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ダンジョン・ハイスクール・アイランド  作者: マノイ
第四章メインクエスト 『時を越えて』
172/199

172. スパイ潜入大作戦 in 地獄

「う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 全身を赤黒く染め、両腕をだらんと下げ、口は半開きだけど眼光だけは憎しみに満ちて鋭く、怨念を籠めた呻き声を挙げながら霧の中を一歩一歩ゆっくりと進んで行く。


 それが今のダイヤの姿だ。


 赤黒いオーラに全身が侵食され、負の感情だけに支配されて彷徨う亡者のようだ。


 それは身も心も敵に屈し、敗北した訳では無い。


「(なんとか成功して良かった)」


 心の中、正確には並列思考(・・・・)で分割した思考だけは正気を保っていた。


 敵の駒として動いていると思わせるために、身も心も極力オーラに染め、僅かに残された思考だけは塗りつぶされないようにと耐えている。


「(ちゃんと例のアイテムの方へ向かってくれているみたいだ)」


 体の主導権は敵に明け渡している。だが、例のアイテムを破壊せよという衝動を犯された心に送り込んだら、狙い通りにアイテムに向かって進んでくれた。


「(やっぱり敵はアレを壊したがっているってことなのかな)」


 少し念じるだけで簡単に思考を誘導出来たことから、敵は元から破壊衝動を持っていたのだとダイヤは推測した。試しに他の動きを指示すると誘導が難しかったことから、その推測は正しいのだろう。


 後は体が勝手に目的地まで辿り着くのを待つだけ。


 ダイヤは改めて周囲の景色を確認した。


 体が敵色に染まったからか、霧の中でもぼんやりと見えるようになってきたのだ。


「(メインはシンプルな草原フィールドなのかな。もっと入り組んだダンジョンかと思ってたけど予想外だ)」


 ダンジョン二十(トゥエンティ)からは難易度が激変する。敵が強化しなかったとしても、元からここからが本番であり、相当に厄介なダンジョンなのかと思っていた。


 だが実際は初心者向けの草原ダンジョンに近い雰囲気で拍子抜けだった。


「(本物の(・・・)ダンジョンの最初だから、ダンジョンギミックは最低限で、変化した敵と戦う練習の意味合いが強かったのかな)」


 思えば地球さんはダンジョンを攻略するためのステップを考えていた。人類が攻略に躓き始めると、ダンジョン・ハイスクール・アイランドのような更に簡易な練習ダンジョンまでも用意したくらいだ。本当の敵との戦いも難易度がステップアップする作りになっていてもおかしくはない。


「(敵が強化されたって話だけど、ダンジョンの構造そのものは変えられなかったのかもしれない)」


 だとするとダイヤとしては大助かりだ。基本的に目的の場所までは真っすぐ進めば良いだけで、時間の節約になるのだから。体中を敵に汚染されたまま長時間彷徨い続けるだなど、戻って来れなくなりそうで勘弁だった。


「(来た!)」


 ダンジョンの中は敵がうようよといるのかと思いきや、中々見つからなかった。


 だがついにダイヤの目の前に魔物が出現した。


 もしここでダイヤがスパイであると見破られ、襲われたらゲームオーバー。


 とてつもない緊張感だが、体は敵に支配されているため動揺は心の中だけに留められる。とはいえ、あまりにも強い感情を抱いてしまうと何かの拍子に表に出てしまうかもしれないため、ダイヤは心の中で必死に不安と恐怖を抑え込む。


「(…………小さなブラキオサウルス?)」


 高さは自分と同じくらい、全長は乗用車と同じくらい。そのくらいの小さな恐竜がのっそのっそと歩いていた。動きの遅いダイヤよりも遅く、ダイヤはその魔物を抜き去った。


「(見えないのが怖い)」


 ダイヤの視線はまっすぐ前を向いている。真横から背後に移動したミニブラキオサウルスに視線をやることが出来ず、それが何をしようとしているのか分からない。気付かれていないのか、見逃してくれるのか、情報が全く分からず不安で一杯だ。


「(…………逃げ切った?)」


 ふぅ、と小さく安堵の息を吐きたいが、それも不可能だった。そんなことのために体の主導権を取り戻し、敵に見破られたらただの愚か者だ。


「(さっきの魔物だけが例外じゃないと良いな)」


 幸運にもダイヤの希望は叶った。


 大空を優雅に飛ぶ巨大なエイのような魔物。

 謎の金属で出来たカマキリとカタツムリが融合したような魔物。

 豪華なローブを纏い冠を被った幽霊の魔物。

 鋭い剣を装備した超王道の騎士の魔物。

 これこそゴブリンだと言える風貌の魔物。

 超高速で周囲を飛び回るミニ西洋竜の魔物。


 いずれもダイヤなど息を吐くだけで一瞬で消滅させそうな実力があると直感的に分かった。予想通り、ここは確かに魔境であった。


「(ジャンルがバラバラなのは、色々なダンジョンから集まって来てるからなのかな?)」


 地球さんが作ったダンジョンはダンジョンごとにテーマがあり、そのテーマに沿った魔物が出現していた。たとえば水辺が大半のダンジョンであれば水属性の魔物が出現し、火山ダンジョンであれば岩石や溶岩の魔物が出現する。


 だがダンジョン二十(トゥエンティ)は、あまりにも敵の種類がバラバラで統一感が全く無かった。


 敵の本丸だからこれまでと違うのか、あるいは敵がジャンルなど気にせず集まって来ているだけなのか。


 どちらにしろ姿形だけでも敵の情報が分かるのは、元の時間軸に戻ってここを攻略する際に役に立つ。この地獄のような光景を必死に脳裏に刻み付けた。


 ちなみにこの魔境の中でダイヤが最も強いと感じた魔物は、巨大なエイでも真っ当に強そうな騎士でもドラゴンでもない。


「(あ、あれはダメ。あんな存在ありえない!)」


 心の中の恐怖を隠せず、敵色に染まったはずの本体が勝手にソレを迂回してしまう。その動きで怪しまれないかと思いきや、自分以外の魔物も迂回していたため、敵の中でも別格扱いなのだろう。


 その魔物はスライム。


 しかも小さくて丸く、ぽよぽよと可愛く地面を跳ねながら進む、マスコットタイプのスライム。


「(漫画とかの最強スライムってあんな感じなんだろうな……)」


 特攻アイテムが存在しても本当に倒せるのかどうか不安になりながらも、ダイヤは着実に前に進んで行く。


--------


 進むにつれて周囲が魔物だらけになり、目的のアイテムに近づいていることが実感出来た。


「(この魔物達全部が、アイテムを破壊しに来たのかな?)」


 だとすると、それでも破壊されないアイテムとは一体どれほどの効果があるものなのだろうか。恐怖が麻痺して来たダイヤはワクワクしはじめた。


 だがそんな浮ついた気持ちなど、一瞬で吹き飛ばされた。


「(な、なんだアレは!?)」


 このダンジョンで最も強い存在はスライムではないか。

 その予想をぶち壊しにするような強者が居たのだ。


「(獣王?)」


 それはとてつもない量の筋肉を纏った全身毛むくじゃらの大男。

 ソレから発せられるあまりの野性味と威圧感から思わず獣王ではないかと感じてしまった。


「(隣にいるのは……天使の戦士?)」


 そっちはイベントダンジョンでダイヤと(いん)が対峙したボスに姿が似ていた。真っ白な羽が生え、円錐状の大きなランスを手にしている。ただし似ているのは雰囲気だけであり、戦わなくても強さが別格であることが分かる。


 獣王と天使。


 スライムを越える強者に遭遇したことはそれだけで驚愕だったのだが、ダイヤを真に驚かせたのは彼らの行動だった


「(まさか会話してるの!?)」


 何語なのかは分からない。

 だが二人は明らかに言葉を交わし、コミュニケーションを取っている。


 知性がある。


 漠然とした意識しか無いはずの敵が、人間と同じように明確な意思の元に行動している。

 それはあまりにも衝撃的で、危険度が跳ね上がった。


 ただでさえ強い魔物が高度な知性を得てしまったら手も足も出なくなってしまうのではないか。

 やはりダンジョン攻略は一筋縄ではいかないなと心の中で嘆息する。


「(とりあえず覚えておいて、今はアイテムの入手を優先して考えよう)」


 ダイヤはそう気持ちを切り替えて、その時が来るのを待つことにした。


 しかし。


「★%!」


 獣王がダイヤの行き先を塞いだ。

 それは偶然ではなく、その瞳は真っすぐにダイヤを貫いている。


「(まずい!バレた!?)」


 だがここはすでに敵地であり、周囲は魔物だらけ。

 とっさにスパイモードを解除して全力で逃げたとしても、一瞬で追いつかれて終わりだ。


 いや、そもそも目の前の獣王だけが相手でも逃げきれないだろう。


「(まずいまずいまずいまずい)」


 ダイヤに出来ることは、まだ気付かれていないことを祈るだけ。


「▽%、)#■?」


 獣王は何かを問いかけてくるが、言葉が分からない。

 そしてダイヤの足は獣王を避けながら前に進もうとしてしまう。


 決して無視をしてはならない相手だ。

 だが逆に本能に従い前に進むだけというのは知性の無い魔物らしくて騙しきれるのではないか。


 そんな淡い期待はいとも簡単に打ち砕かれる。


「(!?)」


 いつの間にか獣王が目の前に移動しており、右手でアイアンクローをされてしまった。そしてそのまま体が持ち上げられる。


 獣王がもう少し手に力を入れたら、ダイヤの顔は木っ端微塵になり死亡する。


「…………」


 何故獣王はダイヤを殺さないのか。

 獣王は至近距離でダイヤの虚ろな眼をじっと睨んだ。


 もはや執行を待つだけの死刑囚のような気分だ。

 ダイヤが本体の主導権を持っていたら、失禁して気絶していたかもしれない。


「&◇!」

「(!?)」


 しばらくの間ダイヤを見つめていた獣王だが、やがて興味を失くしたかのようにダイヤを雑に放り投げた。それだけでもかなりの威力であり、防御行動をとれないダイヤは受け身を取ることが出来ずにもろに地面に叩きつけられてしまった。


「(痛覚を本体に任せて良かった)」


 その本体は敵に侵食されているため、痛みに苦しむことは無いだろう。

 ゆっくりと立ち合がり、またアイテムに向かって進み始めた。


 獣王は追ってくることは無かった。


「(た、助かった~)」


 死んだと思った。

 走馬灯が見えるところだった。

 諦めてはダメだと心の中で強く願っても、これはもうダメだと本当は思っていた。


 だが生き残った。


「(何がどうなってるのか分からないけど、まぁいっか)」


 一体獣王の目的は何だったのか。

 ダイヤが人間だと理解したから潰そうとしたのではないか。


 何故興味を抱き、何故見逃したのか。


 考えても分かることではない。


 ダイヤは助かったことをただ安堵して、気持ちを切り替えることにした。

 というより、そうする以外に何も出来なかった、と表現する方が正しかった。

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