129. どうしてこんな激ヤバアイテムばかり見つけちゃうのさ!
「…………」
『ハッピーライフ』のクランハウスに重苦しい空気が流れている。
ダイヤからの連絡を受けて急遽集まったのは望、音、桃花、蒔奈、暗黒、宇良、そして元々ダイヤと共に行動していた朋とモブ達だ。
「おい貴石。もう一回言え。何を見つけたって?」
剣呑な雰囲気でそう詰め寄るのは副団長の蒔奈。
「転職ポーションのレシピ。このポーションを使うとレベルが十まで自動的に上昇して転職できるようになるんだって」
「マジなんだよな。冗談じゃ済まされねーぞ」
「マジだよ。大マジ。流石にこんなこと冗談じゃ言えないよ」
蒔奈が真剣に何度も確認するくらいには、そのアイテムは重要な意味を持つものだった。
「まったくダイヤったら、初心者向けのアイテムを探しに行ったと思ったらそんな貴重なものを見つけてきちゃうだなんて」
また面倒ごとが増えてしまったなと音は嘆息した。
「初心者向けには間違いないよ。レベルが高い人には無用なアイテムだし」
転職をするとレベルが一に戻ってしまい基本スキル以外のスキルを全て忘れてしまう。それゆえレベルが高い人は基本的には転職はしない。ゆえに転職ポーションを必要とするのは初心者だけになる。
「その初心者の世界が激変するのが問題だって言ってんだよ!」
「む~頬っぺたつねらないで~」
そういえば最近は頬を弄られることが減ったなと関係ないことを考えてしまうダイヤであった。女性陣が恥ずかしくなりダイヤに中々触れられなくなった影響である。
「まぁまぁ。とにかく一度、その転職ポーションにより何がどうなるかを具体的に考えてみましょう」
その望の一声でダイヤの頬は解放された。痛む頬をさすりながらダイヤは転職ポーションが普及した世界のことをイメージしてみる。
「転職のために急いでレベルを十まであげる必要が無くなる。それにやりたい職業でスタート出来る。一見してメリットしか無くてデメリットが無さそうに思えるけど……」
何か罠がありそうだ。そう感じるのだが答えが出て来ない。
だがダイヤは気付かなくともここには仲間達がいる。今回は暗黒がその答えに一早く気が付いた。
「これが早くに見つかっていたら世界から『精霊使い』は消え去ってただろうな」
「そうか!今の職業の可能性を潰すことになっちゃうんだ!」
生まれ就いた職業が嫌いで早く転職したいと思う人は少なくない。特に不人気職業に就いている人が一刻も早く転職したいと望むことは『精霊使い』の面々であれば心から共感出来ることであろう。
だがその職業は本当にその人にとって価値の無い物なのだろうか。
レベル一からレベル十までの間は、己の職業を良く知るためのお試し期間。それが無くなってしまったら、本来は価値ある職業の真の価値を見いだせないまま棄てられてしまうことになる。
以前までであれば、不人気筆頭の『精霊使い』など速攻で転職されてしまうに違いない。
とはいえこのことをデメリットとして捉えにくい人もいるようだ。
「う~ん、でもダイヤ君みたいに『精霊使い』に拘る奇特な人も居るし、そんなに大きなデメリットには思えないかな」
「奇特じゃないよ!」
「それよりも職業を選べるっていうメリットの方が大きいと思う」
「奇特じゃないのに……」
世の中には職業の研究者が存在している。ゆえに転職ポーションにより不人気職の真価を発見する可能性は下がるかもしれないが、完全に闇に葬り去られる訳ではない。初心者にとってはあるかどうかも分からない真価を見つける可能性よりも、最初から職業選択が可能というメリットの方が遥かに大きいのは間違いない。
「それもそうだが、スタートラインが同じになるってのも良いな。転職が必須な『精霊使い』なんて時間的なハンデを背負っているようにしか思ってなかったしな」
それは蒔奈が入学時に確かに感じていたことだった。『精霊使い』に限らず、弱い職業と言われている生徒達は皆が似たような焦りを抱いていた。それが転職ポーションの存在により解消されるというのであれば、メンタル的にも良い影響を及ぼすだろう。
「その手の話ならもっと大きなメリットがある」
「常闇君?」
暗黒がこれまで以上に真剣な表情になっている。一体何に気が付いたと言うのだろうか。
「転職ポーションでいつでも転職できるというのなら、子供の頃に転職させてしまえば良い。そうすれば職業差別で苦しむ子供達が救われるに違いない」
その言葉にこの場の面々が深く衝撃を受けた。
精霊使いだからと蔑まれた。
ヴァルキュリアという職業に囚われていた。
そうした実体験だけではなく、職業を基準に上下が判断されていたところを誰もが子供時代に見て育ってきた。それがアイテム転職によって解消されるというのは、社会的に考えてとてつもないメリットではないだろうか。
「これもう世界一のダンジョン商人になったって言っても良いのでは?」
そう誰かがポツリと漏らしてしまった。世の中を良い方向に激変させる超貴重なアイテムを販売開始したとなれば、その名声は世界的なものになるに違いない。
「いやいやいや。これを見つけたのは貴石さんじゃないですか。俺の手柄になんて出来ませんよ!」
慌ててその名声を拒否する宇良。だがその拒否は上書き拒否された。
「そんなことないよ。僕がこれを見つけたのは細目君が初心者のための新しいアイテムが欲しいって願って僕達に調査を依頼したからなんだよ。それが無ければ一生見つけることは無かった。だからこのアイテムの発見は間違いなく細目君のおかげだよ」
「俺……の……?」
「うん、胸を張って誇って。細目君の初心者を想い、商人として成功したいと願う心が、この結果を導いたんだ」
「ありが……とう……」
「(なんだか細目君に泣きキャラ属性がついちゃった)」
いつも泣かせているのはダイヤなので、むしろダイヤに泣かせキャラ属性がついてしまったとも言える。
真剣な空気が和らぎ温かな空気に変化したが、その空気を気まずそうにぶち壊す人物がいた。望である。
「良い感じの所で水を差すようで申し訳ないのですが、転職ポーションは確かに初心者に役に立ちますが、スキルポーションと同じで希少すぎて高額になってしまい売れないのではないでしょうか」
どれだけ有用な物であっても、初心者が気軽に手に入る物で無ければ意味がない。あまりにも高価であれば結局一部の金持ちしか入手できず、宇良の名声もそれほど上がらないだろうし、初心者を手助けしたいという希望も叶わない。
「それは気にしないで。転職ポーションは初歩的な素材だけで作れるから安く売れるよ」
「え?そうなんですか?」
スキルポーションとは違い、今回出現したのはレシピだ。つまり素材があって製薬スキルがあれば作れるということになる。だが求められる素材の希少さと製薬スキルのレベルが高く、簡単には作れないものだと望は勘違いしていた。
「待ってダイヤ。じゃあどうして今まで見つかってなかったの。製薬なんてどれだけの人が研究していると思っているのよ。レシピにない素材の組み合わせなんて山ほど試してるでしょ?」
たとえばダンジョン・ハイスクールでは製薬クランの人達がそのような研究をしているだろう。世界中で多くの研究者が製薬の研究をし、定期的に新薬の発見が為されていた。安い素材のみで作成可能な薬品は全て見つかったのではと言われているほどだ。
「それがこのレシピ、素材が十二個も必要なんだ。製薬に必要な素材って多くても六個とかだからその倍。素材の種類は千種類を超えるし、偶然見つけるのは難しいんじゃないかな」
ゆえにこれまで見つからなかったのだ。逆に考えると、大量に素材を使用したレシピが他にも存在するという可能性を示すものでもあり、このレシピが公開されたら製薬業界に激震が走るだろう。
「安く作れるし、製薬レベル一でも作れるから大量生産も可能。後はこのレシピも一緒に売り出してしまえばあっという間に世の中に普及されると思うよ」
「俺の商店はその先駆けの店として有名になる。なら、そこで目新しい商品を定期的に置けばより注目されるようになって……」
先ほどまで泣いていた宇良が商売人の顔に戻っていた。世界的に影響を及ぼすほどの話だというのに、真っ向から受け止めて商売に生かそうと考えられる辺り、本当に世界一のダンジョン商人になれそうだ。
「貴石さん。そのレシピも販売して良いのですよね?」
「うん」
「それなら見せて貰えますか?」
「…………うん、どうぞ」
「あれ?」
ドロップしたレシピを渡すだけの自然なやりとりなはずなのに、何故か朋が疑問の声を挙げた。
「見江春。どうした?」
その反応を蒔奈が見逃さずに問い質した。スルーしても良かったのだが、何故か無性に気になったのだ。
「いや、ダイヤが渡した紙がドロップしたのと違う奴だったからさ。いつの間にか写しを作ってたのか」
「そうなのか?」
「うん、オリジナルのは僕が持ってようかなって」
レシピで大事なのは中身であるため問題は無い。オリジナルの物を保存しておきたいという気持ちは良く分かる。
ダイヤの行動も極々自然だった。
ダイヤのことを良く知る望やハーレムメンバーも何も感じていない。
しかし蒔奈だけは何かに気が付いた。
副団長としてダイヤが間違っていたら正そうと気を張って考えていたからなのか、あるいはそもそも蒔奈に何らかの才能があったのか。
「貴石。オリジナルのレシピを見せろ」
「え?」
その言葉にダイヤの眼が明らかに狼狽していた。
「こ、これじゃダメ?」
「ダメだ。写しじゃなくて本物を見せろ」
「でもこれでもちゃんと製薬成功するよ?」
「いいから見せろ!」
「…………」
ここで困ってしまっては、オリジナルのレシピに何かがあると言っているようなものだ。ダイヤは観念してオリジナルのレシピをポーチから取り出して蒔奈に差し出した。
「ふぅん。これがレシピか。初めて見……た……………………………………」
小さな紙切れを手にした蒔奈は石になったかのように硬直してしまった。
「どうしました?」
「何が書いてあるの?」
「何々!」
「何だ一体」
「俺も気になる」
「この写しと何が違うんですか?」
硬直した蒔奈に全員が殺到し、手元の紙を覗き見る。そしてそれに気づいた瞬間に次々とピシピシ石化してしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何故ダイヤがオリジナルのレシピを見せたくなかったのか。
オリジナルのレシピに何が書かれているのか。
それは、またダイヤがダイヤしてる、なんて言われないようにするためだった。
「おい。待てよ」
そっとクランハウスから逃げようとするダイヤの背に、石化から復活した蒔奈の声がかけられた。
「これはどういうことだ」
「…………」
恐る恐る振り返ると、そこには鬼が居た。
「下級転職ポーションだなんて聞いてないぞ!」
オリジナルのレシピのタイトルには間違いなく『下級』の名前がついていた。
それはつまり『中級転職ポーション』や『上級転職ポーション』が存在すると言っているようなものだ。
下級転職ポーションですら世の中の在り方を変えそうな効果なのに、中級や上級なら一体どれほどの変化が起こるのだろうか。
基本職から一気に上級職へと転職が可能なのだろうか。
覚えたスキルを忘れずに転職が可能なのだろうか。
上級職への転職は剣王から剣聖のように同じジャンルの職業にしか転職が出来ないが、そのジャンルを無視して好きな上級職に転職が可能になるのか。
いずれにしても全ての探索者の在り方が激変すること間違いなしだ。
「やっぱりまたダイヤがダイヤしてたのか」
「ぴゃああああ!」
やれやれ困った奴だという仕草こそが、大事なことを隠そうとしていたダイヤにとっての程よい罰となるのであった。
なお、ダイヤはクランメンバーから『やれやれ』されたくなかっただけで、ハーレムのためには名声が必要なので後でこっそり公開する予定ではあったということを補足しておこう。