164. ありのままの姿が至高なのデース
盗撮。
この言葉を聞いて何を想像するだろうか。
女性のスカートの中や更衣室の中などの性的なもの。
有名人の私生活の隠し撮り。
不倫などの何らかの証拠を得るための方法。
だがたとえその目的が相手の悪事を暴くためであったとしても、今の世の中では盗み撮った方が悪であり、それは証拠として使えないだなどとも言われている。
その是非はさておき、それだけ盗撮はやってはならないことだと社会で決められている。
「でもMeが撮りたい写真は、盗撮じゃないとダメなんデース」
「ああ!またこっそり撮りましたわね!」
洞窟の前で心配そうにダイヤを待つ金髪ドリルの金持芙利瑠。
彼女が胸の前で手を組んで何かを祈るように立っている様子を映移写 真実は盗撮した。だがシャッター音は隠していないため、芙利瑠は撮られたことにすぐに気が付いた。
「良いのが撮れたデース」
「……相変わらず凄い腕前ですわ。良いでしょう、これは残しておいてください」
真実の写真の腕前はすでにハッピーライフの中で周知の事実。隠し撮りされた時もすぐに消すように要望するのではなく、内容を確認してから判断する。大抵の場合はあまりにも美しく、あるいは可愛く撮れているため、消すどころか写真のコピーを求めるくらいだ。
「事前に撮ると伝えてから撮ってはダメなのですか?」
「そうすると身構えてしまうデース。Meは自然な姿を撮りたいのデース」
「確かにこの顔は準備してたら出来ませんわね……」
金髪ドリルという派手な見た目とは対照的に、今にも消えてしまいそうな儚げな表情の少女はまさに絵になると言って良い程のものだ。今から写真を撮りますと言われて出せる雰囲気では決してない。
「金持さんは普段は作っているからこそ、こういう自然な姿がレア感あって最高なのデース」
「べ、べべ、別に作ってませんわ!」
「それは誰も信じないと思うデースよ?」
「うっ……」
芙利瑠の中身が純粋な普通の感性を持つ優しい女の子であることは、彼女に接したことがある人なら誰でもすぐに分かることだ。職業に見合った自分になるようにと見た目から頑張って変えようとしているのも、どこか微笑ましい。
だがそれは彼女が自然体ではなく、ありたい自分になろうと演じ続けているということでもある。真実が撮りたいのはそういう表面的な姿ではなく、作られていない自然な姿。
「映移写さんはダンジョンの中を撮るのがメインかと思っていましたが、人も撮るのですね」
「どっちも撮るデース。今はダンジョンの中よりも撮るべきものがあるデース」
「…………そうかもしれないわね」
赤黒いオーラで世間が混乱し、ダイヤ達は真相を得るために危険な場所へと旅立った。
騒動を起こす者。
騒動を治める者。
大切な人の帰りを待つ者。
自分に出来ることをやろうとする者。
外の世界には撮るべき景色が沢山あり、ダンジョンの中に入っている暇など無かった。
「どんな写真が撮れましたか?」
「たくさん撮れたデース。たとえばこれとか傑作デース」
「これは!」
ダンジョン・ハイスクール・アイランドの繁華街にて、一人の男子生徒が暴走して吼えているシーンと、一人の少女が涙ながらに彼を必死に抱き締めて抑えようとするシーン。
その二枚の写真を見るだけで様々な想像をかき立てられそうだ。
「この二人は……」
「ハッピーエンドデース」
「そうですか。それは良かったです」
オーラに侵食されて暴走してしまう程の負の感情を抱いていた男子生徒だが、たいした被害を出さずに彼女の献身さによって救われたのだろう。そのことが分かる三枚目の写真があるのだが敢えて見せなかったのは、芙利瑠に様々な想像を楽しんでもらいたいという真実の粋な計らいであった。
「こういう特別も好きだけど、個人的にはもっと普通のシーンが好きデース」
「普通ですか?」
「皆が普通にダンジョンで活き活きと冒険しているシーンこそ、Meが一番撮りたい姿なのデース」
「ダンジョンで冒険している時点で普通では無いのでは?」
「それは言わないお約束デース」
「うふふ」
ダンジョンなんて異質なものに関わっている時点で普通ではない。
だがその異質に思える場所で探索という異質な行為を自然に行っている歪みこそが真実にとって興味深い景色なのだ。
「普通で無いのに普通に見える。それがとても面白いのデース」
真実にとって普通でないことが気持ち悪く感じてしまったのは中学二年の時。
何かきっかけがあったわけでなく、テレビドラマを見ている時にふと気付いてしまったのだ。
なんか不自然じゃね?
それもそのはず、役者は演技をしているのだから普通ではない。なるべく自然さを装いながらも、一つ一つの言葉や態度を大げさにして視聴者にとって分かりやすくしている。役者達はプロであり、不自然でありながら不自然さをなるべく感じさせず素直に見れるような作りになっているはずだ。もちろん一部の演技が下手なアイドルが役者だったりすると小学生の劇かと揶揄されるようなこともあるが、大半は違和感を感じさせない作りになっているし、感じたとしてもフィクションなのだから仕方ないと思うのが普通のことだろう。
だが真実はその演じている違和感が無性に気持ち悪く感じた。
そこで改めて自分の周囲を見ると、家族もクラスメイトも自然な振る舞いの中で魅力的な表情をしていることに気が付いたのだ。作り物のドラマなんかよりも、演じられた美しさよりも、世の中には美しい物がたくさんある。それらを切り取って形にしてみたい。
それゆえ彼女はカメラマンの道を選んだ。
「ドラマとかでダンジョンを冒険するシーンを描いたら不自然だけど、リアルで冒険していると不自然さが感じられないのデース。舞台背景は同じなのに不思議なのデース」
それは演じているのではなく、登場人物がダンジョンを心から受け入れて自然に行動しているからなのだろう。
何が起きるのか本気で分からず、警戒しながら緊張感に身を任せ、壮大な景色や敵に心を動かされる。
怒り、泣き、怯え、笑い、感動する。
人間の自然な姿がそこにはある。
そしてそれが異質なダンジョンの背景とセットとなることで、妙な臨場感を味わえる。切り抜かれた一瞬を視るだけで、まるで自分がそこにいるかのような気分にさえなってしまう。
「だからMeはハッピーライフの皆が戦う姿を撮りたいデース。本当なら扉の向こうについていって撮りたいのデース」
「でもそれは……」
ダイヤと絆を育み、そして最低限自衛出来るだけの強さが必要だ。
「分かってるデース。だからMeは強くなるデース。団長がてっぺんを目指すなら、Meもついて行くデース。そして最高の一枚を撮るのが夢なのデース」
その夢を叶えるには生半可な努力では到底足りない。
カメラマンという職業は決してレア職業ではなく、戦闘用の強いスキルは覚えない。
その上でトップを目指すというのならば、それ相応のトレーニングを行い、経験を積まなければならない。
「だからMeはそろそろ行くデース」
「行くって何処に?」
「もちろんダンジョンデース」
趣味の撮影ばかりしているわけには行かない。
今回の騒動に伴う写真は概ね撮れたこともあり、これからは己を鍛える時間だ。
何しろ扉の向こうではついていきたいと願う団長が更に強くなっている可能性があるのだ。ここで何もしなければ引き離されるだけになってしまう。
「!!」
そして彼女のその言葉に、芙利瑠は頭を殴られたような気分だった。
「そうですわね。こんなところで祈っているだけなんて、ダメですわね」
桃花は気になることがあるからとこの場を離れ、ヒロインズの中では芙利瑠だけがこうしてダイヤを待っている。それはそれでヒロインとして間違っていないと思っていたのだが、大間違いだった。
「わたくしも強くなりたいと思っていたのに」
ダイヤにどこまでもついていきたいと思っていたのに、こんなところで心配して停滞していてはいつまで経っても隣になど立てやしない。
自分がやるべきことは待つことではない。
ダイヤの未来を支えるべく、切磋琢磨すること以外に他は無い。
「映移写さん、わたくしも一緒に行って良いかしら」
「もちろんデース!」
偽お嬢様とカメラマン。
不思議なコンビがここに結成した。
短いですが今回の間章はここまでです。
そして次回、話が大きく動く特別編になります。