171. やり残したことが無いように
「あるじさまあるじさま」
「なぁに?」
「しまのことおしえてください」
「しまって……ダンジョン・ハイスクール・アイランドのこと?」
「はい!」
膝の上で無邪気に問いかける未来を前に、ダイヤは悩んだ。
「(これから起きることを話しちゃっても大丈夫なのかな。それともこの時代でも通じる無難な話だけした方が良いのかな)」
予知に詳しい未来のことだ、パラドクスが起きないように気を付けてくれるだろうが、まだ幼いが故にポロっとやらかしてしまう可能性がある。念には念を入れるべきかどうか。
「(いや、将来の未来は全部知っているような雰囲気だったから平気かな)」
ダイヤに向けて色々と匂わせていたのは、全てを知っているということでもあるのだろう。そうでなかったとしても未来なら大丈夫だろうという謎の信頼感の元、ダイヤは全てを話してしまった。
不安よりも目の前の幼女を喜ばせてあげたいという気持ちが勝ったのだ。
「ダンジョン・ハイスクール・アイランドに向かうにはと~っても長い橋を渡る必要があるんだ。僕はバスに乗ってその橋を渡ったんだけど、窓から見える海が太陽の光を浴びてキラキラしてとても綺麗だったな」
「わぁ……」
「外の景色に目を奪われていたら、突然隣にすっごい綺麗な女の人が座りに来て、今度はその女の人に目を奪われちゃった。その人は実は……」
躑躅との出会い。
初の決闘。
イベントダンジョンでの音との共闘。
合宿。
洞窟探索。
クラン。
球技大会。
ダイヤが経験した様々な『楽しかった』を振り返りながら未来に伝えると、彼女は眼をキラキラさせて喜んでくれた。
「ぜったいにあるじさまとさいかいします!」
そして最後にはダンジョン・ハイスクール・アイランドでの再会を強く誓ってくれた。そのことをダイヤは嬉しく思いながら、感慨深いものも感じていた。
「(たった三か月でこんなに濃い青春を味わえるだなんて、僕は幸せだな)」
恋人がたくさん出来た。
親友も出来た。
全力で楽しく行事に参加できた。
そして命を懸ける一大イベントに何度も挑戦した。
最後のは正直なところ勘弁してほしいが、それでも充実しすぎている毎日であることは間違いない。
「(この日常をもっと続けるんだ)」
そのためにはダイヤがここで使命を確実に果たさなければならない。
奇跡を成し遂げ、未来の予知を実現させなければならない。
改めて気合が入ったことを実感した。
「(ダンジョンに向かう前に他に過去でやっておくべきことってあるのかな)」
ダンジョンから帰還したら、そのまま流れで元の時間軸に戻る予感がある。だとするとやるべきことがあるのなら、今のうちにやっておかなければならない。
「(未来の家族への感謝の言葉。これは伝えたいけど難しいか。一周目は無いもんなぁ)」
手紙などの『物』を残してしまうと、一周目でダイヤが来なかった時には絶対に用意出来ず整合性が取れなくなってしまう。未来の両親も、ダイヤが実在したのかあやふやなのと、確実に実在したのとでは考え方や行動が変わってくるだろう。
ゆえに可能なのは未来に伝言を残すくらいか。
『物』で無いがゆえに信じて受け取って貰えるか不明であり、しかも未来の家族のことを知ってからすでに伝言を何度もやってもらっているので改めてやる必要は無いかもしれない。
「(他に……他に……)」
過去に何かを残すことは出来ない。
それ以外でやるべきこと。
「(待てよ。僕がアイテムを取って来たとして、本当にそれだけであのドラゴンを倒せるのかな?)」
目的のアイテムがどのような効果なのかは分からない。それを使ったとして、本当にあそこまで強力な魔物を倒せるのだろうか。
「(やるべきことはまだある!)」
ダイヤは己の心が未だ折れていたことに今更ながら気が付いた。
これまでのダイヤであれば、様々な可能性を考えながら行動をしていた。
だが今のダイヤは目的のアイテムのことばかり考えていた。
そのアイテムに縋ってしまい、他のことが見えていなかった。
「(もっと鍛える。それに調べる!)」
今更鍛えた所で大したパワーアップにはならないかもしれないが、それを怠らないことで結果に結びつくと信じてこれまでもコツコツ鍛えて来た。
すでに疲労は抜けている。
それなら鍛えない理由が無いだろう。
そしてもう一つ大事なのが調べること。
ダイヤがこれまでダンジョンの攻略を安定して進められているのは、膨大な知識量によるもの。
識っていることが強さになる。
それならやるべきことは勉強だ。
「未来、お願いがあるんだけど」
「おまかせください」
これまでの楽しい楽しいお話タイムはもう終わり。
それはとても心苦しいことなのだけれど、未来は分かっていたと言わんばかりにすぐに気持ちを切り替えた。いくら予知で視えていたとしても、楽しい時間をこんなにも直ぐに終わらせられるだなど五歳児の精神力ではない。相当に努力させているのだなと頭が下がる思いで一杯だ。
「図書館に行って、西洋のドラゴンについて描かれた本を借りて持ってきて欲しいんだ」
「せいようのどらごん、ですか?」
「うん。ご両親に聞けば分かると思う」
「かしこまりました!」
物は残せないが、話をするだけならば大丈夫だろう。
一周目の未来もダイヤからこの相談を受けたと予知したならば、両親に相談して同じことをしてくれると信じた。
肉体と知識。
両方の面で少しでもパワーアップする。
それがダイヤが残された時間でやるべきこと。
「いってきます」
「ありがとう」
未来が神社を離れるのを見送ったダイヤは、神社裏の扉を開ける。そして中の霧を肺一杯に吸い込み、慣らしの練習をしながらトレーニングを開始した。
ーーーーーーーー
「よし、準備万端だ」
ダイヤが過去に飛ばされてからおよそ一か月。
ようやくダンジョンに挑戦する準備が整った。
テント一式をポーチに仕舞い、訓練の跡を消して誰も居なかったように装おう。
朝は軽いトレーニングに留め、体調は万全だ。
「あるじさま……」
「今日までありがとう。未来がいてくれて助かったよ」
「……はい!」
高校生になるまで別れることになるのだと分かっているからか、未来の顔はとても暗い。たっぷり甘えられるくらいに心を許した大好きなダイヤと離れ離れになるのが辛いというのは自然な感情だ。
だがそもそもどうして未来は最初からダイヤに対して好意的だったのだろうか。
いくら予知とはいえ、嫌々ながらダイヤをフォローする様子は全く見られず、エロ巫女服を着ていることからも分かるように好感度は最初からMAXだった。
「未来は僕のことが好き?」
「はい!」
「僕も未来が好きだよ」
「!」
それはもちろんまだ恋愛的な話では無い『好き』だが、未来はそれでも驚き喜んでくれた。
「未来は僕に会う前から僕のことが好きだったよね。どうしてなの?」
「あるじさまはひーろーだからです」
「ひーろー?」
「はい、みんなをたすけるためにがんばるひーろーです」
予知が何を見せたのかダイヤには分からないが、何が起きているのかなんとなく五歳児の未来でも感じているのだろう。
ダイヤが世界の危機を救うために過去に戻り、必死に戦おうとしている。
そんな英雄に会えるとなれば、幼い五歳児は嬉しくってたまらない。
憧れのア〇パ〇マ〇に会えるような気分だろうか。
だが彼女の気持ちは今はもう違う。
「でもいまはわたしのひーろーです。だいすきです!」
そう頬を赤らめて告白する未来。
ダイヤが彼女の家族についてアドバイスしたことで、彼女の心を救ったことで、ダイヤは彼女にとっての真のヒーローとなっていた。
憧れから恋心へ。
まだ五歳児の未来だが、本気で恋をしている。
「ありがとう」
改めてダイヤは未来へ感謝の気持ちをこめてハグをする。
すると未来は近づいてきたダイヤの頬に軽く口づけした。
「えへへ。あるじさま」
「ふふ、未来」
幼い恋心を受け止めるのはお兄ちゃんの役割だ。
そうでなくともダイヤはミステリアスでありながらピュアでもある未来の二面性がかなり気に入っている。彼女の頭を笑顔で優しく撫でるダイヤの様子に、未来は嬉しそうだった。
「(向こうに戻ったらヤバそう)」
過去の話が出来ないという枷が外れた未来は積極的に攻めてくるだろう。
そしてダイヤも彼女の内面を知っている。成長した彼女も変わって無いと分かればすぐに堕とされるだろうことは目に見えていた。
それほどまでに、この一か月間は二人にとって特別な物だったのだ。
「未来、僕は一足先に向こうに戻って待ってるね」
「はい、おんなをたっぷりみがいておきます」
未来は駄々を捏ねることなく、でも一瞬だけ名残惜しそうに動きを止めながらも、ダイヤから体を離した。
「よし」
準備は出来た。
別れの挨拶もした。
後は最大の難関を突破するだけだ。
「すうううう、はああああ」
息を大きく吸い、大きく吐く。
何度も何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
これから先に待っているのは、心と体の両面であまりにもハードな孤独な闘い。
何があっても冷静に。
そして最後まで絶対に諦めない。
「僕は皆と幸せな未来を掴むんだ!」
思い返すのは過去に着いた直後に見た夢の事。
その中で父親の愛人達はこの上なく幸せそうな顔をしていた。
その姿が音達に重なる。
彼女達を幸せにし、自分も幸せになり、最高のハーレム一家を作り上げる。
そのためにはこんな試練程度に屈してなるものか。
ダイヤは人生で一番の気合を入れて扉を開き、魔境へと足を踏み入れた。