154. VS亡霊騎士 前編
「これくらいどうってことない!」
勇者のスキル、勇往邁進。
諦めない心が己と仲間に勇気を与え、倒れていた三人は勢い良く起き上がった。
三人とも傷だらけではあるが身代わり人形が発動するほどでは無く、上級ポーションを使用してすぐさま武器を構える。
傷の治りは相変わらず遅く全身の痛みが消えてくれないが、勇往邁進のおかげかあまり気にせず戦いに集中出来ている。
「いつまでも好き放題やれると思うなよ!」
狩須磨が剣を手に亡霊騎士の元へと駆ける。
しかし亡霊騎士は避けるそぶりすら見せずその場に留まっていた。
「(こいつの厄介なところは、馬上にいるからこっちの攻撃がまともに入らないことだ)」
頭上の相手に剣を振るおうとも体重が乗らずに威力が出ない。馬体の横に位置する足を狙えば程よい高さのためそれなりの威力は出るだろうが、馬で移動している相手の足をしっかりと狙うのは中々に難しい。
「(ただでさえかてぇんだ、高さの差の不利をまずは解消させる!)」
そのためには自分が相手と同じ高さに移動すれば良い。
たとえば見えない足場を登るとか。
「うっそ」
「マジですか」
『!?』
何かしらのスキルを使っているのか、あるいはスキル無しでもソレが可能なのか。
狩須磨は空気の段差を駆け上がり亡霊騎士の頭上を取った。心なしか亡霊騎士も驚いている様子だ。
「行くぞ!」
そのまま空気の壁を蹴り物凄い勢いで亡霊騎士に突撃する。亡霊騎士も合わせるように大剣を横薙ぎするが、最低限の動きでそれを上に躱す。武術に関しては狩須磨の方が一枚も二枚も上手であり、単純な攻撃など当たるはずもない。
「はああああ!」
そこから始まったのは狩須磨の激しい連撃だ。聖属性を付与した剣で超高速でひたすら斬り付ける。
あまりの速さで何をどう動かしているのか望も音も良く分からず、剣が亡霊騎士の金属をかき鳴らす音だけが周囲に響く。
「あれ、先生いつの間に剣を二本も持ってるのかな?」
「多分早すぎて二本に見えてるだけじゃないかな」
「えぇ……」
あまりにも人間離れした動きに音は少し引いていた。
「でも流石に自力じゃなくてスキルを使ってるみたいだね。しかも複数同時に」
「何をやってるのかさっぱりだわ」
「私もだけど、分かるようにならないとね」
「ダイヤもいずれあの域に達するでしょうしね」
ついていくのならば自分達も同じ高みに登らなければならない。
その高みが高すぎるからといって諦められるような性分でもない。
恋心というものは、それだけ心に力を与えてくれるのだ。
「ぬおおおおりゃああああ!」
狩須磨は一際強く気合を入れると、亡霊騎士の右肩付近に剣を全力で振り下ろした。金属が泣き叫んでいるかのような不快音と共に、剣が鎧を斬り裂こうとしている。
『!!』
たまらず亡霊騎士は騎馬に命じて大きくバックステップで躱した。その右肩には深い傷跡が残されている。
「は、どうだ!」
地面に降りた狩須磨は血で汚れてもいないのに剣を大きく振った。癖である。
「(だが問題はこれからだ)」
狩須磨の攻撃が脅威だと理解した亡霊騎士は、これまでとは違いしっかりと防御してくるだろう。狩須磨が頭上を取ろうとも、接近されないようにハイスピードで逃げるに違いない。
あるいは攻撃させる暇すら与えず逆に攻撃を仕掛けてくるか。
『ブヒイイイン!』
「また来るぞ!」
転移を利用した超高速移動による無差別斬り。自分の目の前から新幹線が突然飛び出して来て、窓から巨大な刃が生えているとでも思えば凶悪性が分かるだろうか。
先ほどはギリギリで死にはしなかったが、今度は避けきれるとは限らない。それどころかこっちが死ぬまで延々と続けて来る可能性もあるのだ。どうにか止めなければ三人の敗北は確定だ。
「任せて!」
音が愛用の槍を仕舞い、強靭な棘付き鉄球を取り出した。しかもそれは以前自分が使っていた安物ではなく、俯角から提供された硬度も威力も桁違いのブツである。
「そっちが暴れる気なら、こっちだって暴れてやるんだから!アイテムで聖属性を付与してからの、ジャイアントスイング!」
ハンマー投げのように鉄球をブンブンと回転させながら亡霊騎士の元へと移動する。
『ブヒイイイン!?』
その攻撃そのものを避けるのは簡単だ。だが超高速で移動している間に果たしてソレを避けながら狩須磨や望の元へと移動出来るであろうか。ジャイアントスイングの質そのものはまだスキルレベルが低めなため隙は多いが、武器の質がくっそ高いため強引に突破しようものなら聖属性耐性があろうとも大ダメージを受ける可能性が高い。
そう考えると騎馬は走り出すのを躊躇してしまう。
「でかした!」
音の咄嗟の機転、超高威力範囲攻撃により騎馬の突進攻撃を未然に防げた。
『ブヒイイイン!』
こうなっては直進だけで圧倒するなんてことは出来ない。騎馬は不規則なステップで三人に迫り、普通に攻撃をすると決めたようだ。
「さぁこっちに来て下さい」
『ブヒ!』
「ですよねー」
なんでも斬れるブレイブソードを持つ望の元には、余程の隙が無ければ近づいてこない。ブレイブソードは相手がたとえ霊体であろうとも斬れてしまうチートソードなのだ。
「(接近しても逃げられてしまう。どうにか相手の動きを止めて攻撃を当てたいところなのですが……)」
そのために一番効果的なのは、騎馬を先に狙うことだ。
亡霊騎士を騎馬から降ろせば、高速移動を解除させてこちらの攻撃も当てやすくなる。
「いいか!焦って馬を倒そうとするなよ!」
「はい!」
「はい!」
だが実は騎馬を狙うのは罠だ。
もしも騎馬を先に倒してしまうと、地面に降り立った亡霊騎士は手が付けられない程にパワーアップしてしまい全滅待ったなしだ。ただでさえ人が倒せる相手では無いと言われているのに、オーラで強化されているとなると一体どうなってしまうのか。
先のジャイアントスイングのように牽制することくらいは大丈夫だが、間違って倒してしまうなんてことは絶対にあってはならない。
「(つまり私か先生のどちらかが馬上の騎士に致命傷を与えなければならない)」
望のブレイブソードか、狩須磨の剣技か。
音は武術の技量が高いが高威力の攻撃手段が無いため牽制役でしかない。
『ブヒイイイン!』
再び騎馬が嘶いた。
音が鉄球を構えようとするが、その嘶きは突進の開始ではなく騎士の攻撃手段の変化の合図だった。
「大剣が二つ。ふざけんな。片方は馬を掴んでろよ!」
人馬一体という言葉があるが、まさか本当に人と馬が一体化しているのではないだろうか。
亡霊騎士は両手に一本ずつ大剣を手に、下半身だけで騎馬にまたがる己の身体を支えるつもりだ。
亡霊騎士は両手の大剣を頭上でクロスさせ、勢い良く左右の地面に振り下ろす。あまりにも巨大な剣であるため、切っ先が地面に軽くめり込んだ。そして再び大剣を頭上へと持って行き、鋭く振り下ろす。それを繰り返すと騎馬が走り始める。
「移動するギロチンみたい」
「意思を持つギロチンとか最悪すぎですね!」
振り払うよりかは攻撃範囲は狭いが、威力は倍以上だ。掠っただけで肉体が吹き飛びそうな程の威力を感じさせ、迂闊に近づけないし大きく避けるしかない。
「それならこれで!」
狩須磨が再び宙を蹴り飛び上がろうとする。
しかし騎馬が絶妙な位置取りをし、狩須磨を叩き落さんとする。
「ぬおおおお!あぶねえ!」
正面から挑もうとも、さっと九十度回転して大剣のターゲットにしてくるのだからたまったものではない。せめて慣性を守ってくれれば動きが予想しやすいのに、当然のように物理法則を無視してくる。
「だが流石に慣れて来たぜ!」
不規則な動きをするというのならば、不規則な動きをするという前提で動きを予想すれば良い。
不規則という規則があるのだと理解し、頭の中の常識を書き換える。あり得ないことも起こり得るのだと直感的に反応出来るようにする。
高ランクのダンジョンに挑み続けることで辿り着ける極地の一つ。
狩須磨は亡霊騎士の動きに対し体が反応出来るようになってきた。
頭で考えずとも勝手に動いてくれるようになってきた。
相手は自分の身体の両サイドを攻撃しており、前後からのアプローチに非常に弱い。それを騎馬が動きでカバーしているという状況だが、その動きを予測できたのならば前後から攻撃を仕掛けられる。
「行くぞ!」
このアタックで倒せなくともある程度のダメージを与えることが出来るだろう。
狩須磨はそう予感した。
決して油断はしていなかった。
体の反応が間違う可能性も考慮し、理性でずっと警戒をし続けていた。
だが気付いていなかった。
あまりにも致命的なまだ知らない事実が、狩須磨の命を狙っていると言うことに。
「うおりゃああああ!」
空気を蹴り、騎馬の動きを予想して亡霊騎士の前面をキープしながら上昇する。
そしていざ攻撃しようと仕掛けたその時。
「!?」
突然、体が猛烈な力で横に引っ張られた。そのまま行き着く場所はギロチンの真下だ。
「(吸い込みか!)」
亡霊騎士の両サイド振り下ろし攻撃。それを無視して正面から攻撃しようとすると、サイドの攻撃に強制的に体が吸い込まれるという特性があったのだ。
「ぬおおおおおおお!」
慌てて狩須磨は全力で吸い込みに抵抗し、ギロチンの真下からは脱出する。だが後一歩間に合わず、振り下ろされた大剣の一部が狩須磨に触れてしまい、狩須磨は肉片を巻き散らしながら物凄い勢いで吹き飛ばされ死亡するのであった。
狩須磨、死亡。
身代わり人形消費。