132. やっと君の声が聞けたよ!
「俯角先輩、こんにちは」
「来てくれたんか!サンキュな!」
ダイヤ達が閉じ込められた洞窟の出口にて、未だ洞窟の調査を継続している俯角にダイヤは会いに来た。正確には洞窟の調査状況がどうなっているのかを確認しに来たのだが。
あの時の不思議な体験はダイヤの心の中に印象深く残っており、ずっと気になっていたのだ。
「つーか、なんつー大所帯やねん」
「彼女達は心配症でして」
「お久しぶりです先輩。あの時はお世話になりました」
「初めまして!李茂です!」
「わたくしも初めましてですわ。金持です」
「……木夜羽……よろしく……お願いします」
当初はダイヤ一人で来るつもりだったのだが、ヒロインズが絶対に着いて行くと譲らなかったのだ。
「ダイヤを一人で行かせたら、絶対あの扉の中に入る羽目になると思いまして」
「止める為に来ました!」
「それが無理でも共に進むために」
「……絶対……無茶……させない」
「愛されてるんやなぁ」
「あはは、ありがたいことに」
特に前回関われなかった音はダイヤの腕をきつく抱き、絶対に離さないと言わんばかりの態度だ。
「まぁええわ。音ちゃんはともかく、貴石君がダメなら他の子らにも協力してもらおうかと思てたところやから」
「それはやっぱりあの扉の事ですか?」
「せや。どうしても開かないねん。あんたらなら開けられるかもしれないと思うてな」
赤黒いオーラを纏った扉。トゥエンティワンでは無いかと噂されているそれは、俯角達がどれだけ試しても開かなかった。ゆえに扉の中がダンジョンに繋がっているかどうか分からないのだ。
だが扉の出現に関係しているダイヤ達であれば開けられるかもしれない。ゆえに今回俯角がダイヤに協力を求め、ダイヤも洞窟の中が気になっていたので喜んで引き受けたというのがここまでの流れである。
「つーかうちがここで調査してる間に、ま~たとんでもないもん見つけたそうやな」
「あはは。大した物じゃないですよ」
「んなわけあるかい。おかげさまでうちらもここの調査よりもそっちを優先させられるところやったわ」
「それはそれは。失礼しました。でも俯角先輩は断りそうですけど」
「よ~く分かってるやないか。うちにとっては転職なんかよりもこっちのほうがえらい大事だかんな」
『明石っくレールガン』と繋がっている外の組織からは中級転職ポーションや上級転職ポーションの存在を調べろとせっつかれているが、俯角はそれは自分達の仕事では無いと突っぱねていた。興味はあるがダンジョンの秘密を解き明かす方が彼女にとって遥かに大事だからだ。外の組織もそのことを分かっているが、ダイヤに聞けば何か追加情報を得られるかもしれないと思うと放っておくことも出来ず指示を出してきたと言ったところだろう。
「(エセ関西弁がいつもよりもガタガタな気がする。かなり疲れてるのかな)」
調査結果が芳しくなく、その上で転職ポーションに関する仕事も増えそうとのことで精神的にしんどいのかもしれない。良く観察すると、いつもの朗らかな雰囲気の中に明らかな疲れが見えた。
「そんじゃ詳しい話は中でしよか」
「はい」
俯角に連れられて五人は洞窟の中へと足を踏み入れる。怖い思いをした場所だ。桃花達は怯えるかと思いきやそんなことは全く無く、ダイヤに至っては『今日の俯角先輩のつけ耳は何耳なんだろう』などと考えているくらい心に余裕があった。ちなみにチベットスナギツネ耳である。
中に入るとまずは小部屋があり二つのルートに分かれている。正面のルートがダイヤ達が来た方向で、右側のルートが朋達が来た方向だ。
「あっちは壁画の迷路だって朋から聞きましたけど、何か発見在りましたか?」
「いんや。同じような壁画が続いているだけで、隠し通路も何もまったくあらへん。恐らくはハズレや」
「ハズレ?」
「向こうとこっちで起きたイベントの差を考えれば明らかやろ」
「確かに僕達の方は異常なことばかり起きましたからね……」
赤黒いオーラを纏ったボスの出現から、壁画の明滅と地面から飛び出したオーラの奔流、そして扉の出現。朋の方はただのダンジョン探索だったらしく、イベントの濃度を考えればダイヤの方が本命と考えても不思議ではない。
ゆえに今回も朋が通ってきた方には向かわず、『DOGGO』と対峙した大部屋へと足を踏み入れた。
「ここってこんな感じになってたんだ」
当時は常闇が部屋の中を暗くしていたため良く見えなかった。今は闇が晴れ、部屋の様子がくっきりと見えている。
「あんまり変わり映えしないんだね」
「似たような壁画ばかりですわ」
「……ワンパターン」
壁には壁画が埋め込まれていたけれど、その内容は他の場所と変わらず丸い物体が人々を喰らおうとしているものだった。
「よっぽど伝えたい何かがこの壁画にはあるんやろな」
「その何かって判明しました?」
「分からへん。ただやっぱり、あの丸い何かに気をつけろっちゅー警告じゃないかって考えるのが自然とちゃうんかな」
「そうですか……」
お前達も近いうちに襲われることになるのだから準備しろという警告。あるいは怯えるが良いという脅しか。
どちらにしろ、この壁画に書かれた内容に近いことが地球で起こりうる可能性がそこそこ高いというのが『明石っくレールガン』の見解だった。
『DOGGO』を捕らえた部屋から先に進むと、キングコブラと戦い扉が出現した部屋になる。
「こっから先やけど、ヘビとかハチとかが出てくるから気いつけてな」
「え? ボス部屋なのに魔物が出てくるんですか?」
「せや。なんでか分からへんけど出てくるんよ。頻度は少ないし、人がぎょうさんおるから危険度は低いけどな」
「(確かあの時、洞窟が派手に動いてたし、その影響で変になっちゃったのかな?)」
理由はさておき、魔物が出るなら警戒するに越したことは無い。音はしぶしぶダイヤの腕を離し、ダイヤは小剣を装備して万が一に備えた。
「なんや、うちらに任せてれば平気やのに」
「念のためですよ」
「せやな。目の前に出るかもしれへんから準備は大事か」
『明石っくレールガン』のメンバーの大半はダイヤ達よりも実力が上だ。雑魚魔物が出て来たとしても、よそ見をしながらでも倒せるだろうし、万が一のための回復アイテムも山ほど用意してある。しかしそれでも奇襲される可能性は無いとは言い切れないため、ダイヤ達は警戒しながら中に入ることにした。
「それじゃあ入るで」
そこはダイヤ達の記憶にあった通りの場所だった。周囲は壁画で囲まれ、巨大な円状の何かが地球を喰らおうとしている絵が描かれ、そして部屋の中央に禍々しい扉が鎮座している。
一つ違うのは大量の生徒達が調査をして賑わっているところだろう。
「うっ……」
「ダイヤ?」
扉が放つ赤黒いオーラを目にしたダイヤは、当時と同じく不快な気持ちに襲われて胸を抑える。桃花もまたダイヤ程では無いが嫌悪感に襲われ顔が歪んでいた。
「テンションアップ!」
「ありがとう。助かったよ」
たまらず桃花が気分を高揚させるスキルを使い、二人の気持ちが落ち着いてきた。
「ふむ。やはり『精霊使い』はあのオーラに強く反応する傾向にあるようやね」
「そうなんですか?」
「君達以外の『精霊使い』に協力してもらい実験したところ、似たような傾向があったんだと」
「じゃああのオーラは精霊なんですか?」
『精霊使い』は精霊とコミュニケーションを取ることが出来る。赤黒いオーラに何かしらを感じるということは、あれも精霊に関係する何かでは無いかとダイヤは想像した。
「あるいは『精霊』に反する存在か、やな」
「反する?」
「敵対とか、そいう関係の事や。『精霊使い』は精霊を好ましく感じるからこそ、精霊に仇なす存在を嫌悪する」
「確かに言われてみると、精霊さんとは真逆の雰囲気な気がするかも」
ただし言われたからそう思い込んでしまっている可能性もありえる。俯角としては精霊の存在もダンジョンの真実に関係している可能性が高いと踏んでいてダイヤの考えは非常に興味があるが、これ以上何かを伝えてしまうと俯角の言葉が正しいと本当に刷り込んでしまいそうだったため話題を広げるのをぐっと堪えた。
「貴石君はトップトゥエンティの攻略を目指しとるんやろ。なら早いこと慣れへんとな」
「はい」
「ということで、練習がてらあれ行ってみよっか」
「そんな前フリ入れなくてもやりますってば」
ここに来て赤黒いオーラに怖がって扉に触れたくないなどと言われるのではないかと俯角は少し心配だったのだ。だがダイヤは多少怖くなった程度であれば一度やると決めたことを翻すようなことはしない人間だ。
「それじゃあやってみるね」
ダイヤが前に出ると扉を調査していた生徒達がどいてくれたので、恐る恐る扉に手を伸ばす。
そのまま開いた拍子に中に入らないようにと、ヒロインズはダイヤの身体をがっしりと抑えていた。過保護すぎだが、ダイヤのこれまでを考えると中に入らない可能性の方が低く思えるのだ。ダイヤは自分でも似たようなことを感じているため、彼女達の行動を止めなかった。
そして手が扉に触れる直前、ダイヤは躊躇するようにその手を止めた。
「ふぅ~……」
軽く深呼吸すると、思い切って扉に手を触れる。
「…………開かない」
触れた瞬間に何かが起きることも無く、赤黒いオーラがダイヤに何かしてくる気配も無く、それならばと力を入れて押しても開く気配が無かった。いきなり危険な目に遭うことは無いと分かり安心したのか、ダイヤは様々な角度から扉を押し引き試してみる。
「…………やっぱり開かないや」
「貴石君でもダメだったかいな」
「私もやってみる!」
それではと桃花、芙利瑠、奈子、おまけに無関係の音も試してみたがびくともしない。ダイヤ達がキーになっているかもしれないという俯角の期待は残念ながら外れてしまった。
「力になれなくてごめんなさい」
「ええって。こればかりはしゃーない」
がっくりと肩を落とす俯角。
実は一か月以上もこの洞窟を調査しているが、新たな発見が全く無いのだ。明らかに何かありそうな場所なのに、何も見つからない。すでにこの場所に関する考察は煮詰まり始めている。そろそろ潮時かという空気がクラン内に流れ始めていることに俯角は焦っていた。
「(でもうちの勘は絶対にここで真実が明らかになるって言うとるねん)」
ダンジョンの秘密を解き明かすというクランの長年の夢が叶う時がすぐそこまで迫っている気がするのだ。先輩方から託された想いが結実し、己の真実を知りたいと渇望する心が満たされる予感。
だがそんな曖昧な感覚だけでクランメンバーをいつまでもこの場所に縛り付けてはいられない。調べる場所など山ほどあるのだ。
「(うち一人でやるしか無いか……)」
撤退の命令と、ソロでの探索継続。
俯角がその決断をしようとしたその時。
「あ!」
突然ダイヤが叫び声をあげ、何事かとそちらを見たらハチの魔物がダイヤの目の前に出現していた。
「もう、びっくりさせないでよ!」
ダイヤはそれをあっさりと小剣で斬り裂き撃破する。
「(なんやそれだけか)」
てっきり何かを見つけたのかと淡い期待を抱いてしまったが、そんな都合の良いことがあるわけがないと俯角は苦笑する。
だがしかし。
「え?え?あれ?何で?」
魔物を撃破したダイヤが何かに戸惑っている。ダイヤの視線は倒した魔物が変化した緑の靄に向けられていた。
「(靄が彼の身体に吸収されている?)」
それが何を意味するのか。俯角は以前ダイヤに根掘り葉掘り聞いた時に、その現象についても説明を受けていたことを思い出す。
「まさかスピ!?」
言葉を話せる精霊スピ。
彼女ならばダンジョンについて何か知っているかと思ったのだが、彼女は負傷して以来回復を拒否してダイヤの中で眠っていると聞いていた。緑の靄の吸収は経験値入手か彼女の回復や成長行為にあたる。ダイヤが驚きつつそれが行われているということは、彼女が回復を許可しているということではないだろうか。彼女から情報収集できるチャンスがやってくるのではないか。
「スピが回復してくれた……というか自分から回復した!」
ダイヤの意思とは関係なく緑の靄を吸収して己の糧とする。そんなことが出来ることにも驚きだったが、それ以上に彼女が回復する意思を見せてくれたことがダイヤには嬉しかった。
「貴石君!」
「うん!」
俯角とダイヤは慌てて洞窟の先へと進む。
「待ってダイヤ!一人はダメ!」
「そうだよ!それに何が起きたのか教えて!」
「わたくしたちも一緒ですわ!」
「一人はダメ!」
ワンテンポ遅れてヒロインズも二人の後を追う。
「スピが目覚めそうなんだ。だから魔物を狩らなきゃ!」
扉のある部屋では魔物の湧きは少ない。ゆえに沢山湧く場所へと移動して急ぎ魔物を狩ることにしたのだ。ダイヤはスピを治したいがため、そして俯角は彼女から話を聞きたいがため。
彼らは協力して魔物をダイヤの元へと集め、ダイヤはひたすら魔物を倒して靄を吸収する。
そしてその結果。
『お久しぶりです。旦那様』
「スピ!!!!」
まだ姿は見せられないが、脳内でスピと会話することが出来るようになったのだった。