168. ばたんきゅー
ダンジョンの入り口。
それが扉であることはこれまで記した通り。
だがその種類は複数に渡る。
扉を開けると、中に更に扉がズラっと並んでいて目的のダンジョンを選ぶパターン。
どのダンジョンに入りたいか念じながら扉を開けると目的のダンジョンに入れるパターン。
その全てで共通しているのが、全てのダンジョンは世界中で共有されているということ。ダンジョン・ハイスクール・アイランドのような練習ダンジョンは閉じられているため島の生徒しか利用することは出来ないが、他のダンジョンは世界中のどの入り口からでも挑戦可能だ。
ダイヤが見つけた神社の裏手のダンジョンの入り口は、念じながら入る簡易的なタイプのものだった。
「未来は危ないからこっちに来ないでね」
「はい」
ダンジョンの中に入るつもりは無い。
ただ使い方を確認するだけのつもりだ。
「(普通のダンジョンだと誰かに出くわしてしまうかもしれない)」
それすなわち未来が変わるきっかけになりかねないということ。
ゆえに人が居ないであろうダンジョンを選ぶべきだ。
もちろんそんなダンジョンなど限られている。
「ダンジョン二十」
そこがどれだけの魔境であろうとも、中に入らず扉を開けるだけなら大丈夫だろう。
そう思ってダイヤはそっと扉を開けたのだが。
「!?」
ダイヤは扉の中をまともに見ることなく、卒倒してしまったのであった。
「う……うん……」
目が覚めると、ダイヤは頭の下に柔らかな枕があることに気が付いた。
「(気持ち良い……でもあれ?僕って森の中で気絶したはずなのになんで柔らかく……)」
その正体を確かめるために視線を横にやると、そこにはとんでもないものがあった。
「何やってるの!?!?!?!?」
なんと未来が地面に仰向けに寝そべっていて、ダイヤはその体を枕にするようにして寝ていたのだ。五歳児を枕にするだなど、背徳感が半端なかった。
「いまのわたしではひざまくらがちいさすぎてできないので、からだでごほうししました」
「き……気持ちだけで嬉しいから……次からは止めようね?」
「……………………はい」
物凄く時間をかけて葛藤した上での返事がきたが、だからといって撤回することなど出来るはずが無い。
「そういえば扉は?」
開けっ放しで中から魔物が出て来たなんて話は聞いたことが無いが、トップトゥエンティは他とは違い本物のダンジョンであるため何が起きるか分からない。心配して確認したけれど、どうやら未来が閉じてくれたようだ。そのおかげでダイヤも正気を取り戻したのだから感謝するしかない。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
素直にお礼を告げると嬉しそうにはにかんだ。言葉遣いはまだアレだが、雰囲気はようやく五歳児らしい感じがして少し安心するダイヤであった。
「それにしても、まさか扉を開けただけで気絶しちゃうだなんて情けないな」
これではダンジョン二十の中のアイテムなど取りに行ける訳が無い。
「どうして僕はこんなにも怖くなるんだろう」
何らかのトラウマがあるとかではなく、体が強引に恐怖してしまうのだ。
「『精霊使い』の皆は僕と同じような反応をしてた。それは地球さんとの相性が良いからって話だったけど、言い換えると『概念的存在』と心を通わせやすいってことなのかも」
そして敵もまた『概念的存在』だと説明をされた。
「だとすると敵の殺意とか悪意をもろに受けちゃって、怖くなっちゃうのかも」
『概念的存在』に対する感受性があまりにも高いため、ダイヤは敵の膨大な負の感情を一身に受けて恐怖してしまう。
「でも乗り越えなきゃ」
せっかく過去に来たのに、怖くて何も出来ませんでしただなど言えるはずが無い。この先、敵と接する機会は何度もあるかもしれない。恐怖を克服するには良い機会だ。
「よ~し、そうと決まったら練習……ってもう夕方じゃん!」
気絶する前と比べてどうも辺りが薄暗いなと思って上を見たら、木々の合間から見えるのは薄っすらと赤く染まった空だった。
「未来帰らないと!」
五歳児を夕方まで連れまわすだなどありえない。
というかそもそも五歳児が一人でこんな辺鄙な神社まで来ることを親はどうして許したのだろうか。
まさか勝手に抜け出して来て大騒ぎになっているなんてことは無いだろうか。
「あるじさま……かえらなきゃだめですか?」
「え?」
不安そうにそう告げる未来の様子からダイヤは最悪なことを考えてしまった。
もしかして未来は自分と同じように、家庭がぶっ壊れているのではないかと。
「家に帰るのが嫌なの?」
「もっとあるじさまのおてつだいをしたいです」
「僕の手伝い?家が嫌って訳じゃないんだよね?」
「あるじさまといっしょにねたいです」
「帰りなさい!」
「くすくす、はぁい」
どうやらダイヤは揶揄われていただけだったらしい。
楽し気に笑いながら去って行く後姿を見て、未来はやっぱり未来なんだなと、成長した姿と今の姿を比較して苦笑いするダイヤであった。
「誤魔化されちゃったかな」
家に帰るのが嫌ではないと彼女は言わなかった。
明日以降も彼女は来るに違いない。
一人でこんなところまで来ていることについて、しっかりと聞き出さなければならない。
もしかしたらそのことすらも彼女は予知しているかもしれないが、それでも放置出来る訳が無い。タイムパラドックスを考慮しなければ家まで送りたいくらいなのだ。
「今は自分の事を考えよう」
これからやってくる夜をどう越えるかを考えなければならない。野宿など慣れたものだが、今回はしっかり休んで体力を回復させてダンジョンに挑まなければならない。
「拠点はこの神社裏で良いかな。ダンジョンが見つかってなかったってことは人が来ないってことだろうし」
大量の枯葉が散らばってはいるが、平らなスペースがあるというのはそれだけでありがたい。
ダイヤはポーチからテントを取り出した。
「わぁお、豪華だ!」
入学時に学校から借りた簡易テントとは違い、作りも大きさも別格なそれは、洞窟の扉に入る際に準備したもの。ダンジョン攻略に数日かかることも考慮し、人数分の野営グッズを入れておいたのだ。このテントは狩須磨からオススメされたものだった。
「設営も自動でやってくれるんだね」
テントを広げようとしたら自動で広がり、自分で適切な場所を見つけて固定をした。取り出しただけで設営が完了するだなど楽なことこの上ない。しかもこのテントの良さはそれだけではない。
「おじゃましまーす」
中の空間が広く、そして何よりも足元が程よく柔らかいのだ。
「わぁお、土の上だとは思えないよ。前のテントは床のささくれ具合まで感触があって痛かったのに」
更には虫が寄って来ない虫除け機能もあり、消臭機能のおかげで中の空気は常に心地良い。
「とりあえずご飯を食べよう」
食料も全く消費しなかったため選り取り見取りだ。一週間分の食料を人数分用意していたため、ダイヤ単独ならば軽く一か月以上は保つだろう。
今日の晩餐はカップラーメンにダイヤ特製栄養ドリンク。音達にまともな食事をとるよう言われてからは飲まなくなっていた特製ドリンクだが、少ない量でしっかりと栄養を取れるためダンジョンアタックでの食料としては優れている。
「ふぅ~ふぅ~ずるずる、うまうま」
思えば激戦につぐ激戦だった。
心も体も疲労で一杯で栄養を欲しているからか、カップラーメンがあまりにも美味しく感じられる。
そしてそれを食べ終えると襲ってくるのが眠気だ。
「ふわぁあ」
外はまだ夕方ではあるが、過去に飛ばされてきたことを考えるとダイヤが何時間起きているのかは不明である。眠いのならばもう寝てしまおうと、まずは濡れタオルを取り出して全身の汗を拭きとった。
そしてポーチに手を入れると、今度は布団を取り出した。
ダンジョンの中でセーフティゾーンがあったら布団を使ってぐっすり寝よう。あわよくば音や奈子と一緒に、なんて下心を抱いて持ち込んだのだが、結局一人で使うことになってしまった。
「おやすみなさ~い」
慣れないテントの中とはいえ、ボロ屋敷で寝ていた頃と比較するとあまりにも快適だ。疲れに疲れていた状態でご飯を食べてお腹が満たされたということもあり、一気に眠気が襲ってくる。
うと、うと。
すぐにでも夢の世界に旅立ちそうなダイヤだが、意識が消える直前に無性に寂しさが襲って来た。
「音……奈子さん……皆……」
一人は慣れていたはずだった。
それなのにいつの間にか一人であることを寂しく思うようになった。
愛しい相手だけではない。
俯角や暗黒など、親しい相手までも思い浮かび、会いたくてたまらない。
「(僕はいつの間にか、皆がいなきゃダメになっちゃったのかもね)」
恐らくそれは、今まで一人であったがゆえの反動ではないだろうか。
多くの人とただの友達以上の関係性を築き、心が繋がり絆を得た。
家族から与えられなかった真っ当で温かな愛情が、ダイヤの心に変化をもたらした。
「(皆といつまでも一緒にいたいな)」
そのためには強くなり、この状況を脱しなければならない。
ダイヤは再度、奈子の奇跡の役割を果たして帰還するのだと心に誓い眠りに落ちた。
「!?」
「あ!」
「ぎゃああああ!」
とはいえ気持ちを奮い立たせるだけでどうにかなるような話では無い。
翌日ダイヤはダンジョン二十にチャレンジするものの、幾度となく扉を開けるだけで卒倒してしまうのであった。
「あるじさま、おやすみなさい」
なお、枕を未来に渡して倒れたらそれを頭の下に入れるようにお願いし、未来が自分の身体を枕にすることを防いでいたりする。
「こんなに頑張ってるのにどうして克服できないのさ!」
ダイヤはそれから数日を、ダンジョン二十の扉を開けて意識を保つ練習に費やすことになるのであった。
「ばたんきゅ~」
「あるじさま、またねちゃった。くすくす」
そして倒れたダイヤに対して未来が何をしているのかは、誰も見ていないから分からない。