166. 女の子をたっくさん幸せにしたいんだ!
「あっ……あんっ……あっ!」
「あれ、父さん帰ってたんだ」
ダイヤが学校から帰ると、ボロアパートの居間で父親が見ず知らずの女性と性行為をしていた。
字面からすると地獄の光景なのだが、ダイヤは全く気にせず洗面所で手を洗い、キッチンで夕飯を作り出した。今日は三人分の夕食を用意しなければならないため、急ぎ取り掛からなければならないのだ。
「今残ってる食材は……うん、ギリギリ足りそうだ」
普段は自分一人分の食材しか用意していないため、そして貧乏オブ貧乏であるため食材のストックは少ない。今回は先日山で採って来た山菜が多めに残っていたので、それと古い油を使って天ぷらにすると決めた。
「味が濃くてお酒にあえば何でも美味しいって言ってくれるから楽だね」
自分が食べる場合は栄養を考えるが、父親は栄養よりも酒のつまみになるかどうかを重視する。とりあえず味を濃い目にしておけば満足してくれることを長年の経験で理解していた。
「ふんふふんふ~ん」
幼い頃から料理は自分の役目だ。
手際良く、背後の情事の進捗状況を気にしながら作業を進める。父親が満足したタイミングを見計らって天ぷらが完成した直後に提供するのがコツである。
「今日はねちっこいパターンじゃないからそろそろ終わるかな?」
ダイヤの父親は機嫌次第で徹底的に相手の女性を焦らして責めることがある。時間をかけて嬲るパターンだと日が変わるまで休まず続けていることもある。そんな時は夕飯を作り置きし、ダイヤは夜の山に入り遅くまでトレーニングをしてから戻ることにしていた。
ただし今日はそろそろフィニッシュを迎えそうな雰囲気であり、直に飯を寄こせと言い出すのは間違いないだろう。
父親の性行為の特徴を覚えてしまっていることが虚しくはあるが、ダイヤは考えないようにしていた。
「ああああああああ!」
背後で女性が一際甲高い喘ぎ声を挙げた。それがフィニッシュであると理解したダイヤは天ぷらを揚げ始める。そしてそろそろ良い感じで揚がりそうになったタイミングで背後から声をかけられた。
「腹減ったぞ」
「ちょうど出来たから持ってく」
ダイヤの父親はダイヤとは似ても似つかぬほどに厳つい風貌だった。眉が濃く、瞳は力強く、顔立ちが角立っていて男らしさを感じさせる。柔和な女顔のダイヤとは似ても似つかず、本人達も本当に親子なのか何度も疑っている。だが本当に親子である。
「天ぷらか、良いな」
「でしょ?はい、これいつものお酒」
「おう」
安い焼酎を瓶ごと渡すと、父親は笑顔で居間へと戻った。
後を追うようにしてダイヤが天ぷらが乗った皿を手に居間へと戻ると、かなりハードなプレイをしていたのか、整頓されていたはずの家具がぐちゃぐちゃで惨憺たるありさまだった。
相手の女性の姿は無い。あれほどに絶叫した場合はダウンして転がっていることも多々あるのだが、今回の女性は父親の責めに耐えきってシャワーを浴びているようだ。
「はい、どうぞ」
ダイヤは倒れたテーブルだけを直すと、その上に天ぷらを置いた。これ以上直すと何故か怒られるため、整頓するのは父親が部屋を出てからだ。
水を飲むかのように瓶ごと焼酎を飲んでいた父親は、出された天ぷらを大口でサクリと噛むと、大して咀嚼することなく再度焼酎を大量に口の中に流し込んだ。
「かあ~!やっぱりセックスの後の飯は最高だ!」
飯ではなく酒が好きなだけだろうとは思うが、そんなことを口にしたら殴られるだけだ。この父親は気に入らないことがあると直ぐに暴力を振るってくる。だが長年の付き合いで父親の好みを理解したダイヤは滅多に殴られることは無い。女に振られてイライラしている時に八つ当たりの対象となってあげる時くらいか。
「それで今回の女の人はどんな感じなの?」
「胸の感度が抜群でおもしれえ」
決して息子に話すような内容ではないはずだが、先ほどまで抱いていた女性の性事情について満面の笑みで口にする。ダイヤの父親はその話をするのが大好きであり、ダイヤは特に聞きたくも無いが父親の機嫌を取るために敢えてその話題を振ったのだ。
何処が弱いのか、穴の具合、性感帯を弄った時の反応。
父親はまるで武勇伝でも語るかのように、自分が女性をどう気持ち良くさせたのかを息子に自慢げに語り出す。するとその場にシャワーを浴び終えた女性が戻って来た。
「あら、この子は?」
胸を隠すことなく、パンツ一枚でバスタオルを肩に羽織っただけのその女性は、大人の色気があった。定職についておらず、女に養ってもらうヒモ生活を続けているクズな父親だが、何故かそれなりに美しい女性をお持ち帰りしてしまう。世の中不思議なものだと未だにダイヤは理解できない。
「息子だ。俺に全く似てないだろ」
「あはは、ほんとだ。女の子みたい」
子供によってはトラウマになりそうな見た目との性別違いの指摘だが、ダイヤはもう言われ慣れていて平気だった。
「(今回は当たりかな?)」
むしろ自分の事を程よく好意的に受け止めてくれる女の人は貴重であり、笑顔で接してくれることが嬉しかった。もしかしたら家事を変わってくれたり場合によってはお小遣いをくれることすらあるかもしれないからだ。貧しい生活を強いられているダイヤにとってそのお小遣いは生命線とも言えるものだった。
「手ー出すなよ」
「出さないわよ。そっちの趣味は無いもの」
「ふふ、そうだな」
女の人は半裸のまま父親にしなだれかかり、父親も酒を飲みながら露出した彼女の胸を揉み始めた。このまま次のラウンドが始まってしまいそうな体勢だが、父親の性格的に今は酔う方を優先してまだ始まらないだろうとダイヤは予測していた。
「それにしても、まさか本当にこんなボロい部屋に住んでるだなんて」
「だから言っただろ。俺にはお前が必要なんだ」
「何人の女性に同じこと言ってるのかしらね」
「今はお前だけだ」
そう言って父親は女性の胸の頂点を弄りながら酒臭い口でキスをして誤魔化した。
「(絶対嘘だ)」
この父親が一人の女性だけに夢中になっていることなどありえない。現在進行形で複数の女性のヒモをやっていることは間違いない。
そのことを考えていたら、突然視界がブレて景色が切り替わった。
「あの女は誰!?私だけって言ったわよね!」
場所は同じ自宅の居間なのだが、先ほどまでは優しげだった女性が憤怒の表情で父親に詰め寄っている。
「嘘は言ってない。俺が本気なのはお前だけだ」
「どの口が!!」
「う゛!」
全力で振りかぶってのビンタが父親の頬に直撃し、乾いた良い音がした。だが父親は痛みに顔を顰めたものの、表情はヘラヘラと楽しそうだ。女に怒られるということすら楽しんでいるのか。あるいは自分が女の感情を動かしていることに優越感を感じているのかもしれない。どちらにしろクズであることには間違いない。
「どうしてこんなクズなんかに私は!」
そう叫ぶ彼女の表情は憎しみに満ち溢れており、負の感情が強く渦巻いている。このまま包丁で刺されたとしてもなんらおかしくない。ダイヤはその痴話喧嘩の様子を部屋の隅で死んだような目で見つめていた。こういう時は何をしてもとばっちりを受けるだけなので、存在感を消すに限る。
「(僕はこんな悲しいハーレムなんか作らない)」
ヒモとして数多くの女性と同時に接点を持ち、幸せと憎しみを振りまく己の父親。
世間一般的な評価やダイヤからの評価は間違いなくクズであるのだが、ダイヤは一点においてだけ父親を尊敬していた。
「(父さんみたいに沢山の女性を幸せな気持ちで一杯にしてあげたい)」
やり方は問題だとしても、女性側が父親に抱かれている時にこの上なく幸せな表情になっていることは間違いないのだ。本気で父親を愛し、幸福感に満ち溢れている表情は他では決して見ることが出来ない。
それほどまでに強烈な幸せを異性に与えられるというのは才能であり、ダイヤもまた女性を幸せにしてあげたいと思うようになった。
だが父親と同じやり方では最終的に彼女達を不幸にするだけだ。父親のパートナーは百パーセントの確率で怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き、失意のままに去って行く。それを喜ばしく思える程ダイヤは腐っていない。むしろ絶対にそんな表情をさせたく無いと心に誓っていた。
「(幸せだけで良い。好きな人達を一生幸せにし続けたい。あんな辛そうな顔は絶対にさせないで、幸せだけで在り続ける。そんなハーレムを僕は作るんだ)」
そのためにはハーレムを受け入れてくれる女性を見つけなければならない。父親の失敗は、独占欲が強くハーレムなど絶対に認めない女性ばかりに手を出しまくっていたことだ。そうではなくて、ハーレムを心から認め、全員で幸せの絶頂で居続けられるような関係性。
歪んだ家庭の中でダイヤが求めた未来は、これまた歪んだ幸福の塊だった。
「(だから僕は……僕は……?)」
ふと、脳裏に複数の女性の姿が思い浮かんだ。
音、桃花、芙利瑠、奈子。
すでに結ばれた彼女達。
未来、躑躅、望。
結ばれる予定のある者達。
彼女達を幸せにするのがダイヤの夢だ。
そして彼女達と共に最高に幸せな毎日を過ごすのがダイヤの夢だ。
敵がどれほど強大だろうとも、どれだけ絶望的だろうとも、そのためならばいつもの柔和な笑顔で彼女達を安心させ、生きて帰らなければならない。
「こんなところで僕は止まってなんかいられないんだ!」
腐った父親から唯一教えて貰った女性を幸せにすることの素晴らしさ。
その夢を明確に自覚し直した時、ダイヤの視界は真っ白に染まったのであった。