163. こんなに良い子がハーレムメンバーだなんて団長羨ましいぞ☆
「こんにちはだぞ、☆!」
そこはハイスクール・アイランド中央部。
ダイヤ達が挑んでいる扉が存在する山の中腹辺りで、見晴らしの良い少し突き出た小さな崖の上。
山登りには決して適さないふりふりひらひらの黒いアイドル服を着たハッピーライフの清運閃光は、その崖の先端近くまで移動した。
人気の無いところでアイドルの練習をしに来たのか。
あるいは落ちたらタダでは済まない崖の近くで度胸試しをしているのか。
いや、彼女の挨拶の相手は架空の存在では無かった。
彼女の視線は地面に置かれた少し大きめの石に向けられていたのだ。
小さくて周囲の景色に埋没してしまいそうなその石がただの石で無いことに気付いているのは、きっと彼女だけだろう。
「キレイキレイするからちょっと待っててね!ウォーター!」
魔法で水を生み出し、それを石にかけて持ってきた柔らかなスポンジで丁寧にその石を洗う。
そしてそれが終わるとその石の周辺の伸びた草を少し刈り、場を整えてあげた。
「終わったよ。と~ってもキレイになったね、☆!」
己の仕事に満足出来たのか、閃光は満面の笑みを浮かべてその石を優しく撫でた。
「いつか私がちゃんとしたアイドルになって、君がここにいることを皆に教えてあげるから待っててね。そうすれば必ず私以外にも君を守ってくれる人が現れるから」
それこそが閃光の使命。
墓守アイドルとして墓を守るのは当然の行いなのだ。
その小さな石が、何かの墓であることに気付けたのは墓守アイドルという特殊な職業だからである。
ハイスクール・アイランドには基本的に墓は存在しない。
それはこの島には学びに来るか働きに来る人が大半で、永住する人はほとんど居ないからだ。極稀に居たとしても亡くなった後は島外の家族の墓に入れられることになり、それゆえこの島にはお寺もお墓も存在しない。
だが墓守アイドルのスキルが、この島にいくつかのお墓があることを察知した。
この崖の上もその中の一つであり、放置されていたそのお墓を閃光はメンテナンスして周っていた。
「こんな見晴らしの良い場所に眠らせて貰えるなんて、君は幸せ者だぞ☆」
それが何の墓なのかまでは閃光のスキルをもってしても分からない。人間だと問題になるため、恐らくは誰かが亡くなったペットか、あるいは偶然出会った死んでいる小動物か何かを埋めたのだろう。見晴らしが良いところだから景色を堪能していたら足元で小動物が死んでいたから埋めた、なんてことが普通にありそうなほどに景色が良い場所なのだ。
だがそれが何のための墓だというのは閃光にとって関係ない。
「君を弔ってくれた人の想いを私達が引き継ぐ。それが墓守としての仕事の一つだよね、☆」
そこに墓があるということは、誰かが弔いの気持ちを抱いて作ったということだ。
その想いこそが閃光にとってこの上なく尊いものであり、墓守アイドルなんていう意味の分からない職業を受け入れて続けようと思っている理由である。
「(友達は誰も理解してくれないけどね……)」
ただ、墓に対してそこまでポジティブな想いを抱くというのは同世代では稀だ。やはり墓には『死』という概念がつきまとい、どうしてもネガティブな印象を抱いてしまうからだ。現代では幽霊やゾンビなど、死者をモチーフにした恐怖を煽る作品に幼い頃から触れざるを得ない環境にあることもまた大きいのかもしれない。
ゆえに閃光は一人で墓守の仕事を続けていた。
クラスメイトや友達に相談しても気持ち悪いと思われ、良い人なら嫌々ながらもついてきてくれるだろうが、良い人だからこそ不快な気持ちになどさせたく無いから言い出せないのだ。
「墓守アイドルなんてキワモノを極めたら絶対に話題になるし、多くの人に君達の事を知ってもらえばきっと君達を本気で守ってくれようとする人が出てくれると思うんだ。だからその時まで待っててね、☆!」
閃光とて、いつまでもこの島に居続けられる訳では無い。成長したら島を出ていかなければならず、それまでの間に彼らを守ってくれる人を見つけなければならない。
この島にあるいくつかの名もなき墓。
それらを学校の教職員に守ってもらうのが理想ではあるが、教職員はあまりにも忙しすぎて仕事を増やすのは忍びない。それならばどうすれば良いかを考えるのが閃光にとって卒業するまでの課題の一つと言えよう。
「よし、それじゃあ君には特別に新曲を披露しちゃうぞ、☆」
それは決してアイドルの練習ではない。
人知れず練習した成果を、本気の歌を亡くなった何者かに届ける。
中途半端な想いを聞かせるなどと失礼なことはしない。
たった一人の観客の為に、閃光は全力で歌い、全力で踊ったのであった。
「わ~すご~い!可愛い~!」
「え!?」
歌い終わった後、背後から声をかけられて閃光は驚きのあまり振り向いた。
あまりにも集中していたため、背後の様子など全く気にしていなかったのだ。
「桃花ちゃん!?」
「はい、桃花ちゃんです!」
その人物は己が所属するクラン、ハッピーライフに所属する同級生、李茂桃花だった。
手に小さな花束を持ちながらも、器用に拍手してくれていた。
「勝手に聞いちゃってごめんね?」
「そんなことないぞ!むしろ聞いてくれて嬉しかったぞ!☆!」
すぐにいつも通りの雰囲気に戻った閃光はキュピーンという擬音が似合いそうなポーズを決めた。
「でもどうしてここにいるの?だんちょーが心配で下で待ってたはずだよね?」
今頃ハッピーライフの団長であり桃花の想い人でもあるダイヤが死地に向かっている。そのことが心配で山の麓にある洞窟の入り口付近で待っていると閃光は聞いていたのだ。
「閃光ちゃんが気合十分で山に向かっているところを目撃しちゃって気になったの」
「なっちゃったんだ~」
「なっちゃったの。それで友達に聞いてみたら、閃光ちゃんがこの島のお墓をメンテナンスしてあげてることを知ったんだ」
「え?」
そのことは誰にも伝えてないはずなのに、どうしてか知られていた。
どうやら閃光が思っている以上に、彼女の奇行は注目されていたらしい。
あるいは同じ『アイドル』クラスの人達が、ライバルの動向を分析している際に気付かれたのかもしれない。
しかし閃光が本当に驚くのはここからだった。
「だから私もお墓参りしようかなって思ってさ」
「え!?」
閃光の行動に興味を抱くのはまぁ分かる。
自分でも奇特なことをしていると理解しているからだ。
だがどうしてその先に、見ず知らずのお墓参りをしようという発想に繋がるのか。
「このお花添えても大丈夫かな?」
「う、うん」
驚きが抜けず思わず素になってしまうが桃花は変に思った様子は無かった。
そして桃花はゆっくりとお墓の前まで向かうと、小さな花束をそっとその前に備えた。
「失敗したかな。お花だと風が吹いて飛んじゃうかも」
「……ううん。それでも喜んでくれると思うし、お花さんも自然に還るのなら大丈夫だぞ」
「そっか。閃光ちゃんがそう言ってくれるなら安心だよ」
「…………」
まさか自分以外の人間が墓なのかどうかも分からないソレのためにお供えまでしてくれるとは思わず、閃光はまだ驚きが抜けていない様子だ。
「ど、どうして桃花ちゃんはお供えしてくれたの?」
「どうしてだろう。分からないや」
「え?」
「閃光ちゃんが、こういうお墓を気にしているって知って凄いなって思ったの。そう思ったら自然と私も大切にしたいって思って、手ぶらでは来れなかったんだよね」
「あ……」
つまり桃花は閃光の墓守としての行動に感化されて、見ず知らずのお墓を大切にしたいと感じるようになったのだ。
閃光が何もしなければ、桃花はここに墓があることすら知らず、あるいは知っていても全く意識せずに生きていただろう。
閃光の行動が一人の少女の心を動かした。
お墓を大切にしたいと想う心が繋がった。
それがどれほど嬉しいことか。
閃光は桃花の顔を直視することが出来ず、誤魔化すように崖の向こうを見た。
「良い景色だよね。こんなところで眠れるなんて幸せそう」
「…………」
隣では桃花が自分と同じ感情を口にする。
気持ちがシンクロしているようで、どうにもこそばゆい。
「ねぇ閃光ちゃん。私も閃光ちゃんの墓守を手伝っても良いかな?」
「え!?」
「この島に忘れられたお墓が他にもあるなら、何か可哀想だなって思っちゃって」
「うん!一緒にやろう!やろうやろう、☆☆☆☆!」
「わわ、閃光ちゃん!?」
まさか同世代の女の子に自分の気持ちが伝わるとは思わなかった。
そのことがあまりにも嬉しくて閃光は思わず桃花を抱き締める。
そうしながら同時に想う。
もしかしたら自分はこれまで自分だけで抱えすぎていたのではないかと。
桃花のように同じ気持ちを抱いて快く手伝ってくれる人もそれなりに居たのに、自分から彼らを遠ざけていただけではないのかと。
「ありがとう桃花ちゃん!」
この島に来て良かった。
ハッピーライフに入った良かった。
閃光はその心の輝きをより一層増し、墓守アイドルとして一歩成長したのであった。