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143. さぁ行こう!

「チッ、どいつもこいつも!」


 鄙びた繁華街にて、朽ち果てようとしていたボロボロの居酒屋看板を思いっきり蹴飛ばす一人の男性。

 無精髭が目立ち、髪が長く、薄汚れた茶色のコートを身に纏うその男性は、パッと見た感じでは浮浪者のように見える。


 人類大虐殺の後、ダンジョン攻略の役に立たない浮浪者は世界から消え去った。世代を経ることで元の感性を抱く人が増えて来たが、相変わらずの人手不足の影響で基本的には働かない選択肢など無かった。だがそれでも極稀に社会からドロップアウトし、勤労から逃げてしまう人もいた。


 この男、楽伍(らくご)()教師はその稀な人物だった。


 他人を平気で見下し、まともに働かず、ダイヤの手によってダンジョン・ハイスクールを解雇された楽伍は再就職先を探すこともせず、何もせずに街中をふらつくだけの毎日を送っていた。


「何見てやがる!」

「い、いえ!」

「チッ!」


 すれ違うスーツ姿の男に奇異の眼で見られた楽伍は恫喝して追い払った。まともに働いているらしき男性に働きもしていない自分が侮辱されたのだと勝手に思い込み逆ギレしたのだ。


「クソ!」


 男性が逃げるようにその場を去っても怒りは収まらず、再度別の看板を思いっきり蹴り上げた。


「っっっっ!?!?」


 だがその看板はかなり強力に固定されており、あまりの痛みに楽伍は思わず蹲ってしまう。


 どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 本当なら今頃『精霊使い』のクズ共を馬鹿にしながら悠々自適な教師生活を堪能していたはずだ。

 下の人間を粗末に扱うことで自尊心が守られ、安定した給料により生活が守られ、不自由ない最高の人生を満喫していたはずなのだ。


「何もかもあいつのせいだ。あのクソガキのせいで俺は……!」


 楽伍の中で解雇の直接の原因はダイヤのせいということになっていた。


 確かにダイヤは楽伍に決闘を挑み、勝利したら担任を外すように要望した。

 だが学校を辞めさせろとまでは言ってなかった。その判断をしたのはあくまでも学校側。

 これまでの楽伍の勤務態度があまりにも酷かったから、決闘をきっかけに解雇しただけのこと。


 楽伍が多少なりともまともな人間であり、ダイヤと反りが合わなかった程度であれば解雇まではされなかったのだ。


 あくまでも己の責任。


 だが楽伍は全てダイヤのせいだと思い込み、己のこれまでの行いから目を逸らしている。


 いや、逸らすどころでは無い。


「絶対にぶっ殺してやる!」


 あらゆる負の感情をダイヤへの憎しみに変換してしまっていたのだ。


「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す、コロスコロスコロスコロス!」


 まるで壊れた機械のように物騒なことを呟き続ける楽伍。


 そこに新たに通りかかった人々は、見てはいけない物を見たと恐怖して距離を取る。警察に通報した人も出て来た。


「何見てやがる!」


 やがて楽伍はその周囲の視線に気付き、胸元に隠し持っていたナイフを取り出して恫喝し始めた。


「きゃああああ!」

「危ない!」

「逃げろ!」


 途端にパニックになって逃げまどう通行人。

 その様子を見て楽伍は少しだけ溜飲が下がったような気がした。


 そいつらよりも己の方が()であると錯覚したからだ。


「ヒヒヒヒ!死ね!死ねええええ!」


 調子に乗ってナイフを振り回し、己の歪んだ強さを主張する。


 だがあらゆる人が職業に就いて生まれる今の世の中。

 街行く人は様々な戦う手段を持っている。


「なんだただの剣士じゃん。しかもレベルひっく」


 『鑑定』スキルを持った若い女性が楽伍の能力を晒してしまう。


「それならアタシがなんとかするわ」


 『サイコキネシス』スキルを持ったおばちゃんが楽伍の持つナイフを遠隔操作で奪ってしまう。


「うお!?何だ!?」


 残されたのは大して鍛えても居ない丸腰の男。


「取り押さえるぞ!」

「おう!」

「や、やめろ!」


 二人の成人男性が楽伍に襲い掛かり、抵抗虚しくあっさりと地面にうつ伏せにされ組み敷かれてしまった。


「くそ、離せ!ぶっ殺すぞ!離せ!」


 全力で暴れても拘束が外れる気配は全く無い。体勢の問題もあるが、そもそもの力が全く無いことが理由である。


「最近こういう奴増えて来たよな」

「ああ、物騒な世の中になったもんだ」


 警察が来るのを待ちながら、楽伍を拘束している男達は深く溜息を吐いた。楽伍以外にも暴れたり誰かを傷つけるような事件が増えて来ており、治安の悪化を懸念しているのだ。


「お待たせしました!」


 そのまましばらく待っていると警察官が複数人やってきた。


 後は彼らに引き継ぎ、楽伍は逮捕される。


 彼のこれまでの経歴から、世に放ったら重大な事件を起こす未来しか見えないため、恐らくはダンジョン強制労働送りになるに違いない。


「くそ、くそくそくそくそ!」


 足りない頭でもそのことに思い至ったのか、地面にキスしながら楽伍は歯を食いしばって悔しがる。


「くそおおおおおお!」


 そして一際力強く叫んだその時。


 ゆらり。


 楽伍の瞳に赤黒いオーラが宿った。


「ぬおおおおおおお!」

「うわ!?」

「何!?」


 そしてとてつもない力を発揮して、強引に拘束を振りほどき立ち上がったのだ。


「コロス……コロス……」

「皆さん離れて!」


 慌てて警察官が周囲の人とこれまで楽伍を拘束してくれていた男性達に避難を指示する。


 武器は持っていないが、オーラを纏った血走った眼は、見ているだけで恐怖感を呼び起こす。

 警戒に警戒を重ねるくらいで丁度良い状況だ。


 警察官の一人が念のため応援を呼ぼうと連絡する。


「コロス……お前らも……あのクソガキも……皆……皆……コロいでえええええええええええええええ!」

「は?」

「は?」


 殺意を振り撒きまくっていた男が、突然倒れて全身の痛みにのたうち回り始めた。


「いだいいだい!た、たすけて!たすけて!」


 泣き叫びながら殺そうとしていた相手に助けを求める姿は無様と言うより他は無い。

 いつの間にか赤黒いオーラも消えていて、そこにいるのは薄汚く弱々しいただの中年男性だ。


 結局楽伍は救急車で病院に搬送され、そのまま治療を受けた後に逮捕されたのであった。


 突然の痛みの原因は、自分の実力以上の力を振り絞り全身の筋肉が悲鳴を挙げたからであった。

 赤黒いオーラによる一発逆転の変化も、やはりこれまでの怠惰な生活が原因で成功することは無かったのである。


 だがそれはあくまでも楽伍だったからの話。


 この日、世界各国で似たような事件が多発した。

 素行の悪い人間や、不満を抱えていた人間に赤黒いオーラが宿り、暴走を始めたのだ。


 しかもその中には善良と思われていた人間までも含まれていた。

 善良であっても不条理なことに直面すれば不満を抱き怒りもする。その瞬間を狙ってオーラが宿り、僅かな負の感情を増大させて狂わせる。


 そしてその姿を見て不快感を覚えた人間にもオーラが宿り、宿った者同士での争いが繰り広げられる。


 もしもこの状況が連鎖し続けるとどうなってしまうのか。


 人間社会の終焉が現実味を帯びた日。

 偶然にもこの日はダイヤ達が真実に手を伸ばす日でもあった。


--------


「ほな、準備はええか?」


 洞窟に出現した扉の前に、ダイヤ一行が揃っていた。

 すでに見送りは終わり、この部屋の中には扉に入る予定のメンバーしかいない。


「準備運動もバッチリだよ!」

「あんたはやりすぎなのよ!」

「あのくらい動かさないと気持ち良くなくて」


 今日も恒例の朝練をやってきたのだ。もちろんいつもよりも強度は落としているが、(いん)的には普通にハードワークに見えた。


「朝からお盛んやなぁ」

「え……ち、違、まだ(・・)やってないもん!」

「まだ?」

「~~~~!」


 えっちぃ運動だと勘違いした風をわざと装い、場を和ませる俯角のテクニック。尤も、一人だけ顔を真っ赤にしてメンタルにダメージを負ってしまったが。


「俯角先輩、(いん)をあまり弄らないであげてください」

「せやな。大事な前衛のパフォーマンスが低下したらヤバいもんな」

「いえ、弄るのは僕の役目なので」

「おい」

「ダイヤ!」


 これから死地に向かうかもしれないというのに、ダイヤはいつも通りだった。


 ちなみにメンバーの多くは世界中で起きている赤黒いオーラによる暴走事件についてまだ知らない。俯角は当然その情報を仕入れてはいるが、わざわざ伝えて無駄に緊張感を高める必要も無いだろうと敢えて黙っていた。


「よ、よう、ダイヤ」

「朋、似合ってるね」

「そ、そうか?なんか未だに見慣れなくてさ。動くのは平気なんだが」


 基本的に動きやすさ重視で軽装なメンバーが多い中で、唯一朋だけが軽全身鎧を装備していた。戦闘センスで劣る分、装備でカバーしようということだ。俯角や狩須磨から提供された防具であり守備力は一級品だ。


「大丈夫、ちゃんと似合ってるから。夏野さんは何て言ってた?」

「馬子にも衣裳だって馬鹿にされちまったよ」

「ふ~ん」

「な、なんだよ皆してニヤニヤして!」

「べっつに~」


 ダイヤ達の脳内では、真っ赤になって照れて素直になれない向日葵の姿が思い浮かんでいた。照れながら向日葵の様子を伝えているところから察するに、今の朋はちゃんと彼女の本心に気付けているのだろう。


「(鳳凰院先輩、こういう話題なら喜んで食いついてきそうなのに来ないなんて、やっぱり僕と距離を置こうとしてるんだね)」


 例外的に同行することになったため、必要以上に仲良くしないスタンスは崩さないらしい。意匠がやけに豪華な細剣を腰に差しながら、離れたところで狩須磨と望と三人で何かを話していた。


「今日はよろしく頼む」

「こっちこそ!」


「私もよろしく。今日は隠密っぽく振舞うつもりだから」

「うん!」


 常闇は全身黒づくめの暗殺者のような服装、そして密は露出多めのくノ一っぽい服装。


「二人が並んでるとセットに見えるね」

「ふっ、だな」

「そうそう。案外相性悪く無いんだよね」

「(おや?)」


 単なる軽口のはずだったのだが、本当に二人はセットで行動出来そうだ。密の言う相性とは戦い方の話なのだろうが、思春期の若者としてはそれ以上のことも勘ぐってしまう。


「(常闇君にも復讐以外の目標が出来ると良いね)」


 そしてそれが恋愛ならば、なんて素敵なことだろうか。


「奈子さん、大丈夫?」


 ふと、奈子がまだ何も発していないことに気が付いた。

 もしかしたら過度に緊張しているのかもしれないと声をかけてみる。


「……やっぱり業火より獄炎の方が……でも厨二すぎる気も」

「(詠唱の内容を考えているだけか)」


 特に心配する必要は無かったなと安堵するダイヤであった。


 一通り全員を確認したが、準備不足そうな人は居ないように見える。


 最後にここに居ないもう一人も確認しよう。


『スピは準備大丈夫?』

『はい。今なら数時間、連続絶頂で攻められてもイけます』

『あはは……相変わらずだなぁ』


 スピはなるべく体力を温存するようにと、実体化を解除しているのである。


「俯角先輩。スピも大丈夫です」

「りょ。んじゃそろそろ行くかいな」

「ですね」


 ついにこの時がやってきた。

 不安と緊張と期待が入り混じる独特の空気の中で、ダイヤを除く全員がある一点を凝視した。


「え?どうしたの皆?」

「あんたが合図せぇや」

「僕が!?先生とか先輩方の方がふさわしいですよ!」

「何言うとるねん。どう考えてもあんたが中心のパーティーやろうが」


 皆、ダイヤの言葉を待っていたのだ。


「わぁお、考えて無かったよ」


 (いん)と奈子がワクワクしながらダイヤを見つめている。というかスマDで撮影している。後で桃花達に見せるつもりなのだろう。


 そんな彼女達の様子に苦笑しながらダイヤはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「僕は我儘なんだ」


 予想外の出だしに僅かに驚きの表情を浮かべる人がいたが、野暮なツッコミをいれて止めるようなことは無かった。


「欲しいと思ったものは全部手に入れたい。こうあって欲しいと願ったことは全部叶って欲しい。そしてそのために行動する」


 ただ願うだけでは叶うはずもない。

 行動して初めて叶うのだ。


 それがどれだけ難易度の高い願いであっても、ダイヤは必死の努力で叶えて来た。


「だから今回も、ここにいる全員の願い(・・・・・)が叶って欲しいと僕は願っている。全員で生きて帰り、欲しい情報は全て入手し、狙い通りに強くなり、大切な人を守り抜く。他にも色々な願いを皆は持っていると思う。その全てを叶えるんだ。願いが叶った未来を自らの手で貪欲に奪い取る。そしてパーフェクトなハッピーエンドを迎えよう!」


 それ以外の結末など決して許してなるものか。

 その執念こそが望む結果(未来)を手繰り寄せるために最も必要なものなのだ。


 突入メンバーを見渡すと、誰も彼もがその貪欲さや執念を目にギラギラと宿らせている。

 これ以上何かを伝える必要は無い。


「行こう!」

「「「「おー!」」」」


 ダイヤは扉のノブに手をかけて力を入れた。するとそれは何も抵抗なく音も立てずに開き、彼らは躊躇うことなく突入した。

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