124. 装備改良デート 芙利瑠編
「ここ……なのかな?」
「ここ……で間違いないですわ」
スマDに表示されている地図を見ながらダイヤと芙利瑠が辿り着いたのは商店街の裏路地。不自然に入り組んだ細道を進むと、最初の頃は隠れ家的な喫茶店などの店がチラホラあったものの、やがて誰が住んでいるのか良く分からない建物だらけになる。お目当ての店は、そんな裏路地のとある突き当たりにあった。
「工房『頑固一徹』。俯角さんに教えて貰った店名だ」
店の入り口にはハンマーと炉の組み合わせをデフォルメした小さな看板がかけられている。店名はその看板の中にとても小さな文字で書かれているため目を凝らして見ないと分からない。
「どうしてこのような分かりにくい場所に店を出しているのでしょうか」
「こういうところに優れた工房があるのがお約束だかららしいよ」
「そういうものなのですね」
なにはともあれ、ここまで来たのだから入らない理由は無い。やや年季が入ったように見える少し重い木の扉を押すと、重厚な音を鳴らしながらゆっくりと開いた。
「おお~!」
「凄いですわ!」
店内には古今東西様々な武器が綺麗に陳列されていて、武器好きな少年少女の心を大いにくすぐった。思わず駆け寄って一つ一つ詳しく見て回りたいところだが、正面のカウンターに座る幼女がニコニコこちらを見てくるため、まずは挨拶をすることにした。
「こんにちは」
「ようきたな。ワレ」
「わぁお」
小学生の低学年と言われても不思議ではない背丈の幼女からドスの聞いた声が流れて来て、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする二人だった。ちなみに服装はダンジョン・ハイスクールのジャージであるため背丈と声と見た目が全く一致していない。
「貴方がクラン『頑固一徹』のマスターでしょうか? 僕は」
「知ってるわ。貴石ダイヤと金持芙利瑠だろ」
俯角の紹介でこの店に来たので、彼女から話しが通っていたのだろう。
「つーかお前、良く平気でオレと話せんな。大抵のやつぁ、固まったまましばらく動けんのに」
「そりゃあダンジョンではその僅かな隙が命取りになりますから。そういうものだってすぐに受け止めるのは重要です」
「ぐわっはっはっ!そりゃあそうか!」
オッサンっぽい幼女が出てこようが、幼女っぽいオッサンが出てこようが、ダンジョンではすぐに受け入れて対処しなければ命に係わる。それにそもそもダイヤは相手の見た目で中身を判断しないタイプだ。少し驚きはしたが、そういう人も居るかと本気で特に気にしていなかった。
「わたくしはまだ驚きですわ。だってどう見ても可愛らしいお方ですのに……」
「くっくっくっ、嬢ちゃんの方が普通の反応なんだよ。ましてやお前ら新入生だろ。新人なら新人らしくしてろっつーの」
「じゃあ新入生らしく先輩に甘えさせてもらいます。せんぱ~い、僕達の武器作ってくれませんか~?」
「キモ!止めろや!」
「解せぬ」
「わたくしも今のは無しですわ」
「ちぇっ」
雑な猫なで声ではなく、見た目に相応しい本気の甘え声をすべきだっただろうか。
「(でも本気で甘えると一部の女性が怖いことになるからなぁ……)」
特に甘やかしたい系女子にはクリティカルヒットだ。目の前のオッサン幼女が興奮して迫ってきたら流石にダイヤのメンタルも大ダメージを負ってしまいそうである。
「じゃあ普通にやらせてもらいます。ここで武器を作ってもらえるって俯角さんから聞いたんですけど」
「ふん。あの女狐なんか介さんでも、金さえ払えば作ってやるわい」
「教えて貰わないとそもそも辿り着けないのですが」
「当然だろうが。客を選別しなきゃ三年後まで予約で埋まってる鍛冶屋になっちまう!」
「わぁお、なんて自信」
「ですがそれだけの自信を抱く理由は分かりますわ」
芙利瑠は店内に展示された武器を眺めていた。二人とも武器に関して素人であるが、陳列された武器の出来が良いことはなんとなく分かった。
「はっ!嬢ちゃんごときに何が分かるってんだ!」
「ではまさかアレらは見た目が良いだけの鑑賞用の武器ということでしょうか?」
「そんな意味も無い武器をオレが作るわけないだろ!」
店主はただ単にイキりたかっただけだった。
「(この学校の生産クランは変わった人が多いっていう噂は本当だったのかも)」
そして特に変人が多く、特に実力者が多いのが五大クランの一つ『ぽてと』。
ダイヤが作ろうとしている『ハッピーライフ』のように好きなことを全力でやることを目的としたクランなのだが、その方向性が生産に限定されている。クラン内クランのような形で生産対象によって派閥が別れていて、目の前の幼女は鍛冶クランの派閥に所属しているのだろう。
「で、何が欲しいんだ」
「僕は爪です」
「わたくしは鈍器ですわ」
ダイヤ達が『頑固一徹』に訪れたのは、新しい武器の入手のためだった。
二人が今まで使っていた武器を幼女の前に差し出すと、幼女はそれを触ることなく一目で状態を看破した。
「ふ~ん、確かにボロボロだな。どっちも直に壊れるだろ。交換を考えるなら遅い位だ」
今の武器を使っていた期間はそれほど長くはない。だがどちらも拾い物であり質が悪く、それなのにDランク相当の魔物と戦い、キングコブラという強敵とも戦い、ダイヤに至っては決闘で密と激しい打ち合いまでしていた。もう限界が来ていたのだ。
故に新たな武器を求めて鍛冶屋にやってきたのだが、店主と思わしき幼女は渋い顔をする。
「お前らまだ新入生なんだろ。だったらダンジョン産のドロップ装備で十分だろ。どうしてわざわざオレんとこに来た」
この店に来れば確かに良い武器は手に入るだろう。だがダンジョン産の武器を入手し、それを使って攻略する経験だって大切な物だ。どんな武器を入手できるかとワクワクもするだろう。最初から高価で性能が良すぎる武器に頼るというのは幼女的にはあまり気が進まない行いだったようだ。
だがダイヤ的にはそんなことは言ってられない。
「また死にそうな目に遭うだろうから、良い武器を手に入れなさいって叱られちゃって……」
「はぁ?」
「本当ですわ。ダイヤさんはぜっっっったいにまた何かに巻き込まれます。その時に少しでも生き延びる可能性を高くしておきたいのです」
「お、おう。そうか」
誰に叱られたのかとか、死にそうな目に遭うと確信されているなんてどういうことなのかとか、色々と突っ込みたいところはあるけれど、芙利瑠の静かな気迫に押されて何も聞けない幼女だった。
「まぁそういう理由があるなら良いか。じゃあ改めてリクエストを聞こう。欲しいのは何だ。これと同じ武器か?それともこれの修繕か?あるいはまったく別の武器か?」
「僕はこれとは別の多機能な爪が欲しいです」
「詳しく言え」
「一番重要なのは硬度です。爪で攻撃を受け止める戦い方をするのですが、Dランク、出来ればCランクの魔物の攻撃を確実に防ぎたいです」
「となると手甲もセットで考えるべきか……」
「そして形は色々と変形可能にして欲しいです。長くなったり、三角みたいな形で先が尖ってたり、普通に爪の形だったり」
「ふむ、変形型武器か。その場合は強度が落ちるものだが、強度も必要と。中々に無茶なことを言いやがる」
「難しいでしょうか?」
「そんなこと誰も言ってないだろうが!」
出来ない、という言葉は職人にとって禁句であり怒らせてしまった。しかしだからといって『やっぱり作ってやらね』と拗ねられることにはならず、どうやって作れば良いかブツブツ言いながら考え込んでしまった。
やがて幼女は考えが纏まったのか、今度は芙利瑠に向かって声をかけた。
「嬢ちゃんは?」
「わたくしはこれの修繕補強と、新しい鈍器の武器が欲しいですわ」
「修繕はともかく、新しい鈍器の案はあるのか?」
「今はまだ……」
「ならそっちは後回しだな。オレが相談に乗ってやっても良いが……なぁお前ら、一つ相談があるんだが」
武器を作って欲しいと相談を持ち掛けて来たのはダイヤ達なのだが、逆に相談を持ち掛けられてしまった。もちろん断る理由はない。
「何でしょうか?」
「お前らの武器、オレが作ってやっても良いんだが、オレはいつまでもここに居るとは限らねぇ。今後のメンテナンスとかを考えるとお前らと同年代の専属が居れば卒業まで面倒を見てやれる」
「つまり同級生の鍛冶師と専属契約を結んだらどうかって話ですか?」
「そういうことだ。実はうちに一人見込みのある新人が入って来てな。オレが一から色々と叩き込むし、最初の方はオレがもちろん手伝う」
今すぐに高品質の武器は出来ないかもしれないが、徐々に実力が向上して行くだろう。しかも専属となれば何度も相談している間に考え方の共有がなされ、阿吽の呼吸で作りたい物を察してくれるようになるかもしれない。それが卒業まで保証されるとなれば、むしろ願ったり叶ったりだ。
「どうだ。悪くない話だろ」
「はい。ただ、出来れば僕達じゃなくてクランとして専属契約したいのですが」
「それは構わないが、一人で多くの依頼は抱えきれないぞ」
「もちろんそれは分かってます。後はその人が僕達で良ければ是非お願いします」
「あいつなら大丈夫だろ。呼んでくるからちょっと待ってな」
幼女は後ろの扉から部屋を出ると直ぐに一人連れて戻ってきた。
「(でっか!)」
「(大きいですわ!)」
その人物は身長が二メートル近くありそうな大男だった。幼女店長と並んで歩いているから、そのギャップがより際立っている。
ジャージの上に煤汚れた前掛けをつけていて汗だく。何かの練習をしていたのかもしれない。
「こいつは華倶槌 焔。お前らと同じ一年だが知ってるか?」
「ううん。生産クラスの人とは接点がまだ無くて。貴石ダイヤです。よろしくお願いします」
「わたくしも初対面ですわ。金持芙利瑠です。よろしくお願いします」
「…………よろしく」
焔はダイヤ達の顔を見ても何一つ表情を変えず、歓迎されているのかどうか分からない。
「焔。こいつらと専属契約をしろ」
「…………分かった」
専属契約という大きな話についても彼は何も感情を見せずに淡々としている。あまり感情を表に出さないタイプのようだ。
まだダイヤ達はクランを作ってはいないため、今はひとまずダイヤと芙利瑠相手に契約を結んだ。
「こいつは口数は少ないが真面目でやる気があるし器用さはまぁまぁだ。すぐにモノになるだろうから待ってな」
「…………」
「はい、待ってます」
「期待してますわ」
褒められていても喜ぶ様子を見せないことが気になったが、そういう性格なのだろうと割り切ることにした。焔はこの反応が薄い性格のせいでこれまで面倒なことを経験しており、ダイヤ達の気にしない対応は彼にとってとてもありがたいものだった。
「それじゃあ改めて作る物を具体的に詰めるか」
こうしてダイヤと芙利瑠は専属鍛冶師をゲットし、新たな武器作成の依頼を無事に完了するのであった。
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「まさか防具まで勧めてくれるとは思わなかったね」
「ですがわたくしの防具は鍛冶屋では無理でしたわね」
「鎧ならともかく服は別ジャンルだから仕方ないよ」
『頑固一徹』を後にした二人は裏路地を進みながら防具についての話をしていた。
「あのお母さんのドレスを改良するつもりなの?」
「可能ならですわ。流石にあそこまで破れたらもう着れませんので、生地を流用してもらえるだけでも十分です」
それにそもそも足元付近までの長いドレスは動きにくく戦闘には不向きだ。日常使い出来ない程に壊れてしまったのだからそれならいっそのこと装備品用に大改良したいというのが芙利瑠の考えだった。
「あのドレス似合ってたから、良い感じに改良してくれる店が見つかると良いね」
「ぴゃ!? に、にに、似合ってましたか!?」
「うん。凄くお嬢様っぽかった。今の制服姿も可愛いけどね」
「か、かか、可愛い……ぴゃあ!」
いきなりダイヤが攻め出したが、これは当初の予定通り。今日の目的は武器の新調ではあるが、デートも兼ねているのだ。防具については後日考えることになっているので、これからは目的の無いデートだけの時間。
そのことを意識してもらい気持ちを切り替えるために敢えて褒めたのであった。
「その縦ロールも立派だね。毎日セットしてるんでしょ。凄いなぁ」
「お嬢様としての嗜みですわ」
「それなら今日はこういう趣向はどうかな?」
「え?」
ダイヤはさっと彼女の正面に回ると、片膝をついて右手を差し伸べた。
「お嬢様、どうか僕の手をお取りください」
「~~~~!」
芙利瑠との恋愛関係はまだ音や桃花と比べると深くはない。だからいきなりちゅっちゅすることはせずに、その手前の段階からゆっくりと仲を深めていこうと考えていた。
お嬢様扱いされて真っ赤になった芙利瑠はそっとダイヤの手をとった。
ダイヤはそれを優しく握ると立ち上がり、手を繋いだまま路地裏を出て街中デートを開始するのであった。