122. 素材集めデート 音編 後編
「それで音が欲しいのはあの滝の水なんだよね」
「ええ。消音清水。トイレの改築にアレが必要なのよ」
「近くの音を全て消してしまう綺麗な水かぁ。迫力満点な滝の音が全く聞こえないだなんて、相当性能が高そうだね」
何故その消音性能がトイレで必要なのか。
エロネタは容赦なく口にするダイヤでも、流石にそれはデリカシーがなさすぎて言わなかった。
「もしもこの水がウォシュレットの水になってくれるなら豪華すぎるよね」
「学校一豪華なトイレになる日も近いわね」
なお消音清水を使用したトイレを作ろうと思えば普通に作れる。ただしトイレのためにDランクダンジョンの奥深くまで毎回素材を取りに来るなんて馬鹿げた真似は普通ならやらない。だがハーレムハウスの消耗品は今のところ一度作ると何故か補充が不要なのだ。それなら使わない手は無いだろう。
「ただ不安なのは消音性能が高すぎることかな。トイレだけじゃなくて家中の音が消えちゃいそう」
「でも私達はこうして話が出来ているじゃない。消えるのは水の近くだけじゃないのかしら」
「それはもうすぐ分かるよ」
ダイヤ達が滝まで残り百メートルくらいまで近づいた時、それは起こった。
「…………」
「…………」
「…………!」
「…………」
「…………!…………!…………!…………!」
「…………」
真横に並んで歩いているにも関わらず、突然お互いの声が聞こえなくなったのだ。
焦る音とその様子がおかしくて楽しんでいるダイヤ。ダイヤはこうなることを知っていたから慌てていない。
「もう、こうなるなら先に言ってよね!」
「あはは、教えない方が面白いと思ってさ」
「ダイヤのいじわる」
二人は声が聞こえるところまで後退した。
音はぷんすか怒っていじけている様子だが、面白かったから本当は大して気にしていなかった。
「これで分かったでしょ。あの水ってこんなに広範囲の音を消しちゃうんだ」
「だからあの水をトイレで使うのは不安ってことよね。でもそのくらい調整してくれるんじゃないかしら」
「だと思うけどね」
これまで精霊によるハーレムハウスの改築で不便になるようなことは無かった。トイレットペーパーが無限に出てくるように、上手い具合に改良して取り入れてくれるに違いないと謎の信頼を寄せているダイヤ達であった。
「それじゃあ作戦会議といこうか」
「ええ」
「持ち帰る量は百リットル。その分の入れ物を僕のポーチの中に入れてある」
「それを取り出して汲んでまたポーチに入れる作業を繰り返すのね」
「うん。ただそう簡単にはいかないんだ。物凄い水量の滝に近づけるのかってのもあるんだけど……」
「問題は水龍よね」
それは滝の周囲を浮遊している巨大な東洋龍。全身が水で出来ているソレは、滝に近づく者を許さない。
人々はそれを大瀑布の沈黙守護者と呼ぶ。
「迂闊に滝に近づこうものなら守護者に攻撃されてゲームオーバー」
「しかも倒そうと思っても倒せないのよね」
「うん。アクアマーマンと違って不死身だから、体の水をどうにか減らしてもすぐに復活するんだ。前にAランクの人が試しに超強力な炎の魔法で全身を蒸発させたけど、すぐに復活したらしいよ」
それならばと凍らせようとしたこともあったけれど、どれだけ冷やしても凍らない。風変わりな魔物なので多くの人が色々と試してみたが、何をどうしても撃破出来なかった。
「不死身の守護者を掻い潜って素材入手とか、難易度高すぎじゃない?」
「しかも声が封じられるから、パーティーで連携するのも大変なんだよね」
無音の世界の中で強敵に気付かれないように素材を収集する。しかも隠れる場所は一切ない。確かに音が言う通りに高難易度だ。
「守護者は一匹しか居ないようだし、二手に分かれるのはどうかしら?」
かなり広いフィールドが滝に囲まれているのだ。手分けして守護者が居ないところの水を採取すれば、守護者が急いで移動して来たとしても片方が襲われている間にもう片方が採取可能だろう。だがそんな簡単にはいかない。
「ううん。そうするともう一匹の守護者が出現して襲ってくるんだ」
「酷いわね。採取させる気が無いじゃない。そんなに貴重な素材なわけでもないのに」
「僕達がまだ知らないだけで、凄いアイテムの合成元になるのかもよ。霊薬とか」
「霊薬ねぇ。それなら逆にぬるい気がするわ」
「確かに」
どんな怪我だろうが病気だろうが治す霊薬なんてものが存在するのであれば、それを作るための素材入手はもっと難易度が高いだろう。高ランクであれば守護者の対応なんていくらでも出来てしまう。
「じゃあどうするの?まさか真正面から戦うだなんて言わないでよね。いくらなんでもアレと戦うのは今の私達にはまだ無理よ」
「うん、分かってる。だからやるならヒットアンドアウェイかな。ほら、あそこでやってる人達みたいにさ」
ダイヤの視線の先には、滝に向かって猛ダッシュする数人の生徒の姿があった。
「滝まで走って守護者が来るまでに急いで採取して、近づかれたら逃げるのね」
「守護者は襲ってくる時にスピードアップするから一度に採取する時間は少しになっちゃうけど、あれだけの水量なら百リットルくらい直ぐだよ」
「出来ればどっちかは後ろに控えて守護者の様子を伝えたいわね……」
「声が届かないから無理なんだよね。だから採取する人が守護者の位置も常に把握しなきゃダメ」
「むぅ。せっかく二人なのにソロプレイなのね……」
二人で探索しているのだから、協力し合えた方が良かったのにと少しがっかりする音。だからだろうか、単なる特攻とは違う案を思いついた。
「それなら守護者の頭付近と尻尾付近に分かれて採取をしたらどうかしら。尻尾の方で採取を始めたら守護者はぐるっと大回りして攻撃してくるから時間がかかるでしょ?」
「なるほど、それ良いね。採取側が襲われそうになったら逃げて、尻尾側の人が採取することで守護者をいったりきたりさせるんだ」
尻尾付近とはいえ守護者に近い場所だから、二匹目のガーディアンが出てくること無くわざわざ転回して攻撃してくれるに違いない。単に突撃するよりも音の案を取り入れた方がより安全に採取出来そうだ。
「それじゃあ最初は私が尻尾側で採取するフリをして囮になるわ」
「良いの?」
「採取はダイヤがやった方が良いでしょ。私は囮に徹するわ」
大量の水を保存するにはダイヤのポーチが必須だ。音も容量が小さいバッグを持っているが、空き容量はあまりない。
「ちゃんと私の動きを視て合わせるのよ」
「任せて!」
自分の作戦が採用されたのが嬉しかったのか、音はとても機嫌が良い。
「(これからあの恐ろしい守護者の近くに行くってのに元気だなぁ。失敗したら飲み込まれて溺れちゃうってダンジョンに入る前に説明したこと覚えてるのかな)」
守護者の攻撃方法は体当たりだけ。相手を飲み込み、体内の水で溺れさせるシンプルな攻撃方法だが、一度飲まれると簡単に脱出することが出来ず地獄の苦しみを味わうことになる。溺死体験なんてしたことあるわけもないから、単に苦しさのイメージが湧かず気楽なだけだろうか。
「くれぐれも気を付けてね」
「分かってるわよ」
「溺れたら人工呼吸で助けて貰えるとかって思ってないよね?」
「その手があった!」
「こら!」
「な~んて、冗談よ冗談」
ケラケラと笑う音の瞳が一瞬怪しく澱んだ気がしたが、ここでそれを目当てにわざと攻撃を喰らおうものならダイヤに本気で怒られ二度と一緒に探索などしてもらえないと分かっているため絶対にやらないだろう。
「さぁ、そろそろ行きましょう」
「はぁ……本当に気を付けてよね」
「は~い」
音は軽く答えると、その答えとは打って変わって一気に真剣な雰囲気へと変貌した。これなら大丈夫かとダイヤは安心して彼女と共に静寂な世界へと足を踏み出す。
「…………(音、聞こえる?)」
「…………(何々?)」
「…………(大好き!)」
「…………(私も大好き!)」
「…………(聞こえてるの!?)」
「…………(口の動きでなんとなく分かった!)」
「…………(ちょっ!抱き着かないで!)」
「…………(えへへ~)」
せっかく音が真面目モードになったのにぶち壊しにしてしまったダイヤであった。慌てて距離を取り元の雰囲気に戻るまで待った。
「…………(じゃあ僕は頭の方へ行くよ)」
「…………(気を付けてね)」
「…………(そっちこそ)」
アイコンタクトとボディランゲージで合図をして、それぞれ自分が為すべきことをするために分かれた。
目の前には全ての音を打ち消す視界一杯の大滝と、優雅に空を漂う大瀑布の沈黙守護者。
「…………(なんて大きさなんだ。近くで見ると迫力満点だね)」
五十メートルほどの巨体が宙を漂う様子は、少し離れた所で見ているだけで圧倒される。
滝にさえ近づかなければ襲ってこないこともあり、守護者の写真目当てでここに来る人がいるくらいだ。滝と守護者のセットはダンジョンカメラマンにとってかなりの人気スポットだったりする。
ただし今は彼らはおらず、先ほどまで採取をしていた他の人達ももうやめており、今挑むのはダイヤ達だけだ。これなら他の人のことを気にせず思う存分挑戦できるだろう。
「…………(音の準備は出来たかな?)」
尻尾側の音の方を見ると、彼女は大きく手を振って準備完了の合図をしていた。ダイヤがサムズアップで答えてあげると、彼女は愛用の槍を手に滝へ突撃した。どうせ水を採取しないのだから、いざという時のために武器を持っていた方が安全だろうという考えからだ。
「…………(よし、守護者が音の方に向かった!)」
動きがかなり早くなったが、採取する時間はそれなりにありそうだ。
「…………(音逃げて!)」
ダイヤのためにギリギリまで引きつけようとしているのだろう。見ている方がハラハラするくらい逃げようとしないが、守護者に体当たりされる直前にどうにか逃げだした。
「…………(まったく無茶するなぁ)」
苦笑しながら今度はダイヤが滝へ向かって走り出した。
「…………今ので(守護者が方向転換して僕の所まで来る大体の時間が分かった。それまでの間に少しでも多く採取する!)」
同じ事を何度か繰り返せば目標の量は採取出来るのだが、音がギリギリを攻めて無茶する以上、一回の採取量を増やしてなるべく早く終わらせたかった。
滝へと辿り着いたダイヤはポーチからバケツを取り出し、落ちて来る水を受け止める。
「…………(重い!)」
あまりの重さにバケツを落とさなかったのは、採取用に楽が出来るような仕掛けがあるのかもしれない。差し出したバケツの中に一瞬で水が溜まり、ダイヤはすぐにポーチにそれを仕舞い新しいバケツを取り出そうとする。
まだ時間はあるはず。
そう思っていた。
「!?」
突然、自分の足元付近に光る何かが突き刺さった。
「…………(音のレーザービーム?)」
何故音がダイヤに攻撃をしてきたのか。不思議に思い彼女の方を見ると……
「!?!?!?!?」
なんと守護者が目の前まで迫っていたでは無いか。
「…………(な、なんで!?まだ時間はあるはずなのに!?)」
だがその理由を考えている時間は無い。慌ててダイヤはその場から離れて逃げ出した。音がレーザービームで危機を教えてくれなかったらアウトだった。
「…………(ありがとう!)」
どうにか逃げ切ったダイヤは、声が届かないのは分かっていたが全力で音にお礼を伝えた。彼女はほっとした表情を浮かべ、守護者を指さしながら滝に突撃した。
「…………(え?)」
守護者の様子を確認していたら予想外のことが起きてダイヤは思わず素で驚いてしまった。なんと守護者は転回せずに変化した。尻尾が頭に、頭が尻尾に。全身が水で出来ているから、形を変えるのは容易だったのだ。
「…………(そうか。だから守護者はあんなに早く僕を攻撃してきたんだ)」
じゃあ何故最初はそれをやらなかったんだ、と文句を言いたいところだが、転回するだろうと思い込んでしまったのはダイヤのミスだ。急いで水を採取しなければという焦りにより守護者の確認を疎かにしてしまった。ダイヤもまだまだ成長途中である。
とはいえイレギュラーが起きる可能性があると分かってしまえば後は作業だ。守護者の動きにこれまで以上に注意しながら音と交互に滝に突入し、見事に目標の量を採取完了した。
消音範囲から出て来た二人は作戦成功を喜んだ。
「いえーい!」
「いえーい!」
気持ちの良いハイタッチの音が響き、それがまた成功の喜びを倍増させる。
「音のおかげで助かったよ!」
「ほんとハラハラしたんだからね!」
「音と一緒に来て良かった」
「そ、そう?」
「だらしない顔になってるよ」
「別に喜んでも良いじゃない!」
好きな人のパートナーとして役に立ち、一緒に探索出来て良かったとまで言って貰えた。ダイヤのことを好きになってからあまり良い思い出が無かった音だが、久しぶりに最高に有頂天な気分だった。
「(もう少し一緒にいよう)」
ダイヤとて彼女に少し厳しくしすぎてたかもという自覚はあった。せっかくの素材採取デートなのだ、目的の物が採取完了したからといってそれで終わりではなく、彼女が喜ぶ時間をもっと作ろうと思うのであった。
その追加デートでスキルポーションを大量ゲットしてドン引きさせることになるのだが、ダイヤだから仕方ない。