126. クラン結成!
「先生、クラン結成書を提出します」
「はい。受領致しました。たっぷり楽しむのよ」
「もちろんです!」
「うふふ。良い返事ね」
五月下旬、朝のホームルームの終了後。
クランを作ると決意してから少し時間がかかったが、ついにダイヤはクラン設立のための書類をおばあちゃん先生に提出した。
時間がかかってしまったのは初期メンバーを誰にするのか迷ったのと、設立審査の量が多かったからだ。『DOGGO』が引き起こした事件のせいでクラン作りのハードルが上昇し、沢山の先生に許可を得なければならなくなってしまっていた。完成したクラン結成書には沢山のハンコが並んでいる。
ダイヤの性格上クランを作って犯罪行為をするなど考えられず、教師達もその点については理解しているのだが、ただ一点大きな問題があった。
クランという名のハーレムを作り、爛れた性活をしたいだけではないのか。
その疑念が中々に晴れず、物凄く疑われたのだ。
ダイヤの必死の説得によりその誤解は解けたが、結果として審査の通過に時間がかかってしまったというわけである。
「皆で仲良く、たっぷり青春を楽しんでね」
「はい!」
おばあちゃん先生の温かな声援を受けて、ダイヤはワクテカしながらクランハウスへと向かった。
クランハウスはいわゆる部室棟のようなもので、今の時期は卒業に伴うクラン消滅で少人数用の部屋ならばいくつか空いている。その一つを『ハッピーライフ』が使えるようになったのだ。
クランメンバーがすでにクランハウスに集まっていると連絡があった。ダイヤは団長らしく最後に向かう。
「いちまるご、いちまるご……ここか。看板も作らないとね」
『ハッピーライフ』は一〇五号室。番号のままでは味気ないからか他の部屋はクラン名の看板を上にかけていて、ダイヤも真似をしようと決めた。
「中に人の気配があるし、皆の声が聞こえてくる。揃ってるみたいだね」
これからダイヤは団長としてクランを運営して行くことになる。どんな楽しいことが待っているのかと思うと柄にもなくドキドキしてしまう。
「よし、行こう」
扉を開けると中は家具も何もない殺風景な部屋であり、メンバーは思い思いの場所に立っていた。談笑していたり、壁に寄りかかってスマDを弄っていたりと自由な空気が流れている。
「皆お待たせ!」
全員から注目を浴びながらダイヤはゆっくりと奥へ進み、全員と視線を交わせそうな場所へと移動した。そしてその場でクランメンバー全員が出席していることを確認してから団長としての最初の一言を伝える。
「無事にクラン申請が通ったよ。今日から『ハッピーライフ』の活動開始だ!」
すると全員が満面の笑みで拍手をしてくれた。
「校長先生みたいに長~く抱負を述べた方が良いかな?」
「クラン解散決定」
「酷い!」
「「「「あははは!」」」」
ダイヤの小ボケと桃花のツッコミで場が良い感じで和らいだ。畏まるよりもこっちの温かい雰囲気の方がダイヤ的には望ましい。
「それじゃあ簡単に。『ハッピーライフ』はやりたいことを全力でやって青春を謳歌するためのクランだよ。恋も勉強もスポーツも冒険も、悪いことで無ければどんなことでもやって構わない。皆で協力し合って目一杯楽しもう!」
事前に伝えてある内容なので改めて深堀はしない。
楽しむためのクランだということを強調し、各々が自発的にやりたいことをやり尽くす。
それこそが『ハッピーライフ』の芯となる考え方だ。
「それじゃあ早速だけど、最初だから自己紹介をしよう。お互いに知っている人が大半だけど、初めましての人もいると思うからね。じゃあまずは音から」
音には最初に自己紹介をして欲しいとお願いしてある。そのためダイヤから見て左端に立って貰っていて、そこから流れで順番に自己紹介をする。
『ハッピーライフ』の初期クランメンバーは以下の通りである。
『精霊使い』クラス
貴石ダイヤ、見江春朋、茂武穂伊、易素虎、常闇暗黒
李茂桃花、取巻蒔奈、夏野向日葵
『英雄』クラス
聖天冠望
猪呂音、木夜羽奈子、長内密
『富豪』クラス
金持芙利瑠
ここまでがダイヤがすでに深く知り合っているメンバーである。そして彼らに加えて初めましての人も何人かいる。
まずは少し細身で背が高い男子生徒。
「『商売』クラス一年の細目宇良。職業は『露店主』。将来の夢は世界一のダンジョン商人になること。ここでならその夢に近づけると思って入団しました」
「細目君にはクランのお金やアイテムの管理をやってもらおうと思うんだ」
ハーレムの中で共有資金があるように、クランの中でも共有資金や共有アイテムを用意する。『ハッピーライフ』には精霊使いが多く、ドロップ操作で貴重なアイテムを沢山入手することになるだろう。ゆえにアイテム管理やそれらを売っての資金管理は非常に大事な仕事となる。
そんな仕事をまだほとんど知らない人物に任せてしまっても良いものだろうか。
「商売系の職業の人なんだね。良いんじゃないかな」
「俺は構わない」
「お任せしますわ」
だがその場の誰もが彼に任せることを不快に思っていない。ダイヤが選んだ人だから問題ないと思っているのだろうか。
「真面目そうな人だし、私も良いと思うな」
桃花のこの一言に、突然宇良の表情がぐにゃりと歪んだ。
「え?え?どうしたの?私何か悪いこと言っちゃった!?」
慌てた桃花だが、彼女は決して何も悪いことなど言っていない。むしろ嬉しすぎるからこその反応だった。
「俺……俺……いつも信じて貰えなくて……『お前は裏切りそうだから金なんて預けられない』とか……せっかく商売に向いている職業に就いているのに全く役に立てなくて……それなのに貴石さんも李茂さんも俺を真面目そうだなんて言ってくれた。他の皆も受け入れてくれた……ありがとう……うわああああん!」
苗字の通りに細目であり、なんとなく裏切りそうな声をしている。
そんな漠然とした理由で宇良はこれまで全く信じて貰えなかったのだ。それなのにダイヤも桃花も他のメンバーも彼のことを第一印象で信じてくれた。それがどれほど嬉しかったか。
「俺頑張る!絶対に世界一になってやる!」
「よ!その調子だよ!」
「……がんばれ」
「ま~たダイヤが堕としてる。女子だったら危なかったわ」
「(音が不穏なことを言ってる)」
確かに女子だったらハーレムメンバーに入ってしまってもおかしくなかったかもしれない。だが彼はれっきとした男でありノーマルであり性転換も望んでいないのであしからず。
宇良が無事に受け入れられたということで、次の人の番になった。
「はいは~い!あたしは一年の清運閃光!職業は『墓守』だけど『アイドル』クラスなんだ!世界一の墓守アイドルになるのが夢なの!よろしくね☆!」
「「「「…………」」」」
デフォルメしたお墓とお化けが描かれたフリフリ衣装を着た閃光による自己紹介はツッコミどころが満載で、先ほどまで滂沱の涙を流していた宇良ですら茫然としてしまっていた。
「墓守なのにアイドルクラス?」
「墓守アイドル?」
「星って何だ?」
「ほらあれじゃない?語尾に記号の☆マークつけるやつ。それを発音しちゃってるんだよ」
「あっ……」
今日一のざわめきに、ダイヤと閃光はしてやったりの顔になっている。どうやら驚かせたかったようだ。
「あははは。閃光さん面白いよね」
「閃光?」
「もう名前で呼んでる」
「……まさか」
突然ジェラってきたハーレムメンバーの様子にダイヤは慌てて弁明した。
「わぁお。違う違う。彼女から名前で呼んでってお願いされたの」
「うん。あたしのことは名前で呼んでね。それか墓守ちゃんでも良いよ☆」
「ダイヤは墓守さんって呼びなさい」
「でも音、その場合は墓守ちゃんって呼ばないと怒られちゃうんだよ」
「怒っちゃうぞ☆」
「くっ……な、なら閃光さんで良いわ」
どっちもどっちだと思うが音的にはさん付けの方がマシだったらしい。
「……墓守ちゃん……どうしてこのクランに……入ったの?」
「あ、それ私も気になる!アイドル活動するならそっちに特化したクランに入った方が練習になるよね?」
奈子と桃花の問いに、閃光は笑顔を崩さずサラっと答えた。
「だって墓守なんかが一緒だと気持ち悪いって言われちゃったんだもん。プンプンだよ☆」
「……なるほど」
「可哀想!だけど納得出来ちゃうごめんね」
「気にしないで!普通のアイドルならむしろそう思わなきゃダメだから!墓守大好きなアイドルなんて言ったらドン引きされちゃうでしょ?」
可愛い女の子は墓守なんて怖いし気持ち悪い。
それは偏見ではあるものの、アイドルを目指しているからこそ、その『可愛い女の子らしい』反応をするというのは大事なことだ。彼女を毛嫌いしているアイドル候補生達も、本心で彼女を嫌っているとは限らない。そのことを閃光は分かっていたので敢えて彼女達から距離を取ったのだ。
「それに本当のアイドルなら場所を選ばず輝けるはず。あたしはここで全力でアイドルとして輝きたいの☆!」
やりたいことを全力でやらせてくれる『ハッピーライフ』であれば、墓守アイドルなんて謎の目標ですら全力で支援してくれるだろう。アイドル関係のクランに入れない彼女はここくらいしか入れる場所が無く、そんな彼女をダイヤが放って置くわけがないのであった。
「あたしのことはこのくらいで、次の方お願いしま~す!」
アイドルだから目立ちたいはずなのに時間を考えて次の人に譲るところ気遣いも出来るようだ。彼女の入団に反対なメンバーはもちろん居なかった。
「はい皆笑って~」
「「「「!?」」」」
最後のメンバーは眼鏡をかけた大人しい雰囲気の三つ編み少女。しかし彼女が首からぶら下げたカメラを手に取ると一気に元気になりポーズを促してきた。
「撮りま~す。三、二、はい!」
「ちょっ!」
「どうしてズラすの!?目閉じちゃったじゃない!」
「それよりいきなりすぎるよ!絶対可愛く撮れてなーい!」
ちょっとした悪戯に、写真映りは可愛くが絶対な女子達が文句たらたらだ。
「Meは一年の『芸術』クラスの映移写 真実デース。職業は見ての通り『カメラマン』デース。こんな話し方だけど生粋の日本人デース」
金髪どころか深い漆黒の髪の持ち主であり、フォローしなくても日本人にしか見えない。
「集合写真よりも素の姿の方が好きなので隠し撮りたっぷりするけど許して欲しいデース」
「「「「ダメ!」」」」
「でも撮るデース。パシャ」
「「「「ああああ!」」」」
撮られた女子達は慌てて彼女に駆け寄り、撮った写真を消すように促した。しかしそこで目にしたのは驚くべき写真だった。
「え?これが私?」
「嘘!めっちゃ可愛く撮れてる!」
「これ私のスマDにコピーして欲しいな」
「まさかの腕前。やるじゃない。でも隠し撮りは止めてね」
油断したところを撮ったはずなのに、不思議と誰もが魅力的に写っていたのだ。スキルを使ったわけでは無く、純粋に彼女の腕である。
「すごいでしょ。僕も撮ってもらったけど、とても上手なんだ」
「ここなら珍しいものが沢山撮れそうな気がするデース。だから入りたかったのデース」
真実に関しては嫌悪されているとかハブられているということはない。純粋に様々な写真を撮りたくて『ハッピーライフ』に来た。
「でも写真系のクランは他にもあるよね。どうして『ハッピーライフ』に来たの?」
「あっちはマナーが悪い連中が多いから嫌なのデース」
「ああ~撮りダンか~」
他人が戦っている姿を勝手に撮ったり、映えるようにとわざとダンジョンの一部を破壊したり、カメラを脚立で固定してずっと待機して前を通ろうとすると恫喝してきたり、危険な魔物が居るから入ってはいけないという場所に入ってその魔物をトレインして逃げてきたり、写真を撮るためにやってはならないことを平気でやるような連中が撮りダンと呼ばれている。
ダンジョン・ハイスクールであってもそのような思想の生徒がおり、写真系のクランに彼らが所属している時点で真実は入る気が無かった。
「Meは楽しく迷惑をかけずに写真を撮りたいデース」
なら隠し撮りは止めるべきだが、あくまでもソレは打ち解けるための冗談だ。相手が本気で嫌がるならば彼女は絶対にやらない。
「彼女に沢山撮って記録を残して貰おうね」
「Meに任せろデース!」
これで自己紹介は終了となる。
男子七名、女子九名の計十六名。
これが『ハッピーライフ』の初期メンバーだ。