127. 副団長はまさかのあの人!?
「ダイヤ君。ちょっと良いかな」
自己紹介が終了した後、望が話しかけてきた。
「なぁに?」
「『精霊使い』クラスの生徒が予想してたよりも少ないのが気になってさ」
望としては『精霊使い』クラスのほぼすべての人が『ハッピーライフ』に入団するものと思っていたので、半分程度しか居ないことが不思議だったらしい。そしてそのことを同じく不思議に思っていた人物がいる。
「それ私も気になってたんだ。どういうことだ?」
合宿のオリエンテーリングで一緒の班になった取巻蒔奈だ。
「あれ、取巻さんは聞いてないの?」
「私が知ってるのは咲紗がモデル系のクランに入ることと、萌知が衣装作り系のクランに入ることだけだ」
蒔奈だけが別行動して『ハッピーライフ』に参加しているわけでは無く、三人とも別々のクランに入ることに決めたようだ。
「二人がうちに入らないって聞いた時は僕も驚いたなぁ」
「お前のせいだぞ」
「僕の?」
「お前が学生生活を楽しむべきだなんて言うから、それに触発されて二人ともやりたいことを探して色々チャレンジしてみるそうだ」
「そうだったんだ!」
その結論を出すために三人は話し合った。
そして中学までのように女子グループとかカーストとか、そんなものに捉われていてはダメだと気付いた。他の高校はともかく、ここではその考えは成長を停滞させるマイナスにしかならない。
ゆえに咲紗は敢えて別の道を進もうと提案し、蒔奈も萌知もそれを飲んだのだった。いずれ同じ道に合流するかもしれないが、その時までは普通に友人であろうとした。
「あいつらのことはどうでも良いんだよ。他の奴らはどうしたんだ?」
「一見君は咲紗さんのことがどうしても気になるらしくて同じクランに入ったよ」
「げ、あいつがモデル!? 似合わねー!」
「まぁまぁ、案外化けるかもよ?」
案外、なんて表現している時点でダイヤも大概である。
というかストーカー化してそうな点の方が気になりそうなものだが、二人とも主従関係がしっかりと叩き込まれている姿を見ているからかそんなに心配していなかった。
「久世気君は臆病な自分を変えるために体育会系のクランに入るって言ってた」
「無茶するな。あいつ見た目に反してクラスの中で一番の臆病者だろ」
「だね。でも本人がやる気出してたから止められなかったよ」
「ま、折れそうになったら拾ってやればよいさ」
本人が良い意味でチャレンジしようと思っているのに、やる前からそれを遮ることはやってはならない。クラスメイトだから顔を合わせる機会は沢山あり、その時にピンチのサインを逃さずに助けが必要なら助けてあげるくらいのスタンスが彼の為になるのだろう。
「犬好さんと猫好さんは助っ人として色々なクランに入って回りたいんだって」
「へぇ。そんな方法もあんのか。じゃあうちも呼んだら入ってくれんのかな」
「探索とかならね。でもクラン対抗戦とかは敵になるって言ってた。せっかくだから僕達と戦ってみたいって」
「げ、マジかよ。あいつらが敵とか考えたくも無いわ……」
「だよねー」
でも相手に強敵がいた方が面白いのは間違いない。ダイヤとしては望むところだった。
「最後に剣さんだけど。剣術系のクランに入ったよ。それに剣道部にも入りたいんだって」
「マジか。部活もやるとかハードだな」
ダンジョン・ハイスクールはクラン活動が基本だが、部活動も存在している。普通の高校生活も楽しんでもらいたいというコンセプトの学校なので当然だろう。ただしダンジョンと部活の二刀流は中途半端になってしまうため小規模の物が殆どだ。とはいえダンジョン探索で鍛えた身体能力の高さは抜群で、大会で好成績を残す部活も結構多い。
「剣の道を究めたいってタイプだからね。合ってると思うよ」
「それは同意だ。つーかいつの間にか、皆やりたいことを決めてたんだな。なら文句は言えねぇか」
クラスメイトが各々自発的に考えて決断したというのなら、クラスメイトとして応援する以外の選択肢は無いだろう。
「なるほど、『精霊使い』クラスは全員が自分の意思で道を決めたんですね。凄い。それとも流石ダイヤ君と言ったところかな?」
「僕は何もしてないよ。皆が凄いだけ。というより、『精霊使い』だからかも」
「どういうことですか?」
「『精霊使い』って感受性が強い気がするんだ。だから周囲の人の悪意ある声に凹みすぎちゃったり、僕なんかの言葉に唆されちゃったりするんじゃないかな」
自分のクラスメイトへのアドバイスを唆すだなんて敢えて貶めて表現しているのは照れ隠しだ。珍しくダイヤが照れていることに気付いた彼を良く知る者達はニマニマしている。
「ふふ。感受性が強い、ですか。それも何か意味があることなのかもしれませんね」
「まさかー。僕が勝手にそう思ってるだけだよ」
「だからそう言ってるんですけどね」
「?」
ここしばらくダイヤが中心に物事が動いている。そのダイヤが感じていることならば決して無視は出来ないと望は言っているのだ。望が生粋のダイヤ信者だからというだけではない。
「ああ、ごめん、話が長くなってしまいましたね。これ以上、皆を放ってはおけませんから最後に一言だけ。『精霊使い』クラスの方が何となくで大手に入らなくて良かったです」
「もしかして心配してくれたの?」
「クラスは違っても同級生ですから」
「ありがとう」
『精霊使い』クラスは多くのクランに狙われていた。恐らくは破格の報酬を提示したクランもあっただろう。だが彼らは全員がそういう甘言に惑わされず、自分がやりたいことを目指した。何となくで大手クランに入ってしまい、都合良く扱われることは無かった。
『精霊使い』が置かれた立場を考えると、望以外にも彼らを心配していた人は実はそれなりに多かったのだ。『精霊使い』として様々な人々からのアプローチはこれからも続くだろうが、状況に流されない強さを持っているのであれば大丈夫だろう。先の『DOGGO』の暴挙のせいで強引な行動が出来なくなっているのも彼らにとっての追い風となっていた。
「ということで、次は副団長を決めませんか?」
「そうだね」
クランの団長はもちろんダイヤだ。では果たして副団長は誰にすべきだろうか。
「望君やってくれる?」
一年生のエース。
『英雄』クラスのリーダーにして『勇者』。
これ以上の適任は居ないように思える。むしろ彼が団長の方が自然に思えるくらいだ。
「申し訳ありませんが辞退します」
「え?」
だが望は副団長になることを拒否したでは無いか。
ダイヤとペアになるようなものなので、てっきり大喜びでやってくれると思ったのだが、予想外の答えにダイヤは目を丸くしていた。
「私としてはダイヤ君に厳しく意見が出来る人を副団長にすべきだと思うのです」
「どういうこと?」
「慣れないクラン運営。この先にどんどん人が増えてくると、いくらダイヤ君とはいえ失敗したり間違った選択をしそうになる時が来ると思います」
「うん。当然だね」
「その時にダイヤ君を止めて、軌道修正出来る人物を副団長にした方がクランがスムーズに回ると思うのです」
それはダイヤが他人の声に耳を傾けるタイプの人間だから成功する方法だ。団長という上位の立場を得た人間が下位の立場の人間から間違いを指摘されて心から素直に受け止めるのは、そうあるべきだと分かっていても結構難しい。
「でも望君なら僕を止めてくれるよね」
「いえ。私はいざとなったらダイヤ君の気持ちを優先してしまいます」
「そ、そう……」
久しぶりに望から怪しいねっとりとした視線を投げられて戸惑うダイヤ。
「「「「…………」」」」
その様子にハーレムメンバーが何かを予感させたが、まさか性転換を狙っているだなどとは予想も出来ず今はスルーした。
「同じ理由でダイヤ君のハーレムメンバーもダメでしょう」
かと言って会ったばかりの三人も、人となりが不明なので除外されるだろう。
「長内さんはどうですか?」
「へ?私?」
自分には関係ないことだろうとボケっと聞いていたら、いきなり話を振られて困惑していた。
「貴方ならダイヤ君にしっかりと物を申せそうですし」
「あ~私はパス。人の上に立つには悪癖を治さなきゃダメなんで」
「そうですか……」
ダイヤにプライドをボッキボキにへしおられたが、それでも他の人と比べて自分の方が努力しているという自負は消えていない。それが他人を見下すことに繋がっていて、それを直そうと努力中なのだ。他人を見下すような人物が指導者側に回ってはいけないと密は自覚しているため断った。
「だとすると他に適任者は……」
「はいはいは~い!心当たりがあります!」
「李茂さん?」
このままではある程度妥協しなければならないかと望が考えようとしていたら、桃花がぐいっと割って入ってきた。どうやら該当する人物に心当たりがあるらしい。
「ダイヤ君にビシっと言えて、ダイヤ君ラブにならなくて、面倒見が良くて、作戦立てるの得意そうで、皆を平等に扱えて、ダイヤ君の代わりに指示を出せて、いつも冷静に行動で、決断力がある人だよね!」
「そ、そこまでは言ってませんが、それほどの人材であれば大歓迎ですね。この中にいるのでしょうか?」
「いるいる!」
果たして桃花は誰を指名するのか。
その場の誰もが固唾を飲んで彼女の言葉に耳を傾けた。
「副団長よろしくね!まきちゃん!」
「私!?!?!?!?」
指名されたのは蒔奈だった。
「まきちゃんならぴったりだよ!」
「いや、ねーだろ!副団長なんてガラじゃねーよ!」
「ガラだよ。ガラガラだよ。絶対上手くいくから」
「意味分からねーし」
「というかこの中でダイヤ君にビシっと言えるのは長内さんか、向日葵かまきちゃんくらいだよ。長内さんは断られちゃったし、ひまちゃんはラブで忙しいし『ちょっ、それどういう』、まきちゃん以外にはもう居ないよ?」
「ぐっ……」
「それにダイヤ君の扱い方ももう分かって来てるでしょ」
「まぁこいつ単純だからな」
「ひどい!」
このようにダイヤに対して悪態をつけるのも蒔奈の強みだ。あくまでもフラットな立場ではっきりと物を言える、それでいて感情に任せて極端に反論することはない。その絶妙なバランスと距離感を桃花はオリエンテーリングの時にしっかりと観察していたのだ。
「でも僕も取巻さんなら安心して任せられるな」
「なっ!?」
「向いてなかったら後で交代しても良いし、副団長やってくれないかな?」
「…………マジかよ」
蒔奈が部屋を見渡してもネガティブな反応を示している人は誰も居なかった。『精霊使い』クラス以外の人達は蒔奈のことを良く知らないためお任せするといったことだろうが、肝心の『精霊使い』クラスのメンバーの誰もが納得の表情をしているではないか。
ありえないと思っているのは本人ばかり。
だが期待されていると分かっていて無下に出来ない優しさが蒔奈にはあった。
「分かった。やるよ」
「やった!」
「だが覚悟しろよ。徹底的に厳しくやってやるからな」
「わぁお」
それが単なる照れ隠しであることにダイヤは気付いていたが、それを指摘するような無粋な真似はしなかった。
かくしてクランは結成され、副団長も決定した。
このメンバーにて『ハッピーライフ』は本格的に活動を開始するのであった。