131. 球技大会で活躍したった
今日は球技大会。
好天に恵まれ、ダイヤは一年生男子としてクラスメイトと共にハンドボールに参加していた。
「ダイヤ!」
「任せて!」
シュートエリア付近で相手の守備選手に囲まれた朋は、コートの中央付近から走ってくるダイヤに向けてパスを出そうとする。
「させるか!」
しかし守備選手の一人がダイヤの進行方向に立ち、パスを通させてもシュートはさせまいと壁になる。ハンドボールのルール上、シューターとゴールの間にディフェンスが予め入り込んでいた場合、シュート時にディフェンスに当たってしまうとファウルになってしまう。
咄嗟の判断で朋は守備陣の視線を己の身体で隠すように移動してダイヤが走り込む別のコースを作り出し、すれ違い様にパスをした。
「いけ!」
「おりゃああああ!」
コースさえ開いてしまえばそこからはシューターの独壇場。ダイヤがシュートのためにボールを保持した時点でシューターの動きをディフェンス側が邪魔することは出来ない。
とはいえフリーでシュートを打てるとしてもゴールは簡単ではない。
ハンドボールはフットサルのような小さなゴールがあり、その前にキーパーが待ち受けている。しかもゴールから半径六メートルの半円内は足を踏み入れることが出来ず、遠くから狙わなければならないのだ。
ダイヤは力強く地面を踏み込むと勢い良くゴールに向かって跳び、そのまま空中で手にしたボールを思いっきり投げた。ゴールから半径六メートル以内であっても空中の侵入は反則では無くジャンプシュートは認められているのだ。このシュートの派手さがハンドボールの魅力の一つである。
ダイヤが投げたボールはキーパーの足元をバウンドし、見事にゴールに吸い込まれた。
「うおおおお!」
「かっけぇ!」
「完璧に決まったな!」
鮮やかで迫力のあるシュートに観客達は湧き立った。
「ないっしゅー」
「コース開けてくれてありがとう!」
ダイヤと朋は軽く拳をぶつけあいお互いの健闘を称え合う。
「ちょっとダイヤ格好良すぎない?」
「うわぁ。うわぁ」
「流石貴石さんですね」
「……マジやばい」
そんなダイヤの姿を見て、会場で応援していたヒロインズが語彙を失くしながら興奮して喜んでいた。
それだけではない。
「なにあれヤバすぎない?」
「貴石君ってあんなに格好良かったっけ?」
「ドキドキが止まらないんだけど」
「素敵……」
「きゃ!今私の方を見て笑った!」
学校の女生徒達がダイヤの魅力について気付いてしまったのだ。
これまでのダイヤの印象は、見た目は可愛い、あるいは人畜無害そう、ハーレム志望のエロい奴、試合とはいえ容赦なく人を攻撃出来るヤバい奴、誰かのために命をかけて必死に戦える人、などなど様々だが、そこに『格好良い』というシンプルな魅力を抱いている人は少なかった。
配信ではその『格好良い』姿を存分に晒していたのだが、浮世離れした映像だらけのため現実感が湧かなかったのだ。
だが今回、スポーツという分かりやすい活躍の場で格好良いジャンプシュートを綺麗に決めてみせた。シュート後の朋との爽やかなグータッチの流れも含め、ナチュラルに格好良くて見惚れてしまった被害者が大量発生した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ダイヤが沢山の異性から恋色目線を受けることが面白くないのはヒロインズだ。私達が先に好きになったのでお前ら余計なことすんじゃねーぞと思わず威嚇したくなるが、そんな姿をダイヤに見せたくもない。
もやもやする気持ちを抱えたヒロインズだが、その気持ちはすぐに霧散する。
「ふっ」
「あはは」
「おーっほっほ!」
「……ふふ」
もやってしまうだなんて馬鹿馬鹿しい。お互いの顔を見てそう思いながら笑ってしまった。
ダイヤが魅力的なんて当たり前の事では無いか。
それに今更掌返しするような異性をダイヤが気にいるわけがない。
ダイヤへの黄色い声援は彼の魅力が正しく評価されたことであり、それは喜ばしいことだ。そんな彼に選ばれた自分達を誇りに思う。
「ダイヤ!もっと格好良いところ見せて!」
「どんどん点入れちゃえ!」
「やっちゃえですわ!」
「……がんばれぇ」
愛しい人達からの声援を受けたダイヤはサムズアップで答え、更にやる気を漲らせる。
「くそ、これ以上やられてたまるか!」
「俺達はお前らの引き立て役じゃねーんだよ!」
「絶対倒す!」
一方で相手チームの選手達も怒りの形相で奮起する。
ダイヤ達の対戦相手は『芸術』クラスと『科学』クラスの合同チーム。スポーツは得意では無いが、一方的に凹されて相手を褒めさせるだけというのは男のプライドが許さなかった。
「易素君!細目君と交代して!」
試合が再開する前に疲れが見えていた易素と控えの細目を交代させる。
ハンドボールの出場選手は七名。『精霊使い』クラスは男子が七名で全員が球技大会に参加するため人数は揃っているのだが、控えがいないと何かあった時にチームを組めないため、参加人数が少ない他のクラスと組むことになった。それが『商売』クラス。
『商売』クラスは球技大会に出店側で参加しているため、クラスでハブられている宇良だけが球技に参加している。つまり『精霊使い』クラスプラス宇良の八名のチームだ。
「ちょっと朋、あんたパスばっかりじゃないの!」
「うるせえな!役に立ってるんだから良いだろ!」
「役に立たせてもらってるの間違いじゃない?」
「なんだと!?」
「悔しかったら少しは格好……シュート決めて見なさいよね!」
「くそ!」
向日葵が朋を煽り、格好良い姿を見たいとせがんでいた。当の本人は煽られているとしか思っていないようだが、果たしていつになったら本当のことに気付くのだろうか。
「ディフェンス!」
「いくぞおおおお!」
ダイヤ達がチヤホヤされればされるほど相手のモチベーションは上昇する。とてつもない気迫で迫ってくる相手に、ダイヤ達は自陣に戻り守備陣形をしっかりと敷いて迎え撃つ。
「ケッ、こ、こ、来いやあああ!」
ゴールキーパーは巨星。ビビリを克服するためにと立候補した。ハンドボールのキーパーは、相手のシューターが物凄い勢いで迫ってくるため結構怖い。特にジャンプシュートを撃たれると自分との距離が一気に近くなるから迫力満点だ。
「び、びび、ビビッてなんかねーからな!」
重要なのは守備で相手の攻撃を止めシュートを撃たせないこと。シュートを打たれるにしても不十分な体勢にさせること。
ダイヤは相手が走り込むコースを事前に予測して体を割り込ませることでジャンプシュートを撃たせない。
「くっ、剥がせない!」
それならばとライン付近でボールを受けて強引に突破しようにも、反射神経が良くて力もあるダイヤとまともにやり合おうものなら、手首や腰を掴まれてあっという間にボールを奪われてしまうだろう。ハンドボールは正面からならボディコンタクトが可能なのだ。
「こっちだ!」
「すまん!」
たまらず一旦バックパスをするが、消極的なパス回しが続くとそれはそれで反則になるから急いで攻めなければならない。バスケットボールと同じで三歩までしか歩けず、しかも三秒以上保持はアウトなのでスピーディーなボール回しが求められる。
スポーツが苦手な人達にとっては中々に辛いルールだ。
だがダイヤ達に一矢報いたいと願う彼らの執念がシュートまでこぎつけた。ゴールに向かって右側の角度が無いところ。ゴールを決めるには高いシュート技術が必要だが、フリーになった『芸術』クラスの生徒は思い切って腕を振り抜いた。
「させねーよ!」
「くそ!」
ボールはかなり際どいコースに飛んだが、ギリギリで巨星が体に当てて防いだ。
「走れ!」
攻守逆転。今度はダイヤ達が攻める番だ。
「貴石を止めろ!」
「お、おい、ライトに来たぞ!?」
「構わん。複数人でマークに当たれ!そいつにだけは決めさせるな!」
これまでは中央から切り込む形でシューターの役割を果たしていたダイヤが、ライトのシュートライン沿いへと向かった。中央ライン付近でこれまで体を張っていたところには宇良が、そしてこれまでダイヤが居たところには朋がいる。
数回のパス回しの後、ボールはライトにいるダイヤに渡った。
「来い!」
「これ以上は撃たせない!」
「美少女ばかり侍らせやがって!」
三人がかりで進路を塞ぎ、ダイヤにだけは絶対にシュートを撃たせまいと必死だ。
「(ここで突破してサイドから決めるのも格好良いけど……)」
今回のダイヤの役割は囮だ。相手がダイヤに拘っていることを利用して引きつけた。ダイヤに守備が偏るということは、他の人がフリーになるということ。
ダイヤは侵入不可ゾーンに向けて、ふわっとボールを優しく投げた。
「!?」
「!?」
「!?」
それはゴールに向かっていないのでシュートではない。かといって威力が弱いのでレフトにも届かずパスでもない。苦し紛れのミスなのかと相手選手達が不思議に思う中、朋が思いっきり走り込んできた。
「うおおおおおおお!」
中央付近から一気に走り込みスカスカのディフェンスラインの隙間から思いっきりジャンプすると、宙にふわりと浮いたボールを右手でワンハンドキャッチし、そのまま勢いに任せてシュートをした。
スカイプレーと呼ばれるハンドボールで最も花があるプレーである。
「よっしゃああああ!」
物凄い勢いに相手ゴールキーパーは怯えるだけで一歩も動けず、朋のシュートは見事にゴールに吸い込まれた。
「ないっしゅー!」
「ナイスパス!」
体育の授業で何回か練習したが、ここまで綺麗に決まったのは初めてだ。あまりの嬉しさにダイヤと朋は駆け寄り、力強くハイタッチした。
パァン!
項垂れる相手選手、喜ぶ仲間達、盛り上がる会場。
ボルテージが最高潮の中で、朋は煽ってきた向日葵に向けてビシっと指さした。
「どうだ!見たか!」
すると目が合った向日葵はくるっと後ろを向いてしまったではないか。
「ちょっ!なんで後ろ向くんだよ!嫌がらせするにも程があるんだろ!」
「う、うう、うるさい馬鹿!」
あまりにも格好良すぎて照れて見ていられなくなったのだ。
「(夏野さんもう引き返せないね)」
洞窟で共に冒険をして仲を深め、気になっていたところに格好良い姿をビシっと決められたら、彼女の朋への気持ちは確固たるものになってしまっただろう。見ている方としては楽しくて仕方がない。
「まぁまぁ怒らないで。文句を言わせないくらいにもっと格好良い姿を見せちゃおうよ」
「う~ん。まぁそうだな。うし、やったるか!」
朋を別の意味で煽り更に向日葵にトドメを刺そうとするダイヤはある意味鬼畜であるが、ヒロインズからは『よくやった』の視線をもらっている。
ハンドボールは授業で練習した程度の素人同士。だが基礎的な運動能力に明らかに差がある以上、これから先はダイヤ達による華麗なプレイの連続という虐殺ショーにしかならないのであった。
「やった勝った!」
「うおおおお!」
「次も勝つぞ!」
「相手は何処だ?」
「『体育会系』クラス」
「…………」
ただし運動能力が優れていようが元々スポーツが得意な面々には歯が立たず、ダイヤ達は二回戦であっさりと姿を消すことになってしまうのだが。
仕方なく女子達の応援に力を入れることにしたダイヤは、体操服姿で躍動するヒロインズの姿を色々な意味で堪能して満足するのであった。
ダイヤ的に最高に楽しかった球技大会の少し後、世界に激震が走る大事件が発生する。
それはダンジョン史におけるターニングポイント。
次の試練はもうすぐそこまで迫っていた。