169. どうして僕が過去に飛ばされて来たのか分かった気がする
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!くっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
過去に戻っても朝のトレーニングは欠かしていない。
神社の周囲と森の中を必死に走り続け、スタミナ維持に努めている。
それが出来るのはダンジョンを攻略する準備が全く整っていないからでもある。
ゆえに最低限体を鍛えることだけは続けようという考えだ。
「ふぅ、疲れた」
「おつかれさまです」
「あ、ありがとう」
まだ早朝だと言うのにもう未来が来ていて、タオルを差し出してくれる。
本当に彼女の家庭はどうなっているのだろうか。
「未来は毎日朝から夕方まで僕の所に来て、ご家族は本当に心配してないの?」
「だいじょうぶです」
ダイヤが何度確認しようとも彼女はそう答えるだけだった。
どうにかして詳しい話を聞き出したいのだが、聞かないでくださいオーラを物凄く発していて中々聞き辛い。
「あるじさま、きょうはなにをしますか?」
未来のことを考えていたら先手を打たれて質問されてしまった。
仕方なくダイヤは先に答えてあげることにした。
「ダンジョンにどう挑むかをそろそろ決めようと思うんだ」
過去に来てから、すでに二週間が経過している。
そのほとんどがダンジョン二十の扉を開けても気絶しない練習に費やされたのだが、そのかいあってようやくまともに挑めそうな感じになってきた。
だがそれはまだスタートラインにすら立っていないのだ。考えるべきことはまだまだある。
「ふぅ、ありがとう」
タオルを未来に返すと、未来は汗臭いそのタオルを嬉々として受け取り隠れて嗅いでいる。こんな幼い頃から妙な嗜好が生まれてしまわないか心配するダイヤであった。
「午前中はいつも通り、扉を開けて来るよ」
敵のオーラへの耐性をつける練習だ。少しでも耐性を強くしないと中に入ることなど出来やしない。ゆえに気絶しなくなっても練習を続けていた。
神社裏の扉の前まで移動し、ダンジョン二十を念じてそれを開ける。
「う~ん、相変わらず何も見えない」
するとその眼に飛び込んできたのは一面の赤黒。
ダンジョン二十は、赤黒い霧で覆われていて中がどうなっているのか全く見えないのだ。
「ただでさえ魑魅魍魎の住処なのに、周囲が全く見えないとか酷すぎない?」
そもそもこのダンジョンが草原なのか、森なのか、谷なのか、山なのか、沼地なのか、海なのか、全く分からない。周囲が視えず足元が覚束ない状況で超強敵と戦うなど、無茶としか言いようがない。
「流石に無茶苦茶だから、きっとこれも敵がここを強化した結果なんだろうな」
絶対に攻略させまいという強い意思を感じる。
だがダイヤはこの中に入り、敵への特攻アイテムを取って来なければならないのだ。
「どうして僕が奇跡に選ばれて飛ばされて来たのか分かった気がする」
誰が飛ばされても大して変わりそうにない絶望的な状況。それなのに何故ダイヤは自分が選ばれたことに納得したのか。それはダイヤだからこそ感じ取れることがあるからだった。
「なんとなくだけどアイテムがある方向が分かる。地球さんの気配を感じる。僕が『精霊使い』として高い適性があるから分かるんだ」
実際に地球さんと出会って話をした経験があることも大きいのだろう。そしてダンジョンの中が敵の気配で充満されているから違和感に気付きやすくなっているのだろう。
概念的存在に対して感受性が高いダイヤだからこそ、地球さんの気配を宿した特殊アイテムの位置を感じ取れたのだ。
ダンジョンの中を探索しなくても良いというのは非常に大きなアドバンテージになる。
「ふぅ、ようやく体が震えなくなってきたかな?」
これなら数日後にはまともに探索できるようになるに違いない。
午前中を慣らしで終えたダイヤは、未来と一緒にお昼ご飯を食べると今後の方針の検討に入った。
「考えるべきことは二つある」
「ふたつですか?」
「うん、一つはどうやって目的のアイテムのある場所へ辿り着くか」
場所が分かっていても、そこに辿り着けるかどうかは別の話だ。
「敵が強すぎて僕だと倒せないんだよね。しかも見つかったら逃げ切れるかどうかも分からないし」
霧で周囲が見えないというのが厄介だが、それが無くても普通に難易度が高すぎる。
最後に全滅したドラゴン程の敵は居ないかもしれないが、亡霊騎士や狂月の堕女神レベルの敵がゴロゴロいるのは間違いないのだ。ソロで討伐など出来る筈もなく、逃げることすらままならない。見つかったら即アウトという超難易度。
ダイヤは改めて自分のステータスを確認した。
名前:貴石 ダイヤ
職業:精霊使い
レベル:27
スキル:
基本スキル:
スラッシュ レベル3
スロー レベル1
スラスト レベル3
応急処置 レベル2
トーチ レベル3
武器スキル:
格闘 レベル4
パワーストレート レベル3
ステップ レベル3
ストリームコンボ レベル2
爪 レベル4
獣王無双 レベル3
パワークロウ レベル2
クロウガード レベル3
魔法スキル:
なし
その他スキル:
製薬 レベル2
不屈 レベル5
悪戯 レベル3
ハーレム レベル1
天衣無縫 レベル3
巻き込まれ体質 レベル3
復讐 レベル6
節制 レベル3
純粋 レベル3
逆境 レベル5
精力旺盛 レベル2
分身 レベル3
並列思考 レベル3
地球が望む夢の持ち主 レベル?
地球に愛されし者 レベル?
強敵と戦い続けたからか、基礎レベルが16から27まで上昇していた。それに伴い、細かなスキルレベルの上昇と、並列思考スキルの追加。そして文字化けしていたスキル名が修正されていた。
「やっぱりあのスキルは地球さんだったんだね」
ダイヤ達が扉の中に入るよう催促するためにダイヤに付与した謎スキル。地球という名前をつけてしまうと外に魔物が出現してしまうから文字化けさせたのだろうが、レベルがまだ?のままなのは何故だろうか。
「名前だけの意味の無いスキルだからレベルが無いのかな?」
最初から覚えていたらとんでもない効果がありそうなものだが、付与された経緯からすると意味の無いスキルの可能性が高い。これに頼るのは無駄だろう。
「う~ん、このスキルでなんとかするのはきついなぁ」
基本的にダイヤのスキルは脳筋寄りだ。
己の肉体を駆使して戦い、ダメージを負ってもそれを闘志に変えてやり返す。
真っ向から戦い必死に撃破するタイプであり、回避しながらダンジョンを探索するのには向いていない。
「せめて『隠密』が欲しいよー」
格上の相手に隠れきれるか不明だが、無いよりはあった方がマシなことに変わりはない。
「僕と長内さんをセットで過去に送り込むとか出来なかったのかな?」
それを言うなら、全員を過去に飛ばせば良い話だ。そうなっていないということは、いくら奇跡とはいえそこまでは不可能ということなのだろう。
「はぁ、それに問題はこれだけじゃないんだよね」
目的のアイテムをどうやって入手するかも難題だが、もう一つ考えなければならないことも難題だ。
「どうやって未来に帰れば良いのかな?」
戻り方を教えて貰っていないのだ。このままでは十年間ここで生活して待つ羽目になってしまう。
「僕だけ成長しちゃうのはやだなぁ」
そのくらいの差なら彼女達は受け入れてくれそうだが、やはり気分的に自分だけ別の道を歩いてしまっているように思えて嫌だった。
するとこれまでダイヤの思考を妨げないように黙って待っていた未来が口を挟んできた。
「あるじさまは、きたばしょからおかえりになります」
「え?」
なんと未来はダイヤが帰れると言うでは無いか。
「もしかしてそれも視たの?」
「はい。もくてきをたっせいしたあるじさまがそのばしょにたつときえます」
それはダイヤに勇気を与える話だった。
未来に帰れること。
そして帰ったということは目的を達成できたと言うこと。
彼女の予知を信じるのならば、無理難題とも言えるミッションはクリア可能だと言うことになる。
「一つ困った予想外がある。理想はアイテムを入手した瞬間に未来に飛ばされることだったんだよ」
がむしゃらに突入し、ボロボロになりながらもそのアイテムに触れさえすれば入手扱いになって未来に自動で飛ばしてくれる。それなら片道だけで済むのだ。だが転送されてきた神社裏まで持ち帰らなければならないとなれば難易度が更に上がってしまう。
「それに持ち帰ったら敵がダンジョンから出て来てまで追ってこないのかな?」
アイテムを入手した瞬間に消えて無くなるのならば相手は手出ししようがなくなるが、ダンジョンの外に持ち出してしまったらそれを探しに出て来てしまうのではないか。
何しろ相手は地球さんが作ったダンジョンに保管してあったアイテムを乗り込んで奪ったのだ。外に出て探すくらいの事はしてもおかしくないし、そのせいで未来が変わってしまうかもしれない。
「ごめんなさい、よくわかりません……」
「未来は悪くないよ!むしろ色々と教えてくれてとっても助かってるから!」
元よりダイヤは予知に頼るつもりは無かった。
役立っているし、当たってはいるが、本当に全て当たるとは限らないと思っているからだ。
全てを丸々信じて肝心なところで裏切られた、なんてことになったら馬鹿らしい。
ゆえに出来るだけ自分で局面を打開する方法を考え、その補助として使うくらいの気持ちでいた。
「(でも未来の予知を信じるなら、僕がアイテムを外に持ち出しても平気。あるいは僕がなんらかの方法で平気だと敵に思わせる必要があるってことなのかな)」
やらなければならないことがどんどんと増えて行き、肩が重くなるような気分だった。
「結局考えても答えは出ない、か」
ダンジョンに挑むにはまだ慣らしに数日はかかる。
それまでの間に攻略方法が思い浮かべば良いなとあまり期待せず今日の検討を打ち切るのであった。