135. 同行する仲間を探そう
『ハッピーライフ』のクランハウス。
ソファーや机、椅子にホワイトボードといった必需品から絨毯や植物などのインテリアまでしっかりと飾られたその部屋に、クランメンバー全員が揃っていた。
緊急会議ということで集められたのだ。
「んでわざわざ呼び出して何の用だ?」
全体への連絡ならばSNSで伝えれば良いだけの話。敢えて集めたということはそうせざるを得ない大事な何かが起きたのだろうと蒔奈は察していた。
「詳しくは言えないんだ」
「はぁ?」
呼び出しておいて言えないとはどういう意味だと蒔奈は眉を露骨に顰めた。
「詳しく伝えようとすると、多分この部屋にとんでもなく強い魔物が出現する」
「はぁ!?」
ダイヤの言葉に一気に部屋の中の空気が引き締まった。どうやら尋常ではない出来事が起きているのだと、ようやく全員が認識したのだ。
「だから皆も、出来る限り質問はしないで欲しいんだ」
その質問の内容が、魔物出現のトリガーになってしまうかもしれない。そしてその魔物はあの洞窟で会ったように赤黒いオーラを纏って強化されている可能性がある。だとするとかなりの被害が出てしまう。ゆえに話の内容に気を付けながら相談すべきだ。
全員が戸惑っているが、このまま伝えるしかない。
具体的な説明無しでも彼らがダイヤを信じてくれることを信じ、話を先に進めた。
「簡潔に説明すると、僕がまた巻き込まれて危険なところに行かなきゃならないんだ」
イベントダンジョンに巻き込まれ、洞窟で謎の現象に遭遇した。
ダイヤが巻き込まれた危険というのはクランの誰もが知っている。
この場の多くの人がダイヤの力になりたいと願う人達だ。
何が起きているかは分からないが、助けになれるのならば出来ることをしたいと考えた。
だが残念ながら今回は誰もが助けになれるとは限らない。
「今回は準備期間がある。でもその分、いつもよりも危険が大きい可能性が高い」
それはつまり、配信で見たイベントダンジョンよりも強い魔物と戦う可能性があるということ。
レッサーデーモンよりも、天使よりも強い魔物と戦う。
つまりそれはCランク以上の魔物かもしれない。
まだ新入生の彼らには明らかに荷が重い。
「それは絶対に団長が行かなきゃダメなことなのか?」
これまで無事に帰って来たダイヤであっても無事に帰って来れないかもしれない。そう思った宇良が、危険を回避する方法は無いのかと確認した。
「ダメ」
はっきりと断言した。
世界が終わるかもしれないから、とまで伝えるのがセーフかどうか怪しいため言えなかったが、ダイヤの強い否定で宇良は納得してくれたようだ。
「『明石っくレールガン』の団長、Bランクの俯角先輩が同行するのは決まってるんだ。後は、誰が同行するかを決めたい」
「おい待てよ。俯角先輩とやらが参加して良いんだったら、強い奴に声かければ良いだろ?」
「それが僕の知り合いじゃなきゃダメって制限があるらしくて」
「なんじゃそりゃ……」
ゆえに世界的な強者を集めて突撃するような力技は実現不可能。
そもそもトップトゥエンティはそんな強者ですら突破できない魔境だ。それと同じくらいの難易度かもしれない扉の先に、今はまだ弱者であるダイヤを中心としたメンバーで挑むなど愚の骨頂。
しかしそうしないと世界が滅ぶかもしれない。
あまりにも理不尽な設定である。
「他に行くのが決まってる奴はいんのか?」
「私は行くわ」
「……私も」
声を挙げたのは音と奈子。
桃花と芙利瑠は悔しそうに俯いている。
「お前らが行かないだなんてよっぽどだな。それだけガチってことか……」
戦闘能力が高い音と、奇跡による一発逆転がある奈子は強敵相手にも役立てるかもしれないが、弱い支援しか出来ない桃花と中途半端なスキル構成の芙利瑠は実力不足だ。そのことを自覚し、ダイヤ達の邪魔にしかならないと考え自分から辞退した。
「では今回は私も行きましょう」
「望君、ありがとう!」
勇者である望ならば十分に戦力になるだろう。ダイヤへの想いも込みで考えれば当然の判断だ。
「『英雄』クラスの三人が行くのなら、私が行くって言っても文句は無いよね」
「長内さん!もちろんだよ、ありがとう!」
密は戦闘技術もさることながら隠密のスキルが非常に便利だ。特に姿を消すスキルは強敵相手でも大いに役に立つだろうし、防御力無視の月光も当たりさえすれば硬い敵に大ダメージを与えられる。
「(後は『精霊使い』クラスからも参加してくれると助かるんだけど……)」
いくらドロップ操作が可能とはいえ、『英雄』クラスと比較すると実力面で言えば大分劣ってしまう。ダイヤが『精霊使い』として今回選ばれたのかもしれないと思うと、念のため他にも『精霊使い』を連れて行きたいところだが、桃花が諦めたように諦めても仕方ないとダイヤは思っていた。
だがしかし。
「俺も行っても良いか?」
「朋?」
なんと朋が立候補したでは無いか。
「ば、馬鹿!何言ってるのよ!あんたなんかすぐに死んじゃうに決まってるじゃない!」
すると即座に向日葵が慌てて止めた。好きな人が死地に向かおうとしているのだ、当然の反応だろう。
「でも俺はダイヤの助けになりたい。そのためにこれまで必死に努力して来たんだ」
「朋……」
出会った時のことを考えれば、確かに朋はかなりの努力をしてきたのだろう。朝の訓練に参加するようになっても、長内程では無いがかなりの持久力を見せている。
「(朋は一番大事なことを覚えているから簡単にはやられない。洞窟で生き延びたのも良い経験で地力がついている。魔法剣に拘っているから、まともな物を持たせれば十分に戦力になるかもしれない)」
そう理屈で納得しようとしたが、そんな理屈など関係なくダイヤは嬉しかった。
この学校に来て最初に出来た男友達が、必死に努力して強くなって隣を並びたいと言ってくれる。これで心が震えない男などいるはずがない。
「(問題は夏野さんを説得できるかどうか)」
向日葵の実力はまだ乏しく、今回はついていこうとしても絶対に止めるつもりだ。彼女は朋と一緒に洞窟を生き延びはしたが、活躍出来なかったらしくあまり成長はしていない。そのことを悔しく思っていて、これから伸びる逸材なのだ。
「絶対に無理!あんたなんかが英雄になんてなれるわけない!」
「俺は英雄になりたいわけじゃない!友達を助けたいんだ!」
「うっ……で、でもあんたには無理よ!」
「無理無理うるさいな!俺は絶対にやるんだ!」
これまで朋と向日葵は何度も喧嘩を繰り返してきた。朋が何かを言うたびに、向日葵は必ず強い言葉を返して来る。それが当たり前だった。
「ぐすっ」
「え?」
だがこの時、初めて彼女は言葉に詰まった。そして瞳に涙を浮かべているでは無いか。
「あんたなんか……死んじゃ……死んじゃっ……馬鹿あああああああああ!」
そして向日葵は走ってクランハウスを出て行ってしまった。
「あ……」
ここに来てようやく朋は自分がとても大きな勘違いをしていたことに気が付いたのかもしれない。向日葵の涙を見て、胸を押さえながら青褪めていた。
「ダ、ダイヤ、俺!」
「確認なんてするな馬鹿!早く行って!」
「お、おう!」
慌てて朋は向日葵を追ってクランハウスを出て行った。
二人の関係が変化する時がついに来たようだ。
「いやぁ。甘酸っぱくてたまらないねぇ」
「ダイヤったらおじさんみたいよ」
「わぁお。それは悲しいから話を変えようか」
いきなりのラブコメ発生に、緊張していた空気が弛緩していた。元のシリアスな空気に戻すのは難しそうだったが、この状況でも遠慮なく手を上げる者がいた。
「俺も行こう」
「常闇君?」
「隠れることは得意だ。役に立てずとも邪魔にはならない」
「ありがとう!」
暗黒の戦闘能力は未知数だが、敵のクランに潜入する大胆さを考えると、魔物に囲まれても冷静に立ち回れる胆力がありそうだ。それは生き残るために大事なこと。
精霊の力を借りた暗闇生成も地味に便利であり、少しも悩まずダイヤは彼の参戦を許可した。
「参加するのはこのくらいかな」
これがDランクダンジョンの攻略であれば十分なのだが、それ以上の難関かもしれないと思うと正直なところ心元ないと言わざるを得ない。だが現状ではこれ以上のメンバーは組めそうにない。
「(僕がもっと上級生と関わっていれば)」
ここに来て、ダンジョンやハーレムハウスばかりに拘り人脈形成を怠って来たツケが回って来た。俯角と知り合ったのだから、彼女を通じて強い人達にアプローチしていれば、状況は全く違っていただろう。
とはいえここで反省をしても仕方のないこと。
現状の戦力で出来る限りのことをするしかないのだ。
そう気持ちを切り替えようとしていたら、クランハウスの入り口が力一杯開かれた。
「ちょい待ち!」
「え?」
入って来たのは参加が決まっているヒョウ耳俯角だ。
「先輩どうしました?もしかして参加させちゃダメな人がいましたか?」
ダイヤ達の会話はポーチの盗聴器を通して伝わっている。そのため、話の中に問題があって慌ててやって来たのかと思ったのだ。
「ちゃうちゃう。そっちじゃなくて、貴石君が忘れている人がいると思って連れて来たんや」
「忘れている人?」
この学校でのダイヤの他の知り合いと言えば、合宿で話をしたことがある人達やロボット先輩くらいで、たとえ彼らが参加を希望して来ても実力不足でお祈りメールだろう。後は湖の釣り大会で関わった先輩方もいるが、彼らとは絆と呼べるほど仲良くはなっていないその日だけの関係だった。
唯一、思い当たる人がいるにはいるが、その人物には後で話をしてみると俯角に伝えてあるため、忘れているだなんて表現はしないだろう。
「ほな、よろしく」
「え!?」
俯角の後ろからクランハウスの中に入って来たのは、確かにダイヤが忘れていて予想外の人物だった。
「狩須磨先生!」
『英雄』クラスの教師、狩須磨。
『仲良くなった人』と考えていたので自然と対象を生徒に絞ってしまっており思いつかなかった。
「でも狩須磨先生は他のクラスの……そうか、昇格試験!」
これが単に話を数回しただけの相手であれば参加条件を満たさなかっただろう。だがダイヤは昇格試験で狩須磨と楽しく話をした経験がある。何か困ったことがあった時、おばあちゃん先生の次に相談したいと思える相手くらいにはなっていた。
「どうやらとんでもないことになっているようだね。私も教師として参加させてもらうよ」
「よろしくお願いします!」
教師を兼任しているが、狩須磨は現役Aランク。
ここにきて最高の戦力が仲間になってくれた。
希望が見えて来た。
しかしダイヤの嬉しい予想外はそれだけでは終わらなかった。
「あれ?そんなに喜んでるってことは私の助けは要らないのかな?」
「鳳凰院先輩!」
なんと躑躅までもが参加するためにやってきたではないか。
ダイヤが後で声をかけようと思っていた人物は彼女である。
「絶対女王も参加するんか!こりゃあ面白くなってきたで!」
「あはは、その呼び方やめてくださいよー」
ダンジョン・ハイスクール二年。
鳳凰院 躑躅。
ダイヤがこの島に来て最初に懸想した女性が、ついに彼の前で動きを見せたのであった。