128. 友達との時間だって大事なんだよ
「朋、そっちに一匹行ったよ!」
「おうよ!紅蓮斬!」
真っ赤な炎を纏ったロングソードがゾンビの身体を大きく斬り裂き、腐肉が焼けるなんともかぐわしい香りが漂ってくる。
Eランクダンジョン『棄てられた街』。
魔物に襲われて廃墟となった街がモデルのフィールドで、アンデッドモンスターが彷徨う。
ダイヤは朋とモブ達と一緒にこのダンジョンに潜っていた。
「お見事」
「ダイヤもな。双剣も似合ってるじゃん」
今回のダイヤの武器は密を真似して双剣だ。未だ新武器は作成中なため、色々な武器を試している。
「う~ん、でもこれなら爪の方が戦いやすいかな。爪と同じ両手武器だから、つい爪と似たような動きをしちゃって上手く動かせないんだ」
その点、音のヴァルキュリアは細かい操作性の違いを気にせずにあらゆる武器を自由自在に操ることが可能だ。実際に複数の武器を使ってみることで、ヴァルキュリアの有能さを実感したダイヤであった。
「朋はロングソードに決めたの?」
「ああ、やっぱり王道が一番だろ!」
「でもそのネタ武器は止めた方が良いと思うけど」
「ネタ武器って言うなよ!格好良いだろ!?」
「でも柄の所に仕込んでいるオイルの分だけ重くない?それにオイルもそれだけ激しく炎を出してたらすぐに切れちゃうでしょ」
「う……ロマンだから良いんだよ!」
朋が使用している炎を纏う剣は魔法剣ではなく物理的に炎を出しているだけ。Eランクダンジョンの探索中に発見したらしいが、剣そのものの斬れ味は低く、炎の影響で攻撃力がアップしているかというとそうでもなく、むしろ熱くて剣を持ちにくいというデメリットがある完全なネタ武器だ。
「魔法剣がロマンなのは分かるけど、ロマンを追いすぎて死なないようにね」
「わーってるって。ちゃんと戦えてるだろ?」
「まぁね」
入学したころのへっぴり腰な姿と比べると天と地ほども差がある。勇敢に魔物と戦う姿はいっぱしの戦士だ。
「(褒めると調子に乗るから言わないけどね)」
このお調子者の友人は少し厳しく扱うくらいが丁度良い。
それよりもダイヤが驚いたのはモブ達だ。
「(相変わらず存在感が薄いけど、フォローが抜群に上手い。ゾンビの群れを上手く分断させて僕と朋が一対一で戦いやすい場面を作ってくれてる。それでいてゾンビ相手にも普通に戦えているし、何気にかなり優秀なのでは)」
ダイヤはこれまで何度か誰かと共に戦ったことがあるが、ここまで戦いやすかったのは初めての事だった。支援タイプと言えば桃花がいるが、彼女はステータス向上タイプであり、モブ達は場を整え味方を有利にするタイプであり役割分担が出来そうだ。
「ダイヤ、来たぞ」
「うん。任せて良い?」
「任された!」
新たに出現した三体のゾンビに立ち向かう朋達を観察しながら、ダイヤはクランの戦力について考える。
「(タンクと生粋の魔法職が欲しい)」
特に必要なのは魔法職だ。
ミラクルメイカーという変わり種はいるが、普通に攻撃魔法や回復魔法を得意とするメンバーがいない。勇者の望はある程度は使えるが、勇者用の魔法が多く普通の魔法とは言い難い。
「(今後、物理攻撃が効きにくい敵が出て来た時に魔法職が必要となる)」
「オラァ!燃えろおお!」
「(アレは意味無いしなぁ)」
自力でオイルを燃やして炎を生み出してもそれは物理攻撃扱いだ。朋のネタ武器は魔法攻撃にはなり得ない。
「(本物の魔法武器を用意するのも手だけど、それでもやっぱり魔法は欲しい。夏野さんが魔法職を目指しているみたいだけど苦労してるんだよね。僕も覚えたいけど難しいのかな)」
向日葵は色々と悩んだ結果、攻撃魔法使いを目指すことにしたようだ。とはいえ物理スキルとは違い魔法スキルは何をどうすれば覚えられるのかが全く分かっていない。ゆえに進捗は芳しくなく、まだ一つも覚えられないと良く嘆いている。
「よっしゃ楽勝!」
「(朋も強くなったなぁ。よっぽどあの洞窟で頑張ったんだろうね)」
朋はダイヤと共にDランクの試験に合格した。それだけの実力が本当に備わっていることは、心に余裕を抱きながらEランクダンジョンで戦っている姿を見れば納得だ。むしろモブ達もDランク相当の実力があるのではないかと思えるくらいだ。
「(近いうちにクランメンバーの実力を確認して、いけそうな人には試験を勧めてみようかな)」
クランの人数が少ない今ならばダイヤが直接全員の様子を確認できる。団員達との交流を深めるためにも、積極的にアプローチする予定だ。
「んでダイヤ。何か見つかったか?」
「え?」
「例の依頼の件、探してるんじゃなかったのか?」
「ううん。クラン運営について少し考えてたんだよ」
「なんだよそれ。ダンジョンの中で考え事はダメだろ」
「おっとこれは一本取られた。気を付けるよ」
ランクが低いダンジョンだからと油断していたことには間違いない。素直に反省し、気持ちを切り替える。
「ただ、依頼の方は難しいかな」
「ダイヤなら大丈夫だって」
「皆してその根拠のない自信はなんなの!?」
「だってダイヤだし」
モブ達も明確に目立つほどにうんうんと大きく頷いていた。
「僕は普通の一生徒だよ。そんなにポンポンと新発見ばかりするわけないでしょ~」
「普通の?」
「そこは疑問に思わないで!僕だって巻き込まれすぎてるって自覚してるんだから!」
「その調子で今回の依頼もサクっとクリアしようぜ」
「しようぜって……闇雲に探すだけじゃなぁ……」
「でもこのダンジョンを選んだのは理由があるんだろ?」
「価値のある素材が何も採取出来ないって言われてる場所だから、逆に何かあるかもって思っただけだよ」
ダイヤ達は意味も無くこのダンジョンに入ったわけでは無い。あるものを探してやってきたのだ。
「低ランクに売れる新商品が欲しい、だっけ。細目の奴も無茶言うよな」
世界一のダンジョン商人を目指す細目宇良。
彼がクラン専属商人として活動開始するにあたって最初に考えたのが目玉商品。そのコンセプトを『低ランクの人々の冒険や成長の役に立つアイテム』と定義したのだが、具体的な商品が思い浮かばずクランに協力を求めてきた。
「スキルポーションじゃダメなんかな」
「アレは高すぎて表では売れないから」
現状では『明石っくレールガン』や先生達を介して外の金持ちに売ることしか出来ていない。学生向けに安く提供したい気持ちはあるが、それをすると各方面から自分達にも安く売れと言われたり購入者が転売したりと色々と問題が生まれてしまうので非売品扱いにせざるを得ない。
「それに細目君は単にお金を稼ぐだけじゃなくて、ダンジョン探索界隈全体の底上げをして盛り上げたいって思って低ランクの人達を支援出来るような商品を考えたいって思ってくれてるんだよ。こんな素敵なこと、たとえクランメンバーじゃなかったとしても協力するしかないじゃないか」
単にお金を稼ぎたい、あるいはクランに貢献したい。
そういうあり触れた目的ではなく広い視点で商売を考えられるのは、彼が本気で世界一のダンジョン商人を目指しているからに違いない。やりたいことを全力でやる『ハッピーライフ』に相応しい人物だと言えよう。
「それは俺もそう思うが、じゃあ一体何が必要かって話だよ。無難なところでポーションとか?」
「ポーションは安いのが十分出回ってるからなぁ」
「なら初心者用武器とか」
「それも専用のクランが作って売ってるよ」
「だよなー」
初心者を支援したい。
そう考える人は少なくなく、これまで多くの人が実現してきた。今さら考えた所で思いつくのは誰かの真似にしかならない。
「ならいっそのこと、ドロップさせちまえば?」
「え?」
「ほら、スキルポーションの時みたいにさ。あの時って確か欲しいアイテムを落として欲しいって願ったんだろ?」
「う~ん、どうなんだろう。確かにあの時は漠然とした願いが叶ったけど、探索初心者の役に立つ未発見のアイテムが欲しいなんて都合の良い願いが叶うのかな?」
『精霊使い』のドロップ操作は万能ではない。あくまでも相手がそれをドロップさせられる可能性があることが前提だ。存在しないものを願ったとしても意味はない。
「まぁ良いじゃん。ダメ元なんだしやってみようぜ。ほら、丁度向こうからボスが来たみたいだし」
「ほんとだ」
『棄てられた街』ではゾンビを狩り続けているとボスのグレートゾンビが出現する。ゾンビよりも一回り大きくなり身体能力が向上しているが、所詮本能のままに動くゾンビでしか無いためそれほど強くはない。
「それじゃあ俺達がダメージ与えるから、ダイヤはトドメにさっきの頼むわ」
「え~本当にやるの? やるなら朋でも良くない?」
「そりゃあダイヤがやるから何かが起きるんだよ」
「絶対関係無いと思うけどなー」
スキルポーションだってダイヤ以外の人もドロップさせられているのだ。たまたま最初に気付いたのがダイヤだというだけであり、願う内容が決まっているのならば朋がやっても同じはず。だが理屈ではないジンクスのようなものを信じる人が多く、ダイヤがやった方が何かが起きる確率が高いと思ってしまう人が大半だろう。
「よし行くぞ!」
グレートゾンビには取り巻きのゾンビが四体いる。その四体をモブ達が引き剥がし、グレートゾンビと朋が一対一で戦える場を整えた。やはりモブ達が出来る男達になりつつある。
「お前もこの剣で灰にしてやる!」
燃える剣を手にした朋は、熱さをやせ我慢しながら格好良くポーズを決めた。
「(そのポーズは僕じゃなくて夏野さんに見せてあげないと。今なら見せかけだけのポーズですら喜んでくれるだろうに)」
その話も今日する予定だったのだが、タイミングが悪くまだ聞けていない。逆に向日葵の方はハーレムメンバー達が根掘り葉掘り聞き出している頃だろう。
「あ、あれ?」
剣に纏っていた炎が消えてしまった。どうやらオイル切れらしい。ゾンビ相手に残量気にせず使いまくっていたから肝心のボス戦で無くなってしまったのだ。
「(やっぱり夏野さんいなくて良かった)」
情けない姿を晒してしまった朋だが、そのことに動揺して精彩を欠くようなことにはならなかった。戦闘の練習をしっかりと続けて来たのだろう。あるいはダイヤの必死の戦いに憧れてかなり頑張ったのかもしれない。
イレギュラーが起きても冷静にグレートゾンビの動きを確認し、相手の雑なパンチに合わせて横をすり抜け、カウンターで腹部を思いっきり斬り裂いた。
「(うん。とっても良い動きだ。最初に会った頃と比べると見違えたね)」
恐怖でチクチク攻撃をすることしか出来なかったのに、今では相手の攻撃に恐れず対応できている。洞窟の中での冒険も良い経験になったのだろう。今なら決闘しても簡単には勝て無さそうだ。
『あ゛あ゛~あ゛あ゛~』
「まだまだ行くぞ!」
朋はグレートゾンビの攻撃を全てしっかりと躱し、相手の体勢が崩れた所へのカウンターを徹底した。その結果、数度の攻撃でグレートゾンビの身体はボロボロになり、今にも崩れ落ちそうだ。
「ダイヤ!」
「了解!」
ダイヤは頭を下げて走り物凄い勢いでグレートゾンビの目の前に移動し、双剣を下から上にクロスするように斬り上げた。
「月光!」
密の得意技をパクらせてもらった。もちろんダイヤは月光のスキルを覚えていないから防御力無視の効果は無い。仮に効果があったとしてもそもそもの防御力が皆無なゾンビが相手だから意味は無いのだが。
ダイヤの月光もどきを喰らったグレートゾンビは斬られた勢いのまま背後に倒れて絶命する。
「(一応やってみるかな)」
朋が言っていたようにダメ元だ。成功するとはまったく思っていないが、狙いのアイテムがドロップしないか試してみることにした。
「え……まさか……」
「さっすがダイヤ。ナイスラストアタックだったぜ。って何驚いてるんだ?」
あまりのことに朋の声が耳に入って来ない。
ダイヤの『精霊使い』としての感覚が、狙いのアイテムがドロップすることを告げていたのだ。
「まさか本当に!?」
ダイヤの反応から朋もその事実に気付いたらしい。慌ててグレートゾンビが倒れた所を確認する。
すると丁度、緑の靄がアイテムに変化するところだった。
「紙?」
それは一枚の小さな紙だった。
「!」
「お、おいダイヤ!」
ダイヤは慌てて駆け寄りそれを拾った。そして急いでその紙に目を通すと、思わず頭を抱えてしまうのであった。
「何が書いてあったんだ!?」
ダイヤの反応の大きさはスキルポーションを見つけた時と同等のものだ。つまりその紙にはとてつもなく貴重な情報が書かれている。
いつの間にかゾンビを撃破していたモブ達も寄って来て、ダイヤの説明を待っていた。
「はぁ……マジかぁ……」
「焦らさないでそろそろ教えてくれよ!」
「あ、うん」
ようやくダイヤが朋の言葉に反応したが、その顔は非常に疲れていた。
「これにはあるアイテムのレシピが書かれてたんだ」
「レシピ?」
アイテムや装備の作成のためのレシピを魔物がドロップするのは良くあることなので不思議な話ではない。問題はそのレシピが何のレシピなのかだ。
「ふぅ……………………」
ダイヤ深く深く溜息を吐き、廃墟から目を背けて広い空を見上げた。そしてそのまま顔を戻さずに朋達に答えを告げる。
「転職ポーションのレシピだった」
それはダンジョン探索初心者の在り方を激変させるとんでもない一品だった。
転職ポーションのヤバさは次回