目の時点でダイヤが持ち帰るという未来が確定しているというパターンのタイムトラベルなのだろうか。
答えは分からないが、今がチャンスだ。
「(魔物達が怯えていて動きが悪い。諍いも止まっている。今なら前に行けそうだ!)」
ダイヤの身体も怯えてはいるが、まともな理性があれば強引に動かせる。ダイヤは本体に強く命令を出して強引に歩かせた。
他の魔物も徐々に恐怖から復帰しているが、一早く動けたことで前方が塞がる前に最前列への移動が叶いそうなペースだ。
「(魔物も怖がるものなんだね。怖いというより本能を刺激した感じかな?)」
思えばこれまで戦ってきた魔物は、戦いに敗れる寸前であっても恐怖したり怯えるようなそぶりは見せなかった。魔物とはそういうものなのかと思っていたが、ここの魔物は少なくとも怯える本能を持っている。
「(瀕死状態になったら強くなるとかありそうで嫌だなぁ)」
恐怖するからこそ、死の直前に必死になって向かってくる。
そんなパターンもありえるのではと思い、改めてダイヤはここの魔物の強さの情報を上方修正した。
「(そろそろかな?)」
魔物の背中の切れ目が見えて来た。
それはつまり、ダイヤがついに目的のアイテムの目の前まで到達したということである。