130. ハッピーライフな日常
クランを結成したことでダイヤの日常はこれまで以上に慌ただしくなった。
朝は四時ごろに起床する。
洗面所で顔を洗っていると、可愛らしいパジャマを着た眠気眼な女性陣がやってくる。寝起きで油断した姿をじっくりと観察するととても幸せな気分になれる。
「…………見ないで!」
一方で女性陣は雑な姿をダイヤに見られたことに気付き、眠気が一気に吹き飛び覚醒する。そして強引に洗面所から追い出されるのが恒例行事だった。
身嗜みを整えると朝のトレーニングの為に森の外へと向かう。そこには密だけでなく、クランメンバーが勢揃いしていた。ダイヤ式トレーニングを取り入れ、強くなりたいと願う向上心の塊だ。
「……ふわぁあ……がんばる」
一部、未だ早起きになれない奈子のようなタイプもいるが、今では柔軟をしているうちに目が覚めて、その後の地獄のランニングにも参加している。
もちろんそこには新規参入した商人の宇良、アイドルの閃光、カメラマンの真実も含まれている。
「はひっ、はひっ、はひぃ……らめぇ……お墓から蘇っちゃうぅ……」
「閃光さん頑張るね」
「アイドルは体力が資本なのです☆!」
宇良は高ランクダンジョンに入り自力で様々な商品を集めるため。
閃光はアイドルとして体力が必要なため。
真実は高ランクダンジョンの写真をとるため。
それぞれ体を鍛えるための目標があり、自発的に朝のトレーニングに参加している。
「も、もう無理!」
「オエー!」
「…………(ピクピク)」
毎回走り終わると死屍累々の姿になるのだから、きっと効果があるに違いない。
ちなみにダイヤは最近足場の悪い森の中を走っている。流石に深い森の中ではぐれて迷子になったらまずいので誰もついていけず、密が悔しそうに歯噛みしていた。
ランニングが終わると各自のトレーニングタイム。ダイヤは密と模擬戦をしながら、疲れ果てて動けない奈子に授業の問題を出して貰っていた。
「元素記号の十二番目は?」
「え……ええと……」
「月光!」
「うわ、危ない!マグネシウム!」
考え事をしながら戦うなど危険極まりない。だがこの二種類のことを同時にやるということが『並列思考』スキルを覚えるきっかけになるのではと思いチャレンジ中なのだ。
「考え事してるのにどうして勝てないのよ!」
このトレーニングの最初の頃は密が圧勝していたが、慣れてきた今ではダイヤは簡単には攻撃を受けない。そのことが密にとってあまりにも悔しく、ムキになって全力で攻撃を仕掛けるのであった。
そうして朝のトレーニングを終えると解散し、ダイヤ達はハーレムハウスでシャワーを浴びて汗を流す。その後は居間に集合して朝ご飯を頂く。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
今日の朝食は桃花がリーダーで、焼いたトースト、スクランブルエッグ、ポテトサラダ、コーンスープ、ヨーグルトと豪華だ。とはいえトーストとスクランブルエッグ以外は昨晩に作って置いたものであり、トーストを焼きながらスクランブルエッグを全員分一気に作るだけなのでそれほど手間はかかっていない。しかも一人では無くハーレムメンバーで協力して作っているので猶更楽勝だ。
「うん、美味しい。今朝のはこのポテサラが一番好きかも」
「やった!」
昨晩桃花が手間暇かけて頑張って作ったポテサラを褒められ喜ぶ桃花。ダイヤは必ずどれが美味しかったかとちゃんと伝えて作り手を喜ばせる。異性と付き合うにあたり、こういう好感度の積み重ねが大事だと分かっているのだ。
朝食を終えると制服に着替えて登校だ。この時、教室に向かわずにダンジョンに直行する場合は探索用の装備で家を出る。
「今日もみんな可愛いね」
制服姿をしっかりと褒めてテレテレさせながら愛しの女性達と一緒に登校し、各々の教室に分かれてホームルームを受ける。
午前中、ダイヤは桃花と一緒に授業を受ける。音と芙利瑠は一部の授業だけを受け、奈子は勉強が苦手なのでクランメンバーや『英雄』クラスの友人達を誘ってダンジョンへと向かう。
「うう~難しいよ~期末テスト不安~」
「僕もついていくのがやっとだよ」
ダンジョン優先の学校とはいえ、授業内容は普通の高校の内容と同レベルだ。しかも全体の講義時間が短いから詰込み型にならざるを得ない。理解していない人がいても容赦なく置いていくスパルタ方式についていくのがやっとな二人だった。とはいえどの先生も教え方がかなり上手であり、少ない説明で端的に伝えてくれるためチンプンカンプンにはなっていない。
勉強で苦労するのも青春の一ページ。ダイヤも桃花もしっかりと高校生活を満喫していた。
午前中の授業が終わるとお昼休み。
ハーレムメンバーで食堂に集まりご飯を頂く。もちろん塩おにぎり、ではなく好きな物をしっかりと食べさせられている。午前中からダンジョンに潜っている奈子は居ないこともあるのだが、今日は戻って来ていた。
「ダイヤは午後どうするの?」
ご飯を食べながら音が午後の予定についてダイヤに質問した。
ダンジョンに潜るのか。
潜るならレベル上げのためか、それとも素材収集のためか。
街で装備やアイテムを探すのか。
女性陣とデートするのか。
するなら誰とするのか。
クランに関する何かをするのか。
その何かには人手が必要では無いか。
などなど、やることは決まっていないがやるべき選択肢は山ほどある。
「う~ん、クランメンバーの要望が溜まってるからどれか消化しようかな」
「アレは分担してやってるからダイヤがやらなくても良いのよ」
「そうなんだけどさ。皆がやってるのに僕だけが違うことやるのも悪いなって気がして」
「何言ってるのよ。私達は皆、やりたいことをやってるの。ダイヤも自分がやりたいことをやるべきよ。リストに何も挙げて無いんでしょ」
クランメンバーのやりたいことリスト、それとヘルプミーリストをスマDを通して共有してある。奈子が専用のアプリをささっと作ったのだ。
「でも僕が何か言ったら全員でそれやろうとするでしょ」
「当たり前じゃない」
「だから気軽に言えないんだよ!優先度低にしても僕のを優先しちゃうでしょ!」
そう憤慨してもさっと目を逸らしてしまうハーレムメンバー達。彼女達だけならまだしも、クランメンバー全員がダイヤを優先しようものなら、何故かダイヤが蒔奈に怒られる未来しか見えない。ゆえにダイヤは本当に助けが必要な場合以外は何も言わず、団長としてメンバーの手助けを優先しようと考えていた。
「とはいえ僕が自分の事をやらないと皆が申し訳ない気持ちも分かるから、やろうとしてたことのついでに出来そうなことがあったらやるくらいにしておくよ」
「それが良いわ」
ということで改めてリストを確認してみる。
『格好良い武器と言えば?』
『魔法スキルを覚える相談に乗って欲しい。ただし変態は除く』
『クラスメイトと仲良くなる方法が知りたい』
『模擬戦相手募集』
『精霊を探している。家には近づかないから森に入って良いか?』
『Eランクダンジョン『壊れたお天気スイッチ』の写真を撮りに行きたいけど、話相手がいてくれたら助かる(※いなくても一人でいけます)』
『店の手伝い頼む!』
『ステージの場所選びに付き合って欲しい☆』
『求:ここまで全部団長にやらせない案』
切実そうな物から、軽い要望の物まで沢山挙がっていた。
「う~ん、人手が足りないね。年度末のクラン対抗戦も考えるともっと人を増やさないと」
「人が増えた所で要望が増えるだけだから人手不足は解消されないんじゃない?」
「確かに」
クランメンバーは常時募集しているが、今は既存のメンバーで上手くクランを回す方法を確立させることを優先すべきだろう。少人数で運営できないのに大人数などもっと無理なので徐々に人を増やして慣らす方式だ。最初から大量に採用しなかったのはそれが理由でもあったのだ。
「きっと平気ですわ。わたくし達はお互いに協力し合うクランですもの。セットで叶えられそうな場合に声を掛け合うに違いありませんわ」
例えば『クラスメイトと仲良くなる方法が知りたい』と『Eランクダンジョン『壊れたお天気スイッチ』の写真を撮りに行きたいけど、話相手がいてくれたら助かる(※いなくても一人でいけます)』。話相手になりながら相談に乗ってもらえれば二人の要望が同時に叶うことになる。
必ずしも手の空いている人が助けに回らなくても良いのだ。
「そう言われるとあまり気にしなくて良いのかな?」
「そうそう。ダイヤ君はドンと構えてれば良いの」
「私達も……協力する……」
彼女達の気遣いがとても嬉しく、そして同時にあることに気が付いた。
「(あれ?そういえば音達はリストに要望あげてないけど良いのかな?)」
何故なのかを素直に聞けば良いのだけれど、どうしてか聞くのを躊躇われた。彼女達の要望はダイヤと共に過ごすことであると本能が察していたからだろう。口にしたところで誰とデートするかという話題で酷い目に遭うのだと分かっていたのだ。
分身スキルの完成はよ。
「そうだ。誰か細目君の手伝いしてもらえる?」
「今日は私と桃花がやるわ」
「ありがとう。よろしくね」
ダイヤが手伝いたいところだけれど『これ以上団長の力は借りられない!』と宇良が強く主張するものだから手を出せない。実際の所、このクランで製薬スキルを持っているのはダイヤだけなので低級転職ポーションの作成は全部ダイヤが担当しており十分に助けになっている。それなのに素材までも自分で集めようとしたから、それはクランメンバーの練習にもなるからと説得されて止めたくらいだ。
つい仕事を探してしまうのは、仲間のためにという想いもあるが、密に前に言われたようにワーカーホリックの気があるのだろう。
「それにしてもまさかあそこまで忙しくなるだなんて。開店初日に殺到したのは分かるけど、二日目以降はレシピも売ったから落ち着くと思ったんだけどなぁ」
「そりゃあ今話題の『ハッピーライフ』だもの。他にも何か珍しいものが売ってないかと気になる人が多いでしょ」
「それにたくさん取材が来てるんだよ。細目君は全部受けるつもりだから忙しくなっちゃってるの」
取材を受けて成果をアピールすることで世界中の商人に注目してもらう。そうすることでいずれ横のつながりが出来ることを期待しているのだ。店とは関係ないダイヤに関する質問も多いが、嫌な顔をせずにしっかりと答え、最終的に店のアピールをこれでもかとしているらしい。
「細目さんは相当大変そうですけど、とても良い顔をしてましたよ。しばらくは任せるのが良いかと」
「うん、そうだね」
新商品のアイデアを考えなければとか、彼の負担を減らさなければとかつい考えてしまうけれど、団員を信じて敢えて何もしないのも団長の役目だ。
では結局ダイヤは午後に何をすることになるのだろうか。
「じゃあ僕はクランハウスに入れる家具を探してこようかな」
「一緒に行くわ」
「行く行く!」
「お供いたします」
「……もちろん……行く」
ミニ街デートになりそうだと察したヒロインズが物凄い勢いで食いついてきた。
「え?え?細目君の手伝いは?」
「見江春君と向日葵にお願いしたわ」
「いつの間に。というかその組み合わせはどうなのよ……」
見ている分にはニヤニヤ出来るが、果たしてまともな手伝いになるのだろうか。なったとしても見ていて胸焼けして帰る客が続出しないだろうか。不安なダイヤだが、音達についてこないでなどとは言えやしない。
朋の奮闘を信じ、ダイヤは音達とのデートを堪能したのであった。
夕方になると一旦教室に戻りホームルームに参加し、ハーレムメンバーと一緒にハーレムハウスへと戻る。そこから一気に甘い雰囲気に……とはならない。
家事を分担して一気に終わらせるからだ。それ以外にも宿題や探索に必要な準備など、夕食までの間にやるべきことを急ぎ終わらせる。
夕食は朝食と同じく女性陣が持ち回りで作っている。今日は奈子の番であり、メニューは麦ごはん、とろろ芋、トンカツ、キャベツ、豚汁、お漬物と、何処かのとんかつ屋の定食のようだ。奈子は揚げ物が大好きであり、彼女が担当の日はほぼ必ず揚げ物になる。
「うん、サクサクで美味しい!」
決してお世辞ではない。その証拠にダイヤだけではなく女性陣もモクモクと箸を進め、キャベツをお代わりしまくっている。
「……まだまだ……もっと」
当の本人はまだ不服そうだが、こうして食卓に出しているということは及第点ではあるのだろう。奈子は好きな料理を作るなら満足が行く出来で無ければダメだと拘るタイプだった。料理初心者である奈子は最初の頃は失敗ばかりで、出来合いの製品だけが食卓に並んだものだ。
そんな奈子が短期間で美味しい料理を作れるようになったのは練習量や個人の資質にもよるが、島で販売している素材の質が非常に高いためでもある。レベルが高い食堂のご飯を毎日食べているにも関わらず、初心者の料理でもそれなりに美味しく感じられるのはそれが理由である。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
そんなこんなで夕食が終わると、雰囲気がガラっと変わる。食器の洗い物を終え、お風呂の準備を終え、居間にダイヤと女性陣が集まった。
中央に置かれたちゃぶ台のところにダイヤは座りスマDを弄っている。すると女性陣が徐々に彼の元へと体を寄せて行く。
「(き、来た……)」
まだ諸々準備が出来ていないため手を出せない。しかし女性陣は我慢が出来ずこうして毎日アピールをしてくる。四方八方から女の子の香りが漂い、柔らかな温もりが体に触れるとどうにかなってしまいそうだ。
居間にはテレビが無く、静かな環境の中で女性陣が無言のアピールを繰り返す。
だがこれはまだ序の口だ。
問題は風呂から出た後。
可愛らしいパジャマに身を包んだ彼女達が、湯上りの火照った体で再度ダイヤにゆっくりと近づいてくるのだ。彼女たちが許可を出している以上、手を出したとしても大きな問題にはならないだろう。全員を同時に深く愛したいと思うのはダイヤの我儘であり、焦らされている彼女達は被害者だとも言える。
だがそれでもダイヤは耐える。
彼女達を心から憂いなく愛するために。
彼女達に心から憂いなく愛されていると感じてもらうために。
「(並列思考スキルさん早くきてええええ!)」
必死に心の中でそう願いながら、ダイヤは天国でもあり地獄でもある時間をひたすら耐え忍び、一日が終わるのであった。
いずれ女性陣との関係は一歩進み爛れた性活になり、『ハッピーライフ』に人が増えて活性化し、ダイヤは勉強に冒険に青春に恋愛にと、学生生活を目一杯楽しむことになるだろう。
『申し訳ございません旦那様』
しかしそうは簡単には行かないだろうと、誰もが予感していた。彼女達のアピールも恐らくは無意識化でダイヤの次のピンチを察して焦っていたからなのかもしれない。
次回からメインクエストに突入しそうな雰囲気ですが、もう少しお待ちください。