133. 音のため、桃花達のため、そして次は……規模が大きくなりすぎぃ!
「良かった。やっとお話出来るように……」
『お待ちください旦那様。戦闘モードを崩してはなりません』
「え?」
スピと会話が可能になったので魔物狩りを止めようとしたら、まだ戦闘は終わっていないのだと忠告を受けた。慌ててダイヤは武器を構えて周囲を再度警戒する。
「ダイヤ?」
スピの声が聞こえていないヒロインズと俯角は、ダイヤが急に険しい表情になったことを不審に思う。
「スピがまだ油断するなって。何か来るかも」
その言葉を受けてのヒロインズの行動は素早かった。
音はランスを、芙利瑠は修理完了したバールのようなものを、桃花は護身用のナイフを、奈子は大きな杖を咄嗟に構えて警戒モードに入った。彼女達がダイヤの言葉を疑うなどありない。ダイヤが警戒するのならば自分達も警戒するのは当然だった。
「うひゃ~、切り替え早いわ。つーか何が来るん?」
「分かりません。スピ、教えてくれる?」
警戒を緩めず、ダイヤは脳内スピに尋ねた。せめて自分の言葉だけでも皆に届けようと、脳内で考えながら同時に口に出すという、やろうとすると案外難しいことをやってみる。
『私も分かりません。ですが、私がこうして旦那様と話をすること、そして旦那様にある種の話を伝えることで何かが来る可能性がございます』
「僕とスピが話をすると魔物が来る?」
『普通の会話だけならば平気でしょう。ですが……』
「それだけ重要なことを今から言おうとしていると」
『はい』
俯角達は会話の内容を詳しく聞きたいところだけれど、ダイヤの口から不穏なセリフが告げられてしまったため、警戒を強めて待つしか無かった。
「もしかしてスピがこれまで回復を拒否してたのもそれが理由?」
『いえ、それは全く別です』
「そ、そうなんだ」
スピを怒らせて嫌われてしまったかもしれない。ダイヤのその不安は杞憂だったかもしれないと希望を抱きかけたが、まだその不安は解消出来なかった。ダイヤ的にはそっちの方が気になるのだが、今そんなことを言ったらそんな場合では無いと本気で怒られるだろう。仕方なくダイヤは彼女が今言おうとしていることを素直に促した。
「スピは僕に何を伝えようとしているの?」
『あの扉の向こうで、あるお方が旦那様を待っています』
「え?」
あの扉。
このタイミングで話題に出てくる扉など一つしか考えられない。
赤黒いオーラを纏った開かない扉。
「待って待って。あれどうやっても開かないんだよ」
そのダイヤの言葉に俯角の眼がカッと大きく見開いた。スピがあの扉を開ける方法を知っているかもしれないと察したのだ。
「(くぅ~、スピちゃんの声が聞きたい!直接お話がしたい!)」
今のうちに魔物を大量に集めて、スピが実体化するまでダイヤに倒して貰おうかと本気で考え始める。
『いえ開きます。中に入れる資格を有する者以外があの部屋に居なければ良いのです』
「中に入れる資格を有する者?」
『はい。それは……来ます!』
「!?」
慌てて思考を会話から周囲の警戒に切り替えると、四体のサウンドウェイブケイブバットが出現した。その姿を見て音が驚愕の声を挙げた。
「赤黒い!?」
これまで倒して来たサウンドウェイブケイブバットとは違い、体全体が赤黒いオーラで覆われていたのだ。それだけなのに一気に禍々しい雰囲気に変貌し、見ているだけで震えあがってしまいそうになる。
ただし俯角は除く。
『キィー!』
「アースウォール」
サウンドウェイブケイブバットが音波攻撃を放ってきたが、俯角が分厚い土壁を出現させて簡単に防いだ。ガガガガと物凄い勢いで土壁が削られるが、削られると同時に復活させているため破壊される雰囲気は全くない。
「す、すごい……」
四匹の音波攻撃を軽々と受け止める土壁の強固さにダイヤ達は心底驚いた。だが驚くのはまだ早い。
「キィキィキィキィうるさいっちゅうねん。こっちは大事なところで忙しいんやから寄ってくんな。アースアイシクル!」
天井から大量の土のツララが湧いて出たかと思ったら、それらが一斉にサウンドウェイブケイブバットに降り注ぎ、四体の身体を貫いたのだ。広範囲の面攻撃をされては避けることなど出来る筈もない。
「(土壁を削る威力から考えると、アレは僕達が戦ったサウンドウェイブケイブバットよりも強い。もしかしたらCランク相当の実力があるかも。それを一蹴するとか俯角先輩凄いな。流石Bランク)」
俯角は大手クランの団長であり、そのランクは学生トップのBランク。多少強化されてようが、サウンドウェイブケイブバットごときは敵ではないということか。
ただしスピのことが気になりすぎて、サウンドウェイブケイブバットがオーラを纏っていたという異変をスルーして調査せずに普通に倒してしまったのはご愛敬と言ったところか。後で副団長にしこたま怒られるに違いない。
「スピ、大丈夫そうだから話の続きをお願い」
『やはり抵抗されましたか』
「抵抗?」
『そのお話は扉の中で。今はまだあの程度の強さの敵で済んでいますが、これ以上はどうなるか分かりません』
「う、うん。分かった。一先ず先をお願い。資格の話だったよね」
もしも今の状況で俯角でも手に負えない魔物が出現したら大惨事になってしまう。彼女はダイヤを守ってはくれるだろうが、ヒロインズはダイヤが守らなければならない。彼女達を失うような危険が起こり得ると分かっていて、呑気にスピを質問攻めにするだなど出来る訳が無かった。
『扉の中に入れる資格とは、旦那様に加え、旦那様と絆を結ばれた方々でございます』
どうして僕が!?
と抗議したかったが、余計な質問は強敵出現のきっかけになるかもしれないと思うと言えなかった。その代わりに資格の具体化について求めた。
「絆っていうのは、音とか桃花さんとかのこと?」
『いいえ、旦那様が心を許した相手であればどなたでも構いません』
「つまり僕と仲が良い人だけがあの扉の中に入れるってことなんだね」
『はい』
ハーレムメンバーだけでは無く、これまでダイヤが関係を深め、絆を結んだ相手であれば誰でもダイヤと共に扉の向こうに行ける。そしてその扉の向こうでは何者かが待っている。
「それうちも行けるよな!な!な!ななななななな!」
ダイヤの言葉に反応し、俯角がダイヤの肩を思いっきり掴み、大興奮して鼻がぶつかるほどに顔を寄せて来た。キスの距離なのに全く色気を感じられないのは彼女の顔が他人に見せられない程にふんすかしているからだろうか。
「うわ、俯角さん!スピ、ど、どうかな?」
『大丈夫だと思います』
「いけそうだって」
「いいいいやったあああああああああああああああああああああ!」
その姿はまさに狂喜乱舞という表現が正しいだろう。満面の笑みで訳の分からないダンスを踊りまくり喜びを表現している。
扉の向こうに何が待っているかは分からない。
だが俯角の勘が正しければ世界の真実の一端が明かされるかもしれないのだ。
その場に居合わせることが出来ると言うのは、世界の秘密を追う学者としてこの上ない至福の一時に違いない。
「うち貴石君のことを信じて良かった!大枚叩いてスキルポーション買って良かった!うわああああん!」
「ちょっ、俯角さん!? まだ中に何があるか分かってないんですから!」
喜びのままにダイヤに思いっきり抱き着いて、まるで少女の様に嬉し泣きする俯角の様子を『明石っくレールガン』のメンバーが見たらなんと思っただろうか。恐らくは『あの冷徹無慈悲な強欲女王が泣いている!?』などと驚きすぎて信じられず、裏があるのではと疑ってしまうだろう。ダイヤの前では普通なのに、裏で一体何をやってやがる。
「ステイ!俯角先輩ステイ!」
「それ以上はダメです!」
「全く動かない!?」
「……なんて力!?」
俯角を剥がそうとヒロインズが必死だ。しかし地力の差が違いすぎるからかびくともしない。
「何や嫉妬かいな。ほならうちも貴石君のハーレムに入れば良いやろ。もしうちが知りたいことが全部分かったら、一生かけて尽くすわ。どんなエロエロなプレイでも喜んで全力でやったるで」
そう言いながら今度は露骨に体を押し付けてくる。テンション爆上げによる暴走であり、後で恥ずかしくなるやつである。
「あはは。お気持ちだけで結構です」
「なんでや!これでもうち美少女だっていう自覚あるんやで!」
「俯角先輩は知りたいことを知っても、また新しいことを調べたくなるでしょうから」
「…………」
恋や愛など俯角には似合わない。
たとえ今の不思議が満たされても、新しい不思議に興味を持つに違いない。ダイヤに体を捧げられても心は捧げられない。彼女の心は常に不思議のものなのだ。
「…………こりゃあ彼女達が堕ちてハーレムでもええって思う訳や」
相手の心に潜り込み欲しい言葉をかけてくるダイヤの恐ろしさを知った俯角は、珍しく心臓をドキドキさせながら体を離した。ヒロインズのダイヤへの想いを理解し、これ以上余計なことを知りたくなる前に退くことにした。
「ほな。うちはしばらくアレらと戦ってるから、話終わったら後で結果聞かせてな」
俯角は赤黒いオーラを纏った魔物との戦いに専念し、気持ちを切り替えることにしたようだ。そんな彼女の戦う姿を見ながらダイヤはスピに問いかける。
「スピ、他に何かある?」
『万全の準備を整えてください』
「それってつまり……」
『最も強い人を選び、装備とアイテムを万全にし、十分に鍛えて下さい。もちろん私も力になります』
「わぁお。あの中それだけヤバいんだ」
これまでのように唐突に巻き込まれた訳ではなく、準備時間が設けられている。だがそれでも準備してしすぎることはないくらいに準備しろとスピは警告する。
結局難易度が異常に高いことに変わりは無いのであった。
「期間の指定はある?」
『出来る限り早い方が望ましいです』
「遅くなると何が起きるの?」
誰かが待っているから扉の中に入って欲しいとお願いされたが、それだけだと危険に飛び込む理由としては弱い。万全の体勢を整えろというのであれば、何年も鍛えて強くなってから入りたい。
しかしスピは早く入れという。その理由はとんでもないものだった。
『世界にオーラが増え、多くの人々が暴走し、滅亡します』
音のために体を張り、桃花達のために体を張り、その次は誰かと思ったらいきなり世界の為に戦わされることになるのであった。